終局を超え 第四節
「待ちなさい、私たちはやらねばならぬことが」
ユイスナが聖騎士たちに命令を下すが、彼らは苦い表情こそすれ、素直にその言うことを聞かなかった。
「アムゥ様より命令が下っています!反逆者が、この首都におり、その協力者が貴方達だと言われているのです。投降してください」
聖騎士の一人が、そう答える。
更に目立つ姿の遷者であるヤムニーヴァと、そして『正義の僕』の中でも有名なネーナの存在は、聖騎士隊隊長の裏切りという、アムゥの仕上げた筋書きを立証するかのようであった。
「そのアムゥこそ、この国、いえこの星の裏切りものなのです。あの溶岩流を見たでしょう!?あれを仕掛けたのは、そのアムゥなのですよ!?」
その説明に周囲がどよめく。先ほど目にした脅威、もしかしたらこの首都が壊滅するかもしれないという危険をもたらしたのが、他でもない宰相アムゥであるというユイスナの説明は、信じがたいと同時に、底知れない不安も感じさせた。
しかしその言葉を信じることも、嘘だとすることも聖騎士はできず、ただお互いに、どうすればいいかを顔を見合わせるだけだった。
「どけ、貴様ら!」
そんな折だった。聖騎士には聞きなれた男の声が、群衆の外から響き渡る。
「バシラン隊長、貴方は……」
ユイスナの視線の先には、小太りの三番隊隊長、バシランが額に汗を滲ませながら走ってくる様子があった。
「アムゥ様はどうなった?」
「アムゥはタナーシャが倒しました。しかし彼の従者である七番隊が、中階層に潜んでおり、彼らはあと二、三分もしないうちに暴れだすようです」
それを聞いて、バシランが頭を抱え始めた。十秒ほど唸った後、しかし彼はパッと切り替えたように顔を上げる。
「火砕流の対策に三番隊を待機させてありました。彼らならばすぐに動けます。中階層のどこかはわかるのですか?」
「え、えっと、場所までは聞き及んでいません。途中で通信が途絶えてしまい」
初めてバシランの精悍な顔つきを目にして、呆気にとられながらも彼の質問にユイスナは答えた。
「良いでしょう、くそ。とりあえず三番隊に中階層の人々の避難をさせます。空港も急いで職員を戻していますが、まだ再始動までは暫くかかります。それまでは聖騎士の飛空艇で順次市民の移動を行います。大規模な艦艇はありませんが、すぐに飛ばせます。宰相の命令で封鎖していた階層間通路も、解放する準備はできていますので、まずは中階層の避難を。中階層にも何名か既に聖騎士を配備していますから、彼らに階層間通路を用いた避難誘導を任せましょう。それと、一応我々の方でも確認はしましたが、あの火砕流はもう問題ないのでしょうね?」
「……恐らくですが、あの火砕流はタナーシャ様が神術で固まらせたもの。安全と思ってよいと思います」
溶岩の状況については把握しきれていない一行だったが、タナーシャをよく知るヤムニーヴァが、実際目の前で見た、溶岩が勢いよく冷えていく奇怪な現象は、魔術ではなく神術の産物であろうと推測がついた。
「色々聞きたいことはありますが、ことは喫緊なのでしょう?兎に角手伝えるならば、力を貸してもらいたい。そこの亜人、いや遷者、お前は飛べるのか?」
「ええ、随分力は使いましたが、まだ人を運ぶ程度なら」
「よろしい、お前の事は三番隊にも周知しておく。もし我が民を救ってくれるというなら、その翼を貸してくれたまえ」
ヤムニーヴァは、浅く頷くと、すぐに飛び立った。聖騎士が一瞬武器を構えて取り押さえようとするが、バシランが手を挙げて、それを制止した。
彼が主導権を握り、的確な指示を出している様子を、シヴィとユイスナは実に奇妙に感じていた。彼は聖騎士隊の中でも、かなり弱気な性格で、そして主導権の弱いリーダーと認識されていたからだ。
そんな二人の様子に気づいたバシランは、眉間に皺をよせ、こう述べた。
「全く、貴方たちもそんな顔をするのですか?私は三番隊の隊長、三番隊の使命は災害救助!三本柱の皆さんがいなくても、宰相の命令がなくとも、これくらいのことはできますとも!ええ!全く腹立たしい!」
