効率? そこにロマンはないのか?
あれから二度のエレベーターによる小休止と、三度の殺人的運転を経て俺は確かに目的地に到着したらしい。アリシアがそう言った。
『お疲れ様です。目の前の扉がブリッジ直通のエレベーターになります』
「ああ、ありがとう……」
感謝の言葉は忘れない。たとえ内臓が飛び出そうな運転をされたとしてもだ。
それはともかくとして扉は俺が近づくと軽やかに開く。その先はやや狭めの空間。とはいえ地球のエレベーターと同等の広さ。さっきまでのエレベーターがデカすぎただけだ。
そして俺が乗り込むや否や扉は閉まり、上へと向かってゆく。ほんとにせっかちなAI様だこと。
「おお、おおっ!!!」
三十秒のち、エレベーターの扉は開く。その先に広がる景色、俺はそれにただただ感嘆の声を漏らすことしか出来なかった。
『ようこそ艦長。植民船レプスのメインブリッジへ』
アリシアの歓迎の言葉。ぶっちゃけほとんど耳に入っていない。なぜなら視界が一面の宇宙で満たされていたから。
宇宙船のメインブリッジ。その上半分は大きくとられた卵型の艦橋窓になっていて、外である漆黒の宇宙が良く見えていた。すげえ。俺宇宙にいるのか。まあ宇宙船だから当たり前だけど。
宇宙は暗く、そして光っていた。ブラックスクリーンをバックにした満点の星空。地球の天の川のような紫色の筋。青、白、赤。あまりにもカラフルな瞬き。田舎出身の俺でもここまでの密度で星を見たことはない。これだけでもここに来た価値はあったかもしれない。
『艦長。突っ立っていないで艦長席へどうぞ』
「ん、ああ」
アリシアに促され、俺は目の前の椅子に座る。どうやらここが艦長席らしい。ブリッジで一番高い位置にあるし当然か。
ここは二階、いや三階建てくらいか? とにかくブリッジの高所にあり、下方を見れば下のフロアに百を超えるであろう座席とコンソール達。これぞ宇宙船のブリッジ! 誰もいないのにコンソールだけ光っているのは不気味だけど……。
そして座席たちの先を見ればこの船の船首が――。……見えてはいるんだけど俺には灰色の平面がどこまでも続いているようにしか見えなかった。
「なあアリシア。この船ってどんな形してるん?」
『こちらがレプスの全景になります』
彼女の言葉と共に目の前に浮かんだ立体映像。そこに投影されていたのはかっこよさとは無縁の六角柱。SF映画に出てくるようなしゅっとした感じでもなく、はた目には大砲の類も見えず、ただ画一的なそれである。一周回って銀河帝国ではこれがカッコいいのか? それともこれはアリシアなりのジョークなのか?
『全長42km。百万の帝国民を運び、未開の惑星を開拓する希望の船。帝国の英知を結集した植民船、レプスです』
彼女の声は得意げだ。強い鼻息を幻聴しそうになるくらいには。とりあえず冗談ではないらしい。
「こんな形をしている理由は?」
『こんな、とは?』
「六角柱」
俺は立体映像を指し示しながらそう言う。返ってきたのはわりかし冷たい声。
『宇宙空間では球体が最も効率が良いですが、生産効率に劣りますから。宇宙船が多角柱形状である事は常識では?』
「あっそう」
効率、効率ねえ。ロマンはないんか。効率だけを追い求めて感性を打ち捨ててゆくのは文明を衰退させゆく猛毒では? 人の設計にケチつけるのはあまり褒められたことでは無いとしてもだ。
『そのままで良いので報告をお聞きください。艦長』
「ん?」
頬杖をつきながらかっこつけたことを考えているさなか、彼女がそう言うと六角柱は消え、代わりに二つの球体が浮かぶ。一つは大きく、一つは小さい。
『現在本船はとある惑星の衛星、つまり月の軌道上に存在します。“あれ”の干渉により本船は帝国第九工廠の121番ドックからここへワープしました』
「うん」
『そしてこの惑星……。艦長、不便ですのでこの惑星の呼称を決めていただけますか?』
惑星の名前? つまり目の前に浮かんでるこの球体がそれってことか? まあとりあえずぱっと浮かんだ名前でいいか。
「じゃあエデンで」
『エデン。楽園という意味ですね。帝国領土に相応しい名前です』
ん? ちょっと待って。どういうこと?
