EX1-10【裏切りと欺瞞のその先に…】
「支王っ……まこと………」
「おう、俺が来たからもう安心しろっ!
だから、そんな不安そうな顔すんなっ」
先程までの不安や恐怖…そして裏切られた悲しみでぐちゃぐちゃだった心は、
真の顔を見た瞬間、安堵へ変わり、自然と涙がこぼれた。
「俺はっ…信じようとしたんだ……
信用しようとしたんだ…
それなのに……結局………」
すがるような視線で真の顔を見つめ問うと、
グシャグシャと頭をかき回される
「ああ、そうだなっ!
世の中なんてそんなもんさっ!
魔族も人族も同じ、なんなら仙族も龍族も同じ……周りはいつだって敵ばかりだっ!
でもなっ、だからこそ……
そんな中で、ほんの少しの人達でも信用できる奴等と出会えた時、
それが堪らなく嬉しくて、尊くて、愛おしくて、かけがえのないものになるんだっ!」
それは今までにないほどの優しい声で…
なのにどこか寂し気な…
「少しだけ、身の上話を聞いてくれるか?
娘の話はしたよな?
俺の妻は今、その行方がわからなくなっている…
俺が長期クエスト中に姿を眩ました。
そしてそれは人族の…それも今まで家族のように暮らしてきた村人達のせいだった!
ミライ、俺はな…
勇者なんて名乗れない…大罪人なんだ…」
「真が…大罪人っ…?」
「俺の妻、名前を華子と言う。
れっきとした人族なんだがな、瞳の色が緑色をしていて幼少の頃からイジメられて生まれた村を追い出されたそうだ。
その原因のもう一つに、子供の頃から音の能力上位者で、恐ろしいほどに精密に、その能力に強弱を付ける技術を身につけていてな。
音は空気を振動させて伝えるものだが、その振動で周囲に見える光景を歪ませ、
まるで蜃気楼のように相手の視界を誤認させることができたんだ。
そしてそれは、一定範囲の空間全体に大きな音を少しづつ消費し、また更なる音を加えることで継続的に、蜃気楼を見せ続ける技術を持っていた。」
「空間全体を歪ませる……それってまるで……」
「……敵を倒すのではなく封印する手段を生み出したのは人族。
そして、それを個人単体ではなく指定空間範囲を封印する結界術を編み出したのは仙族だ。
しかし、その結界術の根源たる技術を教えたのは、しがない一人の人族だった…
……俺の妻、支王華子は現在人族において唯一の単体結界使いだっ!」
封印術の類は、そのほとんどを才能と生まれ持ってのセンスが大きな割合を占める。
それは、いくら強く最強を誇る支王真が逆立ちしても繰り出すことのできない、まさに舞台そのものが違う技術の結晶…
「村の奴らはあろうことか、俺の力と華子の力を受け継ぐお腹の赤子を実験材料に最強の人族を創り出そうとした。
それを知った華子は逃げるように、その村から姿を消した。
帰ってきてすぐ拘束され、華子の居場所を聞かれたよ。
当然知る由もなかったが、そんな俺に吐き捨てられた言葉は…
『お前達のような、自分達さえ良ければそれで良いという考えの奴等ばかりだから、未だ戦がなくならないんだ!』
『まかりなりにも勇者を目指しているなら、自身を犠牲にしてでも俺達を助けろ』
『何の為に気色悪いあの女を村においてやっていたと思うんだ?』
……だとさ。
心無い言葉を浴びせられて、勝手だと思ったよ。
そして……
『お前達のような初めから強者の者に私達に気持ちは分からない。
だから代わりにお前達の子供には、私達の気持ちがわかるよう”大切に”育ててやろうとしているんだ!』
その言葉を最後に、俺は怒りのままにその村を壊滅させ、攻めてきた魔族軍を全滅させた。
”エクストラ”に目覚めたのもその時だ。
俺は絶望したよ…
