託す者たち・残された者たち 最終節
二つの剣が、刹那の間に何百何千と交差する。
方や紫炎纏いし魔剣。
方や蒼光放ちし神剣。
エネテヤが作り続ける無数の剣に、アースはその膂力と、神経だけで凌いでいた。
その戦いは互角ではなかった。何百も飛来する剣は、一本一本が異様に頑丈で、高い魔力を籠めて斬撃を振るっても、軌道を逸らすので精一杯だった。剣は増えていく一方で、アースの方は徐々に手負いになり、魔力も削れていく一方であった。利き腕を失っているアースはもう長くはもたなかった。同時に複数の剣を叩き落せる角度で魔剣を振り、さらに弾き飛ばした剣が、別の剣に交差するように打ち落としていた。だが、その計算も限界が来た。とうとう明らかに自分一人では許容量を超えた剣の数に達し、身を翻しきれず剣が一本右膝を掠める。
魔力を籠めれば一瞬で消えるような傷。だが次々と、剣が体のあちこちを切り刻んでいく。そして、その微傷が累積した果てに、僅かに崩れた体勢。その隙を、エネテヤは見逃さなかった。
剣を振るのも間に合わず、体を捩ることも不可能。必殺不可避の蒼剣が、アースの胸元へ迫る。
しかしその剣はアースの胸に刺さることはなかった。剣は空を切り、大地へと突き刺さる。
アースがいた空間には、エネテヤの剣と、紫の雷が交差していた。
「間一髪でしたね」
自力では動くことができないはずのアースは、そこから遠く離れた木へと叩きつけられていた。
「はは、シヴィ!全く最高の時宜だよ!」
アースの窮地を救ったのは、聖騎士隊第一部隊副隊長。シヴィの後ろには、急いで駆け付けたのか、息を切らしていた聖騎士隊の面々が追いかけてきていた。エネテヤの意識が聖騎士隊に向いた隙に、アースは切り落とされた右腕を拾い、魔術で結合させた。
「タナーシャとヴァラムはどこに?」
「すまない、逃がしたよ。見ての通りだ。滅茶苦茶な強さだよ。申し訳ないが手伝ってくれるかい?」
「聖騎士隊、半分は残れ。残りの半分はヴァラムの家に迎え」
右腕の調子を確かめるように、拳の開閉を繰り返しながら近づいてくるアースの問いかけには答えず、聖騎士隊に命令を下すシヴィ。その命令を受けて、二十名はいるであろう聖騎士隊が、何の打ち合わせもせず綺麗に半分に分かれた。
しかし、エネテヤは聖騎士たちが自分に後ろを見せた瞬間を見逃さなかった。天より無数の剣が降り注ぎ、それがヴァラムを追いかけようとした聖騎士隊たちを直撃、全員見事に即死した。
「うわぁ。剣を雲に隠してたのか」
「ああ、一人でもこの場から逃げられると思うなよ。全員ここで骸となって、土に還るがいい」
再び放たれる無数の剣、アースはまた自分の魔剣でそれを捌き始める。他の聖騎士隊の面々は、何とか剣を躱す中、シヴィだけがその剣を掻い潜りつつ、エネテヤと接近していた。
「シヴィ、そいつはもう魂を神に売り渡した。だから生け捕りなんてしなくていい。殺せ」
「言われなくても、そんな余裕はないですよ。<魔剣、召喚>」
先ほどアースが唱えたものと同じ魔術。だがシヴィが手にした魔剣はアースのように長くはなく、柄と刃が同じくらいの長さの短剣であった。魔剣は聖騎士隊での隊長しか手にすることが許されていない。しかし例外的に一番隊のみ、副隊長も所有が許可されていた。
「<疾走>」
シヴィが魔術を唱えると、その速度が飛躍的に上がる。剣の合間を完全に通り過ぎ、もう一歩でアースの喉元まで迫れた。しかし、地面から生えてきた剣の壁が、それを阻む。しかしシヴィは地面より垂直にそそり立つその剣の壁を、重力を無視して登っていく。
シヴィはエネテヤの上空を取り、魔剣を構える。
「<雷光>!」
その詠唱によって生み出された雷は、空気を切り裂きながら激しい爆発音と共に、エネテヤを襲い掛かった。先程アースの窮地を救った雷は、今回はエネテヤの身体を僅かに硬直させた。
聖騎士隊を襲っていた魔剣の統率が僅かに乱れる。アースはその一瞬を利用して、一気に距離を詰める。それに気づいたエネテヤは神剣をアースに集中させ、守りを固める。強固な防衛網には、さしものアースも再び距離を取るしかなかったが、しかしアースの狙いは自分が攻撃をすることではなかった。
