外法婦女美智子
美智子は右手を口元に当て、驚いたような表情で覗き込み、首を傾げた。
「あら、まあ。」
目線の先には横たわる老齢の僧侶。
脱水、もしや熱中症かと美智子の脳裏に過ぎる疑問。しかしよく見てみると僧侶は不思議と安らかな顔をしている。
さらに、暑そうな格好をしているのにも関わらず汗のひとつもかいていない様子であった。
なぜ倒れているのか。疑問は募るばかりであったが僧侶を路肩に捨ておくことも出来ない。
ひとまずとして美智子は眼前の僧侶を自宅に連れ帰ることにした。
娘が五年前に上京し、誰も居ない平屋ではただ風鈴のみが美智子の帰りを待って、ひとつ縁側で音を立てていた。
まず美智子は今に座布団を敷き、そこに僧侶を寝かした。
「確か、あの子が置いていった毛布が……やっぱり、念の為って置いといて良かったわ。」
捨てるのは勿体ないと、娘が小さい頃に使っていた毛布が今は僧侶を包む。
女児向けのキャラクターがあしらわれた毛布が袈裟を隠し、何とも異様な光景であったが、それを指摘する者はもう既に五年前居なくなった。
ひとつ、扇風機がこの光景を見て首を振るだけに留まったのだ。
戸口から物音が聞こえる。
ノック音と笑いの交じった喋り声は静寂に包まれ、息苦しい雰囲気を纏う居間に大きな安心感を齎す。
「庭にまわって来てちょうだい、相談したいことが……」
美智子が言い切る前に雨戸から顔が覗く。
「あら、居るじゃない。全然来ないから心配しちゃって、ごめんなさいね。それで……そちらの方は、お坊さん?どなたなの?もしかして新しい人?」
立て板に水を打ったがように喋るグレイヘアの女性は縁側から身を半分以上も乗り出し、美智子を質問攻めにした。
喋るから、待ってちょうだいと質問を制止し、何気なく僧侶に目を向けると、起き上がっている僧侶と目が合った。
僧侶は美智子と目を合わせ、次に縁側で身を乗り出し、興味津々と僧侶を見ている女性を一瞥した後、美智子に向き直った。
「あら、急にお座りになられると危ないですよ。今、お水を持ってきますから、じっとしていて下さいな。」
少し動揺し、立ち上がろうとする美智子の動きは僧侶が腕を掴むことによって止まった。美智子は僧侶を見る。僧侶は美智子の目をじっと見ながら口を開く。
「貴女、拙僧と契約して外法少女とお成りくださいな。」