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代償 第二節

 ヴァラムはその背中の機械翼で、そしてバルーは足裏から炎を噴出させ、暗闇に支配された宮殿をただひたすらまっすぐ飛んでいた。暗闇で、自分たちの周り以外は何も見えぬ状況、従ってその道が正しいのか、そしてどこへ繋がっているのかさえ確信が持てなかった。しかし徐々に濃くなる瘴気が、何よりその道がアムゥのもとに続いていることを示唆していた。

「それでヴァラム、新型の機械翼、まだ完成しないのか?」

「もう設計は済んでる。だが組み立てにかなり時間がかかってるみたいでな、あと十分ちょいってところだ」

 二人は高速で飛行していたため、隣あっていたにもかかわらず、かなり声を張り上げて会話を繰り広げていた。

「十分……ヴァラム、もしかしたら」

「ああわかってる。アムゥの底知れない強さだ。もし俺が狙われたら一たまりもねえ。俺はあくまで後ろからお前を支援する。頼んだぞ、バルー」

「任せとけ」

 しばらくして、二人は大きな廊下へと抜けた。もっとも、未だ光を失った世界であるため、広い廊下であるかは、独特な音の反響で把握できただけであるが。

「この先だ」

 しかしバルーは、その魔力の濃度の変化を見抜いて、この廊下の先にこの魔の館の真の主が座していることを確信した。

 二人の決意の表れのように、速度がさらに上がっていく。長い廊下を一瞬で突っ切ると、ヴァラムの照明装置と、バルーの魔力吸収によってその先にある、大きく豪奢なつくりの扉が露わとなった。

「行くぞ、ヴァラム!」

「おう!」

 短い掛け合いであったが、二人は互いの意思を完全に理解していた。バルーはその扉を拳で思い切り叩きつける。速度も相まって、繰り出された拳は、まるで砲弾でも直撃したかのように、その扉を豪快に弾き飛ばした。

「おいおい、扉の開け方も知らんのか?」

 二人が扉の中に入る。その部屋は確かに床や壁、天井に黒い泥が張っていたが、今までのように全面塗り固めている、というわけではなく、蔦、あるいは血管のような形状で、あちこちを這いまわっていた。したがって光も十分にあり、二人は、その煽り文句を行った人物の姿をはっきり捉えることができた。

「アムゥ……」

 二人が睥睨する先には、物見の塔で見た黒い柱を背に、玉座に我が物顔で座したアムゥの姿があった。

「さて、君たちはここまで来て何をするつもりだね?世界を魔人から救う?それとも愛する友を助けに来たのかね?」

 アムゥがそう言うと、彼の足元に溜まった黒い泥の塊から、何かがゆっくりと引き出されていく。それは黒い触手にがんじがらめになり、意識を失った様子のタナーシャが現れた。それを目にして、思わず二人は飛び出そうとするが、しかしアムゥがそれを制止するように、巨大な玉座の間を二分するほど、巨大な格子状の泥を出現させる。

「何を焦っているんだ?」

「ああ、焦るにきまってるだろ!?タナーシャを返しやがれ!」

 ヴァラムが、アムゥに堂々と啖呵を切るが、アムゥは柳に風といった調子で、まったく表情を変えなかった。

「おいおい、タナーシャを助けるとはいったい何を言っているのだね?」

「そうやって終局神を呼び出すまでの時間稼ぎをしているのだろうが」

 バルーはそう言いながら、炎の剣を取り出し、それを横に薙ぎ払う。

「この程度の妨害で、僕たちを止められるとは思わないことだ」

「時間稼ぎ……はは、君たちは勘違いしているよ。私はタナーシャを捕らえているんじゃない。この世界を守ってやってるんだよ」

 ヴァラムが「何をふざけたことを」と言い、再び飛びかかろうとするが、それをバルーは制止した。疑問の表情で彼はバルーを見ると、バルーの表情は奇妙にも、どんどん青ざめていった。

