終局を超え 第二節
「……、うぐ、がは」
アムゥとタナーシャが睨み合っていると、先ほどまで胸に穴の開いていた、ヴァラムとバルーが、咳き込みながらも意識を取り戻した。それを見ると、流石のタナーシャでさえも安堵の声が漏れた。
「良かった……、間に合ったのか」
「タナーシャ、ってお前、どうしたんだその姿」
二人の元へ急いで駆け寄るタナーシャだったが、彼女の感涙している理由がわからず、そして今までに見たことの無い装備を身に着けているタナーシャを見て、目を丸くするヴァラム。
「まさか、それは、<ピューナ>の槍の真の姿、か」
バルーが最初にその槍の変化に気づき、ヴァラムも彼の言葉によって初めて槍に今までなかった穂先が現れていることに気づいた。
「すまない、私の力が及ばず、アムゥに君たちの身体を傷つけることを許してしまった」
「傷?何のことだ、俺たちは……ってそうだ、俺たちアムゥと今戦っている最中!」
ヴァラムは急いで立ち上がり、身体に纏う装甲服を臨戦態勢へと変化させる。しかしその時、彼の耳元に届いた機械音声が、奇妙な内容を報告する。
『胸部装甲損傷の復元完了まで、あと二分』
それを聞いて、慌てて彼は胸元を見ると、そこには確かに、既に修復を始めてはいたが、装甲服に穴が開いており、更にその奥の自分の服まで穴が開いていた。その穴は周囲が赤く染まっており、それを手に取ると、まだ乾いていない血であることが彼にもわかった。嫌な予感でバルーの方を見ると、彼にも同様に、胸元に周辺が赤く染まった穴が開いていた。
「タナーシャ、もしかして僕たち、心臓を貫かれたのか?それを君が治した?」
それに対して、無言でタナーシャが首肯する。ヴァラムはそんなことあり得るのかと信じ切れていなかったが、バルーは一方で、万物を生み出す源である、暗黒の水を司る<ピューナ>の力をもってすれば、それも可能なのだろうと納得していた。
しかし、バルーの理解も、実際は全く正しいわけではない。
確かに<ピューナ>は原初の海、暗黒の水の支配者であり、創世の一柱として、万物を生み出した創造主である。だが、生命は違う。命を生み出したのは、創世の七、<オセネオス>だからだ。である以上、例え<ピューナ>の力をもってしても、身体を構成する物質を再現することはできても、死人を蘇らせることはできない。出来上がるのは魂なき体だ。そしてヴァラムとバルー、仮に「死」を肉体からの魂の剥離と定義するならば、二人は確実に死んでいた。
だからこそ、この死者蘇生という偉業は、<ピューナ>の力のみで成し遂げられたものではない。アムゥもまた、そのことに気づいており、従ってそのもう一つの原因を考えていた。だが起き上がったヴァラムとバルーを暫く見ていると、タナーシャが友を蘇らせることができた理由の答えは分かった。考えてみれば単純だった。
(<オセネオス>の降臨が近いことが、まさか裏目にでるとはな)
アムゥはそう心で呟いた。タナーシャの心を砕くことができなかったことへの悔しさはあったが、しかし同時に、その答えは自分の計略がまだ頓挫したわけではないことも示唆していた。
「なるほどな。だがまだ私に勝機はあるようだ。タナーシャ、それほどの神気を得た君を、私が手玉に取ることはもう不可能だろう。だが、君は、友を救うために<オセネオス>の力を借りてしまった。例え創世の側の力であろうと、<オセネオス>の死と生の性質、創世と終局の役割は表裏一体。結果として、この世界に死の神の降臨を近づけてしまった。そうだろう?」
黒い柱にもたれかかり、アムゥはまだ自分の方が優位であると、余裕を見せるかのように、タナーシャに挑発的な言葉を贈る。
「ああ、だが、今の私は、もう、死の神の囁きに屈することはない」
「なぜ、言い切れる?また友が死に瀕すれば、心は砕けるかもしれない。いや、また<オセネオス>と<ピューナ>の力を組み合わせ生き返らせようとすれば、更に終局の起床を早めるかもしれんというのに」
