EX1-11【その邂逅を人は奇跡と呼ぶ】
バンッ!!!と城内の会議室に扉を開く音が鳴り響く
「親父っ!すぐに捜索特化の能力者を集めて部隊を編成してほしいっ!」
「っ!!!ミライ、無事だったか?
心配したんだぞっ!
しかし……真は一緒じゃないのか?」
「真は……死んだ。
俺のせいで…俺のために命を掛けてくれたっ!」
その場にいた5人の重鎮がお互いに目を合わせ、ざわめく。
「俺は真の願いを聞き入れたいっ!
だからお願いします、これが俺の最後の願いにするからっ!!!」
すぐさま部隊が編制され、人界へと向かう。
それはまさにローラー作戦にも近かったが、魔族の中でも屈指の優秀な探索部隊を置き去りに、
自身の能力の異常な冴えにより、予想より早い段階で彼女は見つかった。
それは通常でもまず目に留まらない…
どころか意識を集中しなければ、すぐさま視野から外される森の片隅…
そこには、ベットに横になり毛布の上からお腹を抑える女性の姿が一人あった。
警戒する護衛を押し除け、ミライは女性の元へと近づく。
「…娘はどうした?
なぜまだ腹の中にいる?
真の話じゃ半年近く前に産まれていておかしくないはず……」
「…このタイミングで来てくれたのが、まさかこんな可愛らしい天使だなんて……
彼も憎いことをしてくれたわね…
……誰かが、私達のことを真から聞いて探し出してくれるのをずっと待っていた。
この子が産まれても…誰もこの子を見てあげられる人がいなかったから……」
戦慄した
ただ一人…お腹に子供を宿したまま、待ち続けていたのか?
身を隠す身として身動きが取れず、尚且つ1人出産は母子共に命の危険が伴う…
食料にも限度があるが、
子供がお腹の中にいれば、そういった問題を全て自分一人で抱えられる……
「でも体力的にも日数的にも、この子をお腹の中に匿うのに限界が来ていた。
……お願い…もう私には、この子を産む力は残っていない。
お腹を割いてこの子を取り出してあげて…」
「なっ…この場でっ?!
でもそんな医療技術を持った者なんて…」
「私を生かそうとさえしなければ、やりようはいくらでもある。
お願いします…もうアナタ達に頼るしかないんです…」
思考が固まらず苦悩する中、付き添いで来ていた初老の男が近付いてくる
「研究部に所属したこともあり、その過程で医療に少し精通しています。
……私が見ましょう」
眼鏡を掛け聴診器を耳にする彼に席を譲り、その場を一歩引く。
難しい顔をしながら、女性の顔やお腹に手をやり視診・触診・打診・聴診を行っていく。
一通り終わると「フー」と一息つき、真剣な面持ちで女性の顔に視線を向ける。
「なるほど……貴女もですが、この子も危険な状態にある。
産むことを先延ばしにし過ぎたのですね。
確かに、今すぐでないと危険だ…」
「お願いします。
私はどうなってもかまわない。
でもこの子だけは助けてあげてほしいんですっ!」
「……尽力を尽くすことをお約束しましょう。
ミライ様っ!」
聴診器を外し、立ち上がるとゆっくりと近付いてくる
「お子さんを助ける努力は致します。
しかし、ほぼ間違いなく、このご婦人はもたないでしょう。
用意を致しますのでその間に、最後のお言葉をおかけになってください…」
そう言うと横を通るように自身の鞄のある場所へと向かっていく。
そっと華子の近くにある椅子へ腰を下ろす。
苦しそうな表情の中にある少しの安堵する表情に、たまらず抑えていた気持ちをそのままに口にしてしまう。
「アンタ等はこれでよかったのか?
真は俺の為に命を掛けて……そして死んだ。
アンタも、まだ見ぬお腹の中にいる子供の為に命を落とすことになると思う。
こんな結末で……アンタ等は幸せだったのか?」
「…ええ、とても幸せだったし、とても幸せよっ。
だって、この子の為に命を掛けられるんですものっ…
それは多分、あの人も同じだったと思う。
私はあの人を誇りに想う…
だって、アナタのような子の為に、命を懸けられる人であったのだから…
世間が歓喜し、彼を勇者と称え遠くに感じてしまったけれど……そんなことはなかった。
あの人は結局、私の愛したあの人のままだった…
ありがとう……ミライ君…
あの人の最期を看取ってくれて…
ありがとう…
私達のことを見つけ出して、私達と巡り会ってくれて……」
「違うっ…違うんだっ!!!