「察したようだな、バルー。その通り。もう終局神<オセネオス>の寝息は、そこまで来ている。タナーシャはそれを確かに聞いた。だから私は、私の計画の成就する適切な時宜まで、彼女がうっかり死の神の声を発さぬよう、こうして自由を奪っているに過ぎない。それとも、もう放してほしいか?タナーシャは驚くだろうな。最初にその力で殺したのが、二人の友人となると、それは、とても」

 アムゥが立ち上がり、目の前のタナーシャの頬を、優しく撫でる。

「彼女は本当に驚くべき存在だ。この国の、自称神の子どもは、終局神どころか、小さな神の言葉すら理解できまい。そんな連中がこんな豪華な調度品の中、崇敬されているというのだから、まったく驚きだとは思わんかね?」

 アムゥは振り返り、今まで自分が腰かけていた玉座をその右足で踏みつける。

「ほら見ろ。神の子というなら、神から王権を賜ったというなら、魔の眷属にその聖域と王権の象徴が踏みつけられるなどという蛮行、神が許すはずがないが……。私には天罰の一つもくだらない」

 まるで、私怨でもあるかのように、彼は何度もその玉座を踏みつけた。すると、かなり貴重な金属と木材で、頑丈に作られているはずの玉座が、少しずつ、歪にひしゃげていく。

「まぁ、仮に神の子だといって、神々が手を差し伸べるなど、決して無いのだがな」

 最後、アムゥが一際強い力でその椅子を踏みつけると、見事にその玉座は、音を立て崩れていった。

「さて、話を戻して……」

 アムゥがヴァラムたちのほうを振り返ろうとすると、突如彼の頬を炎が掠めた。それはバルーの持つ炎剣による攻撃であった。彼があろうことか、二人に背を見せて隙を晒したため、バルーはそこを付いたのだが、まるでアムゥは予期をしていたかのように、紙一重でそれをかわし、驚く様子もなかった。

「焦るなよ、バルー……」

 しかし、ここでアムゥは一つ、おかしなことに気づいた。ヴァラムとバルーがもともと立っていた位置には、すでに誰もいなかったのだ。ヴァラムの「その行動」を予測できなかった理由は一重に、自分が先ほど「そうすること」の無意味さと、むしろヴァラムたちにとっても不利になりかねないことを説明したからであった。

 ヴァラムは、タナーシャのもとへ飛行し、彼女の体に纏わりついた泥を、鋼鉄の翼で切り裂き、束縛から解き放った。

「何を馬鹿なことを。やけになって自滅を選んだか」

 アムゥがそう呟いたが、彼が今目の前で相対しているバルーが、それに対してこう答えた。

「バカはお前だ。僕たちは誰よりタナーシャを信じている。彼女の強さ、高潔さ。それは王族だからではない。彼女が何より善なる行いと教えを重んじ徹底する人だからだ」

 タナーシャは、ヴァラムに支えられながら、意識を徐々に取り戻していく。夢の中で聞いた終局神の声、それは未だ彼女の脳に鮮明に残響していた。しかし彼女が現状を把握して、最初に行ったことは、狂気に耐え切れず、神の声を思わず漏らすことではなかった。彼女は代々、<天藍>に先祖がいた頃より受け継がれた王権の証たる、<ピューナ>の槍を具現化させ、その姿を変じた。

「バカな、貴様、確かに終局の声を聴いたはず。なぜ精神を保っていられる?」

 思わずアムゥが驚きを隠せないほどの状況であった。彼は文明崩壊を乗り越えられてきた僅かな知識を集めた書物の全てに目を通し、そして魔人として覚醒することで、自在に参照することが可能になった、彼の体を形成する魔力に含まれる、生命の記憶を保有している。彼以上にこの星の歴史に精通したものなどおらず、そして彼は、<大いなる三星>すべてで繰り返し行われる文明崩壊の前兆候の一つが、終局神の一柱、<オセネオス>の囁きを聞いた人間の登場であることを知っていた。そしてその抗いがたい死の神の吐息によって、漏れなくそうした人間たちが文明を滅ぼしてきたことも。確実に人を終わりに向かわせるその兆候が表れてなお、タナーシャは崩壊の使者としてではなく、自意識を保っていた。

