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ハイアルティチュード、ノーオープン





「で、俺は何をすれば?」

『惑星エデンへ単身降下していただきます』




 彼女、アリシアはそう言う。目的は惑星エデンへの入植。だからまずそこへ向かう。俺の質問が悪かった、俺が聞きたいのは“どうやって”だ。






『まずはこちらをご覧ください』




 その言葉と共に真っ暗な部屋に照明が灯っていく。ほぼ何も見えないレベルの暗闇だったが自分の声の反射から相当に広い部屋だとは予想していた。格納庫だって言ってたし。ただ想像の五倍は広かったよ。400メートルトラックの競技場よりは広いね。後天井は糞高い。




 そして俺の目の前に鎮座するのは……、鎮座するのは――。





「なあにこれぇ……」


『CHCL社製、軍用パワードアーマー、ガウルスLAです』




 俺の目の前に悠々と二本の足で立つそれ。丸っこいボディ。濃紺でつるりとした表面は芸術品のように輝いている。やや寸胴だが、ぶっとい二本の腕と足は力強さを示していた。



 そんな雄姿を俺は間抜けに口を開けながら見上げている。二階建ての家くらいデカい。5m?  いや6m? 植民しに行くというのにこんなロボットで何をしろと?







『小型融合炉二基によって得られるエネルギーにより腹部に二門の300mmレーザーカノンを搭載。近接戦闘用に光波ブレードは両手に一本ずつ。ああもちろん実体弾兵装も背部バックパックに豊富に取り揃えております。シールドも同様に強力。駆逐艦程度であれば撃ち合うことが可能です。装甲はウィービングカーボンスチール120mm。単騎で大気圏突破、惑星降下まで行えます。今回の植民計画に最も相応しいかと』





 アリシアは早口でそうまくし立て得意げだ。だが頭には入ってこない。言っていることの意味がまったくわからないのだ。俺は力なくこのロボットの奥に鎮座するモノたちを指し示す。小さいが翼が生えてて、エンジンらしきものがついていて、いかにも私飛べますと言いたげな宇宙船たちを。




「……あっちは?」

『残念ですが推進剤の在庫が心もとないです。推進剤は全て小惑星帯への資源採取船に回しています。現状回せる量ですと……、エデンに着陸してそこでただの置物になるかと』





 燃料がない、と。だがそれはロボットで惑星降下する理由にはなりゃしないんだよぉ!!





「こんな! ロボットで!! 何をしろって言うんだ!!!」


『プランAではパワードアーマー、ガウルスLAでエデン最大規模と見られる都市へ降下。その後そのパワーを持って脅威を殲滅。現地民に帝国への帰順を提案します。ご安心ください艦長。カテゴリー1の文明ではこのガウルスLAに傷一つ付けられません。たとえエデンの全てを敵に回したとしても、です』





 全然安心できねえ。後それは一般的には提案じゃなくて脅迫と呼ぶのが相応しいと思います。俺が想像していたのはもうちょっと友好的で、まったりとした植民だ。決してこんな正面玄関からのダイナミックエントリーじゃない。






「却下です。艦長権限で却下します」

『ではプランBを提案します』




 おろ? アリシアが素直に引き下がった。意外と押せばいける? それとも艦長権限って言ったのが良かったのか? あんまり頑張らなくてもいいのでは、そんな邪な気持ちが心をかすめる。だけどよく考える前にアリシアが話し始めた。




『三歩下がっていただけますか、艦長』

「ん、はい」




 俺が下がるや否や、横の壁が引き出しのように開いて目の前に滑り込んでくる。そこにあったのは服とバッグと剣、後その他諸々。




「おお、そうそう。こういうのでいいんだよ!」


『恐れ入ります』




 ハンガーに掛かっているのはクリーム色のやや古ぼけたチュニック。白い長袖のシャツにカーキ色のズボン。その下には茶色のハイカットブーツと鞘に納まった直剣。それと大きめのバックパックに……、これは鎖帷子……?





