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絆と軛 第一節

 星の外に限りなく近い場所、雲さえ超えた天上の頂に、鋼鉄の巨鳥が風を切って飛んでいた。

「さてと、これからどこに向かうかね」

 操縦桿を握るヴァラムは、後部座席に乗っていたタナーシャとバルーに声をかけた。

「できれば人の少ない場所が良い。特に今はこの飛空艇がある。着陸も目につかないようにするには、それこそ山奥みたいな、人が全くいない場所が良いだろう」

「しかし、アムゥらは物見の塔を掌握している。我々の航跡も容易く見抜かれてしまうのではないか?」

 タナーシャとバルーの二人は、地図を広げて、逃避行の目的地を模索しているが、かなり難航しているようだった。

「魔力流図でどこまで我々の足取りを正確につかめるのかは疑問ですが、しかしタナーシャ様の仰ったとおりの可能性も十分にありえ……」

「タナーシャで良い。それに言葉もそこまで畏まらんでいい。かつて私は貴き身であれど、今や我が声と力はとても民草を導く者のそれではあるまい」

 その言葉に、バルーは戸惑いを隠せなかった。いくら逃亡の身とはいえ、相手は正真正銘の聖上、馴れ馴れしく言葉を交わす気にはなれなかった。しかし一方操縦席のヴァラムもまた、額に冷や汗をかいていた。思い返すと、彼は何度かタナーシャに随分馴れ馴れしい言葉遣いをしていたためだ。

「それに、お前たち……いや、君たちは、私の命運に付き合ってくれている。我が国の民でもなく、我が権力に恐れをなしたわけでもなく。自らの意思で、私を守らんとしてくれた。ならば私も、忠臣としてではなく、友として接するのが道理というもの」

「……わかった。タナーシャ」

 よろしい、と、タナーシャは満足げに少し頬を緩ませる。

「ところで行先だが、少し思いついた場所がある」

 彼女は地図を指さしているが、そこには特に地名が書かれていなかった。

「ここ、<ルティオープ山>か?確かに着陸には良さそうだが……」

「いや、地図には載っていないが、ここには実は村落がある」

 タナーシャがそう言うので、一応もう一度バルーが確認するが、しかしやはり、その地域にある人の住んでいる場所など、皆目見当もつかなかった。

「知らぬのも無理はない。ここにある<フュヌター>という村は、世間には知られていない、まさに隠れ里だからな。私も一度しか訪れたことはない」

「隠れ里……?もしそれが本当なら、まさに絶好の行先だが、しかしどうしてそんなことを知っているんだ?それに、どうしてそんな『地図に載らない村』があるんだ?」

 ヴァラムは僅かに視線を後方に向け、タナーシャの言葉に疑問を投げかける。一方その隣で座っていたバルーは、どこか先ほどの<フュヌター>という地名に聞き覚えがあったのか、顎に右手を添えて、記憶を手繰り寄せていた。

「あ、そうか思い出した。噂を聞いただけだが、遷者(マクム)だけが暮らしているという村があるという。確かその名前が<フュヌター>だったはず」

 バルーが記憶の模索に成功したのを告げるように手を叩く。

「へー、そうなのか、バルーは物知りだな。遷者……あぁ、亜人(パクスア)のこと……」

 そうヴァラムが言いかけた時、彼はバルーとタナーシャの眼光が鋭くなったのを、背後から感じ取った。

「ヴァル、亜人、という言葉はもう使うべきじゃない。その言葉を悪意をもって使う連中と一緒になりたくないならね」

「あ、あぁ……すまん」

 ヴァラムが謝意を明らかにすると、後部座席の二人の視線はすぐに柔らかくなった。

「いや、別に怒るつもりはなかったんだ。彼らが<フュヌター>という誰にも知られぬ故郷を作ったのも、遷者を憎む愚かな人々のせいなんだ。もしこの街へ行くなら、彼らの聖域に無自覚でも『そういう価値観』を持ち込むべきじゃない」

「わかった。ありがとな。それじゃあ、その<フュヌター>?に、行くか。座標を教えてくれ」

 何となく、船の中は朗らかな空気が流れた。かつて、ヴァラムはこういった類の「説教」を嫌っていたが、しかし今彼は「自分の理解していなかった価値観」が存在することを強く実感し、そしてそれを「無視する」のではなく、「受け止めること」が重要だと気づいたからだ。

 一方で、タナーシャはその表情は柔らかくなっていたものの、心のどこかで引っかかることがあった。それがなんであるかをはっきりと把握することはできなかったが、それがこの旅路に何らかの影響を与えることは直感できた。

 それが良いものか、悪いものかは、今は定かではないが。




 <ユーメク>の"元"聖騎士隊駐屯地に、三人の聖騎士がいた。

 一人は腹部から胸部にかけてまで包帯で覆っているアース。傍目では重傷者といったところだが、アース自身はいつもと変わらぬように振る舞っている。僅かに魔力が欠乏し、回復が万全ではないため、皮膚の補強をするために包帯はしているが、ズタズタだったはずの内臓は殆ど修復済みだった。

「はい、ええ。タナーシャは見逃しましたが、エネテヤは殺害しました。しかし新たに二名仲間を手に入れたようです。ですが、大した障害にはなり得ないかと」

 アースは自分が使っていた部屋を片付けながら、連絡端末を使って、今回の一件を報告していた。

『ご苦労。一度<ユヴァート>に戻ってきたまえ』

「わかりました。追手は出しますか?」

『不要だ。タナーシャの目的は記憶を取り戻すことであろう。であれば、いずれにせよ我らの下へと来るはずだ』

 連絡相手の声は、喉の深いところから響かせたような、低いしゃがれた男の声で、そしてアースは彼に対しては珍しく畏まった言葉遣いで会話していた。

 その後もいくつか報告をした後、アースは通信を終えた。と同時に、彼女の部屋の扉を叩く音が聞こえる。

「入りたまえ」

「失礼します」

 来客は現在この駐屯地にいる唯一の男であるヤマであった。彼は大やけどを負った右腕を包帯で巻いていたが、それ以外の目だった外傷はなかった。

「シヴィ君の様子は?」

「はい、一度意識は回復しましたが、魔力欠乏のため、またすぐに眠ってしまいました」

 最も怪我の酷かったシヴィは、医療設備の整った一室で眠っていた。身体にはあちこち複数の魔力供給のための管が通され、更に全身を包帯で巻いていた。

「まぁ、仕方ないだろうね。あれで生きているのは奇跡だ。私だって死にかねない」

「はは、ご冗談を」

 アースは僅かに目を細めた後、わざとらしく口角を吊り上げ、人工的な笑顔を見せつける。

「ふふ、君は世辞がうまいね。ああ、そうだ。褒美をやると君に言ったの、覚えているかい?」

「ほ、褒美、ですか?」

 アースは端末を机の上に置き、ヤマの方へとゆらりと近づいていく。

「ヤマ君、君は交尾のことは知ってるね?」

「ええ、勿論」

「獣だけでなく、人間もできるということも?」

 アースはヤマの肩に右手で触れる。

「は、いや、そう……なのですか?」

「ああ、とは言っても、仕組みは同じだよ。人間の場合は二人の体細胞を互いに提供し、潤沢な魔力、それこそ人間一人の命を支えられるほどの、大量の魔力を注ぎ込むことで、赤子を産みだす。交尾も同じさ。が、大きく三つほど違いがある。まずは必ず異性同士である必要があるということ」

 左手はヤマの腰にあてがわれ、まるでさざ波のように緩やかで繊細な指使いをしている。

「二つ目の違いは、強い快楽を伴うこと。性交渉と同じ行為なのだから当然だが、こちらの方がより一層刺激は強い。一般的には雄個体の方が快楽が強いとされているよ。これが『褒美』である理由さ」

 部屋に響き渡るかのように、ヤマは強く生唾を飲み込んだ。それはこれから起こることへの期待と覚悟の大きさの表れであった。

「それで最後の違いは……?」

「最後の違いは、ひどく非効率なことだよ。雌雄個体両方に強い負担を強いる。雌は十カ月にも及んで胎内に赤子を孕んでおかなければならない。運動もロクにできないし、その間、赤子の生命維持のために魔力を供給し続けなければならない」

 いつの間にかヤマはアースの長く力強い腕で引き寄せられ、二人の身体は密着していた。

 アースの長身もあってか、その光景はまるで、ヤマをアースが飲み込もうとしているかのようであった。

「して、雄個体はどのような負担を?」

「君、キャスは知っているかい?」

 突然の質問に、ヤマの顔が僅かに固くなる。

「キャス……?あの、空を飛ぶ虫のことですか?」

「ああ、彼らも交尾で子孫を産むが、雄個体は交尾の後、どのような道を歩むか、知ってるかね?」

 彼の表情は一層怪訝になるが、しかし数秒後、突如あることに気づき、目を見開く。

 顔はひどく怯え、先ほどまで緩みきっていた身体はひどく強張っていた。それは今すぐこの場を離れなければ、という意識の表れであったが、しかし体に絡みついたアースの二本の腕は、まるで頑丈な金属のようにびくともしなかった。

「おやおや、どうやら知っていたようだね。正解だよ。キャスの雄個体は、交尾中に命を雌に吸われ、その後雌に食べられる。子供を産み育てる魔力と体力を蓄えるためにね」

「お、お願いします、助けてください。何でも、何でもしますから!!」 

 抵抗は無駄だと悟り、命乞いを始めるが、アースは力を緩めるどころか、骨すら折りかねないほどの束縛になっていた。

「酷いじゃないか。私は君に褒美をやる、と言ってるんだ。その平均的な魔力を私に捧ぎ、この国を守るために貢献できるのだよ?それに死ぬ前に、今まで一度も経験したことのない快楽を与えると言うんだ。君のとっては、『これ以上ない褒美』であろう?」

 アースはヤマを寝台へと放り投げる。腕の怪我と、欠乏した魔力のせいで、受け身を取れず、壁に頭をぶつけてしまう。

「<紅玉星>の連中は、弱い者も強い者も平等、などと言うが、それは本当に素晴らしい世界か?魔力の無いものに力仕事をさせるのは正しいか?声を失ったものに歌手をさせるのは合理的か?否、それは非効率で、非人道的なことだと思わぬかね?我ら<ユヴァート>の掲げる平等は違うものだ。大きな者、強き者、富める者、彼らは矮小な存在よりできることが多い。当たり前だ。なら強き者が『する必要のないこと』を、弱き者たちが務めるのが合理的というものだろう。小さき者が大きな者に奉仕する。それこそ合理的、それこそ人道的。君も諦めて、アムゥ様の掲げる理想の礎となりたまえ」

「いやだ、いやだ……、いやだあああああああああ!!!」

 ヤマの叫びを聞き、助ける者はいない。弱者が強者の糧となる。少数が多数の犠牲となる。今の<玄黄星>では、これこそが真理であり、道理であるゆえに。




 飛空艇は<ルティオープ山>の、木々が僅かになっている開けた場所に降り立った。突然<フュヌター>に行けば、恐らく住民は驚くだろう、というタナーシャの計らいで、二エテほど離れた場所に着陸した。<フュヌター>はこの山の北側のふもとにあるそうで、着陸した地点はちょうど山が壁となり、村からは死角となる場所であった。

 道を知っているタナーシャが先導すること約三十分。おおよそ一エテほど山を歩くと、木々が再び閑散とし、視界が開ける。<ルティオープ山>の北にそびえるまた別の山脈が並び、そして太陽光を反射させ輝く大河が、その間を縫うように滔々と流れていた。

「さぁ、もう少しだ。ここを降りると、<フュヌター>だ」

 未だ村の全貌は見えない。恐らく木々に隠れるように位置しているのだろう。確かにここは四方を山に囲まれた場所で、それでいて自然が豊か、水にも困らない、まさに絶好の隠れ家と言える。

「しかし遷者だけが住む場所か。どんな暮らしをしてるんだろうか」

 ヴァラムはこれまで遷者と会ったことが無い。彼が彼らについて知ってるのは、人の噂、それも大抵は否定的な言葉に満ちた者から得た知識だけだ。

「そう変わらないさ。彼らも僕たちと同じ人間。少し見た目が違うだけだ。だが、それは僕たちだって同じだろう?」

 ここまでは山道に息を切らせ、タナーシャに着いていくのがやっとだったヴァラムだったが、今は下りだからか、あるいは山道に慣れたためか、バルーと口をかわす程度の余裕は出てきていた。

「ところでヴァル、君が腕に付けてるそれ……」

 バルーの指さしたものは、ヴァラムが両手の手首に付けていた金属製の腕輪であった。

「ああ、これ。これは作業用にいつも使ってた、これさ」

 火花、あるいは電気が弾いたような音が鳴ると、腕輪はみるみるうち、肘から先の腕全体を覆う手甲に変わった。

「へぇ、そんなことできたんだ」

「ああ、いつもはこうやって持ち運ぶ必要なんてないから、腕輪にはしてないんだよ。ていうか、腕輪の状態でも質量は変わらないから、普通に重いんだよ」

 どうやらヴァラムの前半の疲弊は、単に山道だけでなく、こうして重量のある装備を身に着けていたことも起因しているらしい。

「俺はバルーと違って、戦うのは無理だからなぁ。せめて少しでも貢献できるように、武器になりそうなこれを持ってきたんだよ」

「ふふ。ヴァル、意外に色々考えてるんだね」

「そりゃあよ。もう俺は背負うって決めたからな。タナーシャも、エネテヤさんも」

 機械腕を再び腕輪に戻し、僅かに歩む速度を速めるヴァラム。その姿をみて、僅かにバルーは微笑み、彼もまた二人の後ろを小走りで追いかけた。




 再び歩くこと二十分強、平地に降りたことは実感できるが、しかし再び背の高い木々が並び、視界が狭まる。ただ、川の流れる音が徐々に大きくなってきたために、確実に<フュヌター>に近づいているという実感は湧いていた。

「あれだ」

 タナーシャが立ち止まり指をさす。その方向には周りと比べ更に一層背の高い大樹が、まるで双子のように並んでいた。しかしヴァラムは目を一生懸命凝らしているが、村らしきものはその先にも見えなかった。

「あれは、まさか、<シューブ>と<クティプ>?」

「本当、君は物知りだな。驚きだよ、一瞬で見抜くなんて」

 またもタナーシャとバルーに置いてけぼりにされているヴァラムは、俺にも説明してくれ、と言わんばかりに手を挙げていた。

「あ、ああ。いや、僕も驚いている。<シューブ>と<クティプ>……ヴァルもタミーナフ治世録は読んだことあるだろう?」

「あ、ああ、タミーナフ、えっと、ほら、四大英雄の一人で、えーっと、その」

 どうやらヴァラムはぼんやりとした知識しか持っていないようであった。

「聖王タミーナフは魔術を発明し、万人に魔力を操る術を教えた英雄だよ。そしてタミーナフ治世録、第一部第四章では、その王宮と王都の門に、それぞれ二つずつ大きな柱を建てたことが書かれている。どちらの門にも守衛はいなかったにも関わらず、何人も敵の侵入を許さなかったとされる。それはタミーナフが魔術を籠めて作った二つの柱が、敵意を持った敵対者を自動的に攻撃し、排除していたから、と言われている。そしてその柱の名前が」

「<シューブ>と<クティプ>……」

 流石にここまで説明されれば、勉強不足のヴァラムでも理解できた。目の前にある二本の木は、確かに巨大な都を守る門柱のようであった。

「しかし、どうしてそれほどの魔術を。こればかりはいくら何でも<紅玉星>の優秀な魔術師が束になっても再現できないはずだ。史上最高峰の魔法使いの技術を、いくら魔力に優れた遷者とはいえ、再現できるとはとても……」

「ああ、無論、あれは完璧な再現ではない。それにちょっとした種があるのだ」

 そう言うと、タナーシャはまっすぐと迷わずにその二つの柱へと向かう。ヴァラムとバルーはその後を着いていこうとは思えなかった。何せ、自分たちが「敵意」など持っていないのは確かとはいえ、伝説に伝え聞く「自動防御装置」には近づく気にはとてもなれなかったからだ。

