EX2-4【種族成長限界】
「っ! っ!! っ!!!」
言われた教えの通りにただ前を見据え、
全神経と研ぎ澄ませ剣を振り続ける。
ただの素振りでは意味がない。
その場に敵がいることを想定し、その動きを捉え、その先を更に読み振るう。
実戦を見据え、実戦で使う、実戦の為の修行。
確かにミクを守るために身につけ鍛えなければいけないのだが、
それとはまた別に、研究所や大戦ではあまり見る機会がなかった技術は興味へと変わり、あまつさえ楽しささえ覚える
「……天才だなっ…
才能もだが…努力においても…」
そんな宿主であり剣術の師でもある鴨川善一の驚嘆の言葉さえ届かない程に集中力は途切れることはなかった。
あれから月日は流れ、二度目の雪の舞い散る季節になった。
氷華の予想は当たり、自身の能力のコントロールがこの土地においては上手くいくらしい。
…というか実際はよく分かっていない。
基本的にこの土地にいる時は、能力の暴走は息を潜め、
外の土地へと向かうと徐々にコントロールが上手くいかなくなり、暴走していくらしいのだが、
その兆候を見ようとついていくと、そのタイミングに限りその暴走状態が見えず、無駄足に終わる。
もしかしたら俺等の未知なる力も疑ったが、出会った時期を考えて研究対象として様々な検査をしてきた直後の俺の可能性は限りなく低いし、
ミクに関しては生まれて一年も経たない赤子…
この地域周囲一帯に影響を及ぼす程の力など考えにくい。
そんな感じに今日も氷華の住む小屋の近くで、夜に備えた薪割りの合間に修行をつけてもらっていた。
「ここまではなんとかできる…
でもここから先…この先がどうしても上手くいかない…
…反応がついていかない…」
「そりゃあアレだな…成長限界だ…」
「成長…限界……」
「お前さんは成長速度と反応速度が異常な程に優れている。
子供にして全盛期のワシが身を粉にして辿り着いた神速の世界へと足を踏み込んでいる事実に恐れ入っておる。
だがしかし、そこから先は袋小路…
長年に渡り試行錯誤し、研鑽しても辿りつけなかった人外どころか生物としての一線を越えた魔の領域…
才能や努力では辿りつけない生物としての限界だ。
あとはもう、経験や技を磨き、その領域内での高みを目指すしかなかった!」
以前見た研究データの中で、俺自身の身体特徴は通常の人間よりも多少なりの耐久が高い程度でしかなかった。
魔族と人族、そして仙族も大きな違いは概ねその特徴が挙げられるだけで、他に大差は能力以外は見受けられていないのが現状。
つまりは特別な環境に身を置かない限り、視力も走る速さも、基本的には変わらないことになる。
人間が何かに反応して、行動を起こすまでを反応速度と言い、個人差はあれ約0.11~0.2秒くらいの時間が必要と言われている。
俺も師匠のおっちゃんも、その領域の更に先、0.1の極限の最速に辿り着いてしまったということなのだろう…
我々3種族が龍族に勝てない大きな理由の一つにこれがあった。
「まあ慌てることはない!
反射はまだしも、速度に関してはまだまだこれから成長期…
身体の成長や筋力の増加に伴って相応に変わっていく!
現状限界を感じても、そこから経験や鍛え方次第でどうとでも変わる…」
「先じゃダメなんだ…成長を待ってもいられないんだ…
もっと早く…もっと強くならなきゃ…
コイツを…ミクを守り切れない…」
そんな急ぐ俺を見て、呆れるように頭を掻きながら切り株に座り様子を見ている善一の横をもぞもぞと影が動く…
「んあ?娘っ子はどっか行くんじゃねえよ、そっちは危ないぞっ!
なんだっ?飯か?風呂か?それともしっしか……
………ぎゃあああぁぁっぁぁあああ!!!」
抱き上げ確認をしようとした瞬間、もの凄い勢いで顔面を引っ掻く。
騒ぎ声に気付いた時には、悲鳴を上げうな垂れる師と泣き喚くミクの姿…
やれやれとミクを抱き抱え、頭を撫でる
「ダメだよおっちゃん、それでなくても俺以外に抱かれるの拒みがちなのに、
服を脱がそうとすればそうなるって…」
「ちくしょうーーー!!!
親切心で確認してやろうと思ったのに…
今後一切、絶対に漏らしても代えてなんてやらねえからなっ!!!」
「ん~?随分賑やかだと思ったら、来ていたんだね…」
ギギギッと鈍い音と共に小さい小屋の扉が開くと、ジャージをだらしなく着崩した、いかにも寝起きの氷華が姿を現した。
さっきの会話のやり取りを聞いていたのか、フラフラと近付いてくる。
「ちょっと試しに…私にもミクちゃん、抱かせてもらえないかな?」
「やめとけやめとけっ!寝起きから痛い目見るのがオチだぞ!
このガキんちょ、兄貴にしかなびかねぇー!!!」
「俺も止めといた方がいいと思うよ。
多分さっきの見てなかっただろうけど、おすすめはしないよ…
おっちゃんの二の舞がオチだとおm…」
と、注意をしきる前に氷華の手はミクの身体を抱き抱えていた。
「やだっ、可愛い///
どこに痛い目見る要素があるの?」
「なっ!?このガキんちょ…俺にだけ反抗的な態度取りやがって…」
「…俺以外に抱かれて泣かないなんて…
未だおっちゃんなんか近付いただけで警戒されるのに…
氷華…赤子の扱いがうまいんだなっ!
