第二話 ぼくのなまえはけろべろちゅ!
ブックマークと星?というのですか?
ありがとうございました。
見てる人などいるのか?と思っていたのでとても嬉しいです。
反応があるとやる気が出ます。
頑張って書きますね。
土煙が収まり、魔法使いが目を開けると、そこには大きな穴が開いていた。
人間がすっぽりと収まってしまうくらいの穴が開いてしまった。
その穴の淵ぎりぎりに立って中を覗き込む魔法使い。
暗くてよく見えない。
「……な、なにが起こったの!?ちょっと!大丈夫!?」
魔法使いの声が穴に反響するも、応答はない。
これだけの大きな穴だ、もしかして勇者も…
だんだんと焦り出す魔法使い。その顔色は真っ青である。
いくら勇者がクソでアホでドМでどうしようもないとしても、結局の所この旅に最初から付き添い勇者に従うくらいなのだ、そりゃ心配もするだろう。
嫌な予感がどんどんと湧いてきては消え去り、今にも泣き出しそうな魔法使いであったが……
「い、っててて……なんだあ?」
「生きてる! しぶとい!」
ひょこっと穴から顔出し無傷で勇者生還。
その場で崩れる魔法使い。
「なんか、空から降ってきた……?」
持ち前の身軽さでひょいっと穴から抜け出す勇者。
砂埃を払いつつ、空と穴を交互に見つめ、己に起きた事故…と呼ぶのか災害と呼ぶのかわからない状況に眉を顰める。
そのまま魔法使いと共に穴を見つめていれば……
「きゃひいん……いたああいい……!」
黒い靄をまとった毛むくじゃらの小さい塊がふよふよと浮いてきた。
しかも喋っている。
人間国には喋る動物など居ない。ましてやこの毛むくじゃらは黒い靄付き。魔物でも余程の知性をもつ個体でない限り喋りはしない。と、言うことは……?
不信さにざっと一歩下がる二人にお構いなく、黒い靄に包まれた毛むくじゃらはこちらへと近付く。
このまま攻撃されるのか…?
二人は生唾をごくりと音を立て飲み込むと、攻撃態勢をとる。
両者、にらみ合いが続くと思った次の瞬間。
黒い靄をまとった毛むくじゃらが、降下して地に足を付けるや、自分に纏う靄を忌まわしそうにぷるるるっと体を震わせ剥がすと、まとっていた靄が散り散りになり、すーっと消え去った。
そして、中から出てきた?ものは……
「うわ!!! なんだコイツ!! 犬!?の、魔物!?」
犬。それも、子犬。
黒い靄がなくなったことで自由になれた!と言わんばかりに嬉しそうにその場をクルクルまわる子犬。
ひとしきり回れば満足したのか、フンス!と鼻を鳴らして何やら自慢げにお座りして胸を張っている。
その表情に何となく、何となくイラつきを感じる勇者。
…と、反対に魔法使いは歓喜の声を上げ、前にたたずむ勇者を邪魔と言わんばかりに押しのけ飛ばした。
不意を突かれた勇者はバランスを崩して転倒。
そんなことはどうでもいい、とばかりに勇者に対して結構おかまいなしな魔法使いは、ふんぞり返る子犬に駆け寄った。
「かっわいいいい! 柴犬の子犬だあ! わんちゃん、痛いところない?大丈夫?」
「おい、俺と随分態度違うじゃねーかよ……」
「だいじょうぶー! なんかクッションにあたったからあんまり痛くない!」
「あら、そう? でもここ汚れてるわね。拭いてあげる。」
「そのクッションは俺何だけどな?な?」
しゃがみ込み、率先して子犬の世話をしている魔法使いに、今だ転倒したままの勇者が問うもスルーされる。
ハンカチで薄汚れた子犬の顔をぬぐってやり、ついでにもふもふの身体を触る。
子犬は嬉しいを隠さず、その短く丸まったしっぽをフリフリ限界まで振っている。
子犬の中の好感度ランキングで、魔法使いの順位が上がった。
「おお!ありがとお! おねえさんいい人間なんだな!!」
「いいのよ、これくらい。うふふ……」
おねいさん。
その言葉に魔法使いはニンマリと笑う。
背後から漂うご機嫌な魔法使いのオーラに、ぞわっとするものを感じた勇者。しかし彼はめげない!しょげない!諦めない!
