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終局を超え 第三節

 魔人と、ヴァラム、タナーシャ、バルーの無言不動の対峙は数秒ほど続いた。しかし、そこにいる当事者たちにとって、その均衡がもたらす緊張感は、時間の進行を極端に緩やかにしていた。頬を伝う汗が顎に達して、落ちていく間すら、永遠のように感じられた。

(絶対防御だと、そんなのあり得るわけがない。必ず突破する手段がある。いや、簡単な話だ。アムゥの拒絶の力を上回る破壊力を叩きこめばいいだけ。だが……)

 バルーの辿り着いた答えは正しい。だが同時にどれだけの力を込めれば、アムゥの拒絶の壁を貫けるのかがわからなかった。彼は先程の手ごたえもあり、恐らく自分の牽制のような攻撃は意味をなさないことはわかった。良くて、防御を捨てた決死の一撃、最悪、自分の体内の魔力を全て捻りだした究極の攻撃でなければ、突破は困難なように思えた。そもそもアムゥの莫大な魔力は今のバルーにとっても、遥かに格上、従って、突破の可能性があるのが、最大級の攻撃なのは必然でもあった。しかしそれは同時に、アムゥの防御を突破する一発限りの一撃を決して外してはいけないこと、そしてそれを放ち、無防備になった自分をアムゥの前に晒さなければいけないことを意味する。

(タナーシャはどうだ?今の彼女なら……、いや、恐らく僕とそれほど状況は変わらないはず。なら、やはり、僕がアムゥの鎧を砕いて、とどめをタナーシャに打ってもらうか?)

 しかしバルーはその考えをすぐに棄却した。仮にタナーシャが間髪入れずに攻撃に入ったとしても、全力を出し切ったバルーが盾に使われる可能性は高く、そして仮に攻撃を外せば、自分一人ではなく、続くタナーシャさえも危機に陥る。成功率に対して、リスクが見合っていないのだ。

 そして何より、誰かを犠牲に勝利を得るという発想が気に入らなかった。それでは例え自己犠牲であっても、アムゥの犠牲の上に新たな世界を生み出すという思想となんら変わらない。タナーシャもそれを理解しているからこそ、迂闊に動かないのだろうとバルーは理解した。

「どうした、来ないのか、ならこちらから」

 しかしそんな逡巡を断ち切るように、アムゥのその掛け声は、再び三人の時の流れを正常に戻した。アムゥが走り出し、三人に詰め寄る。速度は確かに速かったが、意識の拒絶を経験したことでか、その動き出しが見えただけでも、かなり遅く感じられた。だがヴァラムにとってそれは十分に速く、それを理解していたバルーとタナーシャが、ヴァラムの前に盾のように立ちふさがる。

 迎撃に炎の剣を振るおうとするバルーだったが、それによって速度が減速するわけでもない以上、その阻止目的の攻撃は意味がないことに気づき、急遽剣を用いた防御態勢に変える。アムゥは立ちはだかるバルーに対して拳を振りぬく。見るからに軽い拳打で、本命の一撃を警戒したバルーだったが、その軽い拳が、剣に触れた瞬間、まるで重機にでも激突したかのような、異常に重い衝撃がバルーを襲う。思いがけぬ威力に踏ん張り切れず、バルーは後方に勢いよく飛ばされるが、剣の防御のお陰か、大きな傷を負うことはなかった。

 だがバルーが飛ばされたことで、三人の連携の取れる陣形が失われたため、タナーシャがバルーに代わりアムゥに接敵する。タナーシャが、神気を込めて槍を振るう。しかしやはり、何も感じていない様子のアムゥはその槍を気にせず、タナーシャの懐に踏み込んでいく。彼女は槍を胸元に引き戻し、アムゥの攻撃に備える。バルーの時と同様、牽制にしか見えない軽い拳が繰り出されるが、先程のやり取りを見たタナーシャは、それも十分な威力が秘めていることを知っていた。だからこそ、彼女は、近接戦闘は危険だと考え、急ぎ後方へ飛び、拳の範囲から逃れる。

 彼の右拳は空を切り、タナーシャの鼻先を掠める。だが再び彼は一歩踏み込み、今度は左拳を下から振り上げ、彼女の顎を狙う。だが間一髪の回避は、二度繰り出すことは難しい。どうしようもない彼女は、槍でアムゥの拳を受け止めざるを得なかった。バルーと同様、彼女も強い衝撃で吹き飛ばされるが、威力を想定していた彼女は、少しだけ踏みとどまれた。

「なるほど、防御もまた、攻撃に対する抵抗ということか」

 だが実際にその感触で、不可思議な拳の破壊力の秘訣を、タナーシャは理解したようだった。

「完全防御の理屈はそのまま攻撃に転用できると。意識の拒絶により、不可避の攻撃ができると思えば、絶対回避もできる。拒絶の力は、攻防表裏一体、思った以上に応用が利くようだ」

「やはり聡いな。私の中に流れる竜因の力、バルーに簡単に説明されただけで拒絶の理をそこまで把握できるとは。まぁバルーと違い、竜因はあくまで私の力の一端に過ぎないから、十分に私も習得しているとは言えんがね」

 だが単にタナーシャはアムゥのその奇妙な攻撃力の秘訣を知っただけでなく、その攻略法もある程度思い浮かびつつあった。彼女はそれを試すべく、先程の意趣返しと言わんばかりに、アムゥを誘うように腕を広げて無防備を装う。

 アムゥもまた、それが誘いであるとわかりつつも、意識の拒絶と違い、絶対の信頼を置く力の拒絶が、単純に上回る力で押しつぶされる以外に小賢しい攻略ができるとは思わなかった。彼は勢いよく踏み込み、タナーシャの腹部に向け、素早い拳を叩きこむ。

 だがタナーシャは吹き飛ぶどころか、痛みに悶絶している様子すらなかった。驚きを隠せないアムゥは、更に二撃、三撃と、次々と拳を振るうものの、やはりタナーシャに対し、大きな衝撃を与えられなかった。

「貴様の攻撃が抵抗を無にするならば抵抗しなければいい。そういう体の動かし方なら、エネテヤから嫌というほど訓練させられたよ」

 タナーシャは、アムゥの拳が直撃する瞬間、身体を強張らせ、神気を貯め込むのではなく、敢えて体の力を抜いた。そしてアムゥの攻撃の力の方向を精確に見切り、それに合わせ身体を少しだけ後ろに退く。その身体の繊細な動かし方だけで、彼の抵抗を無にする攻撃に対して、彼女は力で抵抗せずに受け流していたのだ。無論この体のこなしは決して誰にでもできるわけではない。タナーシャが、神器の真の姿の解放を行い、神気と、それに伴う彼女の身体能力の向上、そして身体を自在に動かすという訓練によってなせる業であった。

 だがタナーシャは、その奇跡のような回避方法を、ただの数回の成功だけでなく、その後も、いやむしろ回数を重ねるごとに完璧に力を受け流す精度が上がっていった。

「偶然の産物ではない、か」

 アムゥが拳を止め、一度彼女から距離を取る。

 タナーシャへの攻撃は、これ以上無駄だと理解したからだ。

 そして同時に、タナーシャも、あの攻防の中で一度もアムゥを攻撃しなかったのは、やはり細かなやり取りの中で放つ攻撃に意味はないと考えていたからだ。

 

 従って、二人の間に再度緊張が走る。互いに有効打が絞られたのだ。

 アムゥは、完全防御という魔術に多大な魔力を割いており、例え無尽蔵の魔力生産を行える魔人の心臓であっても、長期戦は困難である。またタナーシャに付き合えば付き合うほど、常に死角に入り、絶好の機会を伺うバルーが、その剣に炎を更に貯めこませることを許してしまう。

 一方のタナーシャも、回避の感覚は掴めてはいたが、神器の長い解放は、心身の力を徐々に削るために、やはり長い戦いは避けるべきであった。神器の解放が解除されるだけならば、まだいい方だ。精神力の低下による真の問題は少しずつ大きくなる終局神、<オセネオス>の囁きである。

 従って、タナーシャもアムゥも互いに狙っているのは、この局面に王手をかけるような、致命的な一手。お互い、思い浮かぶ手は既にあった。だがそれは場合によっては自分の不利にもなるが、成功すれば一気に形勢が決まる賭けでもあった。

 アムゥの拳がぎりりと音を立てる。今まで軽い速度重視の拳しか振るってこなかった彼の腕に力が溜まっている証拠である。

 そしてタナーシャも槍を両手でしっかりと掴み、重心を下げ、深く構える。槍の穂先に神気を溜め、アムゥの隙を突き、この絶対防御の鎧を破壊する鋭い一撃を狙っていた。

 つまりは、次の数手のやり取りで、思い通りの成果を上げた方が、この戦いを制するのだ。

最初に動いたのはアムゥだった。彼は真っ直ぐ、ただ必死にタナーシャの方へ走り込んだ。タナーシャは山頂側、従ってアムゥが上に駆け上る形となり、タナーシャも、下から迫ってくるアムゥとの角度に合わせ、更に深く体を沈め、槍を地表と平行になるように下げる。

 

 アムゥが動き、タナーシャが迎え撃つ。

 

 互いにそれは、想定していた局面であった。地理的には有利な位置に立つタナーシャが駆け下がることはない。また背後に回っているバルーがいる以上、アムゥがタナーシャの動きを待機するのも愚策である。だからこそ、重要なのは次の一手、アムゥが仕掛けるであろう、タナーシャの槍の間合いの、一歩外。

 アムゥがちょうど、その場所に足を踏み込む。バルーもタナーシャも、そこから先が重要であることを理解していたために、その踏み出しに緊張が走る。

 だが、アムゥの選んだ拳の行方は、タナーシャでも、背後のバルーでもなかった。

 『意識』を、全てアムゥの動きにタナーシャとバルーは集中させていた。それをアムゥが逆手に取ったのだ。突如タナーシャの目の前からアムゥが消える。そして気づいたときには、彼は、タナーシャの背後にいたヴァラムの目の前にいた。

 僅か一瞬、タナーシャの槍が喉元に届きうる距離の、一歩外で、彼は意識の拒絶へと切り替えた。その一瞬で、二人はアムゥの動きへの意識を見事に外されてしまい、見失ったのだ。無論そのままタナーシャに攻撃しようものなら、タナーシャは自らに迫る「脅威」へ反応し、その先に槍を振るうだろ。それはバルーも同様である。だから彼は、その「迫る脅威」への意識をしながら、それに反応することのできないヴァラムを選んだ。

 彼を()れば、次の二つの大駒である、タナーシャとバルーも取れる。

 彼の推測は正しい。アムゥが仮にヴァラムの心臓をその拳で貫くことができれば、彼の友であるタナーシャと、愛するバルーがまともな精神でアムゥと戦うことはできなくなる。

 だが、彼にとって予想外だったのは、その推測をしていたのは、彼だけではなかったことだった。

 アムゥの背後には、異変に気付いたタナーシャが駆ける。そして彼女の更に後ろから、バルーが必死の形相で走っている。だが二人とも、ヴァラムを救うことができる距離にはいない。アムゥも飛び道具を警戒し、既に絶対防御の姿勢に拒絶の力を切り替えている。

 魔人が自分の勝利を確信した。あとは拳を振り、ヴァラムの命を奪うだけ。容易いことだ。例え魔力障壁を展開していようと、装甲服の防御機能に全魔力を回して防御したとしても、そして推進装置と重力装置を最大解放して全力で逃げたとしても、彼の拳は必ずヴァラムを捉える。

 はずだった。

(ありがとよ、俺のこと、最後まで「殺すべき脅威」って認識してくれてよ)

 ようやくヴァラムが迫るアムゥに気づいたのは、魔人の拳が自分の胸に触れた時だった。彼の反応速度では確かに、アムゥの攻撃を回避することも防御もできなかったのだ。

 だが、アムゥの拳はそれ以上先に進まなかった。ヴァラムの胸を簡単に貫くであろう一撃は、彼の内臓を破壊するどころか、その骨、いや表皮を傷つけることさえできなかった。彼は驚きを隠せない。まるで空に舞う薄紙を殴ったかのような、「抵抗の無さ」であった。

 つまりアムゥの拳は、ヴァラムを少し「押した」だけだった。

 

 賭けに勝ったのは、ヴァラムだった。

 

 彼はこの戦いが始まって、この装甲服に着替えてから、あることをずっと行っていた。それはこの宇宙を遊泳するための装甲服の最後の機能である、人工知能の高速思考を用いた、アムゥの行動分析だ。彼は常にアムゥの行動を観察し、記録していた。彼が魔力の泥を纏いなおす度に、その観察を再び改める。彼が新たな力を発揮する度に、更に計算を加える。

 彼がまるで未来予知でもしたかのように、アムゥの攻撃に重力装置による妨害を行えたのも、ひとえにこの行動分析の成果であった。彼はその計算の正しさを確かめるべく、意識の拒絶に苦しむバルーとタナーシャを救うように、その重力過重をアムゥの速度と行動規則から割り出した場所に打ち込んだ。

 そしてそれは一度だけでなく二度も成功したことで、彼はアムゥの行動分析が上手く行っていることを確信した。だがそんな折に、新たに現れたのが力の拒絶。彼の妨害が役に立たなくなる状況に再び陥ったが、しかしそれでも彼はアムゥの行動を更に観測し続けた。僅かな誤差の修正と、そしてタナーシャが見せた『拒絶』を応用した抵抗無視の攻撃への対応の計測。

 つまり彼はタナーシャのその達人的な動きを模倣したのだ。彼の反射神経によってではない。その計算装置で、ここまで分析してきたアムゥの力、速度、行動規則に基づき、アムゥが打ってくるであろう攻撃の、角度や威力など、全てを事前に計算し、そしてそれに対応するための最適解を予め、ある時間に作動するように設定したのだ。その対応とは主に二つ、一つ目が重力操作で自身の身体にかかる重力を中和、ふわふわと風船のように浮いた状態に変えること。だがそれでも彼の鋭い拳は確実にアムゥの命を奪う。だから推進装置でタナーシャのように力の方向に合わせて僅かに移動させる。魔力障壁と装甲服は今のアムゥの前では、刹那の時すら稼げぬ無意味な壁にしかならない。だが防御の姿勢を捨てれば、アムゥは魔力の流れで異変に気付く。だから寸前まで彼はアムゥの攻撃に一切反応できない哀れな犠牲を振る舞うために、わざと心臓の前に魔力を集中させた。

 

 まるで、彼に「狙うべき急所」を意識させるかのように。

 

 確かにそれは命懸けの賭けではあった。だが同時にヴァラムはこの推測が現実になると確信していた。それは何より彼自身を、そして彼の作った装置を信用していたためである。

 そして何より、必ず、この一瞬、ヴァラムを仕留め切れなかった驚愕で生じる隙を、自分の友が活かすことを信じていたからこそである。

 アムゥはまだ自分の拳がヴァラムを貫き通せていないことに驚きを隠せず、肘や肩を必死に伸ばそうとするが、その努力もむなしく、彼の腕はただだらしなく伸び切ったままである。背後から迫るタナーシャに気づいたのは、その莫大な神気が肌に触れたときだった。

 タナーシャの全力、全ての神気を集中させた一突きは、アムゥの絶対防御を貫き、彼の身体に槍が触れることを許した。だが、アムゥの絶対防御がタナーシャの攻撃の大部分を中和したために、槍はアムゥの身体を突き飛ばすことはできたものの、傷つけることはできない。

 だがそれでいい。彼女の背後には、間髪入れずに最大火力の一撃を滾らせた男がいるからだ。槍に押され、ただ重力に従い落下するアムゥ。身体を何とか起こそうとするが、絶対防御が打ち破られたことで、身体を動かすための魔力が上手く回らず、頭から真っ逆さまに成す術もなく大地に落ちていく。そんな彼が目にしたのは、太陽を思わせるほどの、莫大な熱と光を湛えた、銅色の肌の少年の姿。

 伝承に聞く英雄、烈日の王トナティフを思わせるその姿に、アムゥは恐怖を覚えなかった。むしろ憧憬のようなものさえ感じて、ただ彼の放つ炎の剣の一閃を受け入れた。

 自分のように闇に歩くものにも、未だ日の光は届くのだと、そんな詩的なことを考えながら。

 滾る竜の炎は、『竜の尾』と称される炎の剣の形状を変化させていく。先の尖った形状は、反対に先端に行くにつれ広がっていく。尾を模した剣は、まるで翼のような姿を取った。

 バルーはその変化に気づいていなかった。ただ魔力を極限まで集中させた結果、自ずと竜の力がそれに答えた結果だった。

 バルーはその炎の剣、『竜の翼』を横一文字に力強く振りぬいた。

 迸る炎は鋭い剣閃に集約され、アムゥの魔力の鎧を、その背後の霊峰<エスディゼット>の山頂ごと、切り裂いた。

 それは宵闇に終わりを告げる、黎明の如く。

 その場に居合わせたタナーシャとヴァラムだけでなく、その光は<ユピトゥ>の全ての階層の人々へ、分け隔てなく届いた。


 

 

「終わったか」

 魔力の鎧を纏わなくなり、元の宰相の姿へ戻ったアムゥが、山肌の上に寝そべりながらそう呟いた。

「魔獣、いや魔人の心臓には傷ついていないはずだ」

「そうだな。器用なものだ。しかし魔力枯渇など、初めての経験だよ。身体が怠くて動かないのに、それでいて清々しい気分だ」

 アムゥは、口だけは何とか動いている様子だったが、しかし身体は一切、ピクリとも動いていなかった。文字通り身体を動かすだけの十分な魔力が残っていないのだ。

「トドメは刺さんのか?」

 当然の疑問である。身体の身動きが取れない彼なら、例え力を使い切った今のタナーシャたちでも、十分に命を奪うことはできるだろう。だが彼らは、一向にそうしようとはしなかった。

「私は、お前も救いたいんだ」

「は、笑わせるな。全ての策が潰えた私には、どうせ消滅しか道はないんだ。さっさと殺せ」

 アムゥはタナーシャの提案を鼻先で笑う。

「……まさかとは思うが、私の過去を覗き見て、私に改心の余地があると?笑わせるな。認めよう、確かに私はお前たちに負けた。お前たちは確かに人にはまだ善性がある証拠だ。だが他の者たちは違う。私は生きる限り、この星の連中の抹殺は諦めん」

「……恨みを捨てろ、とは言わない。僕もまだ恨みの火は潰えていない。だが闇を抱えるからといって光も諦める必要はないだろ」

 バルーが、アムゥの変わらぬ意志にそう返した。

「お前らは、そういう人間なんだろうな。なら、お前たちに私が殺す動機を与えてやろう」

 アムゥは、首だけを少し動かして、三人の顔を眺める。

「なぁヴァラム、今何時だ?」

「は、えっともうすぐ十五時とかだけど」

 ヴァラムがその装甲服の時計機能を使い時間を確認する。

「なら、もう少しだな。私が事前に仕込んでおいた、『保険』が作動するのは」

「保険、だと」

 アムゥのその不敵な笑みは、ヴァラムたちの不安を煽った。

「私が溶岩流による<ユピトゥ>壊滅が失敗した場合に、仕込んでいたものさ。残りの七番隊を皇居に連れてきて、その泥も既に回収済みだが、三人だけ首都に残したんだよ。十五時を過ぎれば、中階層で全員に、大暴れしてもらうつもりだよ」

「な、てめぇ、そんな悪あがきを!?」

「悪あがき結構。それともはったりだと思うか?はは、それも良かろう。だがもっと確実な方法はあるぞ。私の息の根を止めれば、七番隊の力も消えるからな」

 三人は互いの顔を見合わせる。彼が言っていることが嘘か真かを判断するには時間が足りない。ヴァラムは魔力残量を見て、<ユピトゥ>まで急いで帰れないかを考えるが、明らかに残量が不足している。バルーとタナーシャも、自身の身体にある魔力や神気の低さで、急いで首都に戻ることはできそうになかった。

 また皇居から遠く離れてしまったこともあり、皇居に底流させた飛空艇の場所まで戻ることも難しい。

 だが誰の心にも、アムゥを殺すという選択肢はなかった。

 それ以外に、どうすれば、七番隊の暴挙を食い止められるかを考え続けた。

「そうだ、タナーシャ、お前の念話なら、今首都にいる聖騎士とかに警告できないか?」

 バルーが突然閃いて、タナーシャにその策を打診する。

「できなくはない、と思う。神気は低くなっているから、無差別には無理だが、知っている人に対して声を届けるくらいならば」

「だが、誰にするんだ?今首都に残っている聖騎士と言えば、アースもシヴィもユイスナもいない、愚鈍どもしか残っていない。頭に聞こえてくるお前の声を真剣に捉える連中がどれだけいるんだ?」

 アムゥがわざとらしく、くつくつと笑い、三人を嘲る。

「……だが試さずに、決めつける方が、それこそ愚の骨頂というもの」

 タナーシャが意識を集中させ、首都にいる既知の魂の波長を探し出す。

 彼女は聖騎士だけでなく、『正義の僕』などの魂も探す。

「ははタナーシャ、仮に聖騎士に上手く情報が伝わったとして、奴らに何ができる。七番隊はたった一体でも、生身のアースですら手こずるんだ。指揮系統が混乱している今の彼らが、中階層の市民を避難させつつ、七番隊を制圧するなど、不可能に近い」

 タナーシャもそれについては言われなくてもわかっていた。だからこそ、出来る限り彼女の言葉を素直に受け入れ、同時に実行力にも優れた相手を選ぶ必要がある。

 すると首都にいる人間の中で、よく知る魂があることに気が付いた。その人間であれば、十分に行動力を持ち、そしてタナーシャたちの戦いについても良く知っている。

 彼女は一縷の望みをかけ、その人間に通信をしかける。

『頼む、答えてくれ、ヤムニーヴァ!』

 彼がいることは、ネーナへの念話の際に、魂の波長を探した時にうっすらと気づいてはいた。しかし皇居にいるはずの彼が、首都に移動し、しかも周りにはシヴィとユイスナ、更にネーナまでいることがわかり、これ以上ないほど都合のいいことであった。

『タナーシャ、タナーシャ様?ご無事でしたか!?』

 ヤムニーヴァにとってそれは初めての経験ではあったが、その心に語り掛ける声がタナーシャであることには、彼もすぐに気が付いた。

『ああ、アムゥは我々が倒した。だがヤムニーヴァ、アムゥは<ユピトゥ>の中階層に、自身の強力な部下を三人仕込んでいる。あと数分もしないうちに暴れだす予定だ。彼らを阻止してくれ!』

『部下、それは皇族たちに仕掛けていたような傀儡術のようなものですかな?』

『ああ、その通りだ。シヴィとユイスナ、それにネーナもそこにいるな?アースはどうした?彼女はまだ皇居に?』

『……それが、彼女は皇族との戦いで死にました』

 一瞬、二人の会話が途絶える。タナーシャにとって恨みのある相手ではあったが、彼女が自分たちに協力した結果、命を落としたことは決して容易く受け入れられることではなかった。

『わかった。そこの三人も、十分に指揮能力がある。中階層の人々の避難、及びアムゥの手下の打倒をどちらも成し遂げるには、聖騎士隊も、『正義の僕』も、いや、その街にいる全員が一丸となり協力する必要がある……もし……』

 そこまで言いかけたところで、念話は突然途絶えた。タナーシャの頭に突如異常な痛みが走り、あまりの痛みに彼女は膝をついた。更に手に持っていた神の槍も纏っていた光輝の鎧も消え、そして背が伸びた姿も、既に元の年齢不相応の小さな姿に戻っていた。

「お、おい大丈夫か?」

 心配そうに駆け寄るヴァラム。

「念話を続けるには神気が足りないようだ。だが、ヤムニーヴァが首都にいたので彼に伝えた。彼の近くにネーナもシヴィもいた。やれることはやった。あとは彼らを信じるだけだ」

 そうタナーシャが息を切らしながら呟いた言葉を聞き、アムゥが少し顔色を変える。

「そうか、アースは死んだのか」

 彼は決して皇族の戦果を知っていたわけではない。だが今のタナーシャの言葉からは、その事実が容易に推測できた。

「そう、なのか?」

 ヴァラムの問いに、タナーシャは静かに頷く。ヴァラムは、その場にへたり込み、タナーシャの隣で首都の方をぼうっと見つめる。

「……おいおい、私に勝ったからといって油断しすぎじゃないかね。確かに今の私は指一つ動かせないが、魔人の心臓の魔力生産が再稼働すれば……」

「馬鹿言え、最低でも半日はその肉体を一つに留めるので精いっぱいだろ」

 バルーがアムゥの脅しを、そう言って阻止し、寝転がる彼の頭の傍に座り込んだ。

「ふん」

 それは、紛れもなく事実だった。バルーはアムゥの魔力を文字通り焼き払ったのだ。極度な魔力の喪失により、魔人の心臓は休眠状態に入っており、その体は、残存した魔力によって構成された、いわば残りかすのようなものであった。

 三人とも、皇居に戻れば飛空艇を使い、首都に戻ることはできるだろうが、しかし立ち歩くことすらもうままならないのだ。ヴァラムは機能停止しつつある装甲服、タナーシャとバルーは神気、魔力切れによる疲労。それにヴァラムとバルーは物見の塔での戦いからまだ数時間程度しか経っておらず、そしてタナーシャは、魔力の泥から解放されたばかりであるのだから、むしろここまで戦えていたことが、既に奇跡に近い。だから彼らはその困憊した体を無理やり動かすのではなく、一時休むことを選んだ。そしてある程度回復した後、飛空艇へ戻り、首都へ急ぐつもりだった。

 しかしそれまでの間の、魔人の傀儡の暴走を阻止することは、全て彼らの知人たちに任せることに暗黙の了解で決めたのだ。




 そんな、彼らの期待を一身に受けたヤムニーヴァたち、彼らは今、<ユピトゥ>の最上階層にいた。一刻を争うことを知ったにも関わらず、武器を構えた聖騎士隊たちに囲まれて、身動きが取れないでいた。


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