EX2-8【ありがとう】
「はぁ…はぁ……」
背中に背負うミクに振動を与えないように繊細に・・・
凄まじい倦怠感と身に覚えのない傷が目立つ
時間と空間の恩恵を借り入れた代償は安いものではないらしい…
それでも、それでいて最速に、氷華の向かった場所へとひた走る
木々を掻き分け辿り着いた先は、つい数分前とは見紛うほど見る影もない湖のほとりだった
「…っ!!!ひょ…氷華ぁあああ!!!」
「…ミラ…イ君…キちゃっ…たんだね…」
そこに以前見た風景の面影は無く、周囲一帯全てに白銀の世界が広がり、
目の前には神話に謳われる3体の幻獣が氷像と化し、変わり果てた姿で存在していた。
バキンッ!!!
ミライがその異様な光景に目を奪われていると突如、氷華の右足太もも根元が砕け、崩れるようにその場に倒れ込む…
「っ!!ひょう…」
「来ないでっ!!!」
氷華の元へ向かおうとするミライの足を、氷華の悲痛な叫びが止めさせる。
「・・・わ…私を中心に…
この辺り一帯に…氷の封印が展開…している…
ちっ…近付けばこの幻獣達同様…封印に巻き込んでしまう…
だから…来ないでっ…」
目を凝らし、氷華の姿を見ると、肌は徐々に白く凍結し、所々はヒビ割れ…
なのに傷口からは一滴の出血すら見られない程、氷による封印は進行していた。
明らかにもう…何をどうしても間に合わない…
「…なんで…俺達の為にそこまで…
ついこないだまで全然全く関わりの無い…
赤の他人だったのに…」
「……そうだね、赤の他人だった
でも今はそうじゃない…
もう…赤の他人なんかじゃない…
それに…寂しいこと…言わないでっ…
…親に捨てられて…
この体質のせいで…誰も…側にいてはくれなくて…
誰にも…触れられなくて…
ぬくもりを……知らなくて…
ずっと・・・ずっと一人だった…
そんな私に…初めて近くで話してくれた
頬に触れてくれた…
抱き締めてくれた…
笑顔で側にいてくれた…
アナタ達がどう思おうとも…
私にとっては…大事な家族なんだから…」
彼女の唇は言葉を紡ぎ続ける…
氷華が胸に抱え込んでいた、その想いをミライへと伝え終わる頃、
首から下のほとんどは白く変色し、見るに耐えない状態へと変わり果てていた
「…じき、封印が完成する…
もう行って……
…こんな姿…これ以上アナタ達に見られたく…ないの…」
それはもう、ミライの持てる力の全てを駆使しても手遅れで・・・
どうしようもなくて・・・
それを理解してしまっている自分自身の無力さと非力さが悔しく、唇を噛み千切る
「…氷華…ごめんっ……」
血が滲む程に握り締められた拳を抑え、彼女に背を向け、その場から離れようと足の指先に力を加えた瞬間、
すぐ後ろから聞こえる小さな声に足が止まる。
「ひょ……
ひょ…うか……
……ひょ、うかぁー!!!」
それは背に負う少女が必死に氷華へと手を伸ばし、その名を呼ぶ姿だった。
兄である自分以外、初めて発するその名に驚く二人だったが、その愛おしい程の姿に氷華はそっと微笑みを浮かべる。
「…やっと…名前…呼んでくれたね…
…ありがとう…
わた…しと…であ…ってくれて……」
「氷華っぁああ!!!」
振り返るとそこには、先程まで存在しなかった巨大な氷壁が冷気を漂わせながら立ちはだかり、
その中で微笑む、まだ幼さの残る少女が静かに眠りについていた。
「っ!!!」
その姿に今まで抑えていた感情が一気に押し寄せ、膝からガクリと崩れ落ちる
初めて触れた時、彼女の黒く濁った瞳が、ぽっと揺らいだ時
ぷいっとちょっと怒った仕草をして見せた時
優しい微笑であったが、同時に少し寂しさを含んだ笑みを見せた時
その情景が、まるでフラッシュバックするように思考の全てを支配する…
「氷華…ひょう…っか……ひょうかぁぁああああああ……」
静寂の畔でミライの悲痛な叫びが静かに響いていた




