プロローグ
初めまして、野田藤と申します。
声劇台本であったものを小説化しております。
どうぞ、最後まで執筆できるように応援よろしくお願いいたします。
【魔王国、城内】
「あー…だめだ。今月やばい。どうやっても赤字だ。」
ここは魔王国、魔王城。
見てくれだけとどん!と立派な城の一室…というかそこでしか生活していないのだけれど。
他は掃除をする者がいないので空室になっている。
そして魔王が使うにはちょっと…あれ?というような粗末な机に書類ではなく家計簿的なノートを睨んで、電卓片手に突っ伏す魔王様。
そのお召しになられている服装も、破れたジーンズに白シャツという誰がどう見ても村人A。
彼をかろうじて“魔王”と見分けられる特徴と言えば悪魔を意味する黒髪に赤い目、と言うくらいだろうか。
よくある小説に出てくるような羊のツノも外見も、蝙蝠のような翼も牙もあるわけでもなく、限りなく人間寄りの外見なのである。
というか名乗らなかったら普通に人間である。
そう、魔王は魔王らしからぬ、人間の庶民のようなのであった。
そんな魔王が何度も電卓を酷使し、家計簿の数字を見ても変わらない現実があった。
――赤字。
普通のご家庭でも赤字は怖い。それなのに由緒ある大きな一国が赤字。
駄目だろう、普通に考えてダメだまずい。
魔王は頭を抱え唸る。
いやいや、唸ったところで状況は変わらないしどうすることも出来ない。考えろ、俺。大丈夫、俺は魔王だ、どうにかなる。考えろ、考えろ、考えろ、考え――……
「え!?どうしたんですか、まおうさま!しぬの!?」
「死なねーよ!殺したって死なねーから!」
突然足元から間の抜けた声が聞こえてくる。
子供特有のよく響く大声に、魔王は眉を寄せ不機嫌を隠さない。
人が真剣に考え事してるっつーのに、誰だ!気が抜けるような間抜けな声で馬鹿なこと言う奴は!!
ため息をつき、元の家計簿に視線を移さず、そのまま視線を下にやれば――
「そうなの!?でも、ゆうしゃとか来たらしぬんじゃないんですか?」
「あー…流石の俺様も勇者相手だと死ぬかもしんねーなあ…。」
「!?」
「まあ、レベルにもよるけどな!」
「やあああだああああ!しなないでええええ!まおおおおおさまあああああああああ!」
「うるっせ!!だっから死なねえって言ってんだろ!この馬鹿犬!」
「あ!そうだった!」
泣いたかと思えばすぐに笑顔に戻る。
泣いたカラスがなんとやら、を全体で表現したご機嫌なコイツは、正しく馬鹿という言葉がお似合いの性格と声の持ち主。
自分が罵られたことすら気づかない。
それもそのはず、このお馬鹿さんは犬。もっと言うなら柴犬の子犬。
脳みそがすこーし足りていないのはしょうがないのである。
しかし喋る犬でもあるので天才かもしれない。
まあ、喋るのはこの犬の出生からかもしれないが、かく言うその子犬は魔王が死なない、と聞いて安心したご様子で。ご機嫌もご機嫌で短いしっぽをふりふり、8の字を描きながら回っております。
回りすぎたのか目がまわり、仕舞いには千鳥足になり、ぽてっと転げ、そのふっくらまるまるとした身体を起こそうと今、短い四肢を必死でジタバタしながら鼻声できゃひん、きゃひんと鳴きながら魔王を呼んでいる。
――うん、ただの馬鹿犬だった!
「ったく…お前の相手してる場合じゃないんだって。おい馬鹿犬、なんかいい方法ねえか」
「んーーーーーー…」
起き上がる事を諦めた転がったままの子犬が四肢を投げ打って唸る。
駄目元で聞いてみただけだが、意外に真剣に悩む様につい期待をしてしまった。
「お、なんだ?あるのか?」
「んーーーーーー…」
意味ありげに勿体ぶる子犬。
身体をゆりかごの様に左右にゆらゆら、前足は考える人のようなポーズで。
――チッ、小賢しい。
ぶん殴ってやりたい衝動をグッと抑えて、未だ転がったままの子犬を足先でつんつんとつつく。
「おい、馬鹿犬――……?」
「……っは!!」
つつかれた子犬は、四肢をぴーん!と天井に勢いよく伸ばすと、顔を魔王の方にむけ、真剣な目で見つめ……
「おお!さすが我が番犬!何か思いついたか! さあ!その思い付いた事を言ってみろ!」
嬉々として魔王は手を広げる。
そして子犬はその格好のまま、子ども(?)特有の響くとってもとっても大きな声で一言。
「おなかすいた!!」
――と、のたまった。
「……。 てめえ…言うことはそれだけか…?」
「はっ!? み、身のきけん…!!」
ズゴゴゴゴ……。
擬音やオノマトペを効果的に使うのであればきっとこれだろう、という程の覇気が魔王を包む。
ドス黒い霧のような、靄のようなそれは、未だに床に転がったままの子犬を包むと、雲のようにふわりと浮いた。
浮遊感でようやく危険を察知した子犬が逃げようと走るもそれは無駄に空を切るだけで、己の意志とは関係なく、無常にも魔王の手元に吸い寄せられる。
――そして……。
「働かざる者食うべからず!! 金、稼いでこおおおおおおおおおおおおおおい!!!」
「きゃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんっ!!」
ぶん投げられた。
窓から。
外は快晴、雲ひとつない空にキラーンと星が輝く。
子犬のマヌケな鳴き声はそれに伴い、遠くになっていった。
その様を額に手を当て、見送る魔王の清々しいまでの笑顔。
さっきまで雲ひとつ無かった空に、一筋の飛行機雲ひとつ。
満足そうに微笑み頷く魔王は、一つ伸びをして窓を閉める。そしてまた、机と同じような粗末な作りの椅子にきしりと音を立てて座ると、目の前の家計簿的なノートを見つめた。
そこにはさっきまでの憂いはなく、何を考えているのか、ご機嫌なご様子で先ほどのニヤニヤとした笑みのまま近くのペンを指先で摘むと器用にペンを指先で回しはじめ――。
「…ま、期待してねーんだけどな」
……と、誰も居なくなった部屋に独り言を呟けば、家計簿を閉じて机の端に遣り、引き出しから紙を取りだし一心不乱に何かを書き始めたのであった。
プロローグ~完~