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紅血の遺財 第二節

 まだ日の光も昇りきらず、空は白み、青い空気が鼻孔を擽る時間、既にヴァラムとバルー、そしてアースは、<ユピトゥ>の中階層を下り、最下層の貧民窟を横目に、通りを歩いていた。

「ここが、最下層、思った以上だな」

 <ユピトゥ>の礎であるはずの地区を初めて目にして、バルーはそう呟いた。

「ははは、まぁ私にとっては、麗しき故郷だけどね!」

 アースは笑いつつ、彼の言葉に返答する。

 三人とも、ぼろ衣のようなものを上に羽織っていたが、実際この辺りにいる人々に紛れるには、非常に好都合な格好であった。だが一方で、宿すら持たず、街中で寝泊まりをしているであろう、周囲の貧しい民は、前を通り過ぎる彼らを一様にその視線で追いかけていた。

「あれ、もしかして、俺たち目立ってる?」

 その様子に、ヴァラムは心配になって、バルーに近寄り耳打ちする。

「いや、多分、あれは警戒だ。僕たちが、貧民に紛れるのに失敗しているというより、この辺りで見かけないからだろう。時間も時間だしな」

「まぁそうだろうね。労働以外の時間で、普段の縄張りから飛び出すなんて、滅多にないことだ。さしずめ、新参者として値踏みされている、ってところだろうね」

 アースの説明を確かめるように、ヴァラムは周りの様子を尻目でちらりと伺う。

 確かに、彼らは、最初こそ自分たちを見つめてはいるが、少し通り過ぎると、すぐさま興味を失くしたかのように、顔を背けたり、あるいは体を横にして、何事も無かったかのように眠りなおしたりする者も多く見られた。

「なるほど、何もせず立ち去る分には、どうでもいいということか」

 そうこうしているうちに、彼らはちょうど町はずれにまでたどり着いていた。もう彼らのことをじろじろと見る視線も無く、くすんだ空気と、日光を遮る大天井から逃れたことで、妙に気分が良かった。冴えた大気が、ぼんやりと残る睡魔を振り払ってくれた。

「さて、ここからあと数分歩けば、古びた飛空艇の発着場がある。そこなら、飛空艇を呼んでもすぐに聖騎士が駆けつけてくる、ってことはないだろう。無論、追跡はされるだろうけど、どっちにせよ、今のアムゥ様は七番隊しか動かさないだろうからね」

「ありがとう。ところで、あとの二人は、今何してるんだ?」

「いや、あの二人は、今、正義の僕のもとで仕事しているよ。私たちはまだ、彼らの信頼を完璧に得られたわけではないからね。アース様打倒までの仮初の交友とはいえ、潜伏先を借りる以上、恩は返さないとね」

「そっか。アース、お前も、ネーナさんと仲良くな」

「ははは、もう行きなさい」

 二人は、アースの元から離れ、郊外の飛空艇の発着場へと向かった。その道中、バルーは、ヴァラムとアースの会話の様子を思い出しながら、少しだけ嫉妬を覚えていた。口には出さなかったが、昨晩、彼とアースの間にどんな会話があったのか、気が気でならなかった。無論、彼のことは信じている。だが、バルーは、自分とヴァラムがどんなことがあっても別れぬ確証が持てなかった。

「なぁ、バルー、前にも言ったけど」

 ヴァラムが後ろを振り返りながら、バルーに話しかけようとすると、そんな彼の思いつめた表情が一瞬目に入った。バルーは、すぐさま彼の視線に気づいて、その表情を取り繕おうとするものの、しかしヴァラムはしっかりと、その不安げな顔を見ていた。

「どうした?何か、気がかりなことでもあったか」

「いや、なんでもないよ。タナーシャのことが気になってね」

「そっか」

 ヴァラムは、その明らかな嘘を特に追及もせず、見逃した。そんな時、彼の頭で、昨晩のアースの言葉が、まるで自分の言動を戒めるかのように、繰り返されていく。

 しかし、彼は自分の心からの忠言を結局無視して、そのまま黙りこんでしまう。

 奇しくも、今二人とも脳裏にあることは全く同じことであった。今の自分たちの関係に問題があること、そしてその原因の一つが自分だということ、そしてその改善に踏み出せないのは、二人の関係が壊れてしまうことを恐れているから。そんな不安と過度な自省は、更に二人の心を強く締め付けていった。




「さぁ、タファパくん、ここが私の家よ」

 タファパは、青白い肌を、トゥフビの母の外套で隠し、そのまま彼女の家まで案内された。彼女の家は、森の外れ、小さな木でできた家で、庭には数多くの花が咲き、更には家よりも少し広い程度の畑には、山菜類が青々と育っていた。

 彼女たちの家に入ると、外見からの想像とは異なり、意外にも広々と感じられた。物が少ないというのもあるのだろうが、家を仕切る壁が殆ど無く、ほぼ一部屋で構成された間取りが、そのような錯覚を起こすのであろう。

「ねぇ、お母さん、『お母さん』まだ帰ってないね?」

「そうねぇ、イミ母さんはまだ街で買い物中かな」

 二人の会話をタファパはじっと聞いていた。言葉自体の意味は、記憶を辿ればわかるが、自然な会話を習得するには、記憶の集積以上に、目の前で繰り広げられるものを聞き取る方が、役に立つように思えたからだ。

「むー、『お母さん』にも早くタファパを紹介したいのに」

「ふふ、先にタファパを洗ってあげましょう。トゥフビ、湯船にお湯を溜めてきて」

「はーい」

 トゥフビは、すぐさま走り出していき、この家を唯一仕切る扉へと向かう。その先には浴室があり、トゥフビは湯船の上にある蛇口をひねっていた。

「おかあさん、おかあさん、あなた」

 トゥフビの背中を、微笑みながら目で追いかける彼女の母を、タファパは指をさしながら、そうつぶやいた。

「うん、私もお母さん、あの子ったら、私達を名前で呼んでって言ってもお母さんとしか呼ばないのよ。紛らわしいから、周りは迷惑だけどね。けど慣れてくると、不思議とどっちを呼んでいるかわかるのよね」

 母の説明を、タファパは上手く理解できなかった。

「あー難しいよね。そうだ、私はララ。もう一人のお母さんは、イミトゥミルっていうの。私はイミって呼んでる」

「ララ、あなたはララ」

「そう、上手」

「あーーずるいーー!お母さん、私もタファパとおしゃべりするのーー!!」

 と、叫びながら、どたどたと、浴室からトゥフビが帰ってくる。

「これこらトゥフビ、貴方、お湯、止めてないでしょ?」

「うーーー、すぐにはお湯入らないもん、大丈夫だよ」

「そうやって前もお湯溢れさせてたでしょ。お水は貴重なんだから」

 不満げに頬を膨らませながらも、トゥフビは母の言う通りに浴室に戻っていった。

「ごめんね、タファパ、ほら、そろそろお湯も溜まるから……」

 しかしそう言いかけると、突然玄関の扉が開け放たれた。

「あれ、ララ、もう帰ってたんだ、茸は沢山とれたかしら……ってあれ、そこの少年は?」

 そこには、ララよりも背が高く、筋骨の逞しい女性がいた。彼女は自身の家にいる来客を見て、首をかしげていた。

「ああ、この子、色々事情はあるんだけど、森にいたのを連れてきたの。もしかしたら、親のいない捨て子かも」

 ララはその女性を出迎えつつ、タファパに聞こえぬように、耳元で少年のことを話した。彼女はタファパに気を使ったのだが、一方彼の持つ聴覚機能は、その程度の小さな声すら明瞭に聞き取る。無論、それに彼が気を害することはない。彼にとって重要なのは、怪しまれず人間との関りを続けることである。

「そっか、じゃあ、今度村でこの子について知っている人がいないか聞いてみる。それまではウチにいてもらおっか」

 体の大きいその女性は、そう返した後、タファパのもとへ朗らかに微笑みながら近づいてきた。

「こんにちは、私はイミトゥミル、イミって呼んでね」

「イミ……おかあさん」

「そう、もう私のことはララに聞いていたのね。あなたは?」

「タファパ、わたし、タファパ」

 タファパの自己紹介を聞いて、ララは少し驚いていた。先ほどまで言葉を話すので精いっぱいという様子の彼が、先程の自分のイミトゥミルの説明をきちんと理解していて、更には、その発音も極めて自然になっていたためだ。