本当に、本当に礼を言わなきゃいけないのは…俺の方で……」
「……そんなアナタに、これ以上頼るのは間違っているのかもしれない…
だからこれは、私の最後の頼みで母親として身勝手なお願い。
ミライ君、この子の家族になってあげて…
私は覚悟ができているからまだいいの…
でもその後、この子は一人ぼっちになってします…
私達は側にいてあげられない。
それだけがすごく心残り…
守ってあげなくてもいい、怒ってくれても構わない。
でも、この子の側に居てあげてっ……
最初から最後までアナタに頼りっきりになってごめんさい。
でもアナタ以外には頼めない…
だから……お願いします」
「……世間知らずな俺だ…
アンタの期待通りにはならないかもしれない。
でも…」
そっと華子の手を握り締める
「…任されたっ!」
「ミライ様、準備ができました。
衛生上、我々以外は離れていてくださいっ」
すぐにその場を離れることになり扉へと向かう。
そっと振り返り彼女を見ると、その時見た彼女は微笑んでいたように見え、心が締め付けられる想いに駆られた。
手術は30分ほどで呆気なく終わった。
最初の5分は準備、20分は彼女が助かる術を探してくれていたらしいが、見つからず、
いよいよ体力の限界を向かえ、お腹を切除し、子供を取り出した。
朦朧としているであろう意識の中で、彼女は横にいる我が子を優しく撫でる
「やっと、会えたねっ……
待たせて…ごめんね…
私達と…出会ってくれて……ありがとう。
私達の最愛の娘……
……ミクッ…………」
華子は静かに息を引き取った…
そっと近付き顔を見ると、そこには満足な笑みを浮かべる華子の姿があった
ゾクリと彼女の壮絶な最期に震えた。
それは今まで命を、コピーやクローンで作られている光景しか見ていなかった自身には信じられない光景だった。
真は言っていた。
生きるのに意味も理由もなく、そこにいるだけでいいのだと言った彼の言葉がようやく分かった
この子が産まれて生きている…
それだけでもう、彼らは幸せなんだと思えてしまえるんだ…
子供だからと言い訳をできたかもしれない。
しかし、それでも俺は自分の無知さを酷く恥じた。
「やーーーっ!!!」
「なっ…なんだこの赤ん坊ぉ…人族のくせになんて力してるんだっ!?」
付き人の一人が抱き抱えようとするも、それを拒むかのように暴れ、手に負えない状況になっていた。
暴れて泣き止まない赤ん坊に嫌気が差し、半ば強引に連れて行こうとした頃、スッと自身の足は赤子の元へと近付いていた。
「…大丈夫だから……」
「危ないですよっ!
見ての通り暴れる上、勇者の血を引いているせいか異様な力を秘めています。
ここは私達が…」
そんな付き人の言葉が後ろから聞こえてきたがどうでもよかった。
俺の視線は、一直線に赤子を捕らえていた。
目と目が合う
一目惚れ・・・と言えば語弊がある。
ただ、静かに互いを見つめ合う瞳は引き合う何かを感じていた。
それが果たしてなんなのか、この先最低10数年経っても分かることはなかった。
ただ、もし例えるならそれはまさに…
「俺の名前はミライ。
支王ミク…俺の家族になってくれ…」
驚くほど自然と口からそんな言葉が出てきた。
ソッと伸ばした俺の手の指を、ミクの小さな手が握りしめる。
確かに赤子にしては力強い
だが、か細くて小さく、そして温かく……
今はまだ一人では何もできず、誰かが傍に居てあげなければ抗うこともなく死んでしまう…そんな儚く尊い命…
そっと優しく抱き抱えると、先程までの抵抗が嘘のように全ての身を自分に預けてくれた。
そして、俺にとびきりの笑顔を向ける彼女
口を半開きに唖然とする付き人を尻目に、満面の笑顔で自分に微笑みかけてくれるミクを見て、自然と涙が頬を伝った
全てを悟った
真、そして華子が命を賭けて守ろうとした守りたいものを……
誰にも必要とされていなかった
『ダメです!能力値は生まれた時と変わらず…これが上限と思われます!』
『くそっ!せっかく全ての族性を有した希少種なのに…』
『失敗作…だな!』
親父でさえ、同情の目でしか俺を見ていなかった
『悪いな、ミライ。
陽の目も当ててやれず、不憫な思いをさせて。
しかし、お前を他の種族に晒す訳にはいかないんだっ!』