「「<火炎>」」
剣を躱す必要が無くなった聖騎士隊が皆、破壊力に優れた火炎魔術を一斉に放つ。火炎は全てエネテヤに直撃し、大地を震撼させるほどの衝撃を放った。
その爆発を見て、頬を緩めるものはいなかった。それは今の攻撃に手ごたえを感じたものが一人もいなかったためだ。煙が晴れ、視界が開ける。そこには傷一つを負わずに、ただ何もなかったように悠然と立つエネテヤがいた。
聖騎士隊はその光景が信じられなかったのか、僅かに動きが止まる。しかし変わらず刃を交わすシヴィ、アース、エネテヤを見て、自分たちも再び戦い始めようとした。援軍が駆けつけたにも関わらず、エネテヤの優位は変わらなかった。彼女は、アースとシヴィ二人を完全に剣の包囲網で拘束しており、更にもし二人が一回でも最善の手を打てなければ、一瞬で致命打を与えられる状況だった。そのためアースは、少しでも状況を改善する一手を欲していた。
「聖騎士隊、お前たちの魔力じゃ、エネテヤの神気を突破できない。だから、私が良いと言うまで魔力を溜めろ。何があっても」
アースは剣を捌きながら、非情な命令を部下たちに下した。
彼女の指示は、『自分の身を守るために魔術は使うな』と言っているに等しかった。今のところ、エネテヤの神術で生み出された剣は全て、シヴィとアースの二人に矛先が向いているが、しかし一瞬でも隙を見せれば、エネテヤは容赦なく『魔力を貯めることに専心し、無防備になった聖騎士隊』へ剣を飛ばすだろう。勝つためなら部下の命など惜しくないと思っているアースとは対照的に、シヴィは一人も仲間を失いたくなかった。無論、同胞が命を落とすことなど珍しくはない。しかし理不尽な特攻紛いのことを聖騎士隊にさせたくはなかった。その緊張によって僅かに生じた剣の鈍りをエネテヤはしっかりと捉えていた。
シヴィの迷いによって、その包囲網には剣が一本だけ不要になった。エネテヤはその一本を後方の聖騎士隊へと飛ばした。その神剣の速度は、身体強化などの魔術を使っていれば、聖騎士隊でも避けられたであろう。だが集中しきった彼らには反応することすら難しかった。僅か一本の剣、それも剣の監獄から離れたのは僅か〇・一秒。だがその剣は、二人の聖騎士隊の命を奪った。
皮肉なことに、部下を思う感情が、部下の命を失う切欠を作った。
シヴィは部下が鮮血を上げ、大地に臥せるのを見て、集中を取り戻した。今は同情や人倫は、かえって部下たちを危うくさせると考えたためだ。シヴィは改めて現状を把握しなおした。この戦いはシヴィとアースがどれだけ長い間、エネテヤと互角の勝負をできるかにかかっている。膠着の長さがそのまま勝率に繋がるのだ。焦るべきは、我々ではなく、目の前の巫である。そう自分に言い聞かせて、シヴィは再び走り始める。
シヴィの判断は正しい。エネテヤは二人の魔剣使いに対し、優勢な戦いこそできてはいるが、一気に決めきれるほどの力の差はなかった。それも近接戦の達人である。大振りの攻撃は的確に躱され、確実に相手の攻めを許してしまう。お互い熟練の戦士であるがゆえに、僅かな綻びが必殺となりかねない。
僅かに時間が遡る。
タナーシャがヴァラムの腕を引き、山を勢いよく下っていた。
「なぁ、タナーシャ!タナーシャ!エネテヤはどうするんだ!」
ヴァラムはここまで何度もこうしてタナーシャに呼びかけているが、彼女はここまで一度も返答しなかった。しかし流石に折れたのか、あるいは十分な距離を離したと判断してか、少しだけ歩を緩め、ヴァラムに答えた。
「聞け、ヴァラム。エネテヤはもう神に魂を捧げたのだ。もはや彼女の存在は現世にはない」
「つまり……エネテヤは自分の命を犠牲に、俺たちを助けたのか?」
無言でタナーシャは頷く。
「そんな、それって、間違ってるだろ!誰かの命を守るために、命を捨てるなんて」
「そうだ!」
突如タナーシャは足を止めて、叫んだ。
「間違っているとも!命に大小はなく、命を捨てた行いは尊き自己犠牲などではない!故に、間違いであると認めるのだ。前進とは過去を顧みないことではない。過ちを忘れた者、過ちを美化する者は、必ずまた同じ過ちを犯す。過去の間違いを忘れず、未来に同じ轍を踏まぬよう努める。それこそが正義だ」