「タファパ、あなた……」

「うん、ララ、どうにかした?」

「いえ、なんでもない」

 しかし彼女は、それは流石に考え過ぎだろうと、特にこの時はそれ以上考えることはなかった。

「あー『お母さん』、お帰り!」

「ただいま、この子、新しいお友達ね?」

「そう、タファパ!そうだ、お湯入ったよ!お風呂入ろう!」

 興奮したトゥフビは、勢いよくタファパの身体を覆う、ララの外套を剥ぎ取った。そして露になった彼の裸体を見て、イミトゥミルは驚きを隠せなかった。

「待ってララ、この子、裸で森の中にいたの?」

 それを聞いてゆっくりとララは頷く。先ほどまで優しかったイミトゥミルの表情は、どんどん顔が青ざめていく。それが意味することは、目の前の少年が、森の中でかなり長い間一人でいたということを意味する。

 彼女は、タファパの肩を抱き寄せ、強く、そして優しく抱きしめる。

「つらかったね……」

 タファパは当然、何故自分が彼女に抱きしめられているのかはわからなかった。だが、それが、彼は決して嫌な気分にはならなかった。どこかの記憶が、それを「良いモノ」だと自分に伝えてくるのだ。

「よし!じゃあ私が洗ってあげるよ!タファパ、さ、行くよ!」

 イミトゥミルはタファパから体を離すと、涙を尻目に溜めながらも、満面の笑みを見せ、そのまま彼を抱き上げた。

「えー!私も入る!」

「ふふ、じゃあララお母さんも入ろうかな?」

 タファパは、その後石鹸で体を良く洗われた後、湯船に入れられる。その後、トゥフビも湯の中に勢いよく飛び込む。そしてその後、湯を溢れさせながら、二人の母もそれに続いて湯船に浸かる。

 決して四人が入らないような小さな浴槽で、タファパはトゥフビと共に、真ん中で、ララとイミトゥミルにぎゅうぎゅうと挟まれていた。お互いの身体で押し合いへし合いになるほどに窮屈で、隣のトゥフビは「狭い~」と文句を垂れていたが、しかしタファパは、決してその状況を不快とは思わなかった。その不思議な感覚を言い表す適切な言葉を、記憶の中でしばらく探っていると、自ずとそれが「幸せ」であると気が付いた。




 太陽光すら阻む、深い朝霧に影を落としながら、一隻に飛空艇が慎重に航行していた。向かう先は<ウムタイズ>島、極地を取り囲む極寒の大陸、<ディモフ>大陸と、<ユヴァート>、<ドゥスエンティ>を擁する<ジェヴァイヴ>大陸のちょうど間に位置する、孤独な島である。

 そんな島の中央には、非常に目立つ高い塔が、霧の中からそびえていた。朝日を受けて、暗く見えた塔だが、しかしよく見ると実際に、その塔は影すら見えぬほどに黒に染まっていた。その塔は所々、血脈を思わせる紫の光の筋がいくつも走っていて、一層それの怪しさを増していた。

「あれが物見の塔か」

「そうみたいだな。しかし、霧が濃くて、どこに着陸すればいいかわからないな。ちょっと高度を落とすぞ」

 ヴァラムが操縦桿を操作し、霧の中をくぐっていく。霧が薄くなってくると、塔の回りの島の輪郭がぼんやりと見えてくる。

 島に近づくにつれ、徐々にその詳しい状況が把握できてくる。その島の岩礁の岸は、迫る波を細かく砕くほどに、細かで複雑な岩で形成されていて、まるで猛獣の下顎を思わせる。しかしその自然が丸出しの岸から、少し内側に行くと、突如平坦で滑らかな石床が敷き詰められた陸地が現れる。その石床は、一枚一枚、幾何学的な模様と、魔術形式言語が刻まれた魔法陣が確認できたが、更にその魔方陣は隣の石床のそれとも繋がり、離れて見ると、四枚、九枚、十六枚ごとに更に大きな魔法陣が露になる。それらの石床は、塔を中心にした、正円を形成しており、従って、この島自体が、一つの巨大な魔法陣であった。