「はは、お前、意外と変な奴だな。人を見る目に関してはアースのほうがあったんじゃないか?」

「仕方あるまい。アムゥ、いやタファパよ。お前はそれほどの力を持っているがゆえに、人と触れ合うことをやめ、支配と隷属においてのみ人間との関係を構築してしまった。確かに他者の技能や、計略を計算することについては、お前より秀でたものは多くはあるまい。だが、人には意思がある。それは決して机上で計上できる変数などではない」

 そのはっきりとした会話と、そして何より強く光を宿し続ける瞳と髪が、彼女の意思が終局神によって折られていないことを物語っていた。

「……はは、なら、簡単な話だ。タナーシャ、お前の心を支えるのはバルー、そしてヴァラムだ。この計算に狂いはあるまい。なら貴様の目前で二人の友を無残に殺せば、その輝かしい意思とやらも、闇に身を預けざるを得んだろう?」

 そう言って、アムゥは、胸から泥を溢れさせ、それを両腕に纏った。

「まずは一割だ。一割だけ魔人の力を見せてやる。そして知るがいい。お前たち三人がかりでさえ、この私の一割にも満たぬ矮小な存在であることを」

 アムゥは走るでもなく、ただゆっくり、タナーシャとヴァラムのもとに近づいていく。タナーシャはヴァラムの前に立ち、彼を庇いつつ、アムゥを迎えうとうとした。しかし、彼女は、自身の腹部に強烈な衝撃が走るまで、アムゥが接近していることに気づけなかった。

 まるで瞬間移動のような高速移動で、彼はタナーシャを軽く壁まで吹き飛ばした。その余波だけで、ヴァラムも後ろに飛ばされる。

「まずは一人」

 ヴァラムにとどめを刺そうとするアムゥを、今度はバルーが食い止めた。炎の剣を爛々と輝かせながら、アムゥの拳を正面で受け止める。しかし彼でさえも力負けし、姿勢が崩れる。そこに追撃で繰り出したアムゥの手刀は、その体勢のバルーでは決して避けられないものであった。だが一瞬、アムゥの手刀の動きがほんの僅かに鈍る。それは後ろに控えていたヴァラムが放った炎によって生じた減衰であった。その手刀はなお、人を両断する破壊力を秘めていたが、その刹那のような遅れは、バルーが炎の剣でその手刀を受け止めることを可能にした。無理な体勢からの急造の防御は、しかし十分にその攻撃を防ぎきることはできず、後ろで庇っていたヴァラムともども、バルーを壁際まで退けた。

 だがアムゥが再びその二人を追い詰めようとすると、今度は離れた場所から、タナーシャが投げつけた、未だ穂先なき神の槍が、アムゥの行く先を阻んだ。直撃はせず、神の槍は床につきたたっただけであったが、アムゥの走りだしを防いだことが、さらなる好機を三人に与える。ヴァラムは、その一瞬の停止を利用して、アムゥの座標に向け「軽量化」の重力操作を行う。アムゥはそのことに気づかず神の槍を避け、二人に接近しようとするが、踏み出した足がまるで空回りするように、うまく動かない。その想定外の勢いを、アムゥは何とか体全身でうまく制御しようとする。だが三度生じた好機を見逃すはずはなく、バルーが正面からアムゥへと距離を詰めた。炎の剣は、確かにアムゥの胴体を焼き付けた。しかしその傷は深くなく、アムゥが一度、態勢を立て直す機会を与えてしまう。

「……おのれ」

 アムゥは、今の苦戦を何かの偶然の繰り返しであると考えようとした。明らかに膂力も速度も、彼が上回っている。このやり取りを何度も続けていれば、必ず二人を仕留められると。だが先の攻防を振り返ると、一抹の不安がないわけではなかった。圧倒的な力の差を持つにも関わらず支配しきれないこの状況に、彼の過度な自尊心がむしろ警鐘を鳴らしたのだ。

