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おはようございます。ようこそ、帝国へ。






『おはようございます。惰眠を貪るのは結構ですがあまり時間がありません』

「……うむぅ……」



 脳内に響く涼やかな女性の声。どうやら起きろと言われているらしいがもう少し寝ていたい。昨日は夜遅くまでゲームしてたから。




『強制起動します』



 先ほどより少し棘の増した声色。それと同時に寝っ転がった体全体、まるでお腹の中で何かが爆発したみたいな衝撃がその中を駆け巡り肺の中の空気が勢いよく出ていく。そうして跳ね起きた視界に飛び込んできたのは無機質で真っ暗な四角い部屋だった。




「げほっ、うえっ……。あ~」

『おはようございます』



 ぼんやりと自分の下半身が見えるほどの明るさ。俺は病院着みたいな簡素な服を来て、どうやらベットらしい物の上で上体だけを起こしている。そして変わらず頭に響く透き通った声。ただここには俺しかいないけれど。




「ここは? そして君は……?」

『こちらは本船第七メディカルルームです。そして私は本船の管制AIアリシアと申します』




 落ち着いた声色で彼女、アリシアはそう言う。俺はといえば冷静半分、驚き半分といったところ。何も知らずこの状況になったわけではない。とはいえ頭から信じる事は出来ない。自称“神みたいな存在”に言われて、そして生き返ってここへ来たことなんて。俺は眉間を押さえながら彼女に質問をすることにした。非常に古典的な質問を。





「これ、夢じゃないよね?」

『現実です。また仮に夢であったとしても貴方の知覚範囲ではそれらを区別することはできません』

「あっそう」




 何を言っているのかよくわからないが、俺はとりあえず眉間を押さえていた右手をほっぺたに持ってゆく。だけどその先の行動は彼女アリシアの言葉で遮られた。






『夢で痛みを感じたらそれは夢、という判別方法は迷信ですよ。鏑木優斗かぶらぎゆうと

「そうなの? ってか俺のこと知ってるんだ」




『“あれ”から貴方の遺伝、記憶、魂魄情報、地球知識が本船メインフレームにアップロードされました。こうして貴方と会話できているのもそれのおかげです。不本意ですが』





 “あれ”と言うのは“神みたいな存在”の奴の事だろう。再就職先に連絡を済ませてくれていたのはありがたい。そして今度の俺の上司? はAIな訳だが俺の予想に反して大分人間臭い。声色しか伺えない会話ではあるけれど不機嫌さがひしひしと伝わるくらいには。





『現実逃避するのは結構ですが貴方には時間がありません。最短で30時間後に凍死、42時間後には確実に窒息死します』


「は? 何で?」


『現在本船は休眠状態にあり、緊急用バッテリーで生命維持装置を駆動しています。リアクター起動を推奨します』




 彼女から告げられた事実。死んで、生き返って、また死ぬんかい。




「えーっと。そのリアクターとやらを起動したい――」

『こちらをどうぞ』

「おうっ」





 俺の言葉を遮る彼女の声、そして目の前に浮かんだ空中に浮かぶ半透明のディスプレイ。まるでSF映画に出てくるような――、死んで生き返って別の世界なんだからサイエンスファンタジーだかハイファンタジーなんだかよくわからないが、とりあえず目下の問題は目の前のディスプレイに浮かんでいる文字らしきものが全く読めないことだ。




「ごめん。これ読めないんだけど」

『当然ですね。帝国標準語ですから。ですが問題ありません。そのディスプレイを手のひらでタッチしていただければ貴方に艦長権限を付与します』





 帝国標準語。その帝国とやらは地球の国家ではなく、ましてや地球のある銀河の存在でもなく、地球と帝国は本来出会うはずがないほど遠い存在。そう“神みたいな存在”に教えてもらった。



 そして彼女、アリシアはその帝国、銀河一つを飲み込むほど強大でめっちゃ技術が進んだ銀河帝国の植民船に搭載された管制AIなのだ。





「いやこれ読まないといけないやつじゃないの? ほらちっちゃい字でずらーって書いてあるけど」




 空中に浮かんだディスプレイをスマホと同じ要領でスワイプしてやれば文字がスクロールされて行くが終わりが見えない。全く読めないが、それはさながら規約の同意書に似ていた。




『全文読み上げてもよいですがその間に死亡しますよ?』


「それは嫌だね」


『ならばタッチを』




 どうせ俺に選択肢は無い。ほっときゃホントに死ぬんだろうし、“神みたいな存在”に頼まれたのは彼女、アリシアの使命を果たすことだ。規約に多少問題があろうともまあなるようになるだろう。だから俺はディスプレイに手のひらを重ねたのだ。





『要請が承認されました。おはようございます。艦長』

「ずいぶんあっけないね」

『事務的な手続きですから。艦長の就任を確認。植民船レプス、起動シーケンスを開始します。』




 タッチした瞬間周りが光り輝いて、とかいう演出はない。部屋は薄暗いままだ。つーか俺艦長なんですか? 平社員から体感五分で大出世ですね。




『では帝国標準語をインストールするのでもう一度ベッドに寝てもらえますか? 艦長』

「インストール?」



『言葉の通りです。帝国標準語を艦長の言語野に焼きこみます。艦内のインターフェースを更新するよりこちらの方が効率が良いですから』

「あっそう」





 なんとも怖いことを言う。ただまあ言葉を一瞬で覚えられるなら悪いことじゃないかな。俺が彼女に従いベッドに再度体を横たえると、頭の上、ベッドの上部が淡く、そして青く光りだした。






『睡眠学習を開始します。終了予定時刻31時間と14分後。おやすみなさい。艦長』

「おやすみ」



 なんか思ってたより時間がかかる気がするがまあいい。急激に意識がまどろみ、とろりと思考が溶けてゆく。俺はそれに逆らわずゆっくりと瞼を落としたのだった。


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