 塔とその石床以外には、島の上には目立った人工物は無く、飛空艇が着陸するのもそう難しいことではなかった。

 無事に飛空艇を着陸させ、ヴァラムとバルーは飛空艇から降りる。

「なんだか、案外簡単に来れたな」

「外界との接触を断っていた、というのは、やはりもう過去の話のようだな」

 人の気配も、生き物の気配すらしない。二人はそれがむしろ不気味で、その先にある塔を阻むものが一切無いのにも関わらず、二人はその塔に中々入ることができなかった。

「さて、あれが入り口、だな」

 塔の中心には、人が二人か、三人程度が入れるほどの扉が、四方に一つずつ設けられていた。

「扉も恐らく開いているだろうが、しかし推測が正しければ、この中にはもう誓約者はいない。彼らはアムゥの力の傀儡だろう。七番隊のように、俺たちを襲ってくる可能性もある。それにここは、アムゥが自ら積極的に制圧することを選んだ場所。彼の計画にとっても要の筈。警備は厳重だろう。気を引き締めよう」

 ヴァラムは、機械翼を展開する。その翼は従来使っていたものだが、僅かながら軽量化がされており、より持ち運びに優れていた。

「本当は、新型、使いたかったんだけどな」

とヴァラムが呟く。彼の言う通り、現在、新たな戦闘に特化した機械翼をヴァラムは開発中であったが、そちらの完成が間に合わず、未だこちらの旧型の翼を使っていた。

 彼の戦闘態勢に合わせ、バルーも魔剣を取り出す。しかし彼は何か問題があるように、自分の身体を見つめていた。

「どうした?」

 それに気づいたヴァラムは、彼にそう問うが、バルーは「なんでもない」と軽く答え、結局そのまま二人とも、塔へと入っていった。

 塔の内側は外の石床同様、壁と床一面に、魔術が刻印されていた。黒一色の外観とは異なり、やや青白いその石とも金属ともとれる不思議な物質が、一様にその素材に使われていたが、やはりこちらにもあちこちに、紫色の光を放つ力の路が走っていた。

 彼らの入った地上階には、その中央にある小さな昇降機だけしかなかった。二人はそれに乗り込んだが、ここでもやはり、これといって人と出会うことはなかった。行先の階層は一つだけ、そこには中階とだけ書かれており、それ以上の説明は無かった。

 恐る恐る、そのボタンを押すと、昇降機はすぐに動き出した。音もなく、それでいてかなりの速度で、昇降機は昇っていく。

 三十秒ほどして、扉は開いた。二人は恐る恐る昇降機の外に出ると、目の前には、壁に沿って作られた螺旋階段があった。螺旋階段の周りには、地上階とは異なり、本棚があり、また機械などもいくつか確認できた。一見すると、研究施設のようであったが、やはりここにも人はいなかった。

 二人は辺りを見渡す。昇降機の表記に従えば、ここは中階なのだろうが、その上へと行く道は、先程目にした螺旋階段以外になかった。上を見上げると、その螺旋階段はずっと上の方まで続いていて、その果てすら見えなかった。人が十人横に並んでも、まだ余るほどに一段一段が広い階段であったが、見上げると一周するごとに、更に広い踊り場が設けられていた。

「全く、こんなの昇ってられるかっての」

 ヴァラムはそう悪態をついて、機械翼を開いてバルーの手を掴む。

「よし、じゃあ飛ぶぞ、しっかり捕まってな?」

「良いのか?ここで飛行するとかなり燃料がなくなるんじゃ」

「大丈夫だって、これくらいなら、戦うだけの燃料は残るはずだから」

 そう言って、彼は機械翼の推進器を起動し、空を昇っていく。少しずつ速度を上げていき、隣に、先程確認した踊り場がそろそろ見えてくるか、という所で、ヴァラムはその頭に、何か硬い床がぶつかり、痛みで悶え、飛行がおぼつかなくなる。何とか隣に見えた階段の方へと着陸するが、ヴァラムは咄嗟の事で受け身も取れず、強く体を打ち付けてしまった。