彼は憤りながら、踵を返し、聖騎士隊の本部もある、議事堂へと戻っていく。
「何をぐずぐずしておるのですか?貴方達も付いてきなさい!ここからは番隊など関係なく、全員で中階層の人々の避難、七番隊の阻止に向かいます!」
語気の強いバシランの言葉に、未だシヴィたちを囲っていた聖騎士も、我先にとついていく。シヴィとユイスナも同様に彼らの後をついていった。シヴィは視力を失って間もないため、ユイスナが手を握って、先導した。
「シヴィ、貴方、まだ戦えますか?」
と、友の様子を心配そうに眺めながら、ユイスナが述べる。
「魔剣はもう使えんだろうな。だが簡単な魔術ならまだ使える。目が見えないのにも少し慣れてきた。それに困憊というなら、ユイスナ、あんたも一緒だろ」
「……ええ、確かに。ですがなんでしょう。何故か心は昂るのです。ようやく我らの使命を全うできるような気がして」
「ああ、私もだよ」
そんな彼らを後ろから取り残されたネーナとイパジャスラが眺める。
「どうするんだい、これから」
「うーん、私達の飛空艇は、もう無いからね。通信機もこの混乱で機能しないから、下層中層の『正義の僕』たちにも連絡ができない。一旦皇族の亡骸を置いてきた、最上階層の隠れ家に戻ろう。隠れ家の通信機は軍用だし、下層の者たちと連絡も取れるかもしれないわ。それにもう一つ、タナーシャさんに念話で頼まれたこともやらねばならない。イパ、貴方に任せた仕事はもう終わっていますが、まだついてきてくれますか?」
勿論、と短くイパジャスラが答え、二人は隠れ家へと足早に向かう。
バシランらに先んじて、ヤムニーヴァが一足先に、中階層へと移動していく。既に中階層にいた聖騎士たちが、既に市民を誘導している姿が見えた。彼もそれに手伝おうと、翼を広げそちらへ滑空する。だがその瞬間、突然爆発音が辺りから響き渡る。それに遅れて悲鳴が木霊し、煙まで上がり始める。
それも一か所ではない。三か所を中心に、騒ぎが起きていた。
ヤムニーヴァは、理解した。もうすでにアムゥの手下が動き出したのだと。先に市民の誘導を手伝おうと思っていたが、七番隊を野放しにしていれば、救助の手が回らないと考え、彼はその内の一か所、今の彼の位置から最も近い、南側地域の騒ぎへと急行する。
その場には、赤黒い不気味な鎧を身に纏う存在が、剣状に変形させた腕を、周囲の人間や建築物に向かって振り回していた。
ヤムニーヴァは、皇居で魔力の泥を纏った皇族の姿を見ていたため、それが件の七番隊であるとすぐにわかった。今にも市民に手を掛けようとした瞬間に、彼は勢いよく飛び込んで、それを阻止する。
「あ、亜人?」
「どうしてここに」
周囲からは突然の騒動と、そこに紛れてきた竜の姿をした遷者に呆気にとられ、おろおろと辺りを見渡していた。それを見たヤムニーヴァは、
「避難なさい!私は聖騎士の手伝いをしている者です!」
その一喝で、周囲の人々が少しずつヤムニーヴァと七番隊から距離をとりつつ離れていく。
「さて、あと二か所もある。そちらは頼みましたよ、聖騎士」
ユイスナたちは、バシランと共に、聖騎士隊を編成し、飛空艇に彼らを乗せていく。
「シヴィ副隊長、貴方は視力が奪われたとのことですが、全く見えないのですか?」
三番隊隊長バシランが、シヴィの様子を気にかける。
「ああ、目は見えん。だが電識の術を無理やり使ったせいか、それ以外の感覚は今までより敏感になっている。イルカのように聴覚で空間認識が可能なんだ。まだ慣れてないが、同行するのは難しくないはず」
「そうですか、ユイスナ様共々、随分激しく魔力を使ったようですから、あまり無茶をなさらぬよう」
バシランのその言葉が意外で、ユイスナとシヴィが共に、彼の方へ唖然としながら顔を向ける。
「へぇ、気にかけてくれるのか?」
「シヴィ副隊長、アース様のような口調はやめたまえ。アース様やアムゥ様だけでなく、貴方達まで欠けたら、この国を立て直すのは難しいというだけです」
ふん、とそっぽを向いて、彼も飛空艇へと乗り込むバシラン、シヴィとユイスナも、彼の後に続いて、飛空艇に乗り込んだ。