普段は貴人であるゆえに難解な物言いをするタナーシャであったが、今回は感情を乗せたためか、非常に直接的で平易な言葉であった。そのためかヴァラムはその言葉を真正面から受け止めることができた。
「いや、私は君にこんなことを言う資格はない。我々が巻き込んだんだ。すまない。もう街も近い。私が街をまっすぐ突っ切る。水晶門を使い、別の街へ向かう」
「ま、待て。水晶門は追跡が簡単だ。<ユヴァート>の奴らがすぐ追いかけて……」
ヴァラムがそこまで言ったところで、タナーシャが割って入る。
「それが狙いなのだ。私はエネテヤの勝利を信じて疑わない。しかし、もしもだ。もしエネテヤが負け、聖騎士隊が私の跡を追えば、必ず彼らは君を探すだろう。だから君はバルーと一緒に、少しの間身を隠すんだ。聖騎士隊たちは街の人間に尋ねるだろう。バルー、ヴァラム、そして私の写真を見せ、見覚えはないかと。そこで私が街中を日も暮れぬうちに走り、皆の目につくよう動き、水晶門を使う。さすれば、聖騎士隊は君たちを追うことを辞め、水晶門の使用履歴を確認し、そして私を追うことに集中するだろう。そして君たちは元の生活に戻ればよい」
その提案は、ある意味ではタナーシャの謝意であった。しかし
「断る」
ヴァラムはまっすぐな瞳で、彼女の提案を断った。想像していなかった返答だったので、タナーシャは珍しく目を見開いていた。
「それじゃ、エネテヤと変わらないじゃないか。命を犠牲に、命を救うのは間違いなんだろ?」
「ああ、確かにそう言った。しかしそれは君には、いや君たちには不要な責務だ。我々が巻き込みさえしなければ……」
「背負わせてくれ。俺にも。俺は、俺はもう、これ以上誰かの命を諦めたくない」
ヴァラムの表情に、僅かにも迷いが無いと言えば嘘になる。しかしそれを上回る覚悟を、タナーシャは尊重すべきだと察した。
「一つだけ。自分の心に偽りなく答えてくれ。それは『自分の意志』、なのだな?」
その問いに、彼は力強く、それでいて穏やかに頷いた。
「それで、さっき水晶門を使うって言ってただろ。移動に関してだが、実は俺に案がある。説明は移動しながら。まずは俺の家に行って、そしてバルーと合流しよう」
ヴァラムは駆けだした。誰に手を引かれるでもなく、背中を押されるわけでもなく、自分の足で。
膠着は未だ続いていた。
アースとシヴィの戦いは見事であったが、あれから一手だけ、間違いを犯し、また一人、聖騎士隊を絶命させてしまった。
アースとシヴィを除き、聖騎士隊の数はもう七名。
「はぁああああああああ!!!」
軽傷ではあったが、二人とも体中を切り裂かれ、魔術工学で非常に強固なはずの聖騎士隊服も、既に見る影もないほどボロボロであった。傷の痛みは耐えられる。身体の魔力も未だ足りる。しかし思わぬところで二人を邪魔するのが、この隊服の綻びであった。ほつれた布切れと、一瞬の出血によって飛び散った血の渇きが、関節の動きを阻害していたのだ。
先の悪手も、これが理由であった。
確かに削られ続ける聖騎士隊の方が一見すると不利に見えたが、しかし彼らは時間を稼ぐことが重要であり、決して未だ勝負の決着はわからない。
しかしその戦いの終幕は近い。
聖騎士隊の充填した魔力はかなりのものとなり、これが一斉に放たれれば、致命傷にならずとも必ず大きな隙を産む。
最も重要な局面となった。
その溜め込まれた魔力量は、果たしてエネテヤの身体の神気を突破するのに十分なのか。
判断が早まれば、この膠着は無意味になり、判断が遅ければ、聖騎士隊の数がまた減らされ、結果的に十分な魔力に達しなくなる可能性がある。
だがもうすでに限界だった。アースは腕の修復に思った以上に魔力を使ったため、体の動きが鈍重となり、シヴィも小さな魔剣で巨大な神剣を捌き続けた結果、握力が失われ始めていた。
「放てぇ!!」
アースは決断を下した。魔力量が足りるかどうかは賭けだった。
七人の聖騎士隊の魔術は、巨大な炎の塊となり、エネテヤの背中を襲い掛かった。
エネテヤは迷った。この魔力は防ぐ必要があるかどうか。
彼女が下した決断は、
(防がない!!)
