終局を超え 第五節
「<オセネオスよ、我が声に答えよ>」
オセネオスの名を唱えた神術、タナーシャを信じているヴァラムたちにとっても、それは驚くべきことであった。
「<オセネオスよ、我が歌に答えよ>」
再度唱えた詠唱、しかしその意味こそわからなかったが、何故かその場にいた皆が、それは今までのような神術とは何かが違うように感じたのだ。それから一息ついて、タナーシャは再び口を開いた。
オセネオスよ、神々の王よ、運命の主よ
その若者は、悪意を被り、痛哭した
彼は若者だ、彼は賢者だ。だが彼の智慧は正道に導かなかった
彼の話す真理は、虚偽にされた
欺く者が悪風のように彼を圧倒し、若者を平伏させた
彼の不慮の力が、彼を堕落させた
オセネオス、貴方は彼に、患難を幾重にもお与えになった
彼は、故郷において、絶望した
街路を歩き、打ちひしがれた
神は、彼に詭計を企てた。彼は神の敵ではないのに
彼の家族は死んだ
彼の友は生きていない
悪漢が彼に、侮蔑の言葉を投げる
それは彼を嵐の如く怒らせ、悪の心を生み出した
『私は賢者であるのに、何故愚か者たちに妨げられるのか
『私は善人であるのに、何故悪しき者たちに妨げられるのか』
我が神、オセネオスよ
我が言葉は、嘆願である
我が口供は、彼の畢生に、糸の如く纏わる悪業を引き裂くだろう
我が神、オセネオスよ
光は大地を照らすが照らすが、彼は闇の中だ
涙、哀悼、失意、絶望が、彼の中に住み着いている
運命の手によって、彼の姿は変わり果てた
魔物、悪しきものが、彼の身体に住み着いた
我が神、オセネオスよ
貴方は彼の罪を知っている
だが、どうか我が嘆願を、聞き届けてほしい
かの者に、どうかその聖なる御心が、慈悲を垂れるように
かの若者にどうかその荘厳な御心が、友を返すように
それは嘆願のようでもあり、哀歌のようでもあった。
不思議な響きで、抑揚を持ち、音色を持つようでもあり、淡々と淀みなく読み上げられたようにも聞こえた。
それを聞いているヴァラム、バルー、そして魔人の三名は、その内容が何かはわからない。しかし明らかにそれは、死の神に対して捧げられた呪詛には聞こえない。人々への愛、世界への愛が満ちた、祝福のようだった。
これまでの神術の一節二節程度の詠唱に対して、今回はまるで僅かな神気を最大限利用するかのように、あるいは強い思いを丁寧に込めるように、長い詠唱が行われた。その間は、魔人さえも口を挟もうとはしなかった。一言彼女が神の言葉を口にした瞬間から、心を奪われてしまったのだ。
タナーシャの身体から、青い光がほのかに漏れ出す。それと同時に、空からも、雲間から光が滝となって、彼らの頭上から降り注いだ。
彼女の、祈りは届いた。
光は、徐々に形を成していく。少しして、それが人の形をしていることに、魔人は気づいた。そしてどこか、見覚えのある姿であることも。
「まさか」
光が人の形であることに、ヴァラムとバルーも気付いた時、魔人は思わず声を漏らした。輪郭だけでなく、その表情さえも見えるくらいに、はっきりと光は人へと変化していった。
「トゥフビ……?」
間違いなく、そこにいた人間は、アムゥ、いやタファパの姉である、トゥフビの姿だった。
「タファパ、私の姿が、見えるんだね?私の声が、聞こえるんだね?」
青い光の虚像ではあったが、明らかにその人物は、まるで肉体を持った人間のように生命力が漲っていた。
「貴様、何をした?」
ぎろりと、魔人はタナーシャを睨む。彼は、目の前の少女の姿を、彼女が生み出した幻影であると、疑いが捨てきれなかったのだ。しかし一方のタナーシャは、息を切らしており、彼の高圧的な問いに、すぐに答えることができなかった。
「わかっているはず。私は決して彼女の作った幻じゃないと」
「だまれぇ!!」
その怒号は、無二の友を騙ったことに対する怒りではない。むしろその声を聞けば聞くほど、その姿を見れば見るほど、その友にしか思えなくなり、そして自分がこの約五十年の間、必死に追い求めた友の魂が、こうも容易く他者の術で蘇ったことへの憤りであった。
「……この人が、タファパの姉さん」
「こんにちは、ヴァラムさん、バルーさんだよね。タファパが迷惑をかけて、ごめんなさい」
ぺこりと、光の女性は、頭を下げる。