鉄のような精神をもっているのだ。そう!アイアンハートである。
この場からいない存在とされようとも、彼の心はくじけない。
キャッキャウフフと一人と一匹の世界ににじり寄り、魔法使いの肩をトントン、と叩き無理矢理世界に侵入。
「おい……俺は……?」
「アンタはほっといても死なないでしょ」
「ひどい!」
打ちひしがれる勇者がその場に倒れ込む。
それを見て鼻で笑う魔法使い。
急に入ってきた勇者に、無表情で突き放す魔法使いの潔いこと。
しかし実際に今、災害級の出来事があったにもかかわらず、元気な様子でピンピンしている。
むしろ薄汚れているだけで擦り傷一つ、何処にも傷などないのだ。
……有り得ない。
化け物を見るような目線で、上から下まで視線を這わせる。
そんな超人を目の当たりにして、そして目の前の弱そうな子犬をみて魔法使いは比べるまでもなく子犬を選んだのみ。
わざとらしく乙女座りでウソ泣きしている勇者など知ったこっちゃないのだ。
痛かったら自分でどうにかしろ、と思う魔法使いなのであった。
「それはそうと、どうして空から降ってきたの?」
そう、そういえばこの子犬は空から降ってきた。
今はもう消えたが、まとっていた靄はとてつもない魔力を含んでいた。
それが子犬を守っていたのだろうが、むしろ拘束していたのも事実だろう。
実際に靄が消えた後の子犬は水を得た魚の様に自由に歩き回って、今はもう蝶々を追いかけまわしている。
…あ、こけた。
その姿にほんわかと見守っているも、そのまま丘を転がり下っていきそうになるのを寸での所で抱き止める。
抱き止められた子犬はテヘペロ、と舌を出す。
――うん、可愛い。
こんな力もない、いたいけな子犬が、何をどうしてこうなった??
「あのね!まおうさまに稼いでこいって窓からなげられた!」
……ん?
いたいけな子犬から、今何か不穏な単語が出たような……?
固まる魔法使いに、興味津々の勇者が動く。
地に下した子犬は今度はちゃんとお座りして、じっとしている。
固まる魔法使いを不思議そうに首をかしげ、前足をそっと膝に添えて見上げる。
その後ろからにゅっといきなり顔を出した勇者にびっくりすると、後ろにこてっと転がった。
「は?魔王……? え、魔王って……魔王?」
「まおうさまはまおうさまなのー!」
うんしょ、とその場でもごもごのたうち回る子犬。
まだ子犬なのでうまく起き上がれないのだ。
短い手を振りながら、何とか起き上がろうとしつつ律儀に質問に答える。
それでも信じられない、と復活した魔法使いが間髪入れずにまた問う。
「え?なに……?わんちゃん、魔王の飼い犬なの?」
「ちがーう!けろべろすはまおうさまの護衛なのー!」
「……え? けろ、べろす……?」
心外だとばかりにフンス!と鼻息。
出た言葉も言葉だが、今、目の前で無様にのたうち回っている子犬は、自分の事を何と名乗った…?