それでも、俺は親父を守りたかった。
親父を失えば、俺の存在理由は本当になくなってしまうような気がしたし、何より家族だから…
『親父に手を出すな!』
そこで俺は支王真と出会う
『ミクを……頼んだ…………』
初めて他人に必要とされたと思った
真との約束を守らなければ…そんな気持ちで俺は、真の家族を探した
「キャハ、キャハ!!!」
「何て脆い生き物なのだ」と思った
魔族は生まれた時よりある程度の戦闘力を有している
無意識なれど、その身を守る為の防衛本能が働く
俺に至っては実験の産物ゆえか、能力値は低くとも、戦闘能力に関してはアンチとはいえ人族の大人を3人以上相手にできるほどだった。
それに比べればいくら強いと言ってもたかがしれていた。
それでも、そのか細く弱いその手で、何もない、空っぽのこの俺の手を必死で握り締めてくれた。
満面の笑みを俺に向けてくれた。
それだけだった
それだけでよかった
それだけで救われたような気がした
「…っうっ…」
失敗とか必要とかそんなことはもうどうでもいい…
頼まれたとか義務とかもどうでもいい…
守ってやりたいと思った
俺がこの子を…
俺の全てをかけて…
世界中の者から嫌われてもいい
憎まれてもいい
恨まれてもいい
この世界の全てを敵に回しても…
俺は何もいらない
だから抱き締めるこの小さな命は…
ミクだけには幸せになってほしい
そう思えた…
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…ということで、支王ミク様の血縁はいらっしゃらず…
現時点、ミク様の引き取り手はおりませんでした」
ミクの母親の死後、今後ミクをどうするべきかの話合いがあった。
結果として血縁の親族に引き渡すことで話はまとまっていたのだが…
「元々、支王真は施設の出だったらしく、人族の上役も支王真の親もまた強い能力の持ち主の可能性が高いと考え、
再三に渡り探し回ったらしいのですが、結局見つかることはなかったそうです。
一応我々も独自で探してもみましたが、成果はなく…」
「う~ぬ、恩ある者の娘ゆえ、なんとかしてやりたいのは山々だがこれ以上は…
本意ではないが、真と同じ人族の施設に預けるのが妥to…」
「俺が育てるよっ」
魔王である父の言葉を遮るように、慈しむ瞳でミクに向けていた視線を正面へと向ける。
鏡に映るそこには、先程までとはまるで別人かのような覚悟を決めた瞳を宿す自身の姿があった。
「俺が人界で…人族として暮らして、コイツを育てる…」
「なっ…何を言ってるんだっ!
そんなこと…」
「じゃあ他に方法があるかっ?
施設に何も言わず預ければ、勇者の子供とは知られない…
しかし現時点でこれ程の強さを有していれば、いずれ周りから疎まれ、その強さから良くて国の機関、最悪研究所送り…
かと言って支王真の娘だと引き渡せば、父親である勇者の所在を問われるのは明白…
結局は研究所で真に代わる他種族の脅威となる勇者を生み出しかねない。
勇者、支王真は健在でこの子が支王真の娘とし、健全で真っ当に生きていく為には、それを語る語り部とミクを守る護衛が必要になる。
ならその役は真に助けられ真の最期を看取り、華子からコイツを託された俺の役目だっ!」
「いやしかし、そうかもしれないが…だが魔族であるお前を簡単に人族にごまかせるとは…」
「俺は元々全ての族性を持っている。
それに元々低い魔力値のおかげで脅威としての認識も浅くなる。
人族に多い無能力者を装えば、人族に成りすますこと自体そこまで難しくない…
親父達は真の死を悟られないよう、進めていた統合都市建設に尽力してくれればいいっ」
そっとミクの顔を見る。
そのあどけない笑顔に指を近づけると「キャッキャッ」とハシャぎながらその手を握り締める。
自然と口角が上がりそうになるが、その気持ちを抑え周囲を睨みつける。
「俺がコイツの家族になる。
異論があるなら止めてみろっ!
親父…アンタを含めたここにいる全てを、跡形もなく消して俺はでていくっ!!!」
そしてかざした右手からは、黒い暗黒の空間が出現する
「覚えておけ。
俺はもうアンタ等の未来じゃない。
俺はコイツの兄………[支王ミライ]だっ!!!」