「ここ、エデンに入植すると?」
『はい。惑星エデンへの植民を推奨します』
俺が空中のエデンを指し示すと彼女はそれを肯定する。
彼女は帝国植民船の管制AI。彼女の存在理由、その使命は植民を行い帝国領土を拡大すること。そして俺が自称“神みたいな存在”に半ば強制的に頼まれた事は、彼女の使命遂行を手伝うことだった。
別に手伝うこと自体はいい。宇宙には行ってみたかったし、地球以外で働く経験なんて、しがない会社員だった俺にはまずもって出来ない経験だろう。ただもう少しゆっくりできると思ってた。星間旅行ってやつもしてみたかったんだけど。どうやら彼女は今すぐにでも行動を起こしたいようだ。ホントせっかち。
『惑星エデンはハビタブルゾーン内、すなわちほとんどの有機生命体にとって過ごしやすい環境にあります。エデンには艦長が呼吸可能な組成の大気が存在しており、また知的生命体の存在も――』
「ちょっと待って。人がいるの?」
『おります。艦長と同様のヒューマノイドタイプが多数』
マジかよ。宇宙人じゃん。
いや、エデンの人たちから見たら俺が宇宙人か?
「人がいるところに入植するん?」
俺の思ってた入植は、誰もいない星をテラフォーミングして、長い時間をかけて行うものだと思ってた。“神みたいな存在”も入植は一世代じゃ終わらないって言ってたし。
そう、入植の手伝いを依頼されてはいるが、別に完遂までは依頼されてはないのだ。手伝いながらのんびり生きればよいと言われたから請けたのだ。それがどうだ。アリシアの感じだととてものんびり出来そうにはない。
『はい。現地エデン民も立派なリソースです。第一に艦長一人では繁殖できないではありませんか』
「繁殖て」
どこかバカにしたような、そしてあんまりにもあんまりな言い方。まあ一人孤独に生きるよりはよっぽど良い生活が送れそうだけど。
『現在私の調査権限で判明した限りですと、惑星エデンの文明レベルはカテゴリー1。複数の国家らしき存在を確認しており――』
「ごめん、カテゴリー1って何」
『文明の発展度を表す指標です。参考までに地球はカテゴリー1です』
「地球くらい発展してると?」
『誤差の範疇ですが地球のほうが発展しています』
なるほど。わからん。
『“あれ”の思った通りに進むのは不本意ですが、ここまで環境の整った惑星はそう多くありません。惑星エデンへの植民を再度推奨します』
彼女がそう言うと立体映像の球体がズームされ、フルカラーとなり、くるくると目の前で回っていた。
蒼い星。母星地球によく似ている。いくつかの大陸に、それを覆い隠す白い雲。記憶上はほんの数十分前の事だっていうのに地球が恋しく感じる。その望郷心からなのか、俺は彼女の提案に乗っかることにしたのだった。
「わかった。惑星エデンへの入植を行う」
『艦長権限で植民計画が承認されました。惑星調査をステージ2へと移行します。』
俺に取っちゃ一大決心だったんだけど、彼女にとってはそうでもないのか機械的に返事が返ってきただけだった。そして彼女から死刑宣告に等しい言が飛ぶ。
『艦長。すでにエデンの主要言語らしき物をいくつか取得しています。これから再度言語野にインストールを行います』
「マジですか」
『マジです。今回の学習は70時間を予定しています』
またあの地獄を味わうのか……。前回の頭痛もまだ残っているっていうのに。
まったくウチのAIは無慈悲である。