神剣は未だシヴィとアースに集中し、背中はがら空きのままであった。
炎がエネテヤの身体を包み、天を貫くかと思うほどの巨大な爆炎と、周囲の木々をなぎ倒す強烈な爆風が発生する。
まだ視界は晴れていなかったが、その攻撃の結果は、シヴィとアースにはすぐ理解できた。
流水の如き神剣の舞が、一瞬淀む。それはエネテヤが体勢を崩したことを意味した。
未だ周囲を包む煙にもかかわらず、アースとシヴィは突撃する。
先に到着したのはアース。神剣を掻い潜り、煙の中より魔剣を振るう。接近を許したエネテヤであったが、彼女は右手に神剣を直接握り、アースの剣を防ぐ。いや、防ぐどころか、そのまま押し返し、アースを宙に浮かせた。大地から離れたアースを三本の神剣が襲い掛かる。彼女はその攻撃こそ防げたものの、浮いていたためにそのまま再び距離をあけられてしまう。
と、同時にシヴィがエネテヤの喉に魔剣を突き立てる。完全に捉えていて、防ぐことも避けることも叶わない。その攻防の結果、煙は晴れ、その瞬間を目にした聖騎士隊は勝利を確信した。
だが、まだ戦いは終わらなかった。シヴィの魔剣は確かに喉に刺さったが、気道にまでは至らず、結果全く致命傷にならなかった。シヴィもまた想像以上に魔力を使わされていたのだ。
エネテヤは右手の神剣を振り下ろす。同じく回避も防御も不可能であった。
しかし、その神剣がシヴィを切り裂くことはなかった。アースが遠くから、自分の持っていた魔剣を全力で投擲し、副隊長の窮地を救ったのだ。無論アースは武器を失い、エネテヤの神剣を防ぐ手立ては無くなった。三本の神剣が、アースの身体を貫いた。
「あああああああああ!!」
声を振り絞り、シヴィは喉に突き立てた魔剣を右手で必死に押し込むが、やはりまだ足りなかった。アースはシヴィのその突き出されていた腕の手首を掴んだ。その力は、今のシヴィでは振りほどくことは叶わなかった。
二人の上空から、十を超える神剣が襲い掛かる。確実に目の前の魔剣使いを殺す一手。脱出不可能に思えた剣の檻。しかし、
「<切断>!」
魔術で自身の手首を切断し、シヴィは拘束から逃れた。そして後ろに飛び、剣の雨を躱す。エネテヤは剣の壁によって、敵を一瞬見失う。シヴィはというと剣の壁を乗り越え、エネテヤの上空を取っていた。遅れてエネテヤはシヴィを視界に捉えるが、それは攻撃を避けるには遅すぎた。
だが彼女は、シヴィの未だ魔剣を握った右手を掴んでいたために、仮に攻撃を受けたとしても致命傷に至らないと判断し、崩れた体勢を立て直すことに集中した。
エネテヤの取った最後の一手は、肉を切らせて骨を断つこと。
だがこの土壇場で、彼女は見落としていた。上から降ってくるのはシヴィだけではないことを。先程自身の神剣を弾き飛ばした、アースの魔剣の所在を。
シヴィは西日を掴むかのように、左腕を力強く伸ばしていた。そして計算されていたかのように、その手に、アースの魔剣が落ちてくる。シヴィは左手にありったけの魔力を集中させる。手に持ったアースの魔剣は神剣を弾き飛ばすほどに魔力が籠められている。重力に身を任せただけのシヴィの斬撃は、エネテヤの右肩から腰に掛けて、袈裟に切り裂いた。
エネテヤの上半身が、その剣閃の後を追いかけるかのように、ずるりと滑り、大地へと落ちた。
「や、やっ……」
やった。シヴィが勝利の鬨を上げようとしたその時、
「最後の土産だ。受け取れ聖騎士」
エネテヤの二つに別れた体が青く光るやいなや、けたたましい轟音と共に、強烈な神気によって辺り一面を吹き飛ばした。
タナーシャとヴァラムは家に到着したとき、二人に山中に立ち上る青い光柱を目にした。
「エネテヤ……」
その光の柱はよく見ると、巨大な剣の針山であった。
「す、すごい……あれなら聖騎士隊は」
「ああ、エネテヤ。お前の忠誠、必ず未来に語り継ごう」
忠臣の勝利を確信し、タナーシャは山に背を向ける。
「さあ、ヴァラム。私はバルーを探そう。君は父上の飛空艇の準備を」