「いや、その、貴方は、トゥフビさん?」
バルーでさえも、故人が蘇ったことに驚きを隠せず、思わず本人かどうかを確認してしまう。
「そうだよ。タナーシャさんが、オセネオスの力で、魂だけ呼び起こしてくれたの。凄いよね本当」
「凄いっていうか、タナーシャ、お前平気なのか?」
「あ、ああ、なんとか。それと、これができるのは今の私が、オセネオスとの繋がりが強いからだ。普段はできないよ……」
ぜえぜえと吐息交じりに、タナーシャが何とか言葉を紡いだ。
「確かに魂を蘇らせ、生者との交信を可能にしたのはタナーシャさん。けど、私の魂は、ずっと、タファパ、貴方の傍にいたの」
「な、なにを言ってる?僕はあの時、君を……」
「そう、あの時、タファパは確かに私の魂を、記憶を喰らった。けど、私を感じられなかったのは、貴方が魔人だからでも、私が神気を持つからでもない。君の魂が、アムゥという人間に触れ、闇に犯されたから。貴方はあの時、もう復讐のことしか考えていなかった。私が何度、黒い泥の中で、タファパの名前を読んでも、貴方は全然聞こえてなかった」
タファパは呆気にとられ、放心したかのように、ただ口を開けて黙っていた。
「タファパ、もうやめなさい。今、<ユピトゥ>では、色んな人が、遷者や、神術使いまで混ざって戦ってるの。星のために、この国のために」
「それは一時的なものだ。知っているだろう、君も。<ユヴァート>の連中が何をしたのか」
「知ってるよ。けど、それはこの国の人の全てじゃないでしょう」
タファパは上体を起こし、その光の姿のトゥフビに向きなおる。この時本人は気づいていなかったが、彼は未だ身体を動かせるほど魔力は回復していない。彼は精神で、魔力で出来た仮初の肉体の限界を凌駕していたのだ。
「タファパ、改めて聞かせて。貴方は人類に絶望したの?それとも<ユヴァート>に復讐したいの?」
タファパから返事はない。アムゥという意識の中にあった時、彼は確かに人類すべてを愚かな生命として、滅すべき存在であり、この星を新生させた暁には、新人類の正しき指導者として君臨しようと考えていた。それしか方法はないと、悪意しかなき人間は、悪意を持って支配せねばならぬとしか思えなかった。
だが今、魔人として、かつての自分に戻って、その強固な意志と確信など無かったかのように、次々と疑問が沸き上がる。
「貴方はアムゥと違う。アムゥのように目先のことや、私利私欲だけの存在じゃない。貴方は物事の理をよく知っていて、深い知恵を持つ子でしょう?」
「だけど、トゥフビ、君は、恨んでいないのか、あの連中を許せるのか」
「許せないよ、私も。今も許せない」
その答えは、問うた本人であるタファパですら意外なものだった。彼は、トゥフビがきっと怒りを隠して、自身を宥めようとすると思っていたのだ。
「けど、私にとって復讐や、恨みは、全てじゃない。この国の人達にとって、抑圧と支配が全てではないように。そして、貴方にとって悪だけが全てではないように」
「それは、理想論だ。人の善性を、過信している」
「そうかもしれない。けど、私達、そして貴方が宰相として目にした人々の悪意の渦、それは正義や善の不在を意味するわけじゃない。ねえ、タファパ、私の名前の意味、覚えてる?」
その問いかけに、タファパは少し言葉を詰まらせる。勿論彼が彼女の名前の意味を忘れていたからではない。その問いかけに込められた、行間がわかりかねて、わずかに混乱していたのだ。
「『正しい心』」
彼は結局、その真意に行きつかないまま、彼女の名の意味を答えた。
「そう。それに母さんたちが込めた意味。母さんたちは、自分たちが魔力の家系で、知りうる限り神術使いの祖先はいないことが調べてわかった。だから私を見て、思ったんだって。人には、誰にでも二つの力が潜在的に宿っているんじゃないかって」
「それと、これと何の関係が」
