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真星界エト・ルムン -三界の世子-  作者: ネコ一世
錆びし天穹、灰の坤儀
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錆びし天穹、灰の坤儀 第四節

 アースの下世話な話に呆れた一同だったが、アースは再び暗い厠の中で、探し物を始めた。

「それで、アース、お前は何をここで探しているんだ?」

 個室の扉を一つ一つ開けるアースだったが、それが何を探しているのか、ヴァラムたちには一切つかめなかった。

「いやね、実はこの個室のどれかが……、ああーこれだこれだ」

 アースが選んだ個室は、しかし他のものと大した違いは見受けられなかった。

「実はね、前にここで……あれをしていた時にね?ちょっと力加減を誤ってね。床に大きな穴を開けちゃったんだ」

「穴?何も見当たりませんが」

 アースの開けた個室は、天井にも壁にも、床にさえ、穴どころか、目立った傷跡さえなかった。

「いや、そりゃ、私が簡単な魔術で修復したんだよ。ほら、此処、ちょっと不細工に治したから、床の化粧板が一つだけ不規則な並びになっているだろう?」

 彼女の言う通り、正方形の簡素な化粧板に覆われた床だったが、一部、長方形になったり、歪んだ図形になっていたりした。

「で、その時、偶然見つけたんだが」

 アースはその地面に向かって、軽く拳を当てる。すると、床板は再びガラガラと音を立てて崩れた。

「ほら、覗いてごらん?」

 厠の下の空間、ということもあり、一同はその先に、薄汚れた何かが待ち受けているのではないかと想像してしまい、アースに誘われても、中を覗く気にはなれなかった。そんなしかめ面の三人を見て、アースも少し眉をひそめる。

「全く、何を想像しているんだね!汚物は全部下水管を通っている!今あけた穴は、その下水管が通る空間だよ!」

 アースがその空間に、指先に灯した光の魔術で照らすと、確かに彼女の言う通り、その先にあったのは、水道管などが数本見えるだけの、やや埃っぽい空間だった。

「わかったよ。まだ疑うなら、お先に失礼」

 そう言ってアースは、その自分が開けた床穴に飛び込んだ。彼女の指先の灯りはどんどん小さくなり、やがて、僅かな光点が見えるだけになった。

「ほらー、ついてきなさーい」

 床下から届くアースの声は、凄まじく反響して、三人の耳に届いた。三人もまた、意を決し、ヴァラム、バルー、ユイスナの順に、その穴へと落ちていく。

 三人はアースの指先の光を頼りに辺りを見渡す。だが、壁は見当たらず、更に見上げると、自分たちがくぐってきた床穴も随分小さくなっていたことから、此処が思った以上に広い空間であると認識できた。

「どうして厠の下にこんな空間が?水道管を通すだけなら、こんなだだっ広い部屋、必要ないだろう?」

 ユイスナの問いに、アースは体の埃を払いながら答える。

「ああ、私も偶然見つけて、後で調べてみたんだ。色んな資料、設計図に当たってね。知っての通り、此処議事堂は、<ユピトゥ>の最上階層の中心に立つ。つまりここは、厳密には階層を区切る大天井の中なんだよ」

 アースがそう説明する中、ヴァラムは、自分が使い捨ての蛍光灯を持っていることを思い出し、それを使って辺りを照らした。

「おや、ヴァラムくん、さっきの機械といい、良いもの持っているね、君は」

「それで、大天井内にどうしてこんな広い空間が?」

 ユイスナは、アースに続きの説明を促した。

「ま、説明は歩きながらしようじゃないか」

 そう言って、アースは暗闇の中を突き進んでいった。三人も、不審な表情を隠せないまま、彼女の後を渋々ついていった。

「実はここ、元々大天井を建設するために、そして定期的に保全するために作られた資材搬入路なんだよ。普通は、この大天井の設計と照らし合わせて、きちんと問題ないように建てる。大天井はそうした下水や電気、魔力路を完全に計算して配備してあるからね。だが、どうやら、さっきのあの厠の合った区画は、議事堂の南西角に当たるんだが、あの厠の奥から二つの個室が、ちょうどこの整備路に重なっているんだよ」

「いやいや、何でそんなことに?普通、そういうのって事前に調べるもんじゃないのかよ」

 ヴァラムは、アースのその説明に、思わず技術者として口を出してしまう。

「ん、まぁ。普通はね。あの議事堂は、この最上階層と中階層を仕切る大天井が建設された後、最初に建てられたんだが、どうやら大天井で<ユピトゥ>が三つの階層に分かれる前、元々地上にあった議事堂の設計図を流用したみたいなんだ。当時の設計者の説明とかを読むと、さっきの区画を削る案もあったみたいだが、造形美が悪いとか何とかで、計算の結果、多少整備路の上に重なるのは問題ないだろう、ということで、今の形となったらしい。まぁ結果として、あんな感じで下水管剥き出しの厠になってしまったわけなんだが」

「ふーん。何か、いい加減だな」

 ヴァラムはどうにも納得がいかない様子ではあったが、ひとまずこの場はこれ以上追求しないことにした。そんなヴァラムを見て、先導していたアースは、少し歩を緩めて、同じく光源を持つために、他の二人よりも少し前を歩いていた彼の傍に寄っていった。ヴァラムは突然彼女が馴れ馴れしく距離を詰めてきたことが、あまりに不気味に感じた。

「いやいや、そう身構えなくても。まだここから目的地まで時間はある。少しお話しようじゃないか?」

 ヴァラムの警戒心を見抜いてか、アースは柔らかな物腰で話を続けるが、それが一層不気味な雰囲気を増していた。

「それで、何の用だよ、アース」

「いやさ、君、さっき使っていたの、魔力吸収の装置だろ?あれは君が作ったのかい?」

 アースは懲りずに子供をあやすような口調を続けていた。

「俺は小型化、携帯できるようにしただけ。元々は親父が作っていたものだよ」

「へぇー、感心だね。君の父上はさぞ優れた技術者だったのだろう。まだ魔力吸収の装置は、人が持ち運べるような、小型も軽量化もされてない。いや、ひょっとすると、<紅玉星>では既に発明されているかな?何分もう彼らの星とは長らく交流が無いからね。まぁどちらにせよ、君の父上が、最高峰の魔導工学を修めた秀才であったのは間違いない」

 アースの口ぶりには、未だ軽口のようなものが含まれてはいたものの、その称賛に嘘は無いように思えた。

「まぁ、それくらいの技術者でないと、星の外に出る船なんて作れないだろ」

「だが気になるのは、その技術、今まで披露してこなかったのはどうしてだい?例えば、今までだって私の魔剣を利用して、消費の激しいあの飛行機械の燃料の補助はできただろう?」

「……まぁ、恥ずかしい話だが、この装置は最近飛空艇の中で見つけたんだよ」

「見つけた?どういうことだい?」

 ヴァラムは少しだけ、この先を話すか悩んだ。自分の浅学を披露することでもあったが、それ以上に、父の秘密を軽々しく、この聖騎士の隊長に明らかにするのは憚られた。

 とはいえ、父の意思は、自分が宇宙へと行くことではなく、人々が自らの力で星海を航海すること。であれば、技術の流出を恐れて、秘匿することはどうにも、自分の中の「何か」を捻じ曲げているように思えた。

「親父の飛空艇は、未完成でも何でもなかったんだ。俺は、何度もあの飛空艇を弄って、親父の飛空艇の欠点を見つけようとしていたが、それは表層だけしか見ず、本質を見落とすことだった。大事なのはあの船じゃなかった。あの船はそもそも、大気圏外に出るためだけの装置でしかなかった。だから大型の推進器に対して、最小限の燃料装置しか備わっていなかった」

 彼の説明は、魔力吸収の装置の存在とは無関係であるように思えたが、アースはひとまず黙って彼の言葉に耳を傾けた。

「それに気づいたのは、いや気づけたのは、奇遇にもこの旅の中で、俺が戦うために、あの飛空艇に最低限必要な部品を残しつつ、色んな装置を拝借するようになったからだった。飛行装置の推進器、重力制御装置、魔力障壁とかがその代表なんだ。そしてこれらの共通点が、どれも大気圏外でしか使わない、ということだった。小型の推進器は、あの規模の飛空艇を、大気圏内では飛ばす事に役立たんけど、大気圏外では安定し、それでいて燃費の良い飛行を可能にするもの。重力制御は、宇宙空間で船内の環境を保全するため、そして障壁は、最初は大気圏外の突破と、宇宙の飛来物を防ぐためだと思っていたけど、改めて親父が試算した、『大気圏突破時の熱量』と、飛空艇の強度を照らし合わせると、飛空艇の装甲だけで事足りることだと気づいた」

「ふむ、少し話が見えてきた。そうなると、あの飛空艇は、言い換えれば二重の構造なのだな。大気圏外に突破するためのものと、大気圏外を航行するためのものに完全に別れていたと」

「その通り。なら、当然、『大気圏外用』の燃料装置があるはずだと思った。それで見つけたのがこの吸収装置だったってわけだ」

「うん?しかし君は、何故それを今まで見つけられなかったんだい?」

 今度はアースが、先程のお返しとばかりに、ヴァラムの説明における気がかりな点を追求する。

「はは、恥ずかしい話だけど、その装置自体はあることは知っていたんだ。けどそれが本当な何なのかを気づいていなかった。俺は、ずっとこれを、魔力燃料を貯蓄するためだけの容器と思ってたんだよ。言い訳みたいだけどさ、宇宙は何もない場所だから、魔力を吸収する装置が備わっているという発想がなかったんだよ。だけど、この前、バルーが魔力の瘴気を吸収していたのを見て、魔力瘴気は大気魔力や、生体魔力とは違って、人間が再利用可能なものだと気づいた。つまり親父は、宇宙にある瘴気の場所を、魔力補給地にして、この飛空艇を別の星まで飛ばすつもりだったんだ」

「ふむ。なるほどね。しかし魔力瘴気を再利用することが可能だったとはね。私の知る限り、瘴気は自然に霧散するのを待つしか、対処法は存在しないものと思っていたが」

「それに関しては俺も同じだよ。まだこの魔力吸収装置、使い方はわかるが原理がわからん。だけどバルーの力に似ているということだけは何となくわかる。元々この装置の可能性を見出せたのも、バルーがその力で魔力瘴気を喰らってるのを見た時だしな」

 それを聞いて、アースが目を見開く。ヴァラムも、自分が思わず勢い余ってバルーの力まで話してしまったことに気づいた。

「いや、そうか。先ほどバルー君が、タナーシャが君たちを助けたのには理由があったと言っていたが、合点がいったよ。君たちの力、今のアムゥ様には天敵も良い所だ」

「そう、僕とヴァラムは、アムゥの魔力の鎧を弱体、あるいは無効化する技術と力がある。だからタナーシャは僕たちを逃がしたんだ」

自分の名前が聞こえてきたので、後ろから静かについてきたバルーも、二人の会話に参加する。

「なるほどなぁ。だけどそうなるとアムゥのあの力は生体魔力とかではなく、固形とか液体魔力に近い性質なのか?」

「今結論を下すのは早いだろう。だが、アース、貴方は自ら体験してみて、どう感じた?」

 バルーにそう尋ねられ、アースは記憶と経験を手繰り寄せるように、顔を軽く伏せる。数秒後、再びアースは口を開いた。

「あの時の私は、自分の存在を奥に押し込まれていたから、これが正しい感覚だったのか、と言えるかは怪しいが」

 と前置きした後、こう続けた。

「魔剣だな。魔剣を振るっている時の、あの感覚とよく似ていたと思う」

「なるほど、もしあの力が魔剣と近い性質を有しているなら、色々と説明がいくこともあります。何故あの力で兵隊を増やさないのか?魔剣と同じで、元からそれなりの力を有していなければ、そして恐らくそれはアースに匹敵するほどの存在であることが条件。もしそうなら、十年に一人、増やせるか増やせないかといったところでしょう」

 ここまで静かに皆の会話を聞いていたユイスナも、三人に追いつくように歩を早め、そして会話に参加する。

「うん、アムゥ様も、全員国内外から連れてきた手練れだと言っていたしね。実際、あの結界を張った時、七番隊の中身の人間が出てきたけど、何人か見たことがあった。暗くて全員の顔まで把握できなかったけど」

「私も同感です。すぐに戦闘に入って、私も殆ど七番隊の素性は確認できませんでしたが、かなり有名な兵士もいたようでした。恐らく七番隊の殆どが、元々かなりの強者だと思います。なら、今<ユピトゥ>にいる兵隊で、その要件を満たすものは、一人、二人といったところでしょう」

「そういえば、ヴァラム君が魔力の吸収装置を起動させて、小さな穴を開けた時、タナーシャも力を取り戻していたね?なら封神の力も、あの魔力の鎧に込められた術式の一つなんだろうか?」

 記憶を、先の宰相執務室での戦いに遡らせていると、アースはヴァラムの打って出た一手で、タナーシャとアムゥの形成が逆転していたことを思い出した。

「可能性は高いと思う。僕も神気を感じられるわけではないけど、あの床に穿たれた小さな穴程度で、タナーシャとアムゥの趨勢が完全に反転していた以上、封神の力が、あの魔の泥に強く依存しているのは間違いないだろう。だがそれを確かめるには、実際にあの魔の鎧ともう一度対峙する必要があるな」

 バルーの答えを聞いて、ヴァラムとユイスナは、あの強大な七番隊を相手に、悠長にその力の秘密を確かめるなど不可能だろうと諦めたような表情を見せる。だが唯一、アースだけが、何か思い当たる節があるかのようだった。

「いや、あの七番隊と戦う必要はないと思うよ。もし封神の力と、魔力の鎧が同じ性質なら、少なくともこの星には三か所、アムゥ様のあの魔力の泥が存在する。<神の門>二つと、そして物見の塔だ。今にして思えば、どちらも珍しく、アムゥ様が自ら立案した政策だった」

「なるほど、封神の力で<神の門>の機能を停止させ、そして強力な魔力の泥を用いて、物見の塔の誓約者たちを操っているというわけですね?」

 その通り、と頷くアース。

「もしそうなら、タナーシャ奪還の作戦の前に、物見の塔へと行くのは良いかもしれないな。仮説だけでは、どれだけ準備しても不安要素が残る」

「うん?<神の門>じゃダメなのか?」

「<神の門>は絶対開けちゃだめだよ。もしそんなことをすれば、終局神の声が、他の星にも届いてしまうからね。まぁ、失敗なんて絶対しないという気概なら、それもいいかもしれないね」

「よし、物見の塔だ。次に行くのは物見の塔だ!」

 焦った様子でヴァラムは前言を撤回する。

「それより、アース、出口まではあとどれくらいかかるんだ?」

 雑然とした雰囲気を払うかのように、バルーはアースに対して、改めて現状を再確認する。

「ん、まだまだ結構かかるよ、何せ都市一つ乗せた巨大な鉄板の中なんだ。どうせここを出れば、すぐ物見の塔に行くんだろ?それならこうして歩いている間に、物見の塔への行き方や気を付けるべきことを教えといてあげるよ」

 



 ヴァラムたちが、最上階層の中を歩いている時、タナーシャは意識を覚醒させた。

 暗闇。一寸先すら何も見えない、吸い込まれるような深淵の中に、彼女はいた。だが不思議と、光もないのに、自分の体自体は認識することができた。そのせいか、まるで、自分以外、何も存在しない、孤独の宇宙の中を彷徨っているかのようにも感じられた。

 だが、この現実にはあり得ない状況が、寝起きの彼女の思考を鮮明にさせた。いや厳密には、彼女は未だ「目を覚まして」はいない。彼女の意識が覚醒したのは、現実世界ではなく、夢境のような超常的な空間であった。

「ここは一体。まさかアムゥに囚われて、どこかへと連れてこられたか。それとも封神の力の影響か。現実の私の身体は一体どうなっているのか。いや、ひょっとするともう体はないのか?意識だけが離れてしまったのか?わからない、何もわからない」

 思考なのか、それとも口から出た言葉なのか判然としない。何故なら意識の世界の中で、思考は発話に等しいからである。

「いや、冷静になれ。アムゥが私の身体から意識を切り離す意味はない。確かに神気が宿るのは私の身体だが、言葉を紡ぐための『思考』が無ければ、神術は使えない。神器などもってのほかだ。なら、恐らく私は囚われているのだ。身体の力と自由を奪われ、拘束されているんだろう。それも、あの封神の力を宿す、魔泥によって。ならば、ここは恐らく私の意識世界……」

 しかし、現状を把握しかけて、彼女はその自分の答えに違和感を覚える。

「いや、待て、今まで瞑想で意識世界に飛んだことはあったが、こんな暗くて、身が強張るような世界があっただろうか。これはまさかアムゥの力の影響か?いや、違う。これは私の意識ではない。何かに浸食された、私の世界でもない。ここは、その何かの世界なんだ」

 それは何らかの論拠に基づいた推論ではなく、殆ど直感に近かった。

 だがそう意識すると、まるで答え合わせをするかのように、暗闇の世界に一条の光が灯る。タナーシャは歩く、泳ぐ、あるいは浮かぶ、何にせよその光に向かって移動をした。光は徐々に大きくなり、肌にさすような熱さと、不快さを感じるようになった。その感覚は、この光の先にあるものが、決して善良なものではないことをタナーシャに予感させた。

「だが、答えを求めるならば、ここをくぐるしかあるまい」

 彼女は意を決して、その光の中へと入り込んだ。だがその不穏な光は突如彼女に牙をむいた。光は突如、タナーシャの意識を吸い込む大穴となり、踏み込んだタナーシャはもはや後戻りもできない。潜れば潜るほど、タナーシャの意識は薄くなっていく。そして同時に、彼女の意識が何か別のモノへと入れ替わっていく。

 そして光の大穴を抜けると、そこにはもうタナーシャの意識は無かった。




 どこかの暗い茂み、青々と生い茂る、うっそうとした木々の天幕に遮られ、昼にも関わらず、その茂みには光が届かない。そしてそのような暗闇の中で、それは蠢いた。

(なんだ)

 それは目を覚ました。覚醒したばかりだからか、それの意識は、あまりに混沌としており、頭の中で、とりとめのない疑問が沸き上がっては、次の疑問に塗り替えられていく。

(これはどうなっている)

 ふつふつと泡のように、浮かんではすぐに消える疑問の渦の中で、それはようやく最も最優先すべき問題を発見した。そしてそれの頭はすぐに、その疑問に意識を集中させ、雑多に氾濫する思考は、跡形もなく消え去っていった。

(私を、定義する)

 まるでそれは、機械に命令を入力するようであった。それは、心中で自身の存在の本質を探ろうと試みた。だが、それを実行しようとすると、再び思考が騒々しいノイズに包まれていく。奇妙にも、自らの存在を問いただそうとすると、それの脳内では、数多の全く文脈の異なる記憶が蘇ってくる。ある風景は白と黒、まるで波のように光を捉える世界。ある記憶は、ひたすらに暗い世界。それが冷たい土の中であると気づくのは、それには難しかった。

 次々と全く異なる世界観が入り乱れ、それは一度、その模索を取りやめようとした。

 だが、

「ねえお母さん、こっちにも茸生えてるかなぁ!?」

 何者かが、大声で叫びながら、茂みをかき分け、こちらに向かってくることに、それは気づいた。自分のいる茂みの手前、辛うじて木漏れ日などが落ちる、少しばかり開けた空間に、その声の主はとうとう姿を現す。声の主は、茂みと同じくらいの背丈の、幼い子供。服にはいくつもの葉と枝を纏っていながらも、それを全く意に介さない所を見るに、溌剌とした子であることが伺えた。

 しかし、影の中から、注意深く彼女を観察しながらも、それは、自分の目の前にいる生命体について理解ができないでいた。先ほどまで自己を探っていたが、彼女の出現をきっかけに、今度はその目の前の生命の正体を探ろうとする。

 幸いにも、先程溢れるような記憶の奔流の中で、彼女によく似た生命体の姿を目にした。それは、まず、その類似した姿を無作為に収集していく。

「あれ、あんまり茸生えてないや」

 そんな影の存在にも気づかず、少女は木々の根のあたりを、落ち葉や枯れ枝をかき分けながら、茸を探していた。

「ちょっと、トゥフビ、あんまり茂みに行っちゃだめよ!獣や魔獣が出るかもしれないんだから!」

「大丈夫だってー!私、何度もこの辺り来てる……」

 母親が茂みの向こうから大声でその少女、名をトゥフビという娘に声をかける。しかしトゥフビは、そんな母の懸念を気にも留めず、茸探しを続行しようとする。だがその瞬間、彼女は茂みが揺れるのを目にした。母の忠言通りの状況になってしまったのではと、全身総毛立つが、少女は決して恐怖から声を上げたり、走り出したりはしなかった。彼女は母や父から、このような自然での猛獣や魔獣と遭遇したとき、どうするべきかの術を、耳にタコができるまで聞かされていた。そんな状況は滅多にこないだろうと、話半分で聞いていたものの、いざその状況下で、彼女は見事に、両親の指示を守っていた。

 静かに、それでいて決して走ってはいけない

 猛獣であれば、こちらに気づいていても、警戒して、突然襲ってくることはない。

 魔獣であれば、彼らは魔力だけを追いかける存在だから、生命力の強い自然の中では、その魔力の探知から逃れられやすい。

 だから静かに、その獣の方を見据えながら、ゆっくりと後ずさりをする。

 母親も突然娘が静かになったことに気づき、彼女の安否を確かめんと急ぎ足ながらも、それでいて枝葉さえ揺らさぬほど、静かに、しなやかに動いていた。

 しかし茂みの揺れは、どんどん大きくなる。明らかに、こちらに近づき、そしてそこから出ようとしていたことを、トゥフビは察していた。焦りと緊張が高まるも、その少女は決して恐怖に駆られることはなかった。

 しかし茂みは一段と大きく揺れ、とうとう獣が出てくることを彼女は覚悟した。突然飛び出して来れば、どうあれ走って逃げるしかない。だが、にじり寄ってくるようなら、今と同じように逃げることを続ける。だが判断が遅れれば、自分の命はない。木の葉の揺れる音だけがするその空間では、心臓の鼓動が一段と大きく、早く聞こえることが、余計に彼女に、命の危機を実感させていた。

 だが、そんな彼女の不安とは裏腹に、その茂みから出てきた存在に、彼女は目を丸くしてしまう。

「君……誰?」

 彼女の目の前にいたのは、彼女と同じくらいの背丈の少年であった。



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