EX2-6【幻獣大三幻】
その”時”は突然訪れた
大地の悲鳴のような震動と空間が握り潰されるような圧迫感、その場にいた者達は戦慄する
一瞬で悟る…
――何かが来る
理屈ではなく、魂が凍り付くような確信だった
木々は揺れ、風は吹き、鳥は鳴いている
世界にはまるで影響がない…
なのに世界の終わりを見る矛盾の心象…
心だけが“終末”を見ていた。
急に両手を広げ、せがんでくるミクに軽く額にキスをして落ち着かせる…
…いや多分、自分自身を落ち着かせる為だったのかもしれない…
「アナタ…ミクちゃんにはメロメロすぎるでしょ!
今そんなシスコンだとお姉さん、将来が心配よ…」
冗談めかす氷華の声に、ミライは苦笑いを返す。
「いいんだよ、どうせどうせ十年もすれば
『お兄ちゃんの洗濯物と一緒に洗濯しないで!』とか言われるんだから…
今のうち甘やかせてもらうさっ!」
「いつの時代の子供よ…」
笑い合った、その刹那――空気が変わる
まだ数キロ単位…
遠く離れたはずの”敵”の存在感が、これ程まで場を支配する
今まで何度か襲撃等を受けたことはあるが、これは最早その比ではない…
生物としての格が、まるで違う…
「私が足止めをする」
「氷華……でも――」
「私の能力は知ってるでしょ?
下手に足並みを揃えたら、逆に巻き込むかもしれないのよ。
それに相手の狙いが誰かもわからない…
アナタ達が狙いなら足止めの意味があるし、殺される可能性も少ない…
私が狙いなら手っ取り早いし…最悪でもアナタ達は助かるでしょ?」
「……そんなこと…俺達は望んでないぞ…」
「だったらなおのこと早く行きなさい…
私が全力出せないと困るでしょ?
大丈夫、危ないと思ったら私も全力で逃げる。
だから――ミライくん。全力で、生きて。
…そしてまた会おう…」
「……わかった。
氷華も気をつけてくれ…!
絶対…無理しないで…」
全力で森を駆け抜けて行くミライとミクを見守りながら、氷華はそっと声に出さない言葉を口にする
「……バイバイ。
ミライ君…そしてミクちゃん…」
ミライとミクへ続く道の間で待ち構える形でその場に立つ氷華の元へその時は来た…
左からは異常なまでの熱波と熱気…
右からは耳に突き刺さるほどの雷鳴と雷轟…
そして中心はぐにゃりと空間が捻じ曲がったかのような異質で歪な光景が広がっていた…
その中より現れる巨大な3体の姿に氷華は愕然とする。
「幻獣が…3体?それも…あれは……」
震えるように絞り出した彼女の声は、恐怖でかすれていた…
ガタガタと震える歯をギシシと噛み締める。
己の矮小さと最悪を想定したそれ以上の存在の出現に、その考えの甘さを後悔する。
それはもはや、夢物語や神話…伝承で語られるであろう”生ける伝説”たる存在。
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はるか古の時代、まだ世界に4種族という種分けがなかった時代。
突然変異で生まれた常に周囲の大気を吸い毒の霧を放出する巨大亜獣種[セーマ]
その巨体に合った食欲から、セーマが歩いた後には一切の大気は無く、
動物も植物も…生命と呼ばれる全ての存在は死滅し、姿を消し、何もない荒れ地と化していた。
一体でこれ程の脅威を振り巻くセーマが産卵の時期を迎える。
単為生殖で産み落とされた卵は現在存在する個体と同じ程の大きさで幼年期は存在しなく、
10にもなる卵が孵れば一日で星の大気の30分の1を食しかねないほどであった。
それは、一ヶ月で星が終わる程の絶望的状況。
そんな卵がまさに孵り、セーマの群れが誕生した瞬間、大気のなくなったその土地一帯全てが朱く燃え上がる。
それはまさに爆炎の如き勢いで広がりセーマの群れを襲う。
大気がない空間において火の概念はなく、耐性の全くなかったセーマはあっという間に灰燼と帰してゆく。
そんな子供達の中を這い出し、炎の中より必死の思いで抜け出した原初にして最後の一体が目にしたのは羽を紅蓮に輝かせる一匹の鳥だった。