「ヴァラム、ああ君か。なら、これ以上成長する前に、可能性の芽は潰しておこう。三割だ」

 アムゥの体をさらに泥が覆う。彼の言う通り、彼の体の三割ほどが、その泥で覆われていた。単純計算で、先ほどの三倍の出力で、アムゥが真っ先に叩き潰そうとした存在はほかでもない、二人に守られ続けるヴァラムであった。




 一方、宮廷の玄関ホールでは、未だ聖騎士の隊長格三名と、ヤムニーヴァが、魔獣とかした皇族と競り合っていた。おそらく力だけでいえば、この四名は、その魔獣三体と互角である。しかし「相手を殺してはならない」という条件が、彼らに少しずつ不利を与え続けていた。

「おのれ、このままでは埒が明かない。助かる保証もない。ここは私たちで介錯を」

 逸るシヴィを、ユイスナがその身で制止する。

「邪魔をするな。さっさと私たちもアムゥのもとへ向かい、この危機を乗り越えるべきだ。そのためにはこれは最低限の犠牲というもの」

「ええ確かに。ですが目の前の相手は皇族。我らが守ると忠誠を誓った相手です!」

「何を……、都合のいい時だけ使命を持ち出すな!私は皇族ではなく、この国を守ると誓ったのだ!」

「同じことです!この国を守るとは、すなわち皇族を助けること。民草などいくらでも替えがある!だが皇族はそうではない」

 ユイスナの言葉は決して土壇場で出た狂気ではない。むしろ四番隊の隊長として日々、隊員たちに実践させていた彼女の思想そのものである。

 かつての友であったが、しかしシヴィはこの考え方だけは受け入れられなかった。シヴィは意を決し、ユイスナの懐を潜り抜け、魔獣へと自慢の速度を活かして急接近する。

「……!?させ、ません!!」

 なんとユイスナは、手に持っていた魔槍を、シヴィのもとへ投げ飛ばした。類まれな武の才を持つ彼女は、この国最速の騎士の軌道を的確にとらえていた。だがすんでのところで、シヴィは足を止め、その槍を躱した。旧友の本気の殺意に充てられ、驚きの表情でユイスナの方を見やるシヴィ。しかし、すぐさまその怒りの表情は、血の気が引いていく。

 ユイスナの背後から、今にも迫りかからんとする、魔獣の拳。勿論ユイスナもそれには気づいていた。しかし遅れた反応は、その攻撃を躱しきることを不可能にさせ、そして防ぐ手だても、先程自ら手放したばかりであった。しかし彼女の身体は、拳によって潰される前に不自然に飛ばされ、間一髪それを躱すことができた。

 ユイスナの窮地を救ったのは、アースであり、重力操作と移動の魔術を応用して、彼女を難から逃したのだ。だが、戦闘状態のユイスナの魔力抵抗を貫通して、彼女を大きく動かすほどの運動をさせるには、多大な魔力と、そして何より集中力を要した。当然、アースも他の魔獣と対面している最中であり、そんな中で仲間を助けようと試みるのは、自殺と言っても過言ではない。同じように彼女の背後から、触手が伸びてくる。だがアースは、命を懸けるような勝負に出ることはあっても、自らの命を引き換えに他者を助けるような存在ではない。

 結論から言えば、彼女の賭けは成功した。アースの考えを言われずとも悟ったシヴィは、自身の持っていた魔剣の一つ、第一番隊副隊長として就任した際に手にした、短剣を、アースに向かって全力で投げつけた。そしてそれをアースは待ってましたと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべながら受け取る。