「怯える必要はない。確かにこの柱は、<フュヌター>を守る役目を果たしているが、攻撃はしない。唯一可能なのは、外界から村の姿を隠すという機能だけだ」

「しかし……」

 二人はその説明を聞いてなお、足がすくんでいた。それを見たタナーシャは、突如として門へと走り出した。ヴァラムとバルーの制止の声など聞こえなかったかのように、一直線に駆けていったタナーシャは、その二つの大樹の間をくぐった瞬間、二人の視界からぱったりと消えてしまった。

 それを見た二人も覚悟を決め、互いの手を固く繋いで、同時に走り出した。門をくぐる瞬間、二人はあまりの恐怖に目を瞑ってしまうが、特に裁きの稲妻が落ちることはなく、再び瞼を開くとそこには、目を疑うような光景が広がっていた。

 門ほどではないが、巨大な木々の上に、数多くの民家が建っていた。人々は魔術で自在に空を飛び、家々を行き来している。木々のふもとには豊かな畑が並び、谷の大河から引かれた水が大地と人々を潤していた。

「ようこそ、<フュヌター>へ」

 バルーとヴァラムが目の前の光景に目を奪われていると、突如右側からタナーシャの声が聞こえ、二人同時に声の方向に顔を向けた。

「驚いたよ。いくら縮小版とはいえ、これほどの視覚操作はいずれにせよ強力な魔術、それをこうして実現するのは、やはり不可能なのでは……?」

「ああ、だからもう一つ種がある。それがこの二つの大樹だ。本来のタミーナフの二つの柱は、どちらも彼の至高の魔術知識と膨大な魔力量で紡がれた精密機械、ゆえに多機能かつ高性能。だが<フュヌター>の門は、その魔力の大部分を、この樹木に肩代わりさせているのだ」

 三人が見上げると、確かにその柱である大樹は、近くで見ると天を貫かんとするほどの威容であった。

「間違いなく樹齢千年を超える大樹、それがこうして二本、まるで兄弟のように並び立っていれば、術式を簡略化した<シューブ>と<クティプ>の代わりを務めさせることはできよう。無論、なおも高度な魔術知識は必要とされるがね」

 タナーシャの説明に耳を傾け、意識を完全にその大木に集中させていたためか、ヴァラムとバルーの二人は近づいてくる人影に気づくことができなかった。

「おお、懐かしい匂いがすると思えば、やはり。王子、お久しぶりでございます」

 突然の聞き覚えのない声に振り向くと、ヴァラムは声の主を見て思わず後ろに後ずさってしまった。

「そちらの方々は新たな従者で?」

「ああ、久しいな、ヤムニーヴァ。彼らは従者ではなく友だ」

「ほほう、友人様でございますか」

「初めまして、ヤムニーヴァさん。そう畏まらないでください。僕はタナーシャと違い、ただの俗人ですゆえ」

 いつの間にか、バルーもタナーシャと一緒にそのヤムニーヴァという男性の下へ行き、握手を交わしていた。一方のヴァラムは未だ、ヤムニーヴァの相貌に驚き、足が動かなかった。

「おや、そちらの友人様は遷者と会うのは初めてですかな?」

「ああ、最近はあまり、あちら側では遷者はもうめっきり表に出なくなったからな」

 そう言うと、ヤムニーヴァはゆっくりとその巨体を動かし、ヴァラムの方へと向かう。

 ヤムニーヴァの肌、いや肌と思わしき部分には、皮膚は無かった。代わりにまるで鋼のように光を反射する、堅牢そうな鱗がびっしりと覆っていた。顔も同じように鱗に覆われて、さらに驚くことに鼻と顎が前に大きく突き出し、奥行きのある大きな口で、まるでそれは(ラータ)を思わせた。そして何より目を引くのは、その巨躯を大きく上回るほどの大きさの翼と、丸太を思わせるような、太い尻尾であった。そう、その姿はまるで、

(アタフーム)……?」

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