第10話 急襲
「うっ……ひどい」
「でしょ? しかも見えてるレベルの割に強いみたいでさ。結構強いはずのタクミたちも、ボロボロになりながら戦ってたんだよ」
「――へぇ、タクミ君ってそんなに強いんだ」
「へっへ~、そうだよ~。最近じゃゲームの配信も初めていて、チャンネルの登録者も百人超えたんだ! あ、ちなみに私は最初の会員で~す!」
大変だったという割に、その口調はどこか明るい。小柄な身長の割に豊満な胸を反らしながら、誇らしげに彼氏のことを語っている。
「そっか。それじゃあ私たちも頑張らないと」
「だよね~。でもさ、ミコトなんて今日このゲームを始めたばっかじゃん? タクミは貸してあげられないけど、代わりにウチが守ってあげるよ。これでもウチ、中級の魔法使いだからさ!」
シオンはそう言いながら杖を構え、呪文を唱えた。すると淡い光が溢れ出し、彼女の周りに光の玉が浮かぶ。
「おぉ、すごいね。魔法ってこんなこともできるんだね。私にもできるかなぁ」
「何言ってるの、ミコトは魔法使いじゃなくて弓使いでしょ? 大丈夫、運動音痴でもレベルアップすれば、すぐに弓も使えるようになるよ。まずは弱そうな奴を倒すことから始めよ――って、ちょい待ち! なんかヤバいのが来るかも!」
シオンは咄嵯にミコトを抱き寄せると、そのまま地面に倒れ込んだ。
――ボフッ!
直後、二人の頭上を巨大な火球が通過していく。
「あっぶな~い! ねえ今の見た!? デカい火のバレーボールみたいなのが飛んできたよ!」
「シオンちゃん、後ろッ!!」
二人が背後に視線を向けると、そこには体長三メートルを超える巨大な鬼が空に浮かんでいた。
その手には鋭い爪があり、口元には牙が見える。明らかに人間とは異なる生物だと一目で分かった。
ただし鬼と言っても赤子鬼とは違って、灰色をした生きたガーゴイルだ。背中から生えた悪魔のような両翼を羽ばたかせながら、二人を見下ろしていた。
「ひぃっ!?」
「落ち着いて、ミコト。ウチの魔法でコイツの動きを止めるから、その間に逃げるよ」
「で、でもこれって石のモンスターだよね!? 魔法なんて効くの?」
「やってみるっきゃないでしょ! いくよ、アイスボール!」
シオンは呪文を詠唱し始めた。すると周囲の魔力が収束していき、やがて杖の先端に小さな氷の塊が出現した。そして狙いを定めると、それをガーゴイルに向けて投げつける。
――ドォンッ!
放たれた魔法の直撃を頭部に受け、ガーゴイルは大きくのけ反った。
「やった、当たった!」
「ダメだよシオンちゃん、逃げないと!」
「分かってるって! うわっ!?」
シオンたちは慌ててその場を離れようとしたが、すでに遅かった。彼女が放ったファイアーボールを合図に、周囲から無数のモンスターが押し寄せてきたのだ。
氷をぶつけられたガーゴイルもさほどダメージは無かったらしく、二人に向かって再び炎を吐こうとしていた。
「やばいやばいやばいって! 早くしないと囲まれちゃう!」
「うぅ……もう無理。逃げられないよ」
「ちょ、ミコト!? 諦めちゃだめだって、まだなんとかなるから!」
迫りくるモンスターの大群を前に、ミコトはその場に座り込んでしまう。
今度は置き去りになんてしない。弱音を吐く親友の手を引き、シオンは必死に走り出す。ガーゴイルから繰り出された火球が地面に衝突し、土煙を上げた。ギリギリのところで避けられたが、しつこくミコトたちを追いかけてくる。相手は空を飛べるガーゴイルであり、地上では圧倒的に不利だ。
「このままじゃ二人とも殺されちゃう……こうなったら仕方がないわね」
シオンは覚悟を決めると、ミコトの手を離した。
「シオンちゃん?」
「ミコトは先に走って! ウチはここで食い止めるから!」
「そんな! シオンちゃんを置いていけるわけないじゃない」
ミコトはシオンの隣に並ぶと、同じように弓を構えた。だがその手はカタカタと震えていた。
シオンはそんな彼女の腕を掴むと、無理やり引き離そうとする。だがミコトは、まるで動こうとしなかった。むしろシオンの腕にしがみつくと、泣きべそをかきながら懇願してくる。
「うう、お願いシオンちゃん。一緒に逃げようよ~」
「バカなこと言わないで。この世界で死んだら現実世界に戻れないんだよ!?」
「で、でも……」
シオンは優しい笑顔を浮かべると、ミコトの頭を撫でてやる。
「大丈夫、ミコトと違ってウチは運動神経が良いんだから。どうにか逃げて、必ず追い付くよ」
「う、うん……」
「よし。それじゃあ、また後で。タクミを見付けたら、さっさと彼女を助けに来るように言っておいて!」
そう言うと、シオンはミコトの手に小さな鍵を握らせた。
「えっ!?」
「――さっきは、置いて行ってごめんね」
弱々しい声でシオンはそう呟くと、水の魔法を使ってミコトを王城の中へと押し流した。
「シオンちゃん!? 待って!」
ミコトは必死に手を伸ばすも、彼女の姿はどんどん小さくなっていく。
「さぁ、こっちに来なさい。アンタたちの好き勝手にはさせないんだから!」
我ながらカッコよく決まった。満足げな表情を浮かべたシオンは杖を構えると、迫ってくる敵を迎え撃った。
「はぁ、はぁ……ここまで来れば、もう平気かな」
ミコトはシオンと別れてから、ずっと走り続けていた。
城の中は相変わらずモンスターだらけで、まともに動けるような状態ではない。
そんな状況で、ミコトはどうにか王城の中にあった部屋の前まで辿り着いた。中から誰かの話し声が聞こえる。少なくとも人がいるようだ。
「良かった、これで助けを呼べる!」
だが問題が起きた。入ろうとするが、扉は固く閉ざされていてビクともしないのだ。どうやら鍵が掛かっているらしい。叩いて中の人を呼ぼうか? いや、音でモンスターを呼び寄せてしまっては危険だ。
「(そうだ、シオンちゃんから貰ったアレ……)」
ミコトはポケットから銀色の鍵を取り出すと、それでドアノブに差し込んだ。ガチャリと音が鳴り、ゆっくりと扉を開く。
「よかった、開いたみたい」
シオンから渡されたのは、簡単なロックなら開けられる魔法の鍵だったらしい。ミコトは安堵のため息をつくと、食堂の中へと入っていく。
中に居るのはタクミだろうか。ともかく、早くシオンを助けに行かないと。
「……」
「…………」
だがミコトの視界に映ったのは、トマトの被り物をした奇妙な人型のモンスターだった。