こんな奴等の為に今まで何をしていたのかと、苦悩しない日は無かった。
それ以降、俺は華子の居所を探し続けていた。
しかし、どれだけ探しても、俺の能力では華子を見つけ出すことができなかった。
そして3ヵ月が過ぎ、娘が生まれる時期が近付いてきた頃、俺は一つの答えに行きついた。
もう二度と会えなくてもいい……
彼女や娘の顔を見れなくてもいい……
ただ、そこで笑顔で平和に暮らしていてくれるなら俺はもう……それ以外を望まない」
「俺と………一緒……」
「ああ、奇しくも娘が辿るかもしれなかった最悪な未来をお前は辿ってしまっていた。
だから、そんな境遇にいたお前を、他人事には思えなかった。
そして誰も信用しなくなった俺は、単身で大戦に乗り込み、
仙王に条約を結ばせ、龍王を捻じ伏せ抑えつけ、魔王へと挑んだ。
身寄りのなかった俺にとって、華子だけが家族だったからか…
全てを失った俺に躊躇いや迷いはなかった。
だからなのかな……
父親を守ろうとするお前の姿に、まだ見ぬ娘を重ねて、希望を見ちまった…」
真の大きな両の手が、俺の肩にそっと添えられる
「ミライ、お前の境遇は不遇だ。
目も当てられないほど不幸だったに違いないだろう。
気持ちなんてわかってやれないし、簡単に分かると言っちゃいけない。
それでも腐らないでくれ…
形は違うだろうが、お前と同じくらい……下手したらもっと酷い奴らもこの世にはたくさんいる。
死ぬために産まれてくる奴等、その死でさえも救いと思っている奴等…
そんな奴等がゴマンといる。
だが、だからこそ…
少なくともお前は、そいつらの気持ちが分かってやれる。
理解して、手を差し伸べて、一緒になって悩んでやれる。
支えになってやれる…
俺は思う……
こんな俺なんかより、お前の方がこの世界に必要な存在なんだ。
この広い世界を見て、たくさんの人々を救えるっ!
俺がなりたかったけどなれなかった…そんな勇者に……お前ならなれるっ!!!
だから勝手かもしれない…
押しつけかもしれない…
でもお前に、そんな夢を見ちまうんだよ…」
両の肩を握る真の手。
なのに肩には、なんの力も感じない。
違和感を感じ視線を向けると、真の身体が徐々に砂のように崩れていっていた
「っ!?…真……なんだよ……コレ…?」
「少し邪魔が入ってな…
俺が使える寿命に限界がきたんだよ。
もう先は長くなかった……気にするな」
見ると背中からは大量の出血をし、その血は赤く蒸発し、空へ昇り消える。
そっと肩に添えられた手首に触れると、ボロボロと崩れ、その残骸は地へと還っていく。
「……俺のせいで………」
「お前のせいじゃない…
俺のためだ…
そして、それでお前を救えたのなら、俺は俺が誇らしい。
だってお前はもう…俺にとって尊くて、愛おしくて、かけがえのない存在なんだから…
これでようやく…俺はちゃんと、胸を張って勇者を名乗れる…」
それは今まで、誰にも言えなかったのであろう”勇者”という想いの鎖。
勇者であろうとし、勇者を目指した男が、
ようやく自身が目指す勇者になれたことによる一筋が頬を伝う
「そう……いえば……娘の名前を教えてなかったな……
娘の名前は……未来
息子だったら未来になるはずの……お前と同じ名前の子だ……」
頭にそっと崩れ落ちる冷たい手が触れる
「ありがとう……
お前のおかげで……父親の気持ちが………
…少し分かったよ……
ミクを……頼んだ…………」
「………まこ…と……?」
「…………」
ぶらりと落ちる腕
命の終わりと共に一気に砂化は進み、大空へ舞い散り消えてゆく。
そしてそこには、ただ一振りの刀が、彼が存在していたことを証明するかのように、
静かに横たわるように残されていた。