「無駄な、あがきを」
アムゥが一言、山肌に寝そべりながらそう呟いた。
「そうか、お前、七番隊の目を通じて、首都で何が起きているのかわかるのか」
その隣で座っていたバルーが、彼の呟きに反応する。
「なら、教えてもらおう。<ユピトゥ>の人々は、お前の三体の僕を取り押さえられているのか?」
「何故答えねばならん」
タナーシャが詰め寄るが、アムゥは素知らぬ顔で冷たくあしらう。
「どうせ俺たちは、飛空艇に戻れるくらい回復するまでここを動けないし、お前もどうせやることないんだろ。それならちょっとは状況を教えてくれ。というか、お前が黙っていると、状況が俺たちにとって好ましい、ってのを意味しているようなもんだぞ」
「ふん。偉そうなことを。”僕”は、君たちの正しさは認めた。だが嫌いなんだよ、そもそも」
彼の口調が、老爺のアムゥではなく、まるで青年のような響きだったのに、三人は驚いた。彼らの反応を見て、アムゥも今まで無意識下でもできていたはずの『宰相アムゥ』の真似が、僅かに崩れかかっていたことに気づく。
「タファパ、もうやめるんだ」
「その名で、呼ぶな」
ぎろりと、タナーシャの方を睨みつける魔人。
「これ以上して、何になる。私はまだ神気は全く回復していないが、少しだけ首都の魂の動きを感じることはできる。多くの人が一斉に、一つの目的に向かって動いている。聖騎士も『正義の僕』も、遷者も、自分のためではない、誰かのために戦っているのを感じる。それは、まさに人間は、その悪性が全てではない、という証拠じゃないか?」
「馬鹿を言え。僕という巨悪、星の終焉、都市に迫る危機を目にして、仮初の団結をしているだけ。危機が去れば、またいつものように愚かな人類へ戻るだけさ」
「お前は、<ルペット>に立ち向かい、一丸となって戦った、<イタクス>の人々にも同じことを思うのか?」
魔人は、タナーシャの言葉に、怒りを剥き出し、その眼光を更に鋭く光らせる。
「貴様に、<ドゥスエンティ>王家の嫡子に、それを口にする資格があると思っているのか?」
「すまない、確かに過ぎた言い方だった。だが、もしお前が<イタクス>の人々の正義を求める戦いを、無駄無益と考えることへ憤りを覚えるならば、やはりお前は、善性の存在を、我々やお前の家族のみが有する希少なものではないと思っているんじゃないか?」
アムゥの表情から徐々に怒りの色が引いていく。図星とまでは言わないまでも、彼女の発言には、確かに筋道は通っている。同時に、彼自身が、自分の感情の変化に気づけていなかったことも、それは意味していた。
「何を言われても、僕の意思は変わらん。首都にいる連中が、自力でこの苦難を乗り越えれば、どちらにせよ僕の完全敗北だ。それにタナーシャ、忘れているようだが、まだ終局の影響は去っていない。むしろ神気を大幅に失った今、君は容易く終焉の声に耳を傾けてしまう。他人の心配をしている暇があるなら、自分の心配をするんだな」
魔人の言う通り、タナーシャの脳裏には未だ、終局の神の囁きが、何度も繰り返し反復し続けていた。それは単に、先程の経験を思い出しているに過ぎないのか、それとも今まさに終局がタナーシャの心を掌握せんとするための呪いなのかはわからない。だがそんな状態でさえ、彼女は、未だ神気の戻らぬ状態で、<ユピトゥ>での人々のことが気になって仕方なかった。それは決して明瞭な感覚ではないが、何故か今、あの首都に、ヤムニーヴァやシヴィだけでない、他に誰か見知った存在がいて、そして彼らが皆、今にも命を落としかねない危機の只中にいるような気がしてならなかったのだ。
そしてその誰かのために気を揉んでいる状態が長く続けば、終局に立ち向かうための精神も失われかねない。
従って、彼女は、回復した僅かな神気を用いて、つまり神気の欠乏により、終局の手に落ちるという危険を背負って、賭けに出ようとしていた。
「今まで折角溜めたなけなしの神気だが、仕方ない。ヴァラム、バルー、私の事を信じてくれるか?」
文脈がよく理解できない突然の質問に戸惑いつつも、二人はその問いに力強く頷いた。