『エデンを観察し、隠密接触に最適な装備と服装を選択しました。いくつかは接触部隊用の既製品ですが問題ないでしょう』




 アリシアの言葉もそこそこに、俺は病院着みたいな貫頭衣を脱ぎ捨ていそいそと着替える。これからの冒険に期待をこめて。ああ、下着はちゃんと着ていたのでご安心ください。




『バックパックには着替えと医薬品、簡易食糧。外套に寝袋、天幕等のサバイバルグッズを詰めてあります。あとわずかですが現地で換金できそうなものをいくつか』

「わかった。ありがとう。それでこれは?」




 ハンガーに掛かったネックレス。何かはわからないが水色の宝石がきらりと光っており、旅で汚れた――体を装っているんだろうが――服装の中でいやに浮いている。



『護身用のショックスタンです。強く引っ張ると衝撃波を周囲に発射します。殺傷力はありませんが敵味方識別装置はついていませんので取扱いにご注意ください』

「へー。覚えておくよ。ありがと」




 気を使ってくれているんだろうか。少し嬉しくなる。そうして最後に二の腕ほどの直剣を腰に佩びた俺はアリシアに意見を求めてみたのだ。あんまり期待はしてないけど。






「どうだい?」

『まあそれなりに似合っていますよ』



「そりゃどうも」



 俺も自分の姿を想像してそう思うよ。なんせ一般的日本人フェイスで西洋的な昔の旅人スタイルだからな。違和感ありまくりだよ。






『では艦長にはあちらの降下ポッドでエデンに降りていただきます』




 旅支度を終えた俺を見たアリシアがそう言うと、格納庫の壁際にあったいくつかのドアの一つが開いた。公衆電話程度の狭いスペース、内部は円筒形。なんか映画に出てくる脱出ポッドみたいだな。雰囲気はあるけど。




『バックパックは下部に収納してください』

「おっけ。これ嫌に重いね」

『色々入っていますから』




 俺の上半身ほどはあるぱんぱんに詰まったバックパックを降下ポッドの下面に押し込む。剣は……、ここでいいか。ポッドの内壁に傘立てのようなスペースがある。そこに剣を差し込むとそれは何かに引っ張られてビタンと壁にくっついた。……合ってるって事なんだろうな、きっと。





『ではポッドに体を固定してください』




 俺はそう言われてライフジャケットのようなシートベルトを上体に装着する。ちなみに俺はポッド内に立ったままだ。シートはない。





『安全装置の装着を確認。ドア閉鎖。生命維持装置問題なし。ポッド射出します。では艦長、良い旅を』

「ああ、行ってくる」



 

 俺がかっこつけて右手で敬礼するとアリシアがくすりと笑った気がした。なんかそんな感じがしただけだ。それからすぐ、ガチャリと音がして目の前の景色が真上に滑り落ちる。いや、これはポッドが落ちてる。それも結構な速度で。




 だというのに落下している不快感やGを全く感じない。SF映画にありがちな慣性制御装置なりが働いているんだろう。……可能ならあの殺人タクシーに同じ装置を望む。



 そんな泡沫の期待を抱いていると、ポッドの小さい窓から見えた銀色の濁流はやがて漆黒へと変わった。宇宙だ。






「おお、俺、宇宙遊泳してる……!」

『正確には降下ポッドでの航海中です、艦長。現在ポッドはエデンの衛星、月の裏側に位置しています。今ポッドを回転させます』





 彼女の言葉と共にポッドがゆっくりと回転していく。そうして視界に飛び込んできたのはででこぼこで灰色の天体。俺が写真でしか見たことがない月をこの目で見ている。まさか初めて肉眼で月を見た日本人になろうとは。地球の月じゃねーけど。






『加速シーケンスを開始します。エデンまでは30分ほどの旅路です』





 その言葉と同時、体はゆっくりと下に引っ張られ、目の前の月がぐんぐん遠ざかってゆく。まあそこそこ快適な旅かな、と思っていたのだが体にかかる圧力がどんどん増してゆくのだ。





「なあっ、加速ってどれくらい……?」

『後113秒です。ポッドの慣性制御装置は簡易的なものですので最大4Gが予想されます』



「あっ――そう……っ」




 結局これか。ただ少し慣れた。多少話すことが出来るくらいには。いやな慣れだ。














『噴射終了まで5, 4, 3, 2, 1――噴射終了。』

「ふうっ……」



 やっと一息付ける……。そう思って額をぬぐうとアリシアに注意されてしまった。





『質量計算が面倒なのであまり動かないでください、艦長。超光速通信に問題ないようですので300秒後に減速シーケンスに入ります』

「ああ、ごめん。ってかまたさっきのをやるの?」



『減速シーケンスは推進剤節約のため、エデン大気での減速を主で行います。ほとんどGは発生しません』

 



 俺は彼女のその言葉に安堵する。情けない話だが、つらいことは避けられるのならば無いほうがいいのだ。





「通信に問題が無いってのは?」

『言葉の通りです。素体は母船からの遠隔操作ですので、超光速通信のチェックを行いました。問題ありません』




 え、そうなの? この体リモートコントロールなの? それにしちゃ何の違和感もないし、ネトゲみたいなラグもないけど……。まあ超高速って言っているからすごい速いんだろうな。