そして次の瞬間、セーマはこの世界から絶滅した。
鳥は発つ。
自身の戻るべき場所
我が住処へ
8里ほど離れた山中へその鳥は降り立つ。
そこには生まれたばかりの大気を守護する狼…その子供を慈しみ守る母親の姿があった。
確認される中で唯一、最古の古代書に記載のある原始より悠久の時を生き続ける最古の幻獣。
真紅の羽を身に纏い、数本に広がる尾を閃かせ、羽ばたくその一瞬で、周囲全てを灰燼へと帰す獄炎に並ぶ烈炎のギフトホルダー。
幻獣の中でただ一体、転生ではなく炎の中よりその姿のまま再生し、蘇る不死鳥獣。
転生した幻獣が成長するまで見守る、守り神とされる幻獣頂点3体のうちの1体にして全ての母。
幻獣大三幻左翼:幻を守る鳥【朱雀 シエラ・エスパシオン】
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栄華を極めた国ゴールドカムイ
常に賑わうその土地は皆から夜の訪れない街として有名だった。
鉱山業で成果を出した彼らは、その有り余る体力と工事技術で土地を広げ、
村だった農村は街になり、その3年後には国として認知される程の巨大国家となった。
そして月日は流れ、日に日に街は更なる発展を遂げ最終的には、カジノ、風俗、闘技場といった人々の欲望を満たす施設で街は賑わいを保ち続けていた。
しかし、その代償に周囲の資源は枯渇し、自然は姿を失っていた。
そして今尚、更に国を大きくしようと躍起になり、
周囲に住む動物達は住処を奪われ、常に光が絶えないその地は徐々に生態系へ影響を与え始めていた。
そんなある日、国を中心とした半径5キロ圏内を雷雲が覆い、豪雨に襲われた。
人々は自然の天気による雨程度で何も感じることはなく日常を過ごしていたが、三時間程経ち異常に気付く。
30分に1人、”必ず”落雷に見舞われ命を落としていたのだ。
不自然に感じながら過ごすも6時間が経つ頃には、街の住民は恐怖に震え上がり、8時間が過ぎた頃には街を出ようとする者が現れる。
しかし、街の外に出ようとすると肌を切り裂くような烈風に襲われ、それ以上外には向かえなかった。
恐怖に怯え、皆が家に引きこもると、次は家もろともに落雷に見舞われ、炎上。
消火作業中にまた一人また一人と落雷に襲われる地獄のようなループが続き、人々は神の裁きだと涙し、祈りを捧げ始めた。
そんな異常な天候が一週間程続くと水により地盤は脆くなり崩れ、城は倒壊。
更にその3日後には地盤崩壊は街全体に及んだ。
降り続く雨が2ヶ月を過ぎ、ようやく止んだ頃、もはやその土地に国があったという形跡は一切残されていなかった。
その一歩は大地を揺らし、荒れ狂う暴風を身に纏い降り立つ地には青天より雷鳴を轟かせる。
その姿を見た者のほとんどは命を落とし、
奇跡的に生還した者は恐怖からその伝承を残し、自ら命を絶つ絶望の権化。
世界に二種しか確認されていない超希少恩恵の一つ、
マルチギフト《大災害》のマルチギフター。
幻獣大三幻右翼:災厄を呼ぶ虎【青虎 レギオン】
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ある日、一夜にして国が消えた
それはなんの前触れもなく突然に起きた。
巨大軍事国家として世界に知られた大国イゼルニカ。
世界で初めて核融合実験に成功したこの国はそれを脅しの材料に次々と外交を成功させていった。
それは力による圧力、それによる不平等な条約。
しかし、そんな外交に異を唱える周辺諸国も存在した。
その中でも影響力があったのは農業による自然保護と食料自給、
安全を保障した食料輸出で大国に並ぶ程の規模へと広がった農業国セリカ。
セリカは、今後もこのような外交を続けるようならイゼルニカ及びそれに組みする国との貿易を断ち、独自で国を維持すること表明した。
それは軍事にのみ力を注いできた国々からしたら致命的な痛手で、食糧難の危機は免れなかったがイゼルニカの王は言った。
「この兵器があれば世界を牛耳れる!