それに安心し、決意の固まったタナーシャは、僅かな神気を絞り出し、神語でこう唱えた。
「<オセネオスよ、我が声に答えよ>」
「聖騎士隊、三番隊、四番隊は、北部、中階層第三地区の動乱を、そして五、六番隊は同層第五地区、西側の騒ぎへ急行、南の騒ぎは既に対応が済んでいるが、そちらも人手が足りない。避難先は、先に述べた通り郊外の水晶門の前の広場だ。上空から戦況は随時報告する。我々の指示にすぐに従えるよう、小隊長は常に通信機を手放さぬように。ただし我々の通信機は問題ないはずだが、大規模な通信障害が発生しているため、もし私の指示が聞けぬ場合は柔軟に対応せよ」
バシランが上空に滞空する飛空艇で、大型の通信機の前に座り、全聖騎士に指示を出す。その隣でユイスナとシヴィが、皇居での戦いでボロボロになった隊服から、新たなものに着替えていた。
「お二人とも、準備はできましたかな」
「ええ、バシラン殿、貴方はここに残り指示をお願いします」
「当然そのつもりです。どのみち私の魔剣は近距離より上空から遠距離にいた方が仕事をする」
バシランは背に背負った弓型の魔剣を二人に見せる。
「それとお二人とも、先程申した通り、ご無理はなさらぬよう……」
バシランが二人に向き直ろうとしたとき、通信機がけたたましい受信音を響かせる。
「どうした」
バシランが応答をすると、騒音交じりで聞き取りづらい声が聞こえてくる。
「報告です、五番隊、六番隊、現場へ急行、しかし既に、身元不明の人間数名が、件の魔の鎧と交戦中!繰り返します、身元不明の人間数名が、魔の鎧と交戦中です!!」
「何と、それは、『正義の僕』の連中ではないのか?」
慌ただしい部下の声を諫めるように、バシランは語気を強める。それによって落ち着いたのか、一呼吸おいて、その聖騎士は感情を抑えた声色でこう続けた。
「違います。所属を聞いたところ、彼らは『囚われていた巫』と答えました」
「囚われていた、巫?」
バシランが、シヴィとユイスナの顔を見る。彼らには聞き覚えのあるものだった。タナーシャが、<ユピトゥ>へ入り込むための作戦会議の折に話していた、アムゥと七番隊に囚われた<ドゥスエンティ>の巫ではないかと、彼らはすぐに察した。
時間は少し戻る。ネーナはイパジャスラを連れ、急ぎ、隠れ家へ戻る。
「ところで、ネーナ殿、先程言っていた、タナーシャ殿からの依頼というのは?」
イパジャスラが、自身の装備を降ろしつつ、隣のネーナは、狭い通路にも変わらず車椅子を器用に回しながら、複数の機材を手に取り、次々と車椅子に取り付けた籠の中に入れていた。
「ああ、実はタナーシャさん曰く、この首都には、最下層から通じる秘密の監獄があって、そこには、<ドゥスエンティ>の巫が捕らえられているらしい」
「……そんな。私は統一同盟賛成派だったけど、あの飛空艇墜落”事故”から一気にこの国が嫌いになってきたよ」
「はは、私も実は統一同盟自体はそこまで反対派ってわけでもなかったんです。実はね」
ネーナの言葉はイパジャスラにとってはかなり意外だった。彼女は反政府組織の顔の一人、なのに、恐らくこの国で最も是非の別れる政策に対しそれほど批判的ではなかったのは驚きであった。
「勘違いしないで。私はあくまで、この星が一丸となるという思想には反対していない、というだけ。今の<ユヴァート>が先導するのはまず反対です」
「なるほどね、それで、どうやって巫の所へ行くんだ?」
すると、ネーナは新たな道具を見つけて、それをイパジャスラに見せる。
「私達は行きません。アスフュナとヒスフムっていう大変に優秀な、正義の僕に既に向かわせたんです。携帯の通信機では応答がありませんでしたが、こちらの大型なら、かかる可能性もあるので」
そう言って、彼女は大きな通信機の前に行き、それを操作する。するとすぐに返答が機械から帰ってきた。
『あ、ネーナさん?良かった連絡が取れて』
「アスフュナ、首尾はどうでしょうか?」
『ええ、巫のことでしょう?解放はしました、したんですが……』
