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ルナティックタクシー





「あ~。きもちわる……」

『おはようございます。艦長。お気分はいかがですか?』

「今言った通りだよ……」




 睡眠学習とやらが終わり、アリシアに起こされた朝? 俺は強烈な頭痛と吐き気に襲われていた。そんなにお酒を飲むわけじゃないが、今までのどんな二日酔いよりも強烈だった。




『睡眠学習の初回は大体そうなります。何度か繰り返せばマシになってきますよ』

「先に言ってほしかったね……」



 ベッドに腰かけうつむきながら彼女に向かって恨みごとを吐く。あと“マシ”になるって言ったな。無くなりはしないんか。




『睡眠学習酔いには糖分が効果的です。ミルクティーをどうぞ』



 彼女がそう言うとベッドサイドの壁がパカリと開き、湯気を立てるマグカップを乗せたちっちゃめのテーブルがせり出てくる。




「ありがと。ん、うまいね」



 テーブルは薄く発光しており、暗い室内でもミルクティーをつかむことは容易だった。マグカップに口を着けると適度な熱さの液体が口の中に滑り込んできて、とろりとした甘さが舌先を包み、次いで芳醇な香りが口内で膨らむ。




『ありがとうございます。現在本船の稼働状況は7%。生命維持系を優先して起動しています』

「あっそう。それで、これって船で作ったの?」



 俺がマグカップをちょいと掲げてそう言う。SFだと大体こういうのは調理マシンがあってなんでも作れるからね。それにしちゃかなりうまいけど。




『そうです。食料プラントは100%稼働しています。材料備蓄は心もとないですが船長一人ならば200年ほどは問題ないでしょう』

「あっそう」






 200年て。俺死んでない? 食料の不安が無いのは喜ばしい限りだけどね。



「ところで照明のスイッチはどこ?」

『どこでもよいので壁をタッチしてください』




 ミルクティーのおかげか大分良くなった頭痛――それでも結構つらいが――を振り払いベッドから立ち上がると、マグカップを持っていない左手で壁をタッチする。すると眠る前と同様に、目の前に半透明のディスプレイが浮き上がってきた。




『文字は読めますか?』

「ああ、おかげさまで」



 そこに映る文字、その意味を何故か理解できる。これが睡眠学習ってやつか。それを意識して絵として捉えるとやたらカクカクして漢字並みに複雑な記号だ。脳内に浮かぶ意味と照らし合わせて見ると一文字当たりの情報量がやたら多い。例を挙げればディスプレイに浮かぶ“照明ON”の文字が二文字しかないのだ。



 表意文字である漢字も一文字辺りの情報量が多いが、それ以上となると不安になる。情報量が多いのはデータ量的には効率的だが、データの信頼性に劣る。何かの拍子に一文字失われると、失われる情報量も多いからね。以上元プログラマーの余談。






 とりあえずその“照明ON”をタッチすると部屋は一気に明るくなる。無機質で、殺風景で、真っ白な部屋だ。ベッドとせり出したテーブルしかないその部屋の天井を見ても、照明らしきものはない。どうやら壁そのものが発光しているらしかった。よくわからん技術である。





「ここって宇宙船の中なんだよね?」

『そうです。植民船レプスの第七メディカルルームになります』



「外を見れる?」

『メディカルルーム壁面に外部映像を投影します』

「いや、自分の目で直接見たい」




 今現在俺の知る世界はこの真っ白な部屋のみ。本当に宇宙船、植民船の中にいるのか確認したかった。出来れば自分の眼で。






『ではメインブリッジにお越しください。今迎えを呼びました』

「迎え?」



 彼女の言葉に疑問符を浮かべる。俺と彼女以外にも誰かいるのか? そう思ったのもつかの間、メディカルルームの壁が音もなく開いた。


 壁が左右に開き、自動車程度なら通れるスペースが現れる。そこドアだったんかい。切れ目もドアの表示も無いから壁にしか見えなかった。そしてその向こうには薄暗い、恐らく船内の通路。そこに銀色で流線形の自動車が鎮座していた。見た目タイヤがあって、座席があるから自動車だろう。うん。




『ブリッジまで案内いたします』



 アリシアの声に呼応するように自動車の卵型キャノピーが音もなく上に開く。戦闘機みたいだ。どうやら自動車? は前後二列の四人乗りで、これに乗れと言うことか。




「よろしく」



 俺はそう言うと座席前方に乗り込む。ハンドルやアクセルの類はない。多分自動タクシーなんだろうな。そして俺がシートに腰かけると座席からシートベルト――、よりは大分強固な何かが伸びてきてがっちりと体が固定される。



「は?」

「発進します」

「え? うおっ――!!!」



 間抜けな声を出してすぐ、体がぐんとシートに押し付けられ、とんでもない加速でタクシーは発進した。びゅんびゅんと流れてゆく薄暗い景色。走っている通路は現代日本の二車線道路並みのスペースはあるものの、壁は近く天井は低いためかなりの恐怖感がある。


 

 よく見れば通路の中心は線を描いて発光しており、恐らく車線を表していて、ああこの宇宙船は左側通行なのかとどうでもいい感想を抱いた。




「なあっ……。アリシアっ! ちょっとスピードを――」

『なぜです?』

「事故るでしょ!」

『ありえません。完璧に制御しています。そもそも艦長以外にこの船に人はおりません』




 俺の要求は却下された。ひどい。俺艦長なのに。





「ぐうっ――!」




 俺をシートに押し付けていた慣性がふっと無くなったかと思えば、今度は前方に体が投げ出され胃が飛び出そうになる。そのまますっ飛ぶことはシートベルトらしきもので支えられているためなさそうなものの、ぎりぎりと体に食い込んでくるそれと、音もなく急減速しているタクシーの不気味さは正直言って不快だった。




 そのままタクシーは大きく開いたドアに飛び込み、ガクンと俺に衝撃を与えた後停止する。




「ふうっ……。着いた?」

『到着まであと7分13秒。現在17番シャフトの中です』

「あっそう」




 絶望的な数字である。そしてちょっとだけ下方に押し付けられる体。学校の教室程度の広さの空間だが、多分エレベータかなんかなのか? 景色が変わらないのでよくわからないけれど。




『マップを表示します』

「お、ありがと」



 俺の心を読んだのか(読んでないよな?)、タクシーのキャノピーに地図が表示された。赤く発光している点が俺らしい。そして光点は確かにゆっくりと地図上の上へと向かっていた。




「この赤線でバッテンついてるのは?」

『現在稼働率が低いため封鎖しています。艦長が近づいても隔壁は開きませんが無理矢理入らないでください。死にます』

「……よく覚えておきます」



 地図の八割以上は赤いバッテンで塗りつぶされており、単純な疑問を彼女にぶつけてみた。しかし返ってきたのは警告。うん、彼女の言うことはよく聞くことにしよう。




「出来ればもうちょっとゆっくり運んでほしいんだけど……」

『なぜです? 時間は最も貴重なリソースです。最速ルートでご案内します』

「そんな殺生な」

『予想最大1.6Gです。大したことはないので我慢してください』





 その言葉とほぼ同時、入ってきたのとは逆側、目の前の扉が開く。いや、完全には開ききっていないんだけど、車一台分の隙間をスレスレで抜けて超加速するタクシー。もう諦めた。目を閉じることにする。そして非常に効率的で殺人的な彼女の運転により、確かに俺は7分13秒後に目的地に到達した。次は自分で運転しよう。

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