土地も食も何もかも今後全てが手に入る!
種族間大戦を制すれば我々は全てを手に入れられる!
それが分からぬ程に愚かなのか…?
セルカの国よ!」
数か月が経っても外交に応じず、結果出された声明を聞き、ついに貿易を断ったセリカをイゼルニカは許さなかった。
それは見せしめの意図もあったのだろう。
放たれた核融合物質はセリカへ直撃、一瞬にして国は壊滅し、数十万人が無差別にその命を絶たれた。
のみならず、その上空の雲からは放射性物質を含む黒い雨が約50km範囲に降り注ぎ、
その土地はもはや生物が住めない荒れ果てた土地と化してしまった。
人々は確信した。
次代を背負い、種族を統一するのはこの国であり…人族だと…
その三日後、大国イゼルニカは忽然と消えた。
そう表現するしかなかった。
イゼルニカがあった土地は一夜にしていくつものクレーターを残し跡形もなく消失していたのだ。
当初は隕石直撃も考えられたがクレーター以外の痕跡は何一つなく、吹き飛ばされた残骸すら何もない。
また重力に押し潰された可能性も考えられたが、それも残るはずの痕跡が見つからず、周囲の国は頭を悩ませた…
そしてそこから更に一週間後
イゼルニカ北東アルミア山脈に異変が起きる。
その周囲に新たに二つの山…
そしてその麓に不気味に蠢く”ナニか”があると報告があり確認する。
その山はなんの原型もない、しかし機械的な物質の残骸…その塊。
そして麓には脈動する野球玉サイズの肉塊が何十万個と転がっていた。
後日、その肉塊が人が圧縮されたものであったことが確認される。
更に検査を進めると、肉塊はイゼルニカに住んでいた人々…
機械的な山は鉄や金属、木材などでできていたイゼルニカの城や住居などと判明した。
奇怪な事件は後に”イゼルニカの大惨劇”と呼ばれたが人工衛星は捉えていた。
クレータが次々と創り上げられていく中、その周囲を徘徊する縄状の生物の姿を…
9体の幻獣をまとめる絶対の長。
二つの頭は金と銀に光輝き、共に互いを繋げるブラックホールとホワイトホールを周囲に展開し、
触れたモノを飲み込み、肉塊へと変える世界唯一のダブルギフターにして双頭の大蛇。
幻獣大三幻:星を導く蛇【王蛇 シャハル・メルト】
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一体一体それぞれが、一夜で地図から島を消し飛ばせる力を持つ幻獣の頂点3体からなる大三幻が今、氷華の目の前に立つ。
そしてその歩みは未だ止まらない…
「私に見向きもしない…
やはり…そうだったのね…
狙いはミクちゃん!
ミクちゃんの”私の特性すらも打ち消してしまう異常魔力”を完全に世界の脅威と感じている…
そうとしても女の…
しかも年端もいかない赤子に向けていい戦力じゃないでしょう!?」
光と闇が衝突し、周囲の空間を掌握していく。
更に左後方は雷撃の雨は降り続け、右後方は獄炎に並ぶ烈炎により森は燃え上がっていた。
こんな状況…勝てるはずがない…
始めからわかっていた。
いくら人族の中で突出した能力があろうと、たかがしがない人族が幻獣の…
それも頂点に座す三体に勝てるはずがないことくらい…
そう…勝てるはずがない
勝てるはずがない
ならどうせ、勝てないのなら…
「ならせめて私の最期の実験に……付き合ってもらいますよっ!」