「話は最後まで聞きなさいな。母さんたちはね、知ってると思うけど、昔は二人とも兵士だった。<ジェヴァイヴ>大陸東西大戦に若いころ参戦して、<ルペット>の属国だった<イタクス>は、<ユヴァート>と共に西側諸国と戦った。二人とも、知人が人殺しに変わっていくのをこの目で見た。自分たちがそうなっていくのも。この戦争が終わった後、自分たちは真っ当な人間になれるのかわからない。そんな不安の中、二人は出会い、恋に落ちて、戦後、私を生んだ。それで、私を見て、二人は自然とこう思ったらしいの。『私たちの中には悪が確かにあるけど、善なるものも確かにあるんだ』って。だから私に『正しい心』という名を付けた。この世に悪人や善人はいない。けど善いことと悪いことはある。だから、私には、そんな世界でもずっと、『善』を信じて、『善いこと』とは何かを常に探し続けるような人間になって欲しいって願いを込めた」
トゥフビは、タファパの傍にまで降りてきて、彼の顔に手を添える。
「私には、怒りの炎がある。この<ユヴァート>に対する復讐心がある。けど、だからといって心を悪に落とす必要はない。悪の影を背負いながらも、善の光へと向かうことの大切さ。それを教えてくれたのは母さんたちだけじゃない。タファパ、貴方も、あの時、私に教えてくれたんだよ?」
彼女が言っていることは、彼らの二人の母親のうち、ララが対<ルペット>の戦役で命を落とした時、トゥフビの心が折れ、彼に対し辛く当たった時の事。彼は、家族ではないと言わんばかりに、トゥフビに突き放されたとき、裏切られたように感じた。怒りを覚え、ひどく傷ついた。
だが彼は、それでも、自分たちに迫る新たな危機を、愛する家族に伝えようと、家に戻った。それは彼が、例え暗い闇の中にあっても、再び家族に戻れると信じていたからに他ならない。
「さっきバルーさんも言っていたでしょう。『闇を抱えても、光を諦める必要はない』」
「……、駄目だ。もう、取り返しはつかん」
タファパは、失意の中で、項垂れる。彼はここ五十年もの間、復讐の中で生きてきた。なのに、その復讐の根源でもある彼女が、それをやめよと語り掛けることに、ひどく虚無感を覚えたのだ。
「はぁ」
トゥフビは、小さくため息をつき、頬に触れていた右手を離した。
それに気づいた彼は、トゥフビが自分から離れていくことに惜別の念を覚えて、顔を上げる。と、その瞬間だった。
彼の左頬に、強い衝撃が走る。最初、彼は何をされたのかわからなかった。
「甘えてんじゃ、ないよ!!馬鹿弟!!」
今まで諭すような口調から一変、トゥフビは突如声を荒げる。その時遅れてタファパは自分が頬を思い切り彼女にはたかれたことにようやく気付いた。
「な、なにすんだ!」
「全く五十年も経ったのに子供のままだ!!貴方は頭良いのに、本当馬鹿!バーカ!!」
「なんだこの!子供なのはどっちだ、その貧弱な語彙量で!」
「うっさいばーか!!」
魔の大将と、神の光で蘇生した魂の間の会話とは思えぬほどの、幼稚な言い合いに、タナーシャとヴァラム、バルーは、目を丸くしてしまう。
「この、くそ!今まで僕は人間など悪性腫瘍にしか思ってなかったんだ!それを突然信じろだなんて、無理な話だ!」
「それよ、この馬鹿タファパ!まだ気づいてないの?もし貴方が言うように人間が悪性の塊なら、貴方が何もしなくても、<ユヴァート>も、この<玄黄星>の人々も、そのうち勝手に自滅してたよ!!なのに、貴方は、この星を滅亡に導いたものとして、もう後に引けないと感じている。それは、貴方が、自分の政治無しでは人はここまで落ちぶれていなかったと考えている何よりの証!悪の親玉なら、自分の行為に意味がないってわかった時、悔しがりこそすれ、今までの極悪非道に引け目を感じたりしないよ、このアホ!!」
荒っぽい言い回しではあったが、今までの何より、彼女のその言葉はタファパにとって説得力があった。
「決めなさい、タファパ。貴方が人は悪なり、故に悪を以て支配するべき。そう今も考えているなら、私は止めない。それは貴方が辿り着いた答えなんでしょう。けど私は少なくともそれは間違いだと思っている。だからもし、貴方が人類を滅ぼすのなら、その御旗に、『私のための復讐』を掲げないで。貴方が人類を滅ぼす大王になるなら、私と貴方の家族の絆もこれまでよ」
「……家族の縁を人質にするのか」
タファパの声は、ひどく弱々しかった。
「ええ。当然、ララ母さんもイミ母さんも、貴方のことを認めないでしょう」
しかし、そんな弱り目の彼に、トゥフビは決して語勢を弱めること無く、むしろ更に強く突き放した。
