第15話 掴んだ影
突如天井から降ってきた黒くて巨大な兎が、王子を瞬く間に一刀両断してしまった。驚くべきは二メートルを超える巨体だというのに、音もなく現れたということだ。恐ろしく俊敏で、気配を消す術に長けているらしい。
「う、うえぇ……」
「大丈夫か、シオン」
本来ならグロ表現が無いはずのRPGにかかわらず、怪異の影響でジェイク王子は血塗れとなっていた。あまりの惨状にショックを受けてしまった彼女は、その場でうずくまってしまう。
「あれが守護獣アルミラージか……普通に戦ったんじゃ勝てそうにねーな」
現実世界のアルミラージといえば、額に一本角の生えた神獣だったはず。だが今のこれは、人を殺す首狩り兎といったところだろう。
「タクミ君、あいつは俺が引き付ける。君はその間に彼女たちを連れて隠れていてくれ」
「えっ!? でもそれじゃあトオルさんが……」
「俺なら大丈夫だ。だから早く行け」
さすがのトオルも、先ほどまでのふざけた態度は消えていた。タクミは彼一人を残すのは心配だったが、有無を言わせない空気を察して指示に従うことにした。
「すみません、トオルさん。すぐに助けに戻りますから!」
「気にするなって」
タクミたちは急いで階段を下りていった。
それを確認してからトオルは静かに深呼吸する。
「さぁてと、いっちょやってみるか」
トオルはその場で屈伸してから、手の指をポキポキと鳴らす。
さっきの王子が殺られたシーン。トオルの優れた動体視力でも、捉えることはできなかった。
「(とはいえ、強敵相手でも俺は負けるつもりは無いケドね)」
この化け物に勝てば、また視聴者数は増やせるはず。トオルは密かにほくそ笑んだ。
「さぁかかってこい! この俺が相手に……って早っ!?」
ヴォーパルバニーはトオルの呼びかけなど無視し、猛然と突進してきた。
「ちっ、こっちの話なんか聞く気もないか」
トオルは咄嵯に回避行動を試みる。だがアルミラージの動きはそれよりも早く、鋭利な爪が彼を貫いた。
「トオルさんっ!」
階段から戻ってきたタクミがその瞬間を見てしまい、悲鳴に近い叫び声を上げた。
見間違いだと思いたかったが、ヴォーパルバニーの細く長い爪がトオルの背中から無情にも生えていた。
やはり彼を一人残すべきじゃなかった。後悔と自分の無力さにタクミは唇を噛む。
「タクミ……くん」
「トオルさん! 今すぐ回復薬を……!」
タクミはトオルを助けようとに前に出ると同時に、インベントリから素早くポーションを取り出した。
だがその前に第二撃がトオルの首を通り過ぎる。王子の首が飛んだ光景がフラッシュバックし、タクミは思わず目を瞑った。
「ふぅ……危ねぇあぶねぇ。さすがに死ぬかと思ったぜ」
「へ?」
死んだと思われた人物の声が背後から聞こえた。振り返ると、そこにはトオルが「ふぃー」と腕で額の汗を拭いていた。
「え? あ、あれ?」
予想外すぎる展開に呆けるタクミ。もう一度前を向くと、ヴォーパルバニーが一心不乱に何度もトオルに斬撃を加えているところだった。だけど彼は自分の後ろにもいる。
何がどうなっているのか分からず、つい間抜けな声が出てしまった。
「いやぁ~、まさかあんなに早いとは思わなかったわ」
「あの……トオルさん? これはいったい?」
そう、トオルは生きていたのだ。それも傷一つ負ってなどいなかった。
「ん? ああ、アレは俺の残像みたいなモンなんだ」
「……はい?」
「いやー、備えあれば患いなしってやつだな。前もって仕込んでおいて良かったぜ」
タクミはトオルが何を言っているのか理解できなかった。彼は忍者か何かだったのか?
「んなことより、どうして戻ってきたんだ? そのまま逃げとけば良かったのに」
「そんなことできるわけないでしょう!?」
タクミはトオルを庇うように両手を広げ、彼の前に立った。
「あなたは俺にとってのヒーローなんです。小さい頃から配信を見て、いつか自分もあんな楽しそうにゲームをプレイしてみたいって憧れて……そんな人物が目の前で、命を懸けて戦ってるんですよ? 俺も何か役に立ちたいんです!」
「タクミ……」
ここまで自分を想ってくれるとは思っておらず、トオルはジーンと感動した様子でタクミを見た。
「ありがとう、お前の気持ちはよく分かったよ。でも助けは本当に不要なんだ」
「トオルさん、俺は本気なんです!」
「まぁ、いいからいいから」
詰め寄ってくるタクミを受け流しながら、今もトオル(?)に攻撃を加えているヴォーパルバニーの元へスタスタと歩いていく。その後を慌てててタクミが追いかける。
「あのぅ……それでコイツはどうしちゃったんですか? もしかしてまたバグ技を?」
「あ、やっぱバレちゃった?」
トオルはいたずらっ子のようにペロリと舌を出した。
ヴォーパルバニーはいくら攻撃しても死なないトマト頭の男に夢中になっていて、傍に近寄っている彼らには一向に気付かない。
「俺としても賭けだったんだけどな。セーフティポイントの継続バグが上手くハマったみたいだ」
ヴォーパルバニーの繰り出す攻撃は、どれも必中の即死技。本来ならば一撃でトオルは死んでいたはずだった。
だが彼はバグ技を使うことで、自身の分身を作り出した。正確に言えば、自分の居る次元をずらしてその場に残り続けているかのように見せかけている。
「セーフティポイントの仕組みってどうなっているか、タクミは知ってるか?」
「仕組み? いえ、分かりません……」
「まぁ普通にプレイしてたらそうだよなー」
このゲームにおいてセーフティポイントは座標が指定してある。その座標にいるかぎり、プレイヤーはモンスターに襲われることもなく、セーブや回復といった行為をすることができるようになっていた。
「実はこの座標、プレイヤーが歩いたり走ったりすることで変わるんだよ」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってください。それじゃあトオルさんが俺に負ぶさっていたのってもしや……」
「そういうこと。俺が足をつけたあの場所は、ゲームの内部的にはセーフティポイントになってたってワケ」
そこへトオルはセーフティポイントのみで使える転移魔石を使用した。これは同ダンジョン内で行ったことのあるセーフティポイント間を移動できるという使い捨てのアイテムだ。
つまりトオルはヴォーパルバニーの攻撃を喰らう前に、このアイテムを使って先ほどのセーフティポイントへと転移していた。そして何事もなかったかのように、ここへと戻ってきたのだ。
通常ならありえない挙動でバグが生まれ、あたかもトオルがその場に残っているかのような現象が起きてしまった。
「さすがの俺でも、あの化け物の一撃をまともに受けたらタダじゃ済まない。だから事前にこうやって、安全圏に避難させておいたって訳」
「そ、そうだったんですか」
タクミは開いた口が塞がらなかった。昔から規格外のプレイをする人だとは思っていたが、今はその行為に磨きがかかっているようにも思えた。