「<無尽・火焔剣トゥトゥ・エクスタ・メシウ>」

 彼女は振り返りながら、その魔剣によって拡大された魔力を十分に生かした、大魔術を行使、触手を焼き払いながら、皇族の身体をも吹き飛ばした。

「はは、久しいね、この感覚」

「返せ」

 自分の力に酔いしれるアースから、冷たくシヴィが魔剣を剥ぎ取る。

「おい、ユイスナ、少しだけ現実を見ろ。今相手にしているのは、これだけの魔術を喰らっても、全く平気そうにしている怪物だ」

 魔槍をようやく取り戻したユイスナに、アースは少し冷たい声色で話しかける。

「この戦い、いずれにせよ全力を出さなければ、救える命も、守るべき矜持も失うぞ」

 アースの叱咤が、ユイスナの迷いを完全に断ち切らせることはなかったが、しかし彼女の心を切り替えることは十分に成功した。

「ええ、わかりました。ここは本気で臨みましょう」

 ユイスナが槍を構える。今までの相手の動きに合わせやすい、軽やかな姿勢からは一転、腰を深く降ろし、重心を低くした態勢へとなる。それはシヴィやアースには見慣れた、ユイスナの本気の構えであった。それに呼応するように、魔獣たちも叫びとも軋みとも思える不愉快な音を上げ、一斉に襲い掛かってくる。

 だがユイスナは、そのうちの一体に向かい、何と自ら突貫していく。彼女は触手を潜り抜け、そして分厚い左拳もその重心の低い姿勢のまま器用に避けた。そして懐に潜ると、ユイスナはまず魔獣の右脚をその槍で振り払う。重心がかかっていた足だったため、それによって魔獣は前傾姿勢で倒れ込む。その後ユイスナは、魔獣の背を昇った。背中から生え揃う触手の隙間であったため、魔獣はすぐさまユイスナを振り払うことができなかった。そして隣から他の二体の魔獣が襲い掛かってくるのを見計らい、空へと飛ぶ。崩落しかけの天井まで飛び、天井を足場に再び跳ね、更に一体の魔獣の背後の壁にまで飛ぶと、更にそこから跳ねていった。

魔獣の背後から、槍を突き立てる。魔獣の足がもつれ、今立ち上がろうとしていた先ほどの魔獣に倒れ込む。その勢いで、更に挟み撃ちするように向かっていた最後の魔獣にもぶつかり三体の魔獣が滑稽にも団子のように揉みくちゃになっていた。

 これを好機と、ユイスナ以外の三人が一斉に動き出す。魔獣たちは立ち上がろうとするが、皆が皆、我先にとするために、上手く動けないでいた。そこをヤムニーヴァが、最後に残った天井を崩し、それを雁字搦めになる魔獣へと投げつけた。重量自体は、魔獣たちの膂力からすれば大したことは無い。しかしその程度の衝撃でも再び姿勢が崩れ、三体は再び地に伏せた。

「<重力操作(へペト・クェヴェサ)加重(ヤウクス)>」

 そこをアースが重力魔術で抑えつける。それはその上に降りかかる分厚い天井板自体への重力操作だった。これにより、魔獣たちの魔力抵抗を無視しつつ、身動き取れぬほどの重力の枷を魔獣たちに与えることを成功にした。そして、そこを更にシヴィが懐まで駆け付ける。先述の通り、その重力変化は天井板に対するもの。従ってその下の空間は、特に重力魔術の影響なく動き回ることができた。シヴィはまず一本の触手をその短剣で捕らえた。その触手を隣の魔獣の腕に巻きつけると、新たな触手を捕らえ、そして再び隣の魔獣の足に巻き付ける。二振りの魔剣、鎖分銅と短剣、そして自己の移動速度を高める魔術を駆使し、シヴィは見事、何本もの触手を魔獣同士で雁字搦めにすることに成功した。

「<多重鉄牢(ヤヤ・シアヤプセヴ)>!」

 そして留めとばかりに、ユイスナが得意の冶金魔術を行使し、激戦によって覆っていた黒い泥が捲れ、そのうちにある剥き出しになった壁の中の鉄骨を、全て太い鉄棒に変換。そしてあらゆる方向から、その鉄棒を絡み合った皇族たちへと伸ばしていく。それは魔獣には突き刺さらず、器用に彼らの身体の隙間を通っていった。それは巧みに魔獣たちの身体の動きを阻害する、まさに牢獄となっていた。

 重力、鉄、自分たちの触手、それらが幾重に絡みあい、魔獣の身動きを封じる束縛を形成していた。だがその中で唯一アースだけが額に脂汗を滲ませていた。出しっぱなしで終わりな触手と鉄棒と異なり、一人だけずっと魔力を放出しつつ、重力操作を行っていたためだ。それを察して再びシヴィが、魔剣をアースに手渡す。アースはそれで少し余裕を取り戻した。

「ぐぎゃごごああがあ」

 再び、まるで錆びた重機を無理やり動かしたかのような、叫び声をあげながら、魔獣は何とか体を上げようとする。しかしそれによって体に鉄棒や互いの触手の刃が食い込み、ぼろぼろと鎧が崩れていくだけであった。

「おいおい、折角倒さないように、丁寧に拘束してやったのに、無理やり動いて自滅は勘弁だぞ」

 そんなアースの心配すらお構いなしに、魔獣たちの身体には次々と痛々しいヒビが入り、その隙間からは、血のように、黒い泥が溢れていた。だが、その一方で、彼らの拘束である触手は少しずつ千切れていき、鉄棒もひしゃげつつあった。それと同時にアースが重力操作をする天井板も、少しずつ上がっていった。それは、拘束もそれほど長続きしないことを物語っていた。

「いや、これは、長続きしないねぇ……」

 ユイスナも拘束に使った鉄を、再び冶金魔術で修繕するが、魔獣の姿勢が少し変わったせいか、鉄棒の拘束は先程よりも緩くなってしまった。手が空いたシヴィとヤムニーヴァは、この拘束が破られた際に、どうするべきかを思案していたが、彼らもまた時間稼ぎには限度があることに気づいていた。仮に第二、第三の拘束ができたとして、あとどれほどの時間耐えなければならないのか、わからない状態では体力以上に気力が持たない。

 それを自覚しているからこそ、ヤムニーヴァとシヴィの二人は、示し合わせたわけではないが、殆ど同時に、全く同じ決心をしていた。

 たとえ、アースとユイスナに恨まれたとしても

 最期には、皇族たちに手をかけてでも、この場を凌ぎきることを。



 

「そろそろ、か」

 <ユピトゥ>最上階層の街並みには、動揺が走っている。聖騎士隊が待機命令のせいで、全く動きを見せぬ一方で、首都の背後に座す宮廷から、火の手が上がっている、という噂話が、市民たちの間に得も言われぬ不安が蔓延っていた。そのせいか、豪華な素材にも関わらず、白で無地の服という、最上階層の人々の潜在的な服装規定から大きく外れる色彩豊かな衣装に身を包む一団が、堂々と最上階層の上に立っていても、誰も気にしない様子であった。

「ネーナ、例のもの、用意できたとのことだ」

 車椅子の女性の元へ、身体の大きな男性が、報告を告げる。

「では、貴方の出番です。頼めますか?」

 ネーナの近くにはもう一人の人物が立っていた。その人物は生地の分厚い、緑青色の服に身を纏っていた。

「よろしい。任せ給え。して船は?」

 その人物は、気合を入れるように、手に持っていた服と同じ生地でできた帽子を、きゅっと深く被った。

「飛空艇の手配は済んでいます。勿論例の物二つも、既に搭載済みです。思わぬ協力者と、見ての通りのこの騒ぎで、万事上手く運びました。監視の目も緩い、いや無いと言っても過言ではない。だから飛空艇も最上階層の上に、それもここから十分もかからぬ場所に留めてありますよ」

「承知した。あまり中型は操縦し慣れてないから、少し荒っぽい運転になるよ?」

「ははは。こう見えて私、乗り物にはよく乗りますからな!安心なされよ」

 ネーナは冗談をそう飛ばしながら、自分の腰かけている車椅子を、軽くとんとんと叩いた。

「おや、ネーナ殿、貴方も行くんですか?」

「勿論、大丈夫、足手まといにはなりませんよ。ほら、車にお乗りください」

 ネーナはそう言って、後ろに用意した車に乗り込んでいった。

「……さぁあの時の恩返しといこうか」

 そう言って、その人物もネーナの後を追い、車へと乗り込んだ。



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