「いってぇ……なんだなんだぁ!?」

 頭を抑えながら痛みに悶えるヴァラムを、バルーが心配そうに見つめる。

「大丈夫か?怪我とかはしてないか?」

「ああ、多分。何かとぶつかったみたいなんだが……」

 それを聞いてバルーは、階段を急いで駆けのぼり、踊り場まで行った。

 突然動いたバルーを、驚きながら見つめるヴァラム、すると彼は突然その踊り場から足を外した。

 声を上げて止めようとするヴァラムだったが、バルーは驚くことに、そこから落ちることはなく、まるで透明の床の上に立っているようだった。

 ヴァラムも何が起きているのかを把握するため、後を追いかけ、同じく踊り場までたどり着く。やはりそこから見ても、バルーは何もない場所に立っていた。

「なるほど、不自然に不要な踊り場があると思えば、これは文字通り階層というわけか」

 バルーがつま先で下を叩くと、本当に床があるかのように、こんこんという音が響く。それを見てヴァラムも恐る恐る足を出すと、確かにそこには透明な床があった。

「あー、これ、どういうことだ?」

「わからん、一体何のために仕切っているのか、ここで何かをするためなのか?」

 やはり、この透明な床の上にも、特に物はなく、ここが何のための設備なのかを説明するような手掛かりは一切なかった。

「もしかして、これ、階段が一周するごとにあるのか?」

 頭を抑えながら、ヴァラムは上を見上げる。やはり、頭上には未だ遥か高くまで階段が続いていた。

「可能性は高いだろうね。仕方ないさ、歩いて昇ろう」

 ヴァラムとバルーは、飛行で頂上まで昇ることを諦め、とぼとぼと階段を歩いていった。




 それから三十分ほどが経った。未だ階段は同じように続いていて、流石に疲労も感じるようになってきた。あとどれだけあるのかと、ヴァラムが確かめようと上を見上げる。すると驚くことに、今までの透明な床の上に、ぽつんと黒い影が見える。

「あれ、もしかして何かないか?」

 ヴァラムがそれに指差し、バルーもその先を見つめる。たしかにそこには黒い点があり、二人は互いの顔を見合わせると、走って階段を駆け上り、その黒い点を確かめに行った。

 かなり上の階層ではあったが、一つ目の手掛かりが得られるだろうと思い、一気にそこまで二人は昇りつめた。ヴァラムは肩で息を切らし、バルーもまた、ぜぇぜぇと息を荒げていた。二人は黒い点の正体が、まるで一枚の大きな布をそのまま包まったような黒い粗雑な外套を纏う人間がいた。

「なぁあれ、もしかして七番隊か?」

「いや、恐らくこの物見の塔の誓約者だろう。意識はある、のか?」

 ゆっくりと歩いて、その男の元へ行く。すると、二人ともある異変に気付いた。下で見たときは気づかなかったが、この男の周りの床には、淡い光の線が入っていて、それが彼を中心に円形を成していた。

「これ、起きてるのか?」

 二人が近づいても、やはりその人間はぴくりとも動かない。外套の隙間から覗く男の顔は、生気が失われたかのように白く、髪もだらしなく抜け落ち、その黒い服の上に散らばっていた。

「死んでる、かもな」

 バルーが様子を確かめようと、首に手を当てようとすると、突然、その男は白んだ眼をぎょろりと動かし彼を睨みつけた。それにぎょっと驚いたバルーは後ろに飛びのき、その大剣をかざした。

「こいつ、動いた」

 黒衣の男は、ゆらりと立ち上がっていく。

「あぁァあアぁー」

 亡霊のような呻き声をあげながら、その男はゆっくりとこちらに歩いてくる。

「なんだよ、こいつ、何なんだ!?」

 突然の豹変に、ヴァラムも錯乱していたが、その一方でバルーはそれに思い当たる節があった。

「……まさか、魔獣の心臓」

「魔獣の心臓って、前にバルーが言ってたヤツか!?あれを使うと、こんなのになるのか!?」

「いや、これは単に作動しているだけじゃない。暴走状態だ」

 彼は目の前の状況を見て、あることを思い出していた。あの時、血に染まった<パエス>の宮殿で、自分が良く知る近衛兵たちが、誓約を破り自らの命を絶った後に、その心臓によって魔獣と化した様を。

