遺失大魔法メテオ (軌道爆撃)
「おーおー、いるいる。ゴブリンども」
「少なく見積もって百万、多めに見積もって百五十万と言ったところか」
見通しのよい荒野、そのずっと先にうごめくモスグリーンの津波。奴らゴブリンどもは俺の拠点としている街に向かってゆっくりと歩を進めていた。
「ったくついてねえ。よりにもよって俺の代でスタンピードなんてよ」
白髪交じりの頭をぼりぼりとかきながらおっさんが溜息を吐く。このおっさんはガベル。街で酒場兼ハンターたちへの斡旋所を経営している強面のおっさんだ。昔は凄腕のハンターだったらしい。
そんでもって今俺たちの目の前で起きているのはスタンピード。数百年に一度、大繁殖した魔物が全てを飲み込む荒波となって押し寄せる厄災。これによって滅んだ国もいくつか。物語によって語られるそれは、人類にとってただ通り過ぎるのを待つしかない自然災害だった。
「しかしゴブリンたちはどうやって増えたんだろうな。こんな食べるものもない荒野で」
「そんなん知るかよ。魔物のことなんてよ」
ガベルはそう言うが、確かに彼女の言うことも一理ある。この荒野は守るべき街、サリダンから二日ほどの荒野。まともに生物はおらず、荒野の向こう側は灰色の岩むき出しの大山脈が広がるばかりだ。餌もないのに広がるのは地を埋め尽くすほどの軍勢。一体全体どうなっているのか。
因みに彼女の名前はリールファー。ダークエルフ――彼女はシグラバ族だと言うが――、褐色の肌、長く伸びた銀髪と尖った耳、整ったご尊顔。どう見てもおとぎ話のダークエルフである。そんな彼女は優れたハンターであり、シグラバ族随一の戦士。そして俺とリールファーとガベルはスタンピードの偵察を街の長から命令されてここにいるのであった。
「で、どうするよ。自称賢者さんよ」
「自称ではない。私はユートが大魔法を使ったところを何度も見ている」
賢者()。こんな恥ずかしい名前を自ら名乗ったことはない。勝手にリールファーが吹聴しているだけです。あとリールファーさん、ごめんなさいそれ魔法(真っ赤な嘘)なんですよ。
俺こと鏑木優斗がしがない会社員を強制リタイアして、魔法やらエルフやらゴブリンやらが跋扈するファンタジーな世界に来て一か月。色々あったがとりあえずそれは置いておいて、目下スタンピードという大問題を解決するため俺はここにいる。
「いやどうすんのか聞いてんだよ。あれ見ろよ、統率個体まで居やがるぞ。ここに来るまで斥候も切りまくったし間違いなく街を目指してんぞ」
街サリダンは魔物の襲来に備え全周を防壁で囲っている。そこに住むのは五万の民、千の兵士、二百人のハンター。つまり防壁があれども戦える者は少なく、百万の軍勢に囲まれれば早晩食料が尽きる。というかガベルさんよく見えますね。俺には最大望遠でもモスグリーンが波打ってるようにしか見えないんですけど。今5kmくらい離れてるし。
『有機レンズでは補正に限界があります。三十分前の衛星偵察映像を送付します』
脳内に響く透き通った女性の声。それと同時に網膜に直接映像が投影される。
『統率個体というのは恐らくこちらと推定します。身長170cm±10cm。他個体より50cm大きく百体に一体程度の割合で存在しています』
『ありがとう。アリシア』
思考による通信で俺は彼女に感謝する。彼女こそ俺がこの星にいる理由であり、頼れるパートナーであり、また絶対目を離してはいけない存在であった。
彼女はアリシア。人間では無い。いわゆるAIだ。銀河帝国の植民船に搭載された管制AI。そして俺は自称“神みたいな存在”の男から彼女の使命を果たすことを依頼されている。依頼は別にいいとしてアリシアは地球人の俺からするとかなりぶっ飛んだ思考をしており、丁寧にオブラートに包んだ言い方をしたとしても自重しない奴だ。だけど今回俺は、このスタンピードを解決するために彼女の提案を全て飲むほか無かったのだ。
「それはあれだ、大魔法メテオだ! なあユート!」
「あ、ああ。そうだね」
「ほーん。メテオねえ」
リールファーは鼻息荒くキラキラとした目でこちらを見てくるが、ガベルのおっさんは鼻くそをほじりながらつまんなそうな顔だ。なんだこの温度差は。いや、ガベルのおっさんのほうが正しい反応なんだろうけど。
「別に俺はどっちでもいいけどよ。ホントにそんな伝説級の魔法が使えんなら儲けもんだし、使えねーなら偵察切り上げて急いで街に帰って皆で逃げるだけだ」
「ガベルはユートの強さを信じてないのか!?」
「いや弱くはねーと思ってるけどよ、何つーか強いやつのオーラを感じねーんだよ」
「それはダイアウルフは牙を見せないと言うだろう、確かに見た目は少しなよっとしているが……」
リールファーさん。言葉尻に自信が無くなってます。俺がどこにでもいる一般人フェイスなのは自分でもわかってはいますけれども。
「まあ時間も勿体ないし早いとこやってくれや」
「頼むぞ! ユート!」
「うっす」
危機が目の前だってのになんとも緊張感が無い。今俺たちは荒野のちょっと小高い丘に伏せ、大軍勢を遠くから見下ろす格好だ。そして俺は右手に持った杖を伏せたまま高く掲げる。ちなみに雰囲気出るかと思って倒木使って三時間で作ったイミテーションです。そしてもう一つ、雰囲気づくりのために五分で考えた口上、つまり呪文を唱えることにしたのだ。
「天よ、我が前に座す苦難を打ち払いたまえ。かの悪辣全てに正義の鉄槌を与えたまえ! メテオ!!」
……そう高らかに宣言した目の前の景色になんの変化もありはしなかった。
「……なあ、なんの魔力の起こりも感じなかったんだが?」
「……」
『アリシアさん……?』
ほんの数秒、だが永遠にも感じられる気まずい空間。それを俺の脳内だけで打ち払ったのはよく通る、そして生き生きとした声だった。
『要請を受諾しました。軌道爆撃を開始します。』
その声に遅れること数瞬、俺たちの暗い未来を暗示しているかのように厚く、そして低く荒野を覆い隠していた真っ黒な雲が切り裂かれ、雲間から希望の光が差し込む。それとほぼ同時、大地が爆ぜ、希望の光は立ち上った灰色の噴煙に飲み込まれた。
「は?」
目の前の現象とは裏腹にガベルのおっさんの素っ頓狂な声。あんたそんな高い声出るんだな。そしてそんなくだらない感想を抱いている間にも、爆撃の衝撃波が荒野の石くれ達を巻き込みながらこちらに迫ってくる。
私、風が見える。こんな経験しとうなかった。
「おいマジかよ!?」
「大地の聖霊よ! 我らを包み護りたまえ!!!」
『斥力フィールド展開します』
驚きながらも盾を押し出したガベル。両手を合わせ恐らく防御魔法を発動したんだろうリールファー。そしてシールドを展開してくれたアリシア。俺は迫ってくる嵐が怖いんでとりあえずガン伏せしとく。
地面とキスしながら到達した衝撃波の轟音を聞く。シールドのおかげか背や後頭部に力なくポロポロと落ちてくる石くれ。しかしそれが数秒おきに体を揺らすのはなかなか恐怖を感じる。これこそスタンピードの解決策。惑星軌道上に配置した航宙駆逐艦からの実体弾による砲撃である。つまるところ宇宙から大砲でゴブリンを撃って駆除。カーチス・ルメイもびっくりの力技だ。こんなに威力があるとは思ってなかったけど。
『なあアリシア。これいつ終わるの』
『残り160秒です。脅威殲滅のため全弾放出。残弾32。』
『あっそう』
三分近くこれ続くんか。あとアリシアが楽しそうだ。AIでもストレスって溜まるんだろうか。そして彼女のストレス源が俺でないことを祈る。
『心拍数の上昇を確認。少しストレスを感じているようですね。昔話でもいたしましょうか?』
『お願い』
ちょっとドキリとしたが心を読まれてるわけじゃないよな? とりあえず思考を逸らすために彼女の話を聞くことにする。
『銀河帝国で高いPSI強度を誇るラミアーナ星人ですが、彼らの母星の初代皇帝もこの星の物語と同じように隕石を振らせ、万の軍勢を打ち払ったそうです。そしてまた同様にその魔法は失われたとも』
『つまり?』
『彼らの母星の軌道上にはチリ一つ残されていませんでした。本来惑星は衛星との重力バランスにもよりますが、軌道上天体が多く存在するものです。つまり彼らはリソースを使い切ったのです。そしておそらく、この惑星エデンで“メテオ”と言う魔法が失われたのもまた同様に』
ふーん。落っことす隕石が無くなっちゃった、ってわけね。まあとりあえず今回の軌道爆撃には関係ないし、ある日突然俺の頭に隕石が振ってきて大爆発、ってことも無いわけだ。安心。
『爆撃終了。残弾ゼロ。脅威の排除を確認。また一つ帝国の敵を殲滅できました』
嬉しそうな声だこと。アリシアの話を聞いているうちに轟音は鳴り止み、暖かな光が降り注いで来ているのが伏せている眼からも感じられたのだった。
「おいおいおい、夢を見てるんじゃねーよな?」
いつの間にかおっさんは立ち上がっていたようで、遠くを見ていた。変わり果てたその先を。
そこには何も無かった。地を埋め尽くしていた軍勢なんて最初から無かったみたいに。ただこの世の終わりが来たみたいに、えぐれてへこんだ荒地だけがそこに在った。
やりすぎです。アリシアさん。
「やっぱりユートは賢者だった!!」
「うぉふっ――」
リールファーは宝石を見つけた少女みたいな目でこっちを見た後、俺を思いっきり引き寄せてその豊かな胸――、は今は皮鎧に守られてガッチガチのつっるつるだが、抱きしめられてとてもいい匂いがしたことだけは決して忘れない。
「おい嬢ちゃん。あんたの所の予言はどうだか知らないが、今回の事、吹聴してくれるなよ?」
ガベルのおっさんは一段と低い声でそう言う。それを聞いたリールファーは、俺を強烈にロックしていた両手を離すとおっさんのほうに向き直った。
「なぜだ!? ユートはシグラバ族を、ひいては世界を救う――」
「元々そういう取り決めだろう。嬢ちゃんをここに連れてきたのも、それがユートの望みなのも。俺としてもこんな話を誰にも言えないのは口惜しいがな。誰も信じちゃくれないだろうが」
おっさんは肩をすくめ鼻で笑う。そう、全て取り決め通りに。スタンピードなんて無かったのだ。それで世はすべて事も無しさ。
「ああ、俺は取り決め通り褒美を貰えればそれでいい」
「褒美、褒美ねぇ。まあユートがそれでいいというなら何も言わねーけどよ」
全てはウチの自重しない管制AIアリシアさんの手のひらの上。俺は彼女の駒に過ぎない。多少の反抗ぐらいは許されてはいるけどね。こんなド派手なことをやったのも、アリシアの目的を完遂するためだ。まあ俺はそれを手伝いつつ、異世界を旅行しながらのんびり生きれればいい。
これから何をするのか。何のために俺はここに来たのか。今まで何があったのか。それを説明するのには自称“神みたいな存在”に出会った所から――、だと話が少々長くなるので、まずは管制AIアリシアと出会った所から話そうか。