どこかで面倒見る機会でもあったのか?」
「全然ないわよ。
どころか親に抱かれた記憶すらないわね!
もしかしたら、その頃から少なからずこの力に目醒めていたのかもね…」
その顔は傍からは気付かない程にほんの少しだけ俯き、眉が下がる。
そっとミクの頭を撫でるその手だったが、それを払いのけ、ミクの視線は俺に向く。
「にいにっ…にいにっ…!」
「ミクちゃん、お兄ちゃん大好きだね~!
ねえ、私の名前も呼んでいいんだよぉ~…
氷華!ひょ、う、かっ!」
「…………ぷいっ!」
「ガーンΣ(´Д` )嘘でしょ?
確かに呼び辛いかもしれないけど、それでもそっぽ向くっ?」
ミクを中心に二人がわちゃわちゃとしている中、
タオルで汗を拭くとその足は氷華の住んでいる小屋の中へと向かう
「中にミク用のミルクがあったよな?ちょっともらうよ」
「あ、うんいいよ!棚の上に置いてあるから…」
その言葉を聞き、そっとドアを開け中に入る。
周囲どころか中までも雑草が生い茂り、草木が枯れたような嫌な臭いが、ぷんと周りに漂っている状態だった空き家はこの一年で大きく変わった。
中は綺麗に整理され、床や屋根は張替えられ、元々なかった生活に必須な環境はみんなで整えて今や立派な一戸建てと化していた。
(なんなら善一のおっちゃん家より良い環境になってそうだが、それは黙っておこう)
勝手知ったる何とやらという感じに、氷華の家の中の構造は熟知している…
どこに何があるかなど目をつぶってもわかりそうなもの程に!
いつも通りにミクのミルクが有る台所へと足を運ぶ…
台に乗り、上の棚のミルクを取り降りようとした時、ふと視線を台所の奥へやるとそこには見たこともない花が氷の台に突き刺さっていた…
「これは…氷の花?」
「触っちゃダメッ!!!」
幻想的に光りを反射し輝く花の形をした氷の結晶へ手を伸ばしたミライの背後から慌て制止する声がし、手が止まる。
「ハア…ハア……油断したっ!
アナタ達がいるのを分かっていたのに、そんなものを残してしまうなんて…」
「氷華…これは…?」
「…さっきミライ君が言った通り氷の花よ。
ただし、絶対零度のね…
触れればその箇所が凍結、壊死…最悪は範囲が広がり砕ける可能性もある。
その花の周囲が凍っているのが何よりの証拠…
サンプルの経過を見てる途中で寝てしまったのだけど間違いだったわ…
一歩間違えれば取り返しのならない状況になっていたかも…ごめんなさいねっ…」
「サンプルの経過?
何かの実験でもしてたのか?」
その質問に少し困った表情を浮かべながら口を開く。
「…封印術の研究…かな…」
「封印術…?」
「そう、表面的だけでなく、体内の全て…
いえっ、その能力空間範囲内に存在する生きとし生けるモノの生命活動を維持する組織系を完全に止めるっ!
まるでそのモノの時間が止まっているんじゃないかと思える程の完璧な封印術…『氷絶封印』!
…の研究なんだけど、ダメね…
対象の物体が耐え切れず崩れ、冷気も外部に逃げてしまっている」
「氷絶封印…いや、でも…なんで…こんな研究を…?」
「……昔から研究しているものではあったの…
自分に対しての…自分の為の封印術…
この時代に私の特性をどうにかできる技術は確立していない…
なら先の世界に希望を託すしかなかった…
多分私は、この時代に生きてちゃいけない…ってね。
この土地では、なぜか私のこの特性は影を潜めているけど、いつまたどの場面でこの力が暴発するとも限らない…
その時、アナタ達を巻き込んでしまったとしたらもう、私はそれに耐えられない…」
幻想的に輝くその氷の華に触れると、華はパラパラと粉々になってサラサラと消えていく
「結局私はなんの為に生まれてきたのか…
親には捨てられて、友達は離れていき、知り合いは怯え、知らない人から蔑まれ…
歩いた後には生命の息吹きなき、凍り付いた氷土が広がるばかり……
私の人生って一体なんなのか…
全てが無駄に思えてくるなぁ~…」
「そんなことないっ!!!」
氷華の言葉にかぶせるように食い気味に、その言葉を否定する
「生きることにっ…
…生まれてくることに無意味も無駄もないっ!!
意味ならあるっ!!!
俺達に出会ってくれた…それはもうそれだけで、生まれた意味であって、無意味でも無駄なんかでもないっ!!!」
「…アナタって時々、大人より大人っぽいこと言うわね…!
どんな人生経験してきたのよ?」
俯く俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でられる
「まあ、それこそ今の私達には関係ないわね…
私達にとってはそれこそ無駄な話になるからねっ!
時間は有限っ!
さあ、二人のとこへ行きましょ…」
外で待つミクと善一の元へと氷華は走り出す。
それはホントに微かに…
聞いてはいけないであろう彼女の囁く独り言を耳にする
「いつか本当にどうにもできなくなった時、私はこの術を自らに使うことになるかもしれない…
アナタ達を傷つけてしまう力が、アナタ達を傷つけようとするなら、私は私自身を封印する。
でもそうならないように努力はするし諦めてるわけでもないし、それまではアナタ達を見守るから安心して!」
『そんなこと…させないから…』瞳を閉じ、そっと心に誓い、俺はみんなの元へと歩を進める…




