錆びし天穹、灰の坤儀 最終節
足音だけが反響する暗道で、ヴァラム、バルー、アース、そしてユイスナの四人が歩いていた。先ほどまでは、バルーの生い立ち、ヴァラムの両親の失踪、ユイスナとアース、そしてシヴィの馴れ初めなどで盛り上がってはいたが、とうとう話題もつき、四人はただひたすらに歩いていた。
沈黙を最初に破ったのは、先を歩いていたアースであった。
「ついたよ。ここが目的地だ」
これまでは、ひたすらに真っ直ぐ伸びていた道であったが、アースの指さす先には、初めての曲がり角があった。
「この角に、扉があるんだよ」
アースが向かう先には確かに重厚な鋼の扉があった。しかしアースはそれを軽々と開いてしまう。
すると、突然、突風が扉の隙間から入り込む。
「気を付け給え、気流制御は、階層の真下には機能していないからね」
そう言ってアースは、扉の外に出て行った。
その後ろをユイスナもついていく。ヴァラムとバルーも、意を決し、二人に続いていった。
外に出ると、目も開けないほどの強風が吹き荒れる。二人は腕で風から目を守るように覆い、必死に目を開こうとする。するとその僅かな視界からは、剣山のように、背の高い摩天楼が、空を遮る鋼の天井を突き刺さんと聳え立っていた。
「これは驚いた」
思わずバルーでさえそう呟いてしまうほどの、圧巻の景色であった。最上階層とは違い、壮麗さこそ欠けていたものの、密林のように立ち並ぶ高層建築は、非日常的でさえあった。
「そういえば来るときは護送車であんまり外の景色が見えてなかったね。ここが第二階層、主に中産階級が暮らし、働く場所さ」
「けど、そう聞くと、やっぱ人の暮らしの差を可視化してるみたいで、なんかやだな」
そのヴァラムの言葉を聞いて、ユイスナは首をかしげる。
「どうして、ですか?」
そのあまりに純粋な疑問に、ヴァラムは逆にたじろいでしまう。
「あーはいはい、此処で喋るのは危ないよ。さっさと降りるよ」
まるでその流れを断ち切るかのようにアースが慌てて割って入る。
「けど降りると言ったって、どうやって。階段も梯子もないけど」
バルーの言う通り、見渡してもそこから降りるための設備はなく、そしてよく見ると、彼らの立つ場所は、四人が立つだけで、手狭にすら感じるほどの足場であり、更には腰までの高さくらいしかない、簡素な鉄柵で覆われている程度だった。
「ていうかそれなら、ここ、何のための場所なんだ?」
「ここも同じさ。階層板を調整、修理するための出入り口なんだ。ほら、上を見てごらん。命綱を付ける場所もあるだろう?」
「で、なら、猶更、どうやって降りるんだよ?」
更に問い詰めるヴァラムに、アースは不敵な笑みを見せた。
「うん?ほら、あそこの建物見てごらん。一番背が高いやつだよ」
アースの指さす方向には、その足場から少し離れた場所に、確かに周りよりも一際高い建物が見えた。
「あれ、がどうしたんだよ」
ヴァラムは少し悪い予感がしていた。一方でバルーとユイスナは何となく、アースが何をしたいのか予想がついた。
「実はね、私、あそこならぎりぎり飛べるんだよ。昔試したんだ」
「いやいやいや、一番高いって言ったって、それでもこっからでも五ピターくらいの高さあるじゃねえか!」
「私は<ズクマット>でタナーシャに二〇ピター以上吹き飛ばされたけど?」
更に不気味なほどに、ニコニコと笑いながら、アースはそう返した。
「私が平気なんだし、ユイスナ、バルー君も大丈夫だろ?ヴァラム君、君は誰に捕まって飛びたい?」
「いやいや急に言われても!」
「僕が運ぶよ」
慌てふためくヴァラムをよそに、すぐさまそう答えたのはバルーだった。
「おやおや、お熱いことで」
「茶化すな。アンタたちより、僕の方が魔力があるってだけだ」
バルーは一度目を閉じて、再び目を開く。その赤い眼光はいっそう赤く光り、そしてそれに呼応するように、髪は炎のように滾り、そしてその色白の肌は、熱を帯びるように浅い褐色へと変わっていく。
