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そのまま酔い潰れて寝てしまうのか、と思いきや、ベッドに倒れこんでいた静がおもむろに起き上がった。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。遼平君、セックスしよう」
「…え、と……はあ?」
「もしかしたらこれが最後かもしれないでしょ、最後にセックスしときたい」
静らしからぬ台詞に、間抜けまるだしの顔で、はあ、とうなずく。
付き合いだして何度も寝たことはあったが、こうしてどストレートに誘われたのは無論初めてだった。
「遼平君とするの好きだよ。セックスしてる時って、なんだか両想いーって感じがするでしょ。あったかくて必死になってふたりで何かするって、お互いのことがすごく好きみたいに思えるから、セックスって好き」
ぺろぺろっと素面なら決して言わないようなことを、静が真顔で言ってのける。
お互いのことがすごく好き『みたいに思える』、という静の台詞は裏を返せば、決してお互いは好き合っているわけじゃないんだ、と常に感じ続けているということなのだろう。
そして、そういう風に思わせてしまったのはすべて僕のせいだ。
そうやって静なりの持論を語られている間、頼りない手つきで彼女の白い指が僕のシャツのボタンをひとつずつ外していく。
最後のボタンを外すころには、そのたどたどしさもだいぶ払拭されていて、僕のズボンのジッパーに手をかける静と来たら、びっくりするくらい潔かった。
「こしあげて」
胡乱な目つきで僕のボクサータイプの下着を凝視していた静だったが、突然僕の脚と脚の間に顔を突っ込んだ。まるで男性器を愛撫する時のように。
下着のままではあったが、あまりの姿勢に慌てて僕が立ち上がろうとする一呼吸前に、静がしぼりだすような声で呟いた。
「吐きそう……」
しばらくしてトイレから戻ってきた静はさっきの熱が失われている代わりに、ものすごく憔悴した面持ちだった。
「…しーちゃん、大丈夫?」
「なんか1回だしたら落ち着いた」
身も蓋もない言葉が返ってきた。
狭いワンルームだから、大してスペースなんてありはしない。
ベッドに腰掛けている僕の元へよたよたと静がやってくる。
こうして隙だらけの静を見るのは初めてのことではないだろうか、と僕は合コンで出会ってからこれまでの静とのことを思い返していた。
大人しくて、ちょうどいい距離感で、つかず離れず、重すぎることは言わない。
今考えると出来過ぎた恋人だが、「付き合っている男には自分と別に好きな女がいる」という負い目が静にそうさせたのだと思うと、彼女の泥酔した姿を見て幻滅したというよりも、なんだか可哀そうになった、というのが正直なところだった。
ぼろぼろになって酔っぱらっている静を見ると(そもそも僕のせいなのだろうが)なんだか無性に慰めてやりたくなる。
ぼさぼさになった頭を撫でてやると、いつもなら照れくさそうにしているのに、今の彼女ときたら、まるでしかるべきことをされているかのような当然の顔で目を細めるので、面白い。
「さいごなのに…」
言葉そのものがどろりと濁っているような後悔に満ち満ちた静の台詞だった。
「…無理してするもんじゃないでしょう、こうゆうもんはさ」
言いながら背中をそっとさすってやる。
「悪酔いした…」
「しーちゃん、お酒そんな飲むんだ。俺知らなかったよ」
「だって勿体ないでしょう」
何を馬鹿なことを、という顔でぼさぼさになって顔にかかった髪の間から、眠たげな眼差しが送られる。
「なにが」
「遼平君と一緒にいる時間なんて限られてるのに、酔っぱらってるの勿体ないでしょ」
寒空の中、めぐが家に来るから、と静を部屋から追い出した日。
約束していたのに『ヘアモデルの都合で急遽店に行くことになった』と誤魔化してめぐの部屋に行った日。
そうしたこれまでの静への仕打ちのひとつひとつがその一瞬の間にいくつも浮かんでは消え浮かんでは消えた。
そしてその中のきっといくつものタイミングで、静は虚しさとやるせなさを感じていたのだろうと気づく。
俺は、そのことに対して小さな罪悪感を抱いていながらも、静のことを「好きじゃない」という残酷さで毎回切り捨てた。
「せなか、きもちいい」
静の声ではっと我に返った。
ついさっきまで同じ口で『セックスしたい』なんて言っているようには微塵も感じさせないような邪心のない口調だった。
結局、性的なことなど一切なく、静がすうすうと健やかな寝息をたて出すのを、彼女の頭を乗せた太腿が痛みだすまでじっと見つめていた。