「簡単だ。もうヴァラムとバルーは傷つけさせん」
だが、彼の言葉に対して、タナーシャは毅然と、心を乱すことすらなく返した。このやりとりはむしろ、アムゥの感情を反対に揺らがせた。
「そんな言葉、何の役にも立たないことを、この”僕”が教えてやるよ」
魔人は、自分が触れている黒い柱に手をついた。今度は片手ではなく、両手で。
「溜めに溜めた魔力全部を使って、お前の心をもう一度叩き折ってやる」
黒い柱は、アムゥの手を伝い、夥しい黒泥をアムゥの身体に送っていく。
「おい、あれ止めなきゃ不味いだろ。確かあの黒柱は、アイツの半身、単純な計算でも二倍強くなるぞ」
「いや、あの黒柱は、物見の塔で魔力を喰らい、相当肥大化していたはず。アムゥ自身もその間強くはなっていただろうが、少なくとも二倍ではすまんだろう」
バルーとヴァラムがそう言って、アムゥと黒柱の融合を阻止しようと走ろうとする。しかしそれを、タナーシャはその槍をまるで遮断機のように、二人の進行方向上で掲げる。
「お、おい、早くしないと」
「待ってくれ。皆に頼みがある。私にとって、もうこの戦いは、単なる星を救う戦いだけではなくなってしまった。頼まれたわけではない。だが”彼女”に助けられた以上、恩義は返さねばならぬ。アムゥという存在から、タファパを解き放つ。そのためには、彼の全力を、全ての手段を、真正面から徹底的に挫く必要がある」
「彼女って、誰だよ!?それにタナーシャは強くなったみたいだけど、それでアイツまで強くなってちゃ……」
アムゥが急速に魔力を高めている姿を見て、先程の二倍三倍などの試算が甘いことを、ヴァラムは気づいていたからこそ、珍しく弱気であった。しかし彼の言っていることは確かに合理的で、この場においては彼の言葉こそ正論であった。
「わかった。彼女の正体も何となくわかる。タナーシャを救った人なら、僕たちの命を助けた人だ。命の恩人に報いないのは、僕としても嫌だ」
「バルーまで!?」
しかし、今まで最も理路整然と物事を考えていたバルーさえも、ヴァラムではなくタナーシャについた。
「……ちっくしょー。これじゃ、俺が薄情者みたいじゃん」
「違う。それは絶対に違う。君ほど情に厚い人間はいない。だが、先程、君たちを傷つけさせないと言ったのは決して空虚な自慢じゃない。確信しているんだ。今の私達三人なら、どんな相手でも、一人として欠けること無く決して負けないと」
タナーシャの根拠のない自信は、しかしあまりに堂々としていて、悩むヴァラムでさえも反論をする気になれないほどだった。
「わかった!俺もやるよ!バルー、タナーシャ、せいぜい俺の事、守ってくれよ!」
「承知した」「まかせとけ」
そうこうしているうちに、魔人と黒柱の融合が完了しつつあった。
あれだけの体積を融合しておいて、魔人の身体の大きさや外観はさほど変わっていなかった。だが彼の身体から発せられるその尋常ならざる圧迫感が、何よりも彼の変化を明瞭に物語っていた。
だがそれはヴァラムたちも同様だった。三人が並び、魔人を見つめていると、何故か自分たちも、タナーシャの自信に感化されたように、確かに「負ける気がしない」。彼女に命を救ってもらったためなのか、それとも、また別の原因があるのかはわからなかったが、だが決して絶望的なまでの力の差を感じなかったのだ。
「先ほど見せた瞬間移動のような、我々の意識の死角の中を潜るような動き、あれは恐らく、あのアムゥの秘された力が原因だ。原理はわからんが、意識することを拒ませているんだ。だが、誰かを狙っている時のアムゥは、他の狙われていない第三者からは比較的認識しやすい。先ほど二人が意識を失っている時、執拗に君たちをアムゥは襲おうとしたが、その時は神器を完全に開放していない私にでも、彼の動きを認識できた」
「意識を拒ませている……?そうか、拒絶の力か」
「拒絶?」
バルーが、タナーシャの説明を聞いて、何かを閃いた。
「ああ、タナーシャには言ってなかったな。何となく奴の身体からは竜の力を感じていた。そしてその予感はこうして対峙している中、確信に変わった。奴は体に、竜の魔力、あるいは竜因の魔力が流れている。そしてその力は竜因たちによって『拒絶』と分類されているものに近い」
「その『拒絶』が、襲われるものに、『襲われている』という意識をさせぬようにしているのか。ならばその解決策は簡単だ。我々は、自分ではなく互いの身を案じ合えばいい」
「簡単に言うけどなぁ、お前」
自分に対する攻撃が、常に自分の意識の外から飛んでくる以上、それを案じるのではなく、自分以外の二人に意識を集中し、互いを庇い合うというのは確かに合理的な解決策だ。しかしそれが意味することは、滅私と利他の精神を極限まで研ぎ澄まし洗練させるというもの。平常時なら兎も角、自分の命が危機にさらされるような場で、一朝一夕で得られるような心づもりではない。
「だけど、僕たちならいけるだろ、ヴァラム」
「……なんか、今日は言い負かされてばっかりだ」
星を滅ぼすような強敵が今、更に力を強めている最中だというのに、何故か三人の間の雰囲気はどこか緩やかであった。まるで、いつか街の中で歩いている時、あるいは野営をしながら食事中にする団欒のような、そんな和やかな空気だった。
それは勿論、虚勢や現実逃避の類ではない。
事実、奇妙なことに魔人が本来の力を取り戻すとともに、彼らの心からは恐怖が失われていった。
「雑談は終わったか」
融合を終了させ、莫大な魔力を得た魔人は、自分の身体の性能を確かめるように、手を握っては開いたり、肩を回したりしながら、タナーシャたちの方へ向き直った。
彼は何故、自分が力を取り戻すのを、三人が黙って見過ごしたのか、理解ができていなかったが、そんなことはもうどうでもよかった。今、この魔人は、先の遠い未来や理想ではなく、ひたすらに目の前の三人を潰すことを目的として集中していた。まるで、飢餓の中、獲物を見つけた獣のように、その意識は極限まで尖りきっていたのだ。
「さぁ行くぞ、二人とも!」
「「おう!」」
三人が完全な戦闘態勢を取ると、魔人が再びその場から消えた。三人の間に緊張が走る。やはりその速度は、更に上がっており、単に意識の外からの攻撃以前に、そのアムゥの素早さは、彼らの反応速度の限界に達しつつあった。
最初に動いたのはバルーだった。タナーシャの背後にいつの間にか迫り、彼女に向けられて放たれた鋭い爪の攻撃を、彼は炎の剣で防いでいた。
「なるほど、確かにできる、見える!」
炎の剣を力いっぱい振り払い、アムゥとの距離を離すバルー。
地面に足を付けるや否や、再びアムゥが消える。だが今度はタナーシャが動き、その本来の姿を取り戻した槍を盾にし、ヴァラムの側面から拳を振るおうとするアムゥの動きを阻止する。彼女は更に槍を巧みに回し、アムゥの腕を取り、地面にそのまま組み伏せようとする。だが腕力も当然上昇しているアムゥに対しては、今のタナーシャでも、完全に近接戦闘で劣勢にあり、アムゥを取り逃がしてしまう。
「こざかしい」
そう呟いたアムゥは、今度は高速移動をやめ、ヴァラムでも視認できる程度の速度で走りだす。それの意味は、タナーシャとバルーにはすぐに分かった。二人はヴァラムを中心に、左右に散開し、互いの距離を少し開ける。それを横目に見ながら、魔人はまっすぐ、つまりヴァラムに向かってその駆け足程度の移動を続ける。ヴァラムがアムゥの接近に身構える。しかしそうこうしているうちにアムゥは、ヴァラムのすぐ傍まで近寄っていた。ヴァラムは、回避するか、重力装置で迎え撃つかを悩んでいた。だが、その拳がヴァラム目掛けて放たれようというとき、彼は再び消える。
そして再び現れたアムゥは、バルーに拳を振るっており、それを彼は避けることができず、背後に吹き飛ばされる。しかしバルーは炎の剣の柄で、彼の顔面に向けられて放たれた拳を何とか防いでおり、致命傷にはならなかった。
(やはり。今の移動はそういうこと。誰かの目前までは緩やかな足取りで移動。だがすんでのところで最高速度で移動する。当然僕たちは、最もアムゥが近づいた味方に意識を集中する。そのせいで、もう一人への意識が遠ざかる。その隙を狙う。だがだからといって僕たちがすぐに対応できるよう密着していると、余計誰が狙われているのかわからない)
「だけど、それは付け焼刃だな、アムゥ」
バルーは体勢を立て直しながら、そう吠えた。
「そういう無茶な動きができるのは、お前の速さと意識の拒絶が帳尻を合わせているからだ。だがそれはお前の力の利点を失っているようなもの!そうなれば自分に向けられた攻撃でも、何とか防げる!」
だが、そのような欠点はアムゥも当然把握している。彼がこの状況を作り出したのは、また別の意図があった。
アムゥは再びバルーの視界から消える。だが標的は依然バルーのままである。タナーシャは、既にバルーの方へ近づいているが、彼女は、バルーのもとに間に合わない。先ほどの敢えての速度を落とした移動は、この状況を作り出すため。三人の距離を離すことが目的であった。最初の一撃も、速度重視の威力を落とした攻撃であり、防がれなければ、次の攻撃をよろめいたバルーに、そして仮に防がれても、更に他の二人から距離を開くことができる。
結果として、バルーは、自分が狙われているとわかっていながら、意識の外から現れる魔人の拳を避けることも防ぐこともできなかった。アムゥの攻撃がバルーに直撃する寸前、アムゥは自身の拳に奇妙な鈍りを感じた。速度を遅らせるだけでなく、攻撃の角度まで僅かに捻じ曲がる。
ほんの一瞬の拳の遅延、しかしそれはバルーが、アムゥを認識し、そしてその状況を打破することができる程度の猶予を生み出した。
バルーはアムゥの拳を紙一重で避けつつ、交差で自身の拳を、彼の顎めがけて振る舞う。予期していない反撃に、アムゥはその攻撃を直撃してしまう。バルーの拳には身体が浮き上がるほどの威力があり、従ってバルーの次の攻撃も、アムゥは当然躱すことができなかった。
彼は、炎の剣から莫大な火炎を迸らせながら、アムゥにその刃を叩きこむ。激しい爆発音を伴うその一撃は、今のアムゥでも痛手を負うほどの威力を持っていた。
(やはり、バルーも、その力を何故か上げている……。だがそれよりも、今のは、ヴァラムの重力操作か?)
アムゥは空中で今の一連の攻防で起きたことを冷静に考察する。今のやりとりの重要な起点を作ったのは、間違いなくヴァラムである。しかし彼にとって疑問だったのは、何故タナーシャですら追いつけないほどの状況に、圧倒的に反射と移動の速度で劣るヴァラムが追い付き、そして適切な手段を講じることができたのかということである。
しかし答えに辿り着かぬまま、彼は地上に着地する。拭いきれない奇妙な感覚を抱きつつも、背後から迫りくるタナーシャに、アムゥは意識を向ける。
力強く振るわれた槍の一撃を、彼は腕に魔力を集中させつつ、防ぐ。強力な神気を得たタナーシャであったが、しかしまだ腕力に関して言えば、アムゥが優勢であった。体勢が大きく揺らぐこともなく、アムゥはその一撃を比較的軽傷で防ぐことができた。アムゥはその大ぶりの攻撃が防がれたことで生じた隙をついて、彼女の槍の懐へ潜り込む。零距離の密着状態から、身体の動きと重心の移動で、右拳をタナーシャの腹部に叩きこもうとする。
だがこのような超接近戦で打ち出した攻撃さえも、先程のようにまた僅かな遅延が発生した。視界の端には、重力装置の小銃を構えているヴァラム。いつの間にか彼は再び、完璧な時宜、場所、角度から、重力過重によって、アムゥの身体を鈍化させたのだ。
タナーシャは石突側を握る右腕を前に、反対に穂先側の左腕を引き、懐に潜り込んだアムゥに対し、その石突で弾き飛ばす。その反動を前進に利用し、更に追撃に槍を真上から振り下ろす。アムゥは何とか、両腕を頭上で交差させ、その槍が頭蓋を切り裂くのを防いだが、今のタナーシャの力に対して付け焼刃の防御姿勢では、完全に威力を相殺できず、そのまま弾き飛ばされてしまう。
(そうか、やはり、ヴァラム、奴こそが、最初に倒すべき敵、危険人物)
姿勢を崩した彼に対し、追撃に来るタナーシャとバルーのことを、アムゥはもう見てもいなかった。その無機質な瞳は、一点、遠くから様子を伺うヴァラムに向けられていた。ヴァラムの重力操作は、決して高い効果を持つわけではない。アムゥの動きが鈍化すると言っても、ほんの一瞬でしかない。しかしバルーとタナーシャ、そしてアムゥほどの強大な存在にとって、その一瞬は危機から脱し、そして趨勢を反転させることができるほどの十分な隙を生む。だからこそ、彼は、再びヴァラムをこの局面において最重要視した。
バルーとタナーシャの攻撃が届く前に、アムゥは再びその場から消えた。それは先程まで行っていた意識拒絶の応用であった。
今までは、「アムゥに狙われている」という意識を拒絶することで、アムゥからの襲撃を受けるまで、相手に認識をさせないというものだったが、今回は反対に「アムゥを狙っている」という、二人の意識を拒絶したのだ。つまり不可避不可視の攻撃から、絶対回避へとその力を転じていた。
そして当然その消失後、狙うはヴァラムである。勿論意識拒否は未だ「回避」型のものであったために、ヴァラムへの攻撃は決して不可避の襲撃ではない。だが、単純に速度の面で、彼の攻撃が、ヴァラムの反射神経を上回っていたために、それを躱すことは決して簡単ではなかった。ヴァラムも自分が狙われていることに気づいてはいたが、一体何をすれば防げるのか、どこに飛べば躱せるのかがわからなかった。逡巡している間に、ヴァラムのすぐ傍まで、アムゥは迫っていた。悩んでいる暇はないと考え、ヴァラムは重力装置を正面に最大に照射する。だが一対一で対峙している状況で、ヴァラムの攻撃がアムゥに当たるはずもなく、彼は容易く躱して、ヴァラムの右側面へ回り込む。あとは軽く拳を打てば、ヴァラムなど装甲服ごと容易く壊せる。しかしそこに炎の剣がヴァラムとアムゥの間に飛んでくる。
「意識を拒絶しても、ヴァラムが狙われていることさえわかっていれば、いつまでも隠れられんぞ」
だがそんなことも気にせず、アムゥは再びヴァラムに襲い掛かった。炎の剣を乗り越え再度ヴァラムへ拳を振りかざす。バルーの妨害もあり、ヴァラムは流石に魔人と距離を開けることはできたが、その距離もすぐさま詰められる。
ヴァラムはなぜこれほどまで自分に対して執拗に追撃を仕掛けられるのかわからなかったが、しかしこのままでは、確かにいずれ自分の命が危ういのも確かであった。
だから彼は賭けに出た。天井が崩れ去り、天への道が開けていたので、彼はひたすらに上空へ舞い上がる。だが当然アムゥも跳ね上がり、ヴァラムに追撃をする。
(いいのか?ちょっとした重力過重も嫌がったお前が、直上の跳躍なんて、滅茶苦茶重力の影響受ける真似しちまってよ)
ヴァラムの読みは当たった。仮にアムゥが自分を追いかけてこなければ、ヴァラムが地上に戻るまでの間、アムゥはタナーシャとバルーの二人を、自分のちょっかいを気にすることなく対峙できた。だが彼は意思を貫徹し、ヴァラムを追いかけた。つまりヴァラムは賭けに勝利した。
ヴァラムを襲おうとアムゥが地面を蹴った勢いのまま、拳を振り上げるが、しかし、突如ヴァラムの背後に巨大な黒い影が浮かび上がってきた。
「<エンタフ、嵐の主、ピューナの将軍にして代理、その拳は我らが敵を打ち砕く、破壊の一撃>」
それはタナーシャの神術によって呼び出された、人型の嵐、嵐の巨人は、その拳を振り上げ、ヴァラムを襲おうとするアムゥを叩きのめした。アムゥはその巨大な拳で、背後にあった<エスディゼット>の山腹まで吹き飛ばされ、叩きつけられる。
不意を突かれたとはいえ、その一撃はアムゥにとっても重大な損傷を負うほどのものであった。折れた腕、避けた鎧を、魔の泥で満たして復元を行おうとする。だが修復がまだ完了していないのに、彼の元へ再び強力な神の嵐が、第二の拳を振るう。アムゥは何とか体を動かして、その攻撃を間一髪躱すことができた。だが間髪入れず、バルーが炎の剣をアムゥが転がった場所に向かって更に振り下ろされた。
身体を跳ね上がらせて、アムゥはかなり無茶な体勢ではあったが、何とかバルーの攻撃を避けつつ、彼から距離を取ることに成功する。そして同時に、バルーの隣にはタナーシャ、そしてその背後からヴァラムが飛翔してくる。距離が開いたことで、四人が再び膠着状態になる。
「なるほど、これは私としたことが、どうやら選択を誤ったようだ」
アムゥが三人を見据えながら、少し体から力を抜いた。それが身を修繕するための時間稼ぎであることは理解できたものの、タナーシャが以前言ったことを思い出して、ヴァラムとバルーは特に動き出そうとはしなかった。
「今まで、認識阻害で負けたことがなかったものでな、大人数を相手したときにも、確かに君たちのような策を取る者はいたが、大抵は自分の保身に回って瓦解するか、上手く行っても一人を執拗に追い回せば、周りの者が見捨てて終わりだった。だが君たちは違う。君たちには稀に見る本物の信頼関係があり、そして利他の精神がある。認めよう。君たちは、私が見限った人間にも、多少の救いがある証拠だ。そんな真の絆に結ばれた君たちには、認識阻害頼りの戦法は通じないようだ」
すると、アムゥは、身体の力を抜いたまま両腕を大きく広げる。それは明らかに、「隙だらけ」だった。
「十分休ませてもらった礼だ。私の切り札の正体を教えよう。今までの意識外からの不可避の攻撃、絶対回避は、言わば副産物の応用品。私の拒絶の力の真価は、あらゆる攻撃を無力化する、完全防御にこそある。今の私はそれを最大出力で行使している。ここからは小手先の技術は通じない」
それは恐らくはったりではないと、三人とも理解できた。神気の断絶の技術を、アムゥが説明した防御状態に応用すれば、確かにそのような堅牢な防御術となるだろう。
「たく、不可避だの絶対だの完全だの、いちいち大口を叩くやつだな」
ヴァラムが苛立ち、アムゥを睨みつける。それは単に余裕ぶったアムゥの表情に怒りを覚えたからではない。もし仮に今のアムゥの言葉が事実なら、ここからは先程までのような、重力操作による行動阻害は全く意味がないことを示唆している。つまり唯一の自分の役割が奪われてしまった、その無力感も彼を憤らせた。
「大口かどうか、試したらどうかね?」
そうアムゥが言い切るより早く、バルーが目にも止まらぬ速さで突撃し、炎の剣をアムゥに振り下ろした。威力も速度も十分な一撃。真正面からの攻撃ではあったため、躱すは容易いものだったが、しかしアムゥはその攻撃に対し一歩たりとも動こうとしなかった。当然、炎の剣はアムゥの首元に鋭く振り下ろされた。しかしその刃は、アムゥの鎧へ傷一つ付けることができなかった。バルーは驚きを隠せなかったが、すぐさま、反撃を恐れて後ろに飛びのいた。
「はは、どうだね。見事なものだろう、ここからは生半な牽制技は通用しない。全て殺す気で打ち込んできたまえ」
魔人のその宣言によって、玉座の間を離れた、この山肌での戦いが、この星の住人の命運を賭けた戦いの最終局面であると、全員が意識した。そしてその戦いは決して長引かない。ほんの数回のやりとりで、この戦いは終結すると。この星の運命は決定すると彼らは直感した。