「じゃあ、経験者ってことで。ついてきたまえ」
アースは、軽く空を飛んで、上の階層板についた、先程三人に見せた命綱を繋ぐための鉄棒を掴んで、そこから階層板を軽々と移動していく。そうして、目的地の高層建築の真上に到着すると、手を放して落ちていく。魔術による落下速度の制御、重力加速度の調整などを行いながら、彼女は見事、その建築の屋上へと辿り着いた。
ユイスナも、同じように階層板を移動していく。だがアースよりもやや乱暴な飛び方で、掴んだ鉄棒は彼女の指の形にひしゃげていた。最後に、アースのいる屋上の頭上へたどり着くが、すぐには飛び降りることができなかった。アースの巧みな術の編み方は、ユイスナでさえ完全に真似できるものではなく、従って、ここからは自分流の落下方法を考える必要があった。ユイスナは考えを纏め、意を決し行動に移した。
「鋼索生成」
ユイスナの魔術詠唱と共に、彼女が掴んでいた最上階層の鉄板から、片手で掴める程度の金属の綱がゆっくりと伸びていく。彼女はその階層板の金属を素材に、その綱を作ることにした。
だが見た目以上に、これはかなり高度な技術を要するものであった。当然の如く、階層板は、魔力による損壊や変形を防ぐために、表面は対魔術の加工が施されている。つまり、ユイスナは、莫大な魔力を費やし、無理やりその対魔力加工を貫通して、冶金魔術を行使している。二ピターほどの鉄索を作ることはできたが、それ以上の長さには、ユイスナでも伸ばすことはできなかった。残り約三ピター。単純な高さとしてはユイスナも耐えきれる高度ではあるが、しかしここから落ちると、そもそも高層建築の屋上床を突き破ってしまうのではないかという不安があった。
そのためユイスナは、第二の案を取ることにした。元々彼女は、この綱を最後まで伸ばせるとは思っていなかった。簡易な切断魔術で、自分を支える鋼索を、階層板から切り離すと、すぐさま自分が掴んでいる鉄の綱を、更に冶金魔術で変形、ひたすらに薄く広く伸ばして、落下傘状に変形させる。しかし厳密に計算して作ったわけでもなく、せいぜい落下速度を僅かに落とす程度でしかなかった。とはいえ、その程度の効果でも、屋上を壊さずに着地はできた。
「あんまり目立つなよ」
「心配するな。中階層の人間は見えぬ空は見上げぬよ」
アースの批判に、ユイスナは軽やかに返事している最中、バルーはヴァラムの手を掴みながら、どうやって二人がいる屋上まで行くかで頭を悩ませていた。ヴァラムを背中に抱えつつ、先の二人の通った道を行くことはできる。だが、最後に飛び降りることは、いくつかの問題がある。恐らく自分の身体は、落下に耐えられる。が、その衝撃で建築物を大きく損壊させることになり、結果ヴァラムも無事では済まないだろう。
「バルー、大丈夫か?もし難しければ、今から遠隔で飛空艇を操作して持ってこようか?」
「いや……それは流石に目立ちすぎるだろう。改めて聞くが、機械翼は遠隔でこっちに持ってくることはできないんだよな?」
「すまん。そういう機能はまだ付けてない。いつかは試してみたいんだけどさ」
バルーはそれを聞き、決意を固めた。どっちにせよ、この場は自分にかかっている。彼はとうとうヴァラムの命を預かる覚悟を決めた。
「もしかしたら、ヴァラム、お前を傷つけるかも」
不安そうに、声を震わせながらバルーは呟いた。俯いた彼の頭を、ヴァラムはその頬に両手を添えて、自分と視線を合わせさせた。しかしそんな中も、彼の目は泳いでいた。
「俺は、お前を信じてるよ」
そう言いながら、彼は、バルーの緊張で冷え切った手を取って、ぎゅっと固く握りしめた。
短い一言、ではあるが、それはバルーを勇気づけるには十分な意味を持っていた。
「ありがとう。ちょっと楽になった」
「へへ、礼を言うのは俺の方だろ?運んでもらうんだからさ」
そう言われた後、バルーはヴァラムの背に手を回して、お互いの鼓動が聞こえるほどに強く抱きしめた。その後、自分でも大胆な行動に気恥ずかしくなってきて、バルーはすぐさまヴァラムから離れる。ヴァラムも唐突なことに、きょとんとした表情を見せていた。
「ごめん、なんだか嬉しくなって」
「いや……いいんだけど……」
ヴァラムはまじまじと、髪の毛や瞳と同じくらい真っ赤に頬が染まった、バルーの顔を見つめていた。それは何かを確かめるような視線であった。
実のところ、ヴァラムはバルーの行動に驚いたわけではない。抱きしめられた瞬間、その感覚に違和感を覚えたのだ。だが、一瞬の出来事であったので、ヴァラムもそれを口に出せないまま、ただじっとバルーを見つめ続けた。流石にバルーもその熱心なヴァラムの視線に気づく。
「ごめん、ヴァラム。あんまり今の僕の身体を見ないでくれ。その、わかるだろ?」
ぐっと、今度は自分の身体を抱きしめるバルー。しかしそれは、まるで自分の身体を隠すような仕草であった。
「す、すまん。ちょっとびっくりしちゃってさ」
ヴァラムはすぐさま自分の行動の意味に気づいて、取り繕うような言葉を言いながら視線を外した。
「いや、それならいいんだ……。ヴァラム、じゃあ、行くよ?」
「ああ、任せた。それで、どうやって……っておい?」
バルーは、ヴァラムの身体を軽々と抱え上げる。しかし赤子を抱くような、その抱え方では、両腕が使えない。ヴァラムは、これでどうやって運ぶのかが、全く見当がつかなかった。
「少しだけ、衝撃があるかもしれないけど、絶対に、ヴァラム、君のことは守るから」
「それはわかっているけど、これじゃ……」
ヴァラムの返答も聞かないまま、バルーはその狭い空間で、出来る限りの助走をつけると、何とそのまま、力いっぱい飛び出した。飛びたった鉄床が、奇妙な形にひしゃげていることからも、彼の脚力の強さが伺えた。
しかし、高層ビルと、先ほどまでいた場所は、高低差以上に距離が離れていた。しかも放物線を描かず、まるで弾丸のように真っ直ぐ跳躍するのだから、なおのことである。いかに彼の脚力が強いといっても、半分ほどの距離で、すでに失速し、落下しつつあった。
ビルの屋上から眺めていた、ユイスナとアースは、彼が力量を見誤り、失敗してしまったと思った時、驚くことが起きた。一度落ちたはずのバルーたちが、中空で再び跳ねあがったのだ。それは目の錯覚ではなかった。その後も彼は失速する度に、まるで空を走っているかのように、飛び上がっていたのだ。
「一体、何が……彼は神の術でも使っているのですか?」
「いや……よく見ろユイスナ。彼の足を見ろ」
アースに言われ、バルーの足元に注目するユイスナ。すると彼女はすぐさま、奇妙な光が何度も強くバルーの足裏から放たれていることに気づいた。
「まさか、炎を噴射させて、推力を得ているのですか?」
「はは、物理法則ぎりぎりといったところだな。竜因の力、魔に属しながら、神の術にすら匹敵するとは聞いたことがあるが、まさかあれほどとは。いやはや物事を己の意志一つで叶えてしまう、神術師同様、竜の力の使い手も、巫と言われる時代があったことを納得させられるね」
ユイスナとアースが、目の前に起きていることを、にわかには信じられない様子で見つめていると、バルーは最後に、一層赤い髪を炎のように燃え上がらせると、今までで一番の跳躍を見せ、無事屋上に辿り着いた。
「ぜぇ、ぜぇ、ヴァラム、無事か?」
肩で息をしながら、抱えているヴァラムの安否を心配するバルー。しかし最も間近で、バルーの飛翔を経験したヴァラムは、目を輝かせて、彼のことを見ていた。
「お前、そんな凄いことできたのか!?空、空飛んだよな今!?」
興奮するヴァラムを見て、圧倒されつつも、ヴァラムが無事なことを理解し、バルーは安堵した。
「ふーん。本当に竜の力、って凄いんだねぇ。そんなのが何人かいるなんて、<紅玉星>は恐ろしい星だ」
そのアースの言葉に、バルーは自分が未だ女の体のままなことに気づいて、すぐさま竜の力を解除した。
「……もしかしたら気を悪くするかもしれませんが……。バルー……貴方は両性、というわけではないのですよね?」
バルーがヴァラムを降ろすと、やや同情した様子で、ユイスナがそうバルーに話しかける。
「違うよ。僕は男だ。無性でもない」
それを聞いて、ますます憐憫を彼女は露にする。しかしバルーは、そのユイスナの表情を見て、思わず眉を顰める。
「僕のことを理解しようとするのは歓迎するが、哀れなもののように見るのだけはやめてくれ」
ばつが悪そうに伏し目がちになるユイスナとバルーを見て、ヴァラムとアースがお互いの顔を互いに見合わせる。
「今はとりあえず、こっから離れよう。もしかしたらさっきの跳躍、結構目立ったかもしれないし、な?」
停滞した場の空気を動かすかのように、ヴァラムが二人を促す。
それで気持ちが切り替わることはなかったが、二人も自分の感情以上に優先させるべきことが今はあることを思いだした。
「それでアース、僕たちはここからどうするんだ?」
「ん?ああ、ここで一応落ち合うことになっているんだが、まだ来てないよう……」
そうアースが言いかけた時、屋上の扉が勢いよく開く。ヴァラムとバルーは、突然の来訪者に身構える。
「やぁ。そっちは上手くいったようだね」
そこに立っていたのは、先の記者会見で、アースに向けて鋭い質問を投げていた、深く帽子を被った記者であった。
「ああ、少しだけもたついたが、何とか説得できたよ」
その人物が帽子を取ると、その顔は見覚えのあるものだった。
「シヴィ、あんた、そういえばどこ行ってたんだよ?」
現れたシヴィに、ヴァラムはそう問いかけた。
「あれ、アースに聞いてない?」
誤魔化すように、わざとらしく笑い声を出すアースに、シヴィは眉間に皺を寄せる。
「ユイスナ、君も話してないのか?」
「い、いえ。私はてっきりシヴィが別行動を取っていることを、既に話しているのかと……」
そのやりとりを聞いて、ヴァラムは不満を露にする。
「おい、隠し事は無しだろ」
「いや、別に隠していたわけではないんだよ。ちゃんと説明するさ。ほら、シヴィ、案内してくれ、その道中で説明するからさ?」
やれやれと嘆息をつきながら、シヴィは再び扉をくぐる。アースとユイスナもシヴィに続いて屋内へと入っていく。ヴァラムとバルーは未だ納得はいってなかったが、渋々その三人の後ろをついていった。
屋内に入ると、すぐに下へと続く階段が現れる。手狭な階段で、五人程度でも少し窮屈に感じる。また外観以上に、塗装が一部剥げているなど、内装はかなり古めかしかった。
「それで、シヴィはこの間、何してたんだ?」
「実はね、会見場でシヴィには『勇ましい告発者』になってもらっていた」
「告発者?なんのことだ?」
階段を、一階層分降りて、踊り場が見えると、突然脇から数名の人物が姿を現した。
「シヴィ、そして、そこにいる二人は聖騎士隊隊長、そして、君たちがヴァラムとバルーだな?」
その集団の先頭に立つ、全身に黒い服を纏った男が、一歩前に出て彼らに話しかける。
「あなたたちは一体何者ですか?」
「……、俺たちはまだ、お前たちを完全に信用しているわけではない」
そう言って、黒服の男は、バルーの質問に答えないまま、踵を返してしまった。
「ついてくるがいい。くれぐれも妙な真似はするなよ」
冷ややかな態度は、その男だけではなく、他の者たちからも感じ取れた。
「えっと、この人達は、味方なのか?」
「うーん、潜在的味方、って言った方が良いかな?」
ヴァラムがアースに耳打ちで話しかけるが、彼女はまたもはぐらかすような物言いをし、ヴァラムを困惑させる。
「彼らは、反政府組織、私が会見で派手にやらかしたのは、彼らに接触するためだったんだが、まぁ私の素性を知るや否や、やはり警戒されてしまったよ。囮捜査だとまだ疑われているらしい」
シヴィがアースの代わりにヴァラムの問いに答えた。
「反政府組織、という言い方はよしてもらおう。私たちは真実を求めているだけ」
途中で彼らの会話に割り込んだのは、先程の黒服の大柄な男の真後ろを歩いていた、痩身の人物であった。
「正義の僕、そう名乗っていましたね、貴方達は」
「聖騎士隊の頂点であるアース、それに四番隊隊長のユイスナ、まさか我らの最大の障壁である、お前たちが私達の協力を求めるなんてな」
「別に、好き好んで貴方達に助力を仰いだわけではありません。今我々は政治的な諍い以上の危機にある、それだけのことです」
険悪な空気が、ユイスナと、その『正義の僕』の間に流れる。
「なぁ、あんたたちのこと、少し教えてくれないか?」
ヴァラムが、まるでその二人を取りなすかのように、その『正義の僕』に話しかけた。
「ヴァラムくん、だね?そしてそっちがバルーくん」
「あんたも俺たちの名前、知っているのか?」
「当然さ。君たちは有名人だからね。ああ、ちなみに私はアスフュナ、可愛いアスフュナだよ!よろしくね!」
そう言いながら、アスフュナはお茶目な表情を見せながら、ヴァラムとバルーに手を伸ばした。ヴァラムは困惑しながら、握手に応じるが、バルーは少しだけ躊躇っていた。
「ん?君はバルー……だよね?」
「そうだが、すまない。僕も貴方達のことを信頼しきれない」
「そっか。じゃあちゃんと、先に私たちのことを説明しようかね。良いよね?」
アスフュナがそう言って問いかけたのは、正義の僕の先頭を歩く、あの黒づくめの男である。男は質問に対し、答えなかったが、拒否もされなかったとして、アスフュナはヴァラムとバルーの方へと向き直る。
「こっちの蛇みたいな目つきはヒスフム、こう見えて私とヒスフムは『正義の僕』じゃ結構な古参なんだ。私達『正義の僕』は、言うなれば、<ユヴァート>の悪政を糾弾する組織さ。組織と言っても、そんなに数は多くないけどね」
「悪政とは失礼な、思想の違いでしょう?」
「いやいや、星の破壊者を首座に擁する政治機関と我々の確執を、思想の違いで片付けられると困るがね?」
コロコロと笑うアスフュナに、ユイスナは苛立ちを隠せない。
「まぁ、それが分かったのも、君たちのおかげみたいだけど。そう言えばもう一人、タナーシャっていう神術使いがいたみたいだが、その様子だと彼女は捕まっちゃったみたいだね。君たちは彼女を取り返す算段、もう立てているのかい?」
「いや、それはまだ。とりあえずその手掛かりを探しに、物見の塔に向かうつもりなんだ」
「物見の塔……?何をしに行くんで?」
ヴァラムがバルーに視線で、この先も話していいのかという、合図を送る。バルーもその意図に気づき、首肯した。
「もしかしたらシヴィから全部聞いたのかもしれないけど、アムゥは魔人なんだが、アイツの持っている魔力の鎧はかなり手ごわいんだ。けど、それと同じ力の籠ったものが、その物見の塔にあるかもしれないんだ」
「へぇ、うん?待って、物見の塔って誓約者の集まりだろ?彼らは外界との接触を絶ったはずでは?」
「それを可能にしつつ、自分たちの力に利用できるようにもできるのが、そのアムゥの魔力の鎧なんだ」
それを聞いて、先ほどまで調子のいいアスフュナの表情がみるみる陰っていく。
「まさか、誓約者の誓約を踏み倒し、そのまま支配することさえできるってことか?それ、随分恐ろしい力じゃないか?」
「その通りだが、僕たちには彼の力に対抗する術がある。そしてそれを確認するために、物見の塔へ行くんだ」
それを聞いて、アスフュナは一度、何故かシヴィの方を目にした後、再びヴァラムたちの方へ振り返る。
「あー、君、竜因って本当かい?シヴィから聞いたが、とても信じられなくてね?」
その質問に、ヴァラムとバルーは二人とも表情が固まってしまう。当然、シヴィが自分たちのことについても、『正義の僕』に共有していることは想像できていたが、それでも、バルーにとって最も敏感な秘密であるのは変わらない。
「あ、ああ。僕は確かに竜因の力を持っている。だけど、申し訳ないがそれを今この場で証明することはできない」
動悸が強いのだろう、バルーは胸を抑えながら、そう答えた。
「えー、どうして?隠す理由でもあるの?」
しかしアスフュナは、そんな彼の様子の変化にも気付かず、同じ調子で質問を続ける。
「おい、できないって言ってるだろ、あんまりしつこく付きまとうなよ」
ヴァラムが彼を庇うように割り込む。
「力と正体を隠してるのは、俺たちも同じだろ、アスフュナ」
ヴァラムに強く迫られ、そして同僚のヒスフムに諫められたことで、アスフュナは渋々折れる。その様子を、少し離れたところで、アースが眺めていた。
「やれやれ、あの二人、いや、ヴァラム君は……」
声に出したか出していないか程度の、僅かな声量で、アースがそう呟くと、すぐ近くを歩いていた『正義の僕』の一員が、それに気づいた。
「おい、あまり変な真似はするなよ」
「はいはい、独り言くらい自由にさせてくれないもんかね?」
その後も、険悪な雰囲気は漂いながら、一行は高層建築を、地上階まで階段で降りて行った。
奇妙なことに、その建築は、一際周りよりも高かったにも関わらず、人気は殆どなかった。加えてその僅かな人達すら、『正義の僕』の姿を見るなり、軽く会釈をするように目配せをする程度で、まるで「そこに誰もいない」かのように書類仕事などを続けていた。
「ここ、何のための建物だったんだ?」
ヴァラムが率直な疑問を、一行に投げかける。
「どうやら、アースは、本当に何も説明していないんだな。お前ら、俺たち『正義の僕』の逃走経路を使ってここまで来たんだろ?」
「おい、アース」
「ははは、あの厠の穴が、あの整備路に繋がっているのを見つけたのは本当に私なんだよ?けど、前からあの整備路が、その複雑さから『密偵』の逃走に使われていることは気づいていてね。だから一度、私が、密偵の後をつけたことがあったんだ」
ははは、とまた笑って誤魔化そうとするアースに、『正義の僕』たちが不服そうな表情を見せる。
「シヴィ、お前のことは、少しは信じようという気にはなった。だがもう限界だ。この畜生、アースが我々と共に行動するなど。そこのヴァラムとバルーにさえ、まだ秘密を隠しているという。お前がアムゥと繋がっていないと、どうして納得できる?」
ヒスフムが、今までの仏頂面をやめ、感情を露にしてアムゥに迫る。
「わかった、私が隠していることを言えば、納得するのかい?」
口元は笑んだままであるが、その蒼い目は威圧的な魔力が込められており、煌々と輝いていた。
「アース、お前」
「妄想に囚われ、他国の巫に実験と称して非人道的な行為を繰り返す、宰相アムゥを告発、逮捕する。その功績をもって、私は、アムゥ様に成り代わって、この国の政治的な頂点を掌握するつもりだよ。当然、『正義の僕』、お前たちが考えるような革命は達成されない。この国は、今と変わらない。これほど上流階級に都合のいい世界もない。下層市民は、皆、喜んで搾取される。中産階級どもは、そんな下層どもを見て、自分は上だと満足し、叶わぬ夢を追い続ける。素晴らしい社会じゃないか」
堂々としたアースの物言いに、更に怒りが滾っていくヒスフム。一触即発の状況に、皆が緊張をする中、突如、その場に、カタカタと車輪が地面を走る音が聞こえてくる。
「そこまでですよ、ヒスフム」
その声の方を見ると、そこには簡素な車椅子に乗った、若い女性の姿があった。