「了解」
ヴァラムは格納庫に、そしてタナーシャはバルーが寝泊まりする離れへと向かおうとした。しかし目の前の草むらから物音が聞こえ、そちらに二人は同時に注意を向ける。
「僕だよ、ヴァル」
音の主は、草むらから立ち上がり、姿を現した。
「バルー!無事だったか!」
ヴァラムは喜びのあまり、無二の友の下へ駆けつけ、力強く抱擁する。
「再会を祝うのは後だ。山の光と音、あれはエネテヤと聖騎士隊だな?」
「ああ、詳しくは後で話すが、エネテヤは命がけで我らを助けた。そして今から我々は、この街を離れる準備をする」
タナーシャは格納庫の方を指さしながら、バルーに問いかける。
「そして問おう。バルーよ、我らと共に来るか」
今から飛空艇を飛ばす準備をしなければならないため、詳細を話す時間はなかった。何事かさえ把握できないバルーであったが、しかし彼は全く焦る様子も見せなかった。
「わかった。行こう。ヴァル、お前も承知の上なんだな?」
「ああ」
三人は互いの顔を少し見つめ合ってから、飛空艇の下へと駆けだした。
巫が今際に放った光剣の山は、タナーシャの死と共に消えた。
剣が出現した中心地は、強烈な神気によって焦土と化し、木々は炭にすらならずに消え去り、辺り一面には黒い土が広々と広がっていた。
「う、ぐっ」
生存者は無いかと思われたが、しかし真っ新な黒土の上に、三人の人間が立ち上がった。
一人はシヴィ。最も光の奔流に近かったはずだったが、持っていたアースの魔剣を壁にして、何とか一命をとりとめていた。
二人目はアース。身体には巨大な風穴が空いていたものの、最も爆発から離れた場所にいたために、辛うじて息をしていた。
そして最後の一人は、ヤマであった。彼は右腕こそ肘から先が黒く焦げていたが、近くにいた聖騎士隊の仲間二人を、肉の壁とすることで窮地を免れていたのだ。
各々、自分の身体に修復魔術を駆けながら、互いに歩み寄る。シヴィは自ら切り落とした右手首の断面の止血と、肌に焼き付いた隊服を強引に剥がし、ただれた肌を修復していた。アースは体の真中に空いた大穴の止血、そしてヤマは焦げた体の修復をしていた。
「やれやれ、生き残ったのは三人だけか」
血を口から吐きながら、アースが最初に言葉を発した。だが残りの二人は答えない。いや肺が焼けただれ、答えられないというのが正しい。
「ははは、シヴィ、全裸じゃないか」
あれほどの重傷を負いながら、もう冗談を飛ばせるほどに回復しているアースにも驚きだが、しかし自身の魔剣を盾にしたとはいえ一命を取り留めたシヴィに対し、アースは素直に驚愕していた。
「全く、優秀な部下を持ったもんだ」
アースは身に纏っていた隊服をシヴィの身体にかける。
「まだ私の隊服は僅かに機能を保っている。回復の助けになるだろう」
そう言いながら、彼女は地面に落ちていた自分の魔剣を拾い上げる。
「あ、アース、さ、ま」
何とか話せるくらいにヤマは回復したようで、よろよろと、アースのもとへと向かいながら、自身の上司の名前を呼ぶ。顔が煤に覆われていたため、アースはその部下が一瞬誰かわからなかったが、その縋るような瞳から、その男の正体を把握した。
「おお、まさか、ヤマか!やるじゃないか、まさか君が生き延びるとは。これは本当に褒美をやらないとね」
その言葉に、ヤマの顔が一気に晴れやかになる。しかしそれで緊張感が切れたせいか、気を失ってしまった。
「さて、これからどうするかね」
死を逃れることができたとはいえ、もうアースには戦う力はなかった。シヴィの近くで彼女も腰を下ろし、街の方を眺める。すると夜の帳がおり始めた暁の空に、光る何かが見えた。
「あれは、ヴァラム君の飛空艇……。へぇ……」
飛空艇は雲の高さまで浮かぶと、あっという間に北の空へと消えていった。
「後悔するよ。君には重すぎる荷だよ、それは」
アースの呟きは誰にも届くことはなかったが、まるで呪詛の如く暗黒に染まりつつある空に木霊した。