「もう彼には自身の意思はない。心臓の力によって、無理やり動かされているだけだ。既に彼は魔獣も同然だ」

 黒衣を脱ぎ捨て、その男だったものは、更に人間の肌も捨てる。

 身体の裡からあふれ出す、紫の泥が、彼を包む新たな肉となり、そしてそれは、四つ足で歩行する獣へと変貌する。

「来るぞ、どうする?」

「……、彼はもう救えない。せめて彼の魂をこれ以上魔獣に食らわせないよう、楽にしてやろう」

 剣を振りかざし、バルーは四つ足でこちらに駆けてくる魔獣を迎え撃つ。

 振り払った剣は、魔獣を強く殴打するが、鈍い刃は、魔獣の肉を貫けなかった。魔獣は吹き飛ばされ、身体を透明な床に打ち付けるが、再び態勢を立て直して、何でも無かったかのように彼らの元へ向かってくる。

 ヴァラムも推進器を利用した火砲を魔獣に向け、放射する。だが獣は、その火に怯え、狼狽えることもなく、真っ直ぐこちらに突き抜けてくる。ヴァラムの攻撃では、多少勢いを落とせた程度にしかならなかった。

「くそ、こいつ、一体どうなってんだ!」

「……もしかして、彼は……」

 バルーは何かに気づいた後、こちらに駆けてくる魔獣に向かって、同じく走り出した。彼はその魔獣が牙をむき出しに襲い掛かるのに対して、その大剣を突き立てる。やはりここでも刃が魔獣の皮膚を斬り裂けなかったが、彼はそのまま魔獣を大剣で押し倒し、抑え込んだ。魔獣はバタバタとその四つ足を暴れさせるが、しかし膂力ではまだバルーに軍配が上がった。

 ある程度抑え込んでいると、バルーの剣は鈍く光り、そしてその後すぐに、刃が触れている場所から、魔獣の肉が解けて消えていく。

「なるほど、やはり、彼は魔獣の心臓じゃない。魔獣の心臓を使い死者を魔獣にする。その外法は僕も目にしたが、その魔獣は決して統御できるものではなかった。なんせ魔獣だからな。だが彼は、僕たちという侵入者を認識して、襲ってきた。それは彼がそう命令されていたから。そして何より、魔獣なら僕の剣で力は吸い取れない。間違いない。この誓約者は、その心臓にアムゥの魔泥を埋め込まれていたんだ」

 バルーが、灰と化した誓約者の亡骸を指で触れながら、自身の推理を述べる。

「……つまり、この人が、アムゥが用意してた、この塔の護衛、ってことかよ、胸糞悪い」

「いや、護衛では無いかも。何故か此処には一人しかいなかった。護衛なら普通もっと多く置く。それにそもそも、この階段を塞げばいいだろう」

 そう言いながら、バルーは先程誓約者の亡骸が、鎮座していた場所に、光の魔法陣があったことを思い出した。

 彼はその場所に行き、その光を確かめようとするが、しかしそこには先ほどの模様はすでに無かった。

「あの魔法陣、どういう役割だったんだ?」

 バルーはじっと、その模様があった場所を眺めた後、直上を見上げる。

「もしかしたら、彼は護衛ではなかったのかも。彼は何らかの要石で彼も魔術式の一部なのかも……。なんにせよ、アムゥが物見の塔を用いて何をしようとしていたのか、その手掛かりの一つかもしれない」

 バルーは見上げる先に指を差し、ヴァラムもその先を見る。

「見ろ、また同じ場所に黒い点が見える。一定の間隔で、魔の泥を埋め込まれた、死者の肉体が配置されているのかもしれない」

「ってことは、何度も今のを相手にしなきゃいけないのか?」

 不安そうに塔の上層部を眺めるヴァラムだったが、一方でバルーは険しい表情で、何かを思いつめていた。

「もしかしたら、そうはならないかもしれない。もし僕の推測が合っていれば、の話だが」


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