代償 第四節
アムゥとタナーシャたちの、皇居での決戦より、遡るほど約一時間前。
未だヴァラムは物見の塔の帰路にいて、アムゥが七番隊を連れて皇居へと移動したことをアースが察知した直後のことである。
「ネーナ」
アースは、<ユピトゥ>の中階層、『正義の僕』たちの居城へ再び訪れていた。突然の旧友の再来に、ネーナは驚きこそしたが、穏やかな様子で彼女と向き合った。
アースは、ネーナの机の上に小型の映像投射の端末を置くと、空間に映像を投影した。
その映像は、設計図のような見た目をしていて、とある建物を、その通路や、構造などをわかりやすく図解した三次元映像となっていた。
「これは?」
ネーナは、その映像に思い当たるものが無かったわけではなかったが、アースから事の詳細を聞くために敢えて言わなかった。
「これは、議事堂内の設計図と、議事堂まで繋がる階層板内の経路を表したものさ」
「どうしてこんなものを、私達に?」
一旦は協力関係にあるとはいえ、このような重要な情報を惜しみなく明かすアースに、流石のネーナも疑念を隠せなかった。
「それは、君たちに盗んできて欲しいものがあるからさ」
「ほう、私達に危険を冒せ、そう言うんですね?」
「まぁ、そう思われても仕方ない。だから君たちにも得のある取引にするつもりなんだよ」
そう言って、アースは議事堂のある一室を拡大する。
「ここが、まず、私が取ってきてほしいものがある場所。魔剣の保管所だね。一本、私のために取ってきてほしいんだ。何でもいいよ」
「……、それで、私達の利益は?」
急かすようなネーナに、アースは一度設計図をもとの縮尺に戻すと、再び別室を拡大する。
「はは、『正義の僕』なのだから、この星を守れることこそ、最高の褒美じゃないかね?」
笑いながら冗談を飛ばすアースを、ただじっとネーナは冷たい視線で見つめていた。
「っていのは冗談。その魔剣の保管庫から少し行くと、ほら、ここ、格納庫だよ。飛空艇や魔導機械とかが、大量に配置されている。こっから好きなだけ、物資を取っていっていいよ」
それは確かに危険度に見合う報酬であった。だがネーナの顔は決して明るくはない。
「取ってくる、なんて簡単に言いますが、問題は報酬の多寡ではありませんよ。どうやって侵入するんですか?仮にこの経路に沿って議事堂に入れたとして、隊長格だけが使える厳重な魔剣の管理室、そして聖騎士が日ごろ常に出入りしている格納庫に、私達が安全に入り込めるとでも?」
「入り込めるから、言ってるんだよ」
アースは懐から更に別の物を取り出した。鍵と小型通信機だった。
「これが魔剣保管庫の鍵だよ」
「待ちなさい。こんな簡素な物理鍵一つで、厳重な魔剣の保管庫に入れるわけがないでしょう」
ネーナの指摘の通り、この鍵だけでは魔剣の保管庫にはたどり着けない。その部屋の前には、更にもう一つ大きな機械扉があり、それには生体認証による本人確認を伴う、電子鍵による開錠が必要であった。
「もしや、協力者が、議事堂内にいるの?」
「その通り。この小型通信機でやりとりできるよ。魔剣の保管庫も、格納庫も、彼の協力があれば問題ないと思うよ。それに今、議事堂内はアムゥ様の突飛な行動と命令で混乱状態だからね。とはいえ、連絡は突入前だけにしといた方が無難だね。傍受されると困るし」
ネーナはその通信機をまじまじと眺めた。
「で、相手は?」
「実は元々その通信機の相手はユイスナの部下だったんだけど、思わぬ相手が協力してくれることになってね」
「信用できるのですか?」
「私と同じくらいには信用できるよ」
はぁっと、疑心暗鬼のネーナは深いため息をついて、まるで頭痛の種を和らげるかのように、頭を左手でさする。
「まあいいでしょう。出たとこ勝負する価値はあります」
「それは安心だ。魔剣はアムゥ様と対峙するなら、最低限必要だからね。足手まといはごめんさ」
その言いぶりに、少し不服を露にするネーナだったが、すぐ表情を切り替える。
「ねぇ、貴方、いつまで『アムゥ様』って呼んでるの?」
そして、彼女は神妙な面持ちで、そうアースに尋ねた。アースは想定していなかった問いに少しきょとんとするが、ややあって、軽く笑みを漏らした。
「はは、まぁ何というか。癖みたいなもんだよ」
「それだけじゃないでしょ」
まるで心を見抜いたようなネーナの視線に、思わずアースは顔を背けた。
「……まぁ嘘は言ってないよ。色々理由はあると思うけど。あれを支配者に選び、称賛したのは他ならぬ私達だから。彼は世界を滅ぼすと言っていてなお、私達の相応しき指導者、ってことに変わりはないってことだよ」
「違うでしょう。政治とは。選んだ相手が悪しき為政者なら、選びなおせばいい。人々に誤った道を歩ませようとする扇動者なら、我々が道を正せばいい。誰かが責任を負ったり、感じたりする必要は無いはずよ」
ネーナの声色は、低く、静かで、それでいて優しく暖かなものだった。それにアースは、僅かに気持ちが楽になるものの、すぐに首を横に振った。
「甘いよ。それは理想論だ。現実は、そうはならん。誰かが責任を取らなければ。例え民主主義が成立しようと、この星は未だ『愚王弑せば、世を正せる』と本気で思い込んでいる」
「ですが、だからといって何が正しく、善きことなのかを人々に語ることを諦めてしまえば、本当に誰も『正しいこと』を成せなくなりますよ」
「それはそうだね。だからその仕事は君たちに任せるよ。私じゃ、それはもうできん」
アースはそう言って、『正義の僕』の拠点から立ち去ろうと、踵を返す。
「おしゃべりはここまでだ。魔剣の件、頼んだよ」
そして、彼女は振り返ることすらせず、ネーナの元から離れていった。
「……本当に、貴方は変わってしまったのね」
ネーナのその呟きを聞き届けた者はいなかった。
そんな以前のアースとのやりとりをネーナは皇居の上空で思い出していた。彼女のことを心配していないと言えば、嘘になる。だが少なくとも今はそれよりも優先すべきことがあると、自分を言い聞かせた。
「イパ、このままこの高さで滞空してくれ。今から搭乗と起動をするから、それが終わるまで高度の維持をお願いするよ」
けたたましい飛行音にかき消されぬよう、通信機越しに、イパジャスラ、かつて<オーソンヴェット川>で、アースの一撃で墜落しかけ、そしてタナーシャに救われた飛空艇の艦長を務めた彼女と、ネーナは指示を送る。
「良いのか?その奥、皇居の玉座の間の方でも大きな爆発が続いている。恐らくあちらがアムゥだろう。予定では、アムゥを攻撃する手はずだったが?」
イパは少し疑心を抱きつつあった。というのも、ネーナは聞くところによるとアースの旧友、突如として作戦を変更したネーナに、裏切りとまでは言わないまでも、何か混乱が生じているように思えたのだ。
「いや、さっき少し、『虫の知らせ』があったんだ」
「虫の知らせ?」
突飛な表現に、ますますイパジャスラはネーナの指示に従うのが快く思えなくなっていた。
「はは、ごめん。上手く説明はできない。けど今は、この知らせをアースたちにいち早く伝えなくてはならない。そしてそれこそ、アムゥの作戦を挫く一手になりうるんだ」
「……」
少しの間二人の通信機の間で、やり取りが途切れた。だが数秒して、イパの方から通信が返ってきた。
「わかった。お前を信じる。私も似たような経験をしたことがあるからね」
「助かるよ、ありがとう、イパ」
通信機を切り、一分ほど同じ高度で滞空し続けた後、再び耳に取り付けた通信機が受信音を響かせた。それはネーナと共に貨物室に搭乗していた、『正義の僕』の一人からの通信であった。
「今、ようやく起動が終わり、彼女に搭乗してもらったところだ。ネーナが合図をしたら、構えてくれ。恐らく大きく船が揺れることが予想される」
「大丈夫。安心しな。私は何度も巨大な貨物船飛ばしてきたんだ。飛行中の巨大な荷物の投下も慣れっこさ。何なら震動すら感じさせないくらい、静かに滞空してみせるよ。けど、どこに落ちるんだ?大きな穴はいくつか空いているが、屋上に一度着地するか?それとも脇に降りるか?」
そうイパジャスラに言われ、貨物室の中にいた『正義の僕』の一人が、扉から下を見下ろす。
「確かに、どうする、ネーナ殿?」
「はは、どうせなら派手に行こう。あの一番大きな穴、あそこに降りるよ、イパ!」
「了解、合図を出す。三、二、一、〇!」
簡単な数え降ろしを合図に、ネーナは自らが搭乗する、聖騎士隊の格納庫より盗んできた自立型魔導兵器を落下させた。イパジャスラの言う通り、飛空艇は一切の揺れすらなく、平行の飛行を続けていた。そしてその魔導兵器は、皇居の天井に空いた一際大きな穴へと落ちていった。
「ヴァラム、バルー、何となくアムゥが皇族を魔獣に変え、そしてそれをアース達が戦っている、ということは先のやり取りで把握した。だが、正確な状況が知りたい。今、アース達はどんな状況なんだ?」
唯一、アースたちの奮闘を知らないタナーシャが、その把握に努めようと、二人に疑問を投げかける。
「大体は、今タナーシャが言った通りだ。アース達は、今、魔獣と化した皇族たちを取り押さえている。僕たちは、皇族を助ける術を、アムゥなら知っていると、そう踏んでいたんだ。だが、これでは……」
バルーが、そこから先を言い淀んだ。いくら今まで何度も対立してきた相手とはいえ、アース達の奮闘を無駄だと言い切るような真似はとてもできなかったからだ。
それを察してか、タナーシャはバルーからその視線を外し、再びアムゥに向き直る。
「それでアムゥ、お前も、皇室の命を助ける術は知らぬと」
「そうだと、さっきから言っている。仮に私が命を奪っているのならば、私の身体にまだ魂があるだろうし、空っぽの肉に戻してやることもできる。まぁそれで生き返るかどうかはわからんが。だがどっちにしても、奴ら皇族の落命に、私が関わっていない以上、私にできることはない。……が、彼らを救う術、無いわけではないぞ?」
思いもよらぬアムゥの言葉に、ヴァラムたちは皆目を丸くした。
「それは、つまり、お前では無理だが、何らかの手段を用いれば、我々、あるいはこの星に、皇族を救うことが可能な存在がいる、ということか?」
いかにも、とアムゥは、したり顔で首肯する。
「ええいまどろっこしい!それならさっさとその手を教えろ!」
しびれを切らしたヴァラムが、顔を覆っていた装甲服だけを解除し、怒りの表情を見せながら、アムゥに向かって吠える。
「タナーシャ、君だよ」
その答えは言葉を失わせるほど、三人に衝撃を与えた。
「なに、驚くことはないだろう。タナーシャ、お前は終局神<オセネオス>の声を聴いた。そして第一の終局<オセネオス>は、第七の創世である<オセネオス>と同一存在なのは当然知っているだろう。<オセネオス>は、死の神であると同時に、命の神」
「……つまり、私が、真に<オセネオス>の言葉を使いこなせるようになれば……」
長い沈黙の後、タナーシャが自らの胸に手を当てる。
「だが、そんなことしたら、タナーシャ、お前……」
ヴァラムは、アムゥの説明を完全に理解できてはいなかったものの、しかしそれの意味することが、タナーシャがアムゥの思う通りになるようなものだとは、すぐにわかった。
「さぁ、腐ってもこの国の皇族だ。同じく国王たる君が、彼らを不憫に思い、危機を犯してまで救うか、それとも、我が術中に嵌るような真似を避けるのか。選ぶといい」
それは明らかにタナーシャを困惑させる意図を持っていたものであったが、しかしアムゥのその言葉は、むしろ彼女の脳裏にくすぶっていた疑問を再燃させることになった。
アムゥ、いやタファパの記憶を覗き見た時に覚えた違和感、アムゥの二つの目的、この星の人々に復讐し、そしてかつての姉の魂をその身に宿すこと。この一見すると全く異なる終着点は、奇しくも自身が成り代わったアムゥとしての業績によって、密接に結びつけられる。つまり、神の門の閉鎖と物見の塔の掌握、これは彼が神さえも飲み込むことが可能な存在へ昇華したことを証明すると同時に、この星の支配の象徴ともなる。
しかしアムゥの動機を理解してしまった以上、タナーシャがなお理解できなくなったことが、何故彼が終局を呼び出し、この星の生命を滅ぼすなどということを思い付いたのか、ということである。彼が、<ユヴァート>の宰相として振る舞っている中で、見えてきた人間の悪性に失望し、これはもう人を絶やすしかない、と考えついたのだろうと、あるいは復讐を重ねても満たされぬ渇望に耐えず犯され、その目的が徐々に過激化していったのだろうと、タナーシャは先ほどまでは推測していた
そうした疑問が思い浮かんだのは、アムゥがタナーシャに向けて選択肢を放ったときであった。タナーシャ自身に終局の元へ自ら歩ませようとしているのはわかる。しかし元はと言えば、彼はタナーシャの拘束が解放される予定ではなかったはず。彼はタナーシャが自由意志を取り戻した暁には、必ず終局の意志に侵食され、人類崩壊の文字通り口火を切るだろうと踏んでいたためだ。
タファパの記憶を垣間見たおかげか、彼が確かに知恵に優れた存在だが、同時にその場の機転もよく利く、思考力の持ち主であることを彼女は知っている。つまり、今なされた問いかけは、決して練りに練った計画の一端ではなく、計画通り終局の手に落ちなかったタナーシャという不測の事態への緊急措置であると予測できる。
しかし、ここにきて、未だタナーシャには腑に落ちない何かがあった。先の問いかけには、まだ別の、彼女が想定できていないような意図を含んでいるようでならなかった。だが、その答えを得るには、今は材料が足りなかった。
まるで手掛かりを探すかのように、タナーシャはヴァラムとバルーの顔を交互に見た。
「タナーシャ、決断がつかぬなら、友人に相談しても良いぞ?時間はまだある。そうだ、折角だし、お前が見たものを二人に教えるといい。私が、一体何者で、どんな経験をしてきたのか」
アムゥのその言葉に、タナーシャは少し気まずい表情を見せる。突然の長い沈黙に、隣の二人は、彼女を心配そうに見つめる。アムゥの惑わせるような言葉は、時間稼ぎに他ならないことを、三人とも気づいていた。タナーシャが力を覚醒させるに、彼にとって都合のいい時があるのだということが、今までのやりとりで何となく掴めていたからだ。しかし「アムゥの正体」という言葉は、容易く無視できない引力を秘めていた。
「どうした?確かに記憶を覗かれるのは不愉快だが、お前の口から語る分には別に気にしないとも。ああ、もしや、私のことを友人に伝えれば、迷わせてしまう、そう考えているのか?」
「違う!」
アムゥの挑発に、タナーシャは声を荒げ否定する。
「もしや、先程タナーシャがアムゥをタファパ、と呼んでいたことと関わりがあることか?」
「……わかった。二人とも、私が見た、アムゥの記憶、それを神術で共有する。良いか?」
彼女の深刻な表情に、少し躊躇いながらも、タナーシャのその問いかけに、ヴァラムとバルーは、静かに首を縦に振った。
「<記憶再生>」
タナーシャが手をかざし、神語を唱えると、バルーとヴァラムの脳に、突如映像としてタナーシャが泥の中で見たアムゥもとい、魔人タファパの記憶が再生される。長さにしておよそ十年、しかし彼らの記憶の旅は、およそ数秒も立たずして終わった。
バルーもヴァラムも、突然頭の中で再生された多大な記憶により、その感情も思考も混乱していたのか、すぐには状況を整理することはできていなかったが、二人ともその目に涙を浮かべていた。
「……あんなことがあった、だから、復讐、するのか」
ヴァラムが、情報の奔流に眩暈を起こしながらも、そう呟いた。
「同情をしてもらうつもりはなかったが」
「……つまり、お前が物見の塔で魔獣の力を集めて、あの柱を作ったのも、神に並ぶほどの力を蓄えるためだった、ってことかよ?」
ヴァラムがアムゥの背後にある黒柱を指さしながら、そう問いかけると、いち早く、タナーシャが新たな視点を閃いた。
「もしや、お前、この星の人々を皆殺しにすることさえ、結末ではなく、過程に過ぎないのか?」
そのタナーシャの発想に、ほう、と関心をしてみせるアムゥ。しかしヴァラムとバルーは、未だその思考には付いていけていない様子だった。それに察して、タナーシャが再び口を開く。
「魔獣とは生命の記憶。つまり魔獣たちを喰らい続けたのは、単に力を増すためではなく、そうした記憶を更に増やすためだった」
「おいおい他人の記憶なんて増やして、一体何になるんだ?」
タナーシャの未だ全容の判然としない説明に、ヴァラムがつい、業を煮やして割り込んでしまう。
「単刀直入に言う。アムゥ、奴は、終局神が<玄黄>の人類、いや、生命全てを根絶やしにした後、この星の王として、いや、文字通り創造主となるつもりだ。その身に宿した、莫大な生命の記憶、それをまるで株分けでもするかのように分離し、新たな地上の生態系を生み出す。アムゥにとって、理想の環境を創るつもりなんだ」
タナーシャが、手短に、それでいてできる限り正確に、自身の推理を口にした。
「そんな、それじゃまるで、神様じゃないか……」
ヴァラムがそう、ぼそりと呟いた。
「じゃあ、もしや、タナーシャに、創世の術を使わせて、皇族の魂を呼び戻そうとさせたのは……」
「私にこの星に終末をもたらすだけでなく、更なる再生の役割も担わせるつもりなんだな?」
タナーシャの鋭い眼光に対して、アムゥは大げさに拍手をして、彼女の知恵を称賛するような態度を取った。
「流石<ドゥスエンティ>の継承者、いやはやどうして。お母上、お父上に似て、やはり聡いようだ」
「貴様……」
タナーシャは、両親の命を奪った他でもないアムゥの口から、二人のことが語られることに怒りを覚えたが、すぐさま抑え込んだ。
「『知ったような口をきくな?』、いやいや、よく存じている。なぁタナーシャ、君はまだ生まれていなかったもんなぁ、<イタクス>事変、今から五十年以上前だ。ああ、君のご両親は、本当に賢君だったよ。なんてったって<ユヴァート>が、<イタクス>の独立に支持表明したときに『ルペットの対イタクス戦略が過激化する』として、唯一異議を唱えたのが、<ドゥスエンティ>だったからなぁ!」
タナーシャは、決してアムゥの言っていることに、思い当たる節がないわけではなかった。かつて<ドゥスエンティ>が戦乱に巻き込まれた時、両親や巫長のエネテヤから聞かされたのが、<ユヴァート>のかつての愚行の数々であり、その中には当然<イタクス>事変、いや、<ドゥスエンティ>では『<イタクス>の大虐殺』と呼ばれていた事例もあった。
「結果として、君たち<ドゥスエンティ>の危惧は的中だった。<ユヴァート>の狙いは他でもなく、<イタクス>独立の名目で、大国<ルペット>に代わり、大陸の支配者として名乗りをあげること。当時の彼らにとって、<イタクス>は所詮、自分たちの代わりに<ルペット>と戦ってくれる都合のいい駒、仮に<イタクス>が負けても、疲弊した<ルペット>ならば、堂々と各国と連携して叩けばいいだけ。それを君のご両親は見抜いていたんだ」
アムゥの話ぶりは、挑発的ではあったが、その内容は全て、タナーシャが両親らから聞いていたことと違わなかった。
「無論、当時の国際情勢は冷ややかだった。大国<ルペット>に虐げられてきた歴史を持つ小国、<イタクス>を見捨てた、人倫に欠けた国が<ドゥスエンティ>だとね。皮肉だな。<ドゥスエンティ>はそれ以来、国際情勢の場において、危うい立場となった。誰も味方をしてくれない。なのに、<ドゥスエンティ>はなお、<ユヴァート>による<イタクス>の治安回復の名目で行われていることが『占領行為に他ならない』と公然と批判し、星界統一同盟にまで反対した。驚きだよ、その高潔!その正義!その慧眼!いずれも称賛に値する。この腐敗した星の唯一の輝きだ、<天藍>の末裔というのも頷ける。だが、その気高さが、お前の両親を、お前の友を、お前の民を、死に至らしめたのだ」
タナーシャの神器の柄を握る力が徐々に弱くなっていく。
「詭弁だ。<ドゥスエンティ>を滅ぼしたのは、他でもない、<ユヴァート>、そしてお前の私利私欲だ」
しかし、それを見かねて、バルーが口をはさんだ。
「おいおい、バルー、君ともあろうものが、随分視野の狭いことを言う。正義と真実などというものに固執する、その矜持を一度でも捨てれば、<ドゥスエンティ>は滅ぶことも、孤立することも無かったと……」
「望んだ結果が出るから、正しいことをするんじゃない」
バルーは間髪入れず、アムゥに反論を重ねた。
「……それに、アムゥ、ここまでのやりとりで合点がいった。お前は意外と、感情的な男だ。全てを見通すような見識の深さを持ち合わせながら、その行動や目的は衝動的で、まるで癇癪持ちの子供みたいだ」
「貴様」
「じゃあ説明しろ、アムゥ。いやタファパと言ったか?何故<ドゥスエンティ>を徹底的に戦争で打ち負かした?」
バルーの責めに、アムゥが徐々にその表情に不愉快さを滲ませていく。アムゥはしかし、何も反論せず、無言のままだった。
「<ドゥスエンティ>の巫が優秀だったから?違うな。それならタナーシャに並んで神気を持つ、彼女の母や父をわざわざ殺した意味がわからない。それに、知っているぞ、今<ドゥスエンティ>の民は、<ユヴァート>主導の『再開発計画』によって、自分たちの国土にいながら、まるで奴隷のように使い潰されている。間違いない。お前は<ユヴァート>に唯一敵対していた<ドゥスエンティ>がお前の思う『悪しき人間』に全く当てはまらないから、それが気に食わなくて攻め落としたんだ。タナーシャの両親を殺したんだ」
彼にそう言われ、アムゥは言葉を返すことができなかった。従って少しの間、その玉座の間を沈黙が支配する。だが暫くして、ヴァラムたち三人の首筋に冷やりとしたものを突然感じた。
その悪寒の正体は明らかだった。
アムゥは、その身に悍ましい魔力を纏わせ、ただひたすら立ち尽くしていた。
「もう対話は終わりだ。疾くと死ぬがいい」
竜因の力を目覚めさせ人間の高みに達したバルーですら、その莫大な魔力の奔流と、射すくめるような冷たい彼の目のせいで、身動きが取れなかった。ただただ、急激に訪れる死の予感に、成す術すらなかった。アムゥは走り出すでもなく、ただゆっくりと、三人に近寄っていく。と同時に彼の身体は更に魔力を増していく。
だが、その道中突如鳴り響いた轟音によって、アムゥの静かな侵攻が中断された。
「なにごとだ?」
すぐさま皇居に張り巡らされた黒泥を通じて、彼は状況の把握に努めた。するとアースと皇族のなれ果てが戦っていた玄関ホールに、巨大な機械があるのが見えた。
その正体はすぐにわかった。遥か上空で先程から小うるさく飛び回る飛空艇に積まれていた、自立型の戦闘兵器だ。
だが問題は、その見えた光景ではなく、聞こえてきた音だった。
『タナーシャからの伝言。私に神術を介した念話で、色々教えてくれたんだ。アムゥの真の狙いは、この星の人類を滅ぼした後、新人類を生み出すこととか。この皇族たちは、もうその体に魂がないこととかね』
その機械兵器から、拡声器を通じて発せられる内容を聞いて、アムゥはすぐさまタナーシャを睨みつけた。
「はは、漸く気づいたか。時間稼ぎをしているのは、お前だけじゃない。神術を用いた念話、今の私なら軽く<ユピトゥ>全域にわたるくらいの範囲でも可能だ。あまり、秘密にしたいことは、私には教えん方が、得策だと思うぞ」
タナーシャは、今まで見せたことの無いような挑発的で、いたずらな笑みを、アムゥに見せつけていた。