ふ、と過る伝説の魔物の名前に酷似した名。
いや、まさか、そんなそのはずは…だって目の前の子犬は子犬であって…いやしかしこいつは魔物…。
などと勇者が思案していると、同じ思いだったのだろう魔法使いが信じられないが、とりあえずの体で核心を突く。
「まさか…地獄の番犬、ケルベロス…なんて言うんじゃ…?」
言った後にすぐさま、いやいや、まさかね~?と笑って流そうとした。
が、それまでジタバタとのたうち回っていた子犬は、魔法使いが言い放った“ケルベロス”の単語に反応したのか、途端に俊敏になると、勢いよく回転して元に戻っては四肢を地につけ、ふんぞり返った。
「あ!それそれ!けるべりょちゅ! けるろべちゅ! むむん!ケールーベーロースー!…良しっ」
「よしっ! じゃねえよ! ゆっくり言ったのに間違ってんじゃねーか!自分の名前も言えねーのかよ、クソチビ!」
子犬は満足そうだ。
舌っ足らずの物言いはあれど、初めて自分の名前を正しく言えた満足感にふんぞり返る角度が上がる。
また後ろに転がってしまうのではないか、と思うくらいに。
子犬ちゃんなので、まだ魔力が足りずどうしてもこの喋り方になってしまうのだ。
漢字やカタカタの時はちゃんと言えてるが、ひらがなの時は大概間違ってる。
そんな認識で良い位の子犬の喋りを、先ほどからのイラつきを隠せなくなった勇者が我慢できず堪忍袋の緒が切れた!とばかりに罵る。
子犬としては本当にちゃんと言えたので、突然怒り出す勇者にむっとして果敢に吠えかかり、主張する。
「言えたもん!けろべろす、ちゃんと名前言えたもん!」
「その主張でも自分の名前言えてねえじゃねえかよ!バーカ!」
しかし勇者はさらに罵りの言葉を重ねる。
子犬とてプライドはあるのだ。
確かに言えなかったところがあるが、言えたところもある。
そこを子犬は主張して言っているのに、この勇者は問題をすぐすり替えるし話も聞かずに自分を馬鹿にする。
よくネットで人の意見は聞かず、自分の意見だけ言った後、反論待たずに「ハイ論破ー!」といきっているクソリプのような男であった。
残念通り越してクソである。
反論するのも勇者は揚げ足を取るばかりで、悔しさに地団駄を踏む子犬。
その光景は兄弟喧嘩そのものであった。
「きいいい!こいつ嫌い!」
「おー!俺もお前みたいなクソチビの犬の魔物なんてどーでもいいっつーの!」
「もう!なに張りあってんのよ!相手はまだ子犬ちゃんでしょ!」
兄弟喧嘩に止めに入るお母さん…ではなく、魔法使いが子犬を抱きしめ勇者を睨む。
勇者はまさか魔法使いが子犬を庇うと思わなかったのであろう、不服そうに頬を膨らませて抗議するも、全く可愛くない。微塵も、だ。
「はあ!?だってコイツ生意気じゃん!」
「おねーさんはいい人! 好き!」
「あら、かわいい。わたしもケロちゃんが好きよ。お姉さんって言ってくれるところが特に」
さらっと子犬にあだ名をつける魔法使い。
子犬……もとい、けろべろすを抱きしめ勇者から守ってくれる存在に、躊躇なく好意を示す。
魔法使いも、自分のことを若く見てもらえてる事実にご機嫌でけろべろすを撫でまわしまた二人の世界を作っていく。
その光景に嫉妬してるのか、不機嫌そうに唇を突き出す勇者。
キャッキャウフフの世界に散る花を頭に受け、悔しさに面白く無いとばかりに禁断の言葉を呟く。
「……へっ。お前、若くしてっけどババアだもんな」
ぴた、っと時間が止まった。
いや、そんな気がするだけなのかもしれないが、絶対零度の冷たい空気が足元に流れる。
その冷たさにがくがくと膝が笑う勇者。
冷汗もかけないその冷気に、情けないが、今にもちびりそうなのである。
やっべ、と勇者が慌てふためいた時にはもう遅く、ゆっくりと魔法使いが振り向き勇者を視線だけでとらえた。
暗黒面に捉えられた勇者は、恐怖からか一気に冷汗を垂らす。
その光景はまるで蛇に睨まれた蛙の様。
冷汗が止まらない勇者、ローブの隙間から除く杖。
「……。」
「あ、無言で杖こっちに向けないでくださーい」
震える声で言いながら、両手を上げるしかない勇者。
聞く耳持たない魔法使いがブツブツと詠唱しているその時、空気を読まない間の抜けた声が響く。
「なあなあ、おねーさんたちも、まおうさまのいべんとに来たのか?」
小さな前足で、魔法使いのほっぺをてしてし。
魔法使いはさっと笑顔に戻ってその可愛さに悶絶。
助かった、とばかりに大きく息を吐く勇者がそこにいた。
辛うじてちびっていない。奇跡だ。
神に感謝した勇者は空を仰ぐ。
実際は魔法使いに抱き抱えられているけろべろすのおかげなのだが。
彼はそれを認めたくない。
口は禍の元である。
二度と言うまい、と固く誓う勇者なのであった……。