第一話 物語の始まりは空から突然やってくるものって昔から決まってる。
【国境にて】
「あー!やっと着いたな、魔王国!人間国から来るのも楽じゃねーなあ!」
森を抜け、小高い丘の上から国境と呼ばれる塀と、それを超える国境の門の前に連なる長い列を見下ろしながら鎧を纏った男が大きな声で叫んだ。
その格好は何故かチグハグさが滲み出ており、一見すると職種がよく分からないのだが、なんと一応“勇者“なのである。
何故こんな格好なのかと言うと、一言。
――お金がなかった。
……なのだそうだ。
彼の出身は辺境の貧しい村。旅立ちの際に必要最低限しか旅の準備が出来ず、仕方なしに彼は通りかかる者と勝負しては何かを得る……ということを繰り返し辺境の地から遥々この国境へとたどり着いたのだ。
……行動が追いはぎの様である。
そうなると、装備もチグハグな物になるのは当たり前で、勇者……かな?という印象をもたれがちなのだが、実力はそれなりなのであった。
しかしこの勇者。
実力はあれど、残念であった。
なにがどう残念であるかは、今は伏せて置くが、その残念さで未だにパーティのひとつも組めていない。
本来ならば居るはずの賢者も妖精もエルフも、この勇者には誰一人として着いてきていないのであった。
いや、正確に言えばスカウトしてもすぐに断られる。なまじ運良く断らず着いてきてもいつの間にか居なくなるのだ。
――ここまで言えば、もうお察しである。
そんな勇者であったが、神は彼を見捨ててはいなかった。
「そうね、私達の住んでた土地は魔王国との国境から遠いものね」
その男の背後からローブに身を包んだ、いかにも“私は魔法使いです!”という風貌の女。
ローブの隙間から除く脚はスラリと伸び、胸も腰もローブを羽織っているにもかかわらず隙間から見えるそのボディは山谷くっきり、スタイル抜群。
生娘を通過し、経験豊富なお姉様……という印象の彼女。
しかし、彼女、実年齢は熟女を通り越し今年で……と、何故か書こうとしても、ここで筆が止まってしまう呪いにかけられたので彼女の実年齢は秘密にしておく。
これは逃げでは無い、戦略的撤退である。
……――話を戻しまして。
そんな彼女、引く手数多の魔法使いであるが勇者と同じ辺境の村で密かに暮らしていた。
過去に魔女狩りという意味不明なものに巻き込まれた彼女がようやくたどり着いた安寧の場所。
そこは偶然にも幼い勇者が住む辺境の村なのであった。
出生もよく分からない魔法使いである余所者の彼女を村人は恐れていたが、当時幼かった勇者だけが分け隔てなく接してくれていた。
きっと持ち前の明るい性格と、ただ単に事情を分かっていなかっただけだろうが。
何故なら、彼には教えてくれる大人も、守ってくれる両親も居なかったから。
やれ腹は減ってないか、住む場所はあるのか、無いなら一緒に住もう……などなど。
恐れもせずに自分と向き合ってくれた唯一の存在。
そんな勇者に、身も心もズタボロだった魔法使いは心を開いていく。
なし崩し的に勇者を育てることになった魔法使いは、勇者との生活により次第に笑顔を取り戻したのであった。
その勇者の行動に村人も彼女への警戒心が次第に薄れていき、時折笑みを見せる彼女と一所懸命に勇者を育てる様子を目の当たりにし、交流を少しずつ始め、ついには和解し、魔法使いはその経験と知識を活かし、村で1番の医者としての地位を得たのであった。
そんな平和な日々を送る中。
恩人である勇者が旅に出るという。
聞けばとあるイベントが開かれるから腕試しをしたい、との事。
彼女は思った。
こんなクソが世に放たれてはならぬ、と。
ましてや自由に?野に放たれる?こんなアホでクソみたいなやつが??いやいやいや、そんな恐ろしい事があってはならない。混沌じゃ!混沌が世界を覆い尽くしてしまう!!
彼女は一人で旅立つ勇者をある意味で、本当にある意味だけ心配し、すんごい身震いを起こした。
その後の行動は……もう、察して下さい。
「うっわ!みろよ! 魔王国につながるゲート、すっげえ行列だぜ!」
「あら、本当…。噂はやはり本物だったみたいね」
「おうよ!じゃなきゃ遠路遥々、ここまで来る意味ねーからな!」
ニカッと笑う勇者に、魔法使いは溜息をひとつ。
勇者の言う、ここまで来る旅の苦労を思い出したのだろう。
眼下に見えるは長く、そして高い塀。
あそこを超えればそこはもう魔物が蔓延る魔王国。
石造りの塀でどうやって屈強な魔物を抑え込んでいるのかと聞かれれば、答えは簡単。
それ以上の強固な結界が塀を支えているのである。
なので普段、魔王国には人間国の平民などは入れない仕組みであり、入れるのは人間国の上層部と、経験と知識と鍛錬、さらには功績までをつみ重ねたレベル50以上の国王が認める、国家公認勇者パーティだけだった。
しかしそんな安全な結界もやはり完璧などでは無く、ほころんだ結界の隙間から人間国に紛れ込んでくる魔物を討伐するのがその他大勢の国家非公認勇者と諸々の者の仕事なのであった。
自分もレベルアップし、国王公認の勇者となり、魔王を倒すべく日々努力しているのだ。
しかし!
そんな日々も、努力の時代も終わったのだ。
何故なら、ほんの少し前。
魔王国の魔王が直々に人間国土全体に、とんでもない宣言をしやがったからだ。
「いやー、でも信じられないよな!普段は閉め切ってる魔王国のゲートを完全開放、しかもチートと言わんばかりの最初からクライマックスってさ!」
「そうよね。普通ならレベルをあげて更に国から認められてやっと入れる魔王国なのに…レベル1からでもお金さえ払えば入国OKだなんて」
「さすがにレベル1じゃあ入っても魔物にやられるけどさ!でも特別に魔王城へのルート案内があるってんだからな!来ないわきゃねーよなあ!?」
そう、魔王が宣言したのは、魔王国完全解放。ただし入場料は摂る。
何を思ったのか、とち狂ったとし思えない魔王の暴挙とも言えるイベント開催。
人間国の王もこれにはびっくり仰天、聞いてないと抗議するも、時すでに遅し。
すでに公認勇者も未公認勇者は魔王国に向かい、規制も何もあってないようなものに。
ルンルンで皆魔王国へと旅立ち、王に残っているのはお抱え公認勇者と身辺警護の騎士のみだったのであった…。
それもそのはず。
普段厳重に締め切っている門を一部解放し、更には入国料としては非常に安い金額で自由に何度もお金さえ払えば入国でき、尚且つ魔王城までの安心安全な特別ルート案内がある、としたら。
さらには討伐でしか戦えないような魔物が、自由に討伐可能としたら…?
そんなの、誰もが参加するに決まっているのだ。
それがこのイベント。
『魔王国に行って魔王を倒そうキャンペーン! 魔王に一攻撃一万円~ 入場料別』
――なのであった。
そんなウマウマー!なイベントを見過ごす訳にはいかないし、何もわざわざ魔王がいる魔王城に行かずとも、公認はされていないが貴重な魔物を討伐でき、素材が取れるチャンスがあるとすれば、未公認の勇者と諸々が蟻のように群れるのは当たり前なのである。
ついでに公認勇者も、安全に魔王を倒すチャンス到来なのだ。
これはもう、行くしかない!!!!!
「……っていう勇者ばかりなのね、あの行列」
「だなあ……。どうする?俺ら」
「行く!って言い出したのは貴方でしょう?」
「いやいや、だってさ! みろよ、あいつめっちゃ厳ついじゃん!?強そうじゃん!?いかにも勇者でーすってじゃん!?ぜってーレベル高いって!!!あんなのいるとか俺聞いてねーし!」
「…はあ?」
魔法使いの冷たい視線と怒気と呆れを含んだ声が、勇者を射抜く。
その視線は人をも殺せるのではないか、というくらいの絶対零度。
その声は噴火直前の火山の如く、静かに響く。
例えるならビームに近いかもしれない。
なまじ魔力がある魔法使いのそれを、勇者は直にくらったはずなのだが、なぜだか顔を赤く染め、体をくねくね、魔法使いをチラ見して。
「あ、その氷のような視線と声、嫌いじゃないっス……」
「え……気持ち悪いんですけど」
いなした。
いや、これはそうではなく彼の立派な性癖なのかもしれない。
その証拠に勇者は片足を地につけて跪くと、指をL字にし枠を作った。
ドン引きの魔法使いをしり目に、陽気な勇者。
「いいね、魔法使いさん!良いよ!もっと氷の視線頂戴!氷点下狙ってこ!あ、いいねいいねー!はあい!そのままポーズ!」
「りょうかーい!こうですかあ?カメラマンさあん! …ってやらすんじゃないよ!!馬鹿!」
魔法使い、杖で勇者、ぶん殴る。
ノリノリでポーズなども決めたくせに、これである。
結局のところ似た者同士なのだ。
それでも元気な勇者、倒れず満面の笑みで魔法使いを見つめる。ドМだろうか。
嫌な予感しかしない魔法使い。さすがの彼女でも疲れは隠せない。
彼女を見つめる眼差しが、照れを含んだものに変わるころには、魔法使いの顔色が青く染まってた。
「…俺さ、つくづく俺のパートナーがお前でよかったって思ったわ。今」
「そう?ありがとう。 私は結構後悔してる。今」
「ああん!やっぱり冷たい!だがしかしそこが良い!」
アウトーーーーーーーー!!
決定です、ドМ決定です!!!
勇者が残念というのが、これであった。
こんなんじゃ誰もリーダーとして認めないし、付いて行かないのは当たり前である。
そんな残念勇者が魔法使いにサムズアップとキメ顔ポーズを披露するも、完全無視の魔法使いは長蛇の列を指さして。
「もう!そんなことどうでも良いの! ゲート通るの!?通らないの!?」
「う…!」
せっかくの誤魔化しも時間稼ぎも、この魔法使いには効かない。
小さいころからこの魔法使いにうだつが上がらない情けない勇者なのであった。
そんな勇者の心など、お構いなしの魔法使い。
楽しそうに手を叩きながらさらっと制限時間をつける。それも高速で進むやつ。
この魔法使いにあってこの勇者である。
「はい、ごー、よーん、さーん、にー…」
「わあああああああああああ!!わかった!通る!通るよ!!そのために来たんだからタダで帰るつもりはない!」
「あっそ。じゃあ早くあの行列に並びましょう。ぼやぼやしてたら日がくれちゃう」
慌てふためく勇者に満足そうに頷き、してやったりの魔法使い。
勇者の後ろに回り込むと、グイグイ背中を押して……というか半分落そうとしつつ丘を下って行く。
「わかったよ!行けばいいんだろ!行けば!」
魔法使いに背中を押され……落とされ?かけている勇者が観念し、叫んだその時だった。
「…うわあああああ…」
どこからか、声が聞こえた。
「え?なに…何か聞こえる…って!ちょ、上!!危ない!!ぶつかる!!」
「ふぁ?上?」
その声はだんだんと近付き、大きさを増していく。
どこからともなく聞こえる声を頼りに、魔法使いが空を見上げた。
黒い靄に包まれた“何か”が上空より飛来してきている。
咄嗟に勇者に声をかけるも、時すでに遅し。
間抜けな声と共に空を見上げた勇者の顔に、黒い“何か”が衝突寸前だった。
「うわああああああああああああああああああああああ!」
「ぎゃああ!!」
丘に、衝撃音と、何かと勇者がぶつかる嫌な音と、叫び声が……木霊した。