「なら、仕方ないな」
タファパは、右手を顔の高さにまで上げる。それを見て、ようやく「体を動かすのに半日はかかろう」と踏んでいた、魔人が、既に身体を動かしていることに、タナーシャたちが気づく。彼が何かをしようとしているのにも気付いた。彼を阻止しようとするが、もう遅かった。
だが、彼が行ったことは、右手の中指と親指を強く擦り、その反動で指を鳴らしただけだった。確かに魔力は動いたが、まるで燃料の切れた着火器のように、小さな火花のようなものが生まれただけだった。
「何をした?」
タナーシャが、タファパに深刻な表情でそう問いただすと、彼は僅かに笑いながら、彼女の方へ向いた。
「なにって、お前たちが望んだことだよ。七番隊の傀儡を止めた。あと五分もすれば、死人も出始めただろうに」
そう言いながら、タファパは大の字になって、山肌に身を預けた。それは全てを諦めたかのようにも、反対に充足し、満たされたようにも見えた。
しかし彼のそんな様子を数秒眺めていると、ヴァラムたちは彼の指先が、少しずつ炭となって潰れていくことに気づいた。
「お、おい、お前、身体が!」
ヴァラムが、その魔人の身体に起きている変化を指摘するが、タファパは焦った様子もなく、にやりと悪戯っぽく微笑む。
「いや、なに、消えるわけじゃない。魔力を急激に消費した魔獣が心臓のみを残し、休眠状態に入るように、僕もそうなるだけさ。魔人の心臓、とでも言えばいいか」
「でも、それじゃ」
「そうさ、僕は悪の帝王らしく、引き際は潔くはしない。僕がこの星にもたらした変化について、一切責任を取るつもりはないのさ」
彼はそう堂々と言い放つ。
「だが、少なくとも僕は君たちには負けを認めた。だから、君たちには償いを行おう。僕の心臓、君たちの好きに使うといい」
「な、なにを言ってんだ、お前」
「二度と復活できないよう潰すもよし。この星に災厄をもたらした者の命の核と人々にその定めを決めさせてもよし。好きにするといい」
再び、決断を迫られ、タナーシャたちは困惑した。聞く限り、恐らく彼が休眠状態に入るのは、嘘ではないだろうことは伺えた。普通の魔力に頼る生命体ならば、死を迎えてもおかしくない魔力枯渇の状態を、魔獣は心臓と化すことで凌ぎ、個体や環境によって期間はまちまちではあるが、大抵の場合時は数十年、大型の個体であれば百年以上かけて復活するということを、三人とも知識として知っていたからだ。
そして彼がそれを自分の意志で選択したというより、そもそも現状人の形を維持すること自体、もう難しくなっているほど、魔力が尽きているのだということも理解はできた。彼は、まるで責任から逃れるためにこの状態を選んだように話していたものの、事実としてもう人の形を保つ限界を超えていた。限界を超えてなお、人の形を少しの間保てていたのは、彼の超人的な精神力と、高い集中力を必要とする戦いの後の高揚感、そして何より、トゥフビとの奇跡的な再会のためであった。
「だが、もし、君たちが、僕の今際の願いを聞いてくれるような、そこまでお人よしならば、是非叶えて欲しい願いがある」
彼の身体の消失は既に四肢を超えて胴体にまで及んでいた。
「ヴァラムくん、君の持っている魔力吸収装置を貸してくれないか?」
唐突な提案に、ヴァラムは戸惑う。魔力吸収装置も勿論、何の魔力も入っていない状態であり、それをそのまま渡したところで何かが起きるわけではなかったが、しかし彼がそれを利用し、何かをしようとしていることが少し気がかりではあったのだ。
「ああ、手はもうないから、僕の胸の上に置いてくれればいいさ」
そんな彼の逡巡を察して、タファパはそう述べる。勿論、ヴァラムが気がかりなことはそこではなかったのだが。
ヴァラムは隣にいる友人たちと顔を見合わせる。二人もやはり、懸念はあったようだが、しかし今のタファパが、自分たちを出し抜こうとする意義が見いだせず、彼らも首を渋々縦に振った。
ヴァラムは、意を決して、腕の装甲から、魔力吸収のための瓶を抜いて、タファパの胸の上にそっと置いた。
「はは、本当お人よしなんだな、君たちは」
そう言うと、タファパの胸と、その魔力の瓶が赤い光でできた魔法陣に包まれる。ひどく小さなもので、強い魔力や脅威を感じさせるようなものではなかった。
「これで、僕の心臓と、その吸収装置を魔術的に繋げた。本来ならばその装置で魔獣や魔人の身体から魔力を使うことはできないが、その当事者である僕が、自身の心臓の所有権を放棄し、その装置にそれを委譲した。言い換えれば、僕はそのちっぽけな装置に対し、契約したのさ。『僕の力は、全てその機械を通じてのみ使うことができる』とね」
「待てよ、それじゃあ、お前」
「ああ、そうさ。これで僕は自分の意思で復活することはできなくなった。だが、ここからが、僕の頼みさ。僕のこの心臓を、君の宇宙にまで飛んでいく飛空艇の燃料装置として使ってくれたまえ」
その提案に、ヴァラムたちは驚きを隠しきれなかった。
「君は、魔力吸収で宇宙飛行ができると考えているようだが、宇宙空間に漂う瘴気頼りでは心もとなかろう。恒久的に魔力を生産する装置が本来必要となる。勿論僕の心臓だけでは、船を持続的に長期間運転できるほどの魔力を常に生産できるわけではないがね」
「いや、けど、それは……」
ヴァラムからすれば、決して悪い提案ではなく、それどころか利点しかない魅力的な提案であった。だが彼は、魔人とはいえ、まるで他者の命を技術に利用しているようで、あまり乗り気にはなれなかった。
「まぁ決めるのは君だ。乗り気でないなら、心臓は適当に燃やしてくれてもいいし、どこかに保管しておくのも君の自由だ。だが、ヴァラム、僕は君の星を抜け出すという夢の礎になりたいのだ。僕は、真の意味で、解き放たれたいんだ。大地に縛り付けようとする神々の鎖からも、この星の命の輪廻からも」
彼の身体の消失は更に進み、既に胸を中心に、頭もその最上部、腹部は胸の下まで消えかかっていた。
「トゥフビ、今度こそ、お別れだ」
「ええ、タファパ、ゆっくりと、おやすみ」
そしてその言葉を最後に、魔人タファパは、赤くて黒い、美しい結晶のような素材でできた、心臓を残して、消えていった。
ヴァラムはそれを両手で慎重に手に取る。
「前に、ヤムニーヴァさんと話した時、アスピフのことを聞いたの、覚えてるか?」
ヴァラムの突然の問いかけに、タナーシャたちは少し戸惑いながらも、首を縦に振る。
「食用犬、俺が子供のころには、そういう話はあまり聞かなかった。だから、ヤムニーヴァさんが、食用犬を屠殺していた、と最初聞いたとき、正直戸惑ったんだ。けど、少しして、考え直したんだよ。それって、俺が今まで食べてきた動物と何が違うんだ、って」
ヴァラムは、タファパの心臓を左手に置きながら、彼は魔人より託された装置を右手で握る。
「多分、違わないんだ。人は生きる限り大なり小なり犠牲を出す。けど俺たちは犠牲を嫌っている。本能的に命を奪っていると、動物の死体を喰らっていると認識したくないんだ。だから犠牲が出ていることを、見て見ぬふりをする。あるいは『犠牲にしても良いもの』と命を分けようとする。でもそれが、この<ユヴァート>いや、<玄黄星>の問題の根幹なんじゃないかって思うんだ。もし犠牲を受け入れられないなら、犠牲を生まないよう努力をするべきだ。それが嫌なら、俺たちは自分が『略奪者』だと認識すべきなんだ」
ヴァラムのその言葉を、皆静かに聞いていた。しかし、神の光を纏うトゥフビが、ヴァラムの左手にそっと手を添えた。
「昔、私の母たちも、同じことを私とタファパに教えていました。もし貴方がそこに辿り着いているなら、私も躊躇いはありません。彼の夢、叶えてあげてください」
そう言い残し、トゥフビはタナーシャとバルーに軽く会釈をすると、光の粒子となって、天に消えていった。
「ああ、そうするよ」
ヴァラムは魔力吸収装置を、タファパの心臓に突き立てる。それと同時に心臓と吸収装置が強い赤の光を放つ。数秒間、辺りが赤い光に包まれた後、光が失われた場所で、ヴァラムの手の上には、赤い心臓はなく、容器の中が赤い光で満たされた装置のみが残っていた。
それを装甲服の元々の位置へと戻すと、燃料切れだったはずの装甲服が、たちまち再起動し始めた。
「帰ろうか、二人とも」
彼は装甲服の推進器を吹かしながら、二人の友の手を取った。
「ああ、帰ろう」
そうして三人は、皇居にある飛空艇まで戻った後、<ユピトゥ>へと帰投した。