 そうしてきょろきょろと自分の体を見回しているとまたアリシアに注意されてしまった。



「ちなみに圏外とかないの?」

『何を仰っているのかわかりませんが、素粒子のペア性を利用していますので、もし艦長がエデンのコアにいても通信できますよ』


「あっそう」




 何を言っているのかはわからないが、圏外が無いということはわかったよ。










『減速シーケンスを開始します』



 彼女の言葉通り、体に緩やかにGがかかる。だが本当に緩やかだ。エレベーターよりちょっと? 位の。そしてぐんぐんと惑星エデンが近づいて来ているのが目で見て分かる。近づいているのは俺のほうだけど。いや、両方動いてるのか? いかん、考えすぎると余計訳がわからなくなる。目の前の景色に集中しよう。




 


 今俺はエデンに正面向いた格好だ。どうやら減速も終了したようで綺麗な地表が見える。ポッドはゆっくりとエデンの軌道上を周回している。なんでそんなことがわかるかって? 目の前のディスプレイに表示されてるからだよ。





『このまま惑星大気でゆっくりと減速します。五分ほどですがエデンとの短いランデブーをお楽しみください』

「そりゃいい、ありがとう」




少しの間だが観光している余裕があるようだ。地球と同じ青い惑星。エデンは――、……このセリフはエデンの民が宇宙に上がるその時まで封印しよう。その方がいい。




 とにかく美しい星である。地球と同じく青く光る海。極圏の白い大地と赤道付近の緑の大地。遠目に見たら地球と見分け付かないだろ。地形で見分けがつくほど俺は頭良くないし。ああ、なんかぽつりぽつりと極彩色の大地があるな。あれで見分けがつくけど……、何だろね、あれ。まあ地球じゃないんだ。そういうこともある。





『お楽しみのところ失礼します。残り30秒で降下シーケンスに突入します』



 楽しい宇宙旅行は終わり、後は地表へと向かうだけ。彼女の言葉と目の前のディスプレイに示された軌道でそれがわかった。わかったのだが……。





「なあアリシア。俺にはこの軌道、直角に落ちてるようにしか見えないんだけど?」

『その通りです、艦長。空挺降下プロトコルC。最も隠蔽度の高い直角侵入を行います』




 は? 宇宙からフリーフォールしろと?





「予想最大Gは……?」

『23Gです。対地高度200mで全開逆噴射を行います』



 にじゅう――。ふざけんな加速の時の五倍以上じゃねーか!!!




「アボート! ミッションアボート!! 艦長権限で降下シーケンス中止を宣言する!!!」 

『不可能です、艦長。残推進剤ではエデンの重力を振り切れません』





 マジかよ。狙いやがったな、このドS!!! いや、要は勢いよく落下しなければいいんだ!! この土壇場で良く思いついたぞ、俺の脳細胞!!!!




「パラシュートを展開して降下! それにしてくれ!!!」

『……。パラシュートなどという大気依存の不安定なモノを搭載していると本気でお考えですか? いいから覚悟決めてください』





 嘘だろ。パラシュート未搭載かよ。エンジン故障したらどうすんだよ! あと覚悟なんて決まるわけねえだろ! こちとら彼女も居たことなくて、ジェットコースターに乗った経験すらほぼないんだぞ!!! 





『素体は強化済みなので生命維持に問題はありません。ありませんが念のため音声通信を終了し、肺の中の空気を全て吐き出してもらえますか? 破裂の可能性があります』

「何言ってんだ、ふざけ――」

『精神錯乱を検知しました。オーバーライドします。』




 小さな窓から見える外が赤色に瞬き、ポッドがほぼ垂直になったころ。ガタガタと揺れるその中でアリシアはやや小声でそう言った。やっぱ問題あるんじゃねーか! ただひたすら現実逃避のために悪態をつこうとした口は、俺の意志に反してあんぐりと開いたまま固定される。そして肺に残った空気が一気に吐き出されると顎はがちんと閉じられる。






 コイツ。俺の体を無理矢理操作しやがった。許さん。




 呪ってやる。必ず、この悪辣ドSなるAIをわからせねばならぬと決意した。AIに呪いが効くかはわからぬ。だが俺は、アリシアを模した藁人形に五寸釘を突き立てるまで朽ち果ててはならぬのだ。





 俺はその反抗心だけに縋り付き、何とか意識を保っていた。






――地表衝突まで後55秒。 

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