アスフュナは、何故か作戦が成功しているのに、その先を言い渋っていた。
『実は、イヒーナ、という人物がもうすでに巫たちを助けていたんです。私は<ドゥスエンティ>の巫だ、仲間を助けに来た、と』
イヒーナ、という名前にネーナは聞き覚えが無かった。ヴァラムやバルーからも、そしてアースたちからも聞かされていない名前であり、彼女は、その人物が本当に巫なのかを判断することはできなかった。
「それで、巫たちはどうしたんです?」
『えーっと、その。『この都市の危機はこの星の危機に等しい』って言って、あの、中階層に巫連れて行ったんですけど、止めた方が良かったですか?』
それを聞き、ネーナはそのイヒーナという人物が、少なくとも敵対していないことがわかり、ひとまず胸を撫でおろした。
「わかりました。ということであれば、恐らくイヒーナはタナーシャさんの仲間でしょう。二人はそのまま中階層に迎えますか?」
『え、中階層?何かあるんです?何か騒がしいですけど』
「ええ、その巫たちの言う通りです。この星の命運を賭けた最後の勝負が、中階層で行われています。敵はアムゥの手下、見た目は魔の泥を身に纏う大きな鎧です。非常に手ごわい相手です。貴方達の力を貸してくれますか?」
それは聞きようによっては、虚仮にされているようでもある。だがアスフュナとヒスフムは二人ともアムゥの正体と目的を知っており、そして何より、彼女を同志として心から信用していたこともあり、二人はお互いの顔を見合わせ、迷いなくこう答えた。
『わかりました!今すぐ向かいます、我ら『正義の僕』、この星のため、この国のため、全力を賭して戦いましょう!』
「ありがとう、中階層では既に、聖騎士と『正義の僕』が協力体制で戦っています。他にも竜の姿をした遷者、ヤムニーヴァという頼りになる方も戦っているはずです。見かけたら助けてあげてください」
『了解!』
その勇ましい声と共に、通信が途切れる。
「頼もしい仲間だな」
「ええ、本当に、そう思います」
「うおおおおおおおお!!」
ヤムニーヴァが一人、七番隊と対峙する、第十二地区。周囲には、彼を守ろうと援護をする『正義の僕』と、市民の避難を促す聖騎士隊がいたが、彼らでは力不足であり、七番隊と争うことは難しいと判断したヤムニーヴァが、遠巻きからの援護と市民の避難に専念するよう彼らに伝えたのだ。
しかし彼はすでに大戦を終えた後。命賭けの戦いは初めてではないが、星を賭した戦いなどという大きな使命を負った戦いにおいて、自身より遥かに強大な相手と連続して二度も死闘を繰り広げるなど、普通なら不可能だ。だが極限状況に立て続けに置かれた彼は、生存本能か、それとも強い責任感からか、身体のどこからか、普段ならあり得ないほどの魔力が沸き上がってくるのを彼は感じていた。
とはいえ、元々相手は聖騎士隊長すら、複数人で対峙しても敵わないほど強大な相手。彼の意地がどれだけ魔力を生み出しても、それによって彼が凄まじく強くなるほどではなかった。いずれにせよ、援軍は必要。しかし待っていても、未だ聖騎士の増援は来なかった。
とうとうヤムニーヴァが、頑丈な鱗の上からも強烈な痛みが走るほどの破壊力を秘めた拳を腹部に浴び、よろめき、倒れてしまう。何とか立ち上がろうにも内臓にまで浸透するかのような一撃は、彼がすぐに戦線復帰することを阻んだ。
彼の命を終わらせんと、追撃へと向かう魔人の僕だったが、しかし彼は何者かに突撃され、地面に転がってしまう。
「貴方がネーナさんの言っていた遷者だね、本当に竜の姿だ!かっこいいなー!!」
魔の鎧を突き飛ばしたのは、常人と比しても小柄なアスフュナであったことに、ヤムニーヴァは驚きを隠せなかった。
「貴方は、うぐ、ネーナさんのお知合いですか?」
「そうだ、俺はヒスフム、『正義の僕』だ」
ヤムニーヴァの後ろから、長身ではあるが、青白く、細い男性が現れる。
「貴方達、もしかして」
ヤムニーヴァは、その優れた嗅覚で彼らから、奇妙なものを感じ取った。遷者とそうでないものを分かつ、特徴的な魔力の匂いだ。
「そう、私達も遷者さ。けど、実は私たち、結構な額の賞金首でさ。懸賞金は今まで一位だったんだよ?あ、もうタナーシャに越されちゃったっけ。まあいいや。だから、こうやって仮の姿じゃないと、街中歩けないんだよね」
「仮の姿?まさか擬態術を?」
ヤムニーヴァでも聞き覚えがあった。本来、生体魔術であっても、自分の見た目を自由自在に変えるには、千年に一人の魔術の才覚でもなければ、不可能な技術。だが、遷者であれば、その難易度は格段に下がる。なぜなら彼ら遷者は、強い魔力に中てられて、姿を変えた人間だからだ。
だがそれでも、それを実際に達成するには、やはり類まれな知識と、多大な魔力を必要とする。従って、それが事実なのであれば、この目の前にいるアスフュナとヒスフムは、自分と同じ、いやそれを上回るほどの経験と技術を有する戦士であることを意味した。
そして彼の予感は、すぐに正しかったことが証明される。
「久々だね、元の姿に戻るの」
「ああ、最近は武闘派の出番は少ないからな」
アスフュナとヒスフムの姿が、みるみる変化していく。姿形だけではない。彼らの身体から膨大な魔力がどんどんみなぎっていく。
「お、おい、あの二人、まさか」
周りで避難活動を促していた聖騎士の一人が、声を荒げる。それに呼応し、他の聖騎士もそちらを見る。彼らは皆、二人の姿に見覚えがあった。
「『巨人』、それに『蛇』じゃないか、あれ!」
「なんでそんな大物が!!」
アスフュナとヒスフム、これは無論、『正義の僕』に加入して、新たに作った偽名である。アスフュナ、その通り名は『巨人』。普段アスフュナは小柄痩身であるが、本来の姿に戻れば、ヤムニーヴァさえも上回る筋骨隆々の赤肌の巨人へと変貌する。そして青白い肌をした長身の男性をヒスフム、そのあだ名は『蛇』、下半身は大蛇の姿に変貌し、上半身は人型ではあるが、全身に艶やかな蒼銀の鱗を纏う。
「何でもいい!アイツらデカいのに戦いは任せよう。俺たちは避難と救助活動に専念だ!」
本来ならば、最優先にでも捕らえるべき相手だが、彼らは上司より与えられた任務を優先させようとした。
「聖騎士隊、我らにも手伝わせてくれ」
そこに声をかけてきたのは、アスフュナらと共に集まってきた『正義の僕』だった。隊長たちから彼らも協力するとは聞き及んでいたが、いざ反政府組織として名高い彼らが、自分たちへ協力すると直接伝えに来るのは、いささか奇妙なことであった。
「よかろう。この場で指揮系統が分断するのは得策ではない。半分に分かれ、第五小隊、第六小隊にそれぞれついてきてくれ」
聖騎士の小隊長が、冷静に正義の僕の人々にそう告げると、正義の僕たちは静かに頷き、特に相談もせず、すぐに二手に分かれ、彼らは市民の救助と避難活動へと従事した。
奇しくも<ユピトゥ>中階層の戦いは、三勢力が、それぞれ分かれて対応することになった。第三地区は聖騎士隊が、第五地区は<ドゥスエンティ>の巫、そして、南部の第十二地区は、ヤムニーヴァと『正義の僕』の遷者たちが相手をする。
ユイスナとシヴィの隊長格、優秀な神術使いである巫たちの奮戦もあり、それらの地区では殆ど死人が出ていない状況だった。一時期は力不足で、七番隊に押され気味だった第十二地区の戦況は、『正義の僕』の二人、アスフュナとヒスフムの参戦により、かなり改善された。ヤムニーヴァにも引けを取らない巨躯と、剛力、そして何より多大な魔力を持つ二人は、七番隊を引き留めることに成功し、その後、南部第十二地区の人々の避難は、他の地区同様、恙なく完遂された。
だが、どの地区でも、七番隊の強さはやはり想像を超えており、シヴィとユイスナの加わった第三地区でさえ、既に互角の戦いとは程遠かった。必死に自分と仲間の命を守り、戦線を維持するだけで手いっぱいだった。
タナーシャたちが回復に専念し、山腹から皇居へ戻り、急いで帰還するまでの時を、稼ぎ続けられるかは、極めて微妙であった。
だが、彼らの奮戦は、魔人が画策する死の神の到来を遅らせたのは事実である。もしこれがなければ、タナーシャが最後の賭けに出ることもできなかっただろう。




