瑠璃の継嗣 最終節
ヴァラムら一行が、<ユピトゥ>へと辿り着く前日、アムゥとの戦いが終わった直後へと時は遡る。未だに何が起きたかわからず、動揺を隠せない聖騎士隊をよそに、アースとユイスナ、シヴィの三人は、ヴァラム、タナーシャ、バルーと、今後のことを会議室で話していた。聖騎士隊の中には、今すぐにでも指名手配犯であるあの三人を捕らえるべきではないか、と考えている一方で、<ユヴァート>の三強とまで称される、アース、ユイスナ、シヴィが揃って、彼らと協調していたこと、そして何より先ほどのあの凄まじい強さを見せたタナーシャへの恐怖から、口を紡ぐしかなかった。
会議室の中には、六人以外にもう一人出席していた。それは三番隊の隊長であるバシランが、不服そうに皺を寄せながら、彼らの会話を黙って聞いていた。
「さて、それで、タナーシャ、君のその力について、そろそろ教えてくれないか?」
今後の作戦についてある程度語り終わった後、閑話休題としてアースが、タナーシャの力の正体について迫る。
「わかった。私は神居で見た記憶、そして私の血に纏わる歴史を皆に語ろう」
タナーシャはそう言うと、色んな作戦を練りあった痕跡である、乱雑な白板の文字を消して、そこにいくつかの情報を書き込んでいく。
「新星界暦五七二一年、文明崩壊以前の暦だが、それがどうかしたのか?」
ユイスナがタナーシャの書いた年数をