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どうせならイケメンにしてくれてもよかったんだよ?



「おはようございます艦長。お気分はいかがですか?」

「……最悪だ」




 ああ、最悪だ。ぐるぐると回る視界。ひどい頭痛。二度目の睡眠学習も最悪の目覚めだった。





「それは良かったです。ミルクティーをどうぞ」

「ありがとう……」




 皮肉も言えるのか。このAIは。いやに人間臭い管制AIアリシアの操作で壁がぱたりと開き、湯気を立てるミルクティーが出てくる。俺はすぐにそれに口をつけると大きくため息を吐いた。





「ふう……」




 ベッドに腰かけ辺りを見渡せば人間味あふれる空間だ。あの殺風景なメディカルルームではなく。高そうな家具。一見したところ木製に見えるダブルベッド。敷き詰められた灰色のラグに観葉植物。ちゃんと人が暮らせる部屋だ、ここは。




 どこかといえばこの船の艦長室プラス艦長の私室。船内だって言うのに二階建て。キッチンに風呂までついているのは確認した。どれくらい広いのか、何部屋あるのかまでは知らん。アリシアにすぐ睡眠学習に入るように促されたからな! とりあえず艦長になったから、今後の睡眠学習はここで出来るらしい。もうやりたくないけど。







「そういえばさぁ、アリシア」

『何でしょうか?』

「俺、この船に来てミルクティーしか口にしてないんだけど」




 そう、俺はここにきてミルクティー二杯しか飲んでない。アリシアの言葉を信じればすでに100時間ほど経過しているはず。体感は2時間も経ってないけど。






『栄養でしたら睡眠中適宜アンプルを注入しているので問題ありません。食事がしたいと言うことでしたら推奨しません』



「なんで?」



『ご存じの通り艦長のお体は船内で再構成されました。そのため今持って内臓は調整中――、つまり赤子以下のよわよわ胃腸が今の艦長です。腸内細菌の定着まで200時間ほどお待ちください』




 なんともまあ。食事も満足にできないとは。




 今の体はまっさらな新品である。それはあの“神みたいな存在”にも言われていた。地球の俺の体はすでに死んでいる。“神みたいな存在”の力でここに体ごと転移してきた訳ではなく、俺は一度情報の塊となってこの植民船レプスに到達、そののちにアリシアによって再構成されたのだ。




 気味が悪くはある。だけど悪いことばかりではない。一つ例を挙げれば高校時代部活で痛めた膝が治っていた。ジャンプすると痛みを感じる程度で地球の日常生活に問題は無かったが、治ったのは嬉しい。この感じ、恐らく全力で走っても問題ないだろう。体は鈍ってるだろうが。








『そのお体は再度睡眠に入る予定ですので猶更お食事は推奨しません』

「また睡眠学習か!?」




 うつむいていた俺は彼女の言葉に勢いよく顔を上げる。そしてその衝撃でずきりと頭痛が走り、苦悶の声を上げながらも再度視線を落とした。






『いいえ艦長。今度はただの睡眠です』



 睡眠学習ではない。その言葉にほっと胸を撫でおろす。やった、惰眠を貪れるのか。いやそんなわけねえよなぁ。彼女の場合。








『まずはこちらをご覧ください』




 彼女がそう言うと中空にディスプレイが投影される。そこに映るのはベッドに眠る一人の男性。とても見覚えのある顔だった。




「俺だな」

『当然です。艦長の素体ですから』




 映るのは俺。28才かに座のA型。黒髪短髪中肉中背。独身彼女無し。どこにでもいる日本人男性をまさに体現したような長年連れ添った体。それが穏やかな顔で眠っていた。




 つーか素体って何ですか。この映像は録画では無いのですか? そんな俺の疑問に彼女は粛々と答えていく。






『ありていに言えばクローンです。ただし艦長の本体とは違い、できうる限りの強化を施してあります。エデンでの活動と調査にはこちらの素体を使っていただきます』




 ふーん。すごいね、帝国の技術は。つまりそっちの体に乗り移って活動しろってことか。そして本体は母船のレプスにいるから寝てると。だけど頭にまず浮かぶのはくだらないが大事な事だった。








「ちなみに強化したって言ったけど、その、顔はどうにかならなかったの? 例えばもうちょっとイケメンにとか」


『……魂の許容量には限度がありますので。今回は機能面の強化を優先しました。それに艦長のお顔もそう悪いものではないですよ』





 うるせいやい。気にしてるんだ。てかなんだ魂って。理由つけて嫌がらせがしたいのか?





「魂なんてそんな非科学的な――」

『地球育ちの艦長はご存じないでしょうが、魂の存在は科学的に証明されています。疑うようでしたらこちらの論文をご一読ください』




 彼女がそう言うと空中にディスプレイがもう一つ開き、ずらと並んだ数式と文字が延々とスクロールされていくのが示される。ちょっとこれ、下のページ数1024ページになってるんですけど?





「わかった。わかりました。ごめんなさい。バカな俺でもわかりやすいように説明していただけますか?」




 降参を表す様に俺が両手を挙げると、読みたくもない論文は閉じられ彼女の語りが始まる。簡潔で、確かにわかりやすかったがホントかどうかは知らん。それを証明する術を俺は持たない。とりあえず全てを鵜吞みにして、自己認識のために彼女の言葉を反芻するとこうだ。






 まず大前提として魂は存在する。俺たちがいる三次元空間より高位の次元に。




 体の中には存在していないらしい。俺らが魂を観測できるのは三次元空間に魂が影を落としているからなんだそうだ。よくわからんが。そして一つの魂は同一の、かつ空間的に独立した個体にのみ落ちる。



 生きとし生けるもの全て、自己認識ができるほどに思考領域が広いことという但し書きは付くらしいが、とにかく魂は生き物に宿っている。そしてこれにより不都合というか、帝国でも乗り越えられない壁がある。




 その大きな壁の一つが人間の寿命。老化を解決し、物理的に寿命を延ばしても魂が劣化する。どう頑張っても300年が限度。それだけ生きれば十分じゃないかとは思うけれど、人間の欲望に際限は無いんだろうな。きっと。それとSFによく出てくるような長寿の種族とかはいなくて、むしろ高知能で種として完成されているほど寿命が短いらしい。ままならないね。




 とにかく魂の劣化が始まると自己認識があいまいになり、地球で言うところの認知症とか記憶喪失の症状が出てきて、最後には眠るように自死してしまうんだそうだ。






 何が言いたいのかって言うと魂は強く肉体と結びついていて、自分が認識している体から離れて行くほど魂の劣化が早まるらしいのだ。つまり身体強化にガン振りした素体に容姿の変更をねじ込む隙間はないと……。





 ホントですかアリシアさん? ねえ、ちょびっと、ホントにちょっとだけでも隙間ない?








『起動確認を行いたいので再度ベッドに寝ていただけますか?』


「うい」




 淡い希望は捨てて彼女の言葉に従う俺。つーか寝てばっかだな。俺。



 そうして一人で寝るには寂しすぎるダブルベッドに仰向けになると、眼前にディスプレイが投影される。





『素体番号1を選択、タッチしてください。十秒後に意識が遷移します』

「はいよー」



 文字は読めるが彼女はご丁寧にもディスプレイ内に点滅する矢印まで作って表示している。後赤文字で、かつ日本語で“ここです”とも。若干バカにされている気もしなくもないが、そこをタッチすると目の前に10秒間のカウントダウンが表示された。そしてそれが終わった瞬間、ノイズと共に視界が切り替わったのだ。






「おお。瞬間移動じゃん」

『接続成功しました。気分が悪くはありませんか?』


「全然。むしろ好調。さっきの睡眠学習酔いもないし」



 本当だ。イラつくほどの頭痛もどこへやら。そうまるで終電ギリギリにプログラムのデバッグが完了したときのような爽快な気分だ。






『良かったです。気分を害する個体もいますので』



 そう話す彼女の声からは心からの安堵が感じられた。そして俺は勘ぐってしまう。実はこれヤバいんじゃないかと。それが俺の表情から伝わったのか、一転彼女は低い声でぽつりと話す。






『帝国の技術に間違いなどございません。ただ個々の感覚まではカバー出来ないというだけの話です』


「俺の心配をしてくれたと?」


『違います。任務遂行に支障がないか確認しただけです』


「そりゃ結構」




 俺は軽口を叩くが彼女から返答は無かった。仕方ないので別の話題を振る。ここはどこなんですか、と。







『現在地は本船第一船倉、第四格納庫です。これから艦長には惑星エデンへ降下していただきます』







 話題を変えたとたんはきはきと喋るアリシア。本当に人間臭くて、せっかちで、容赦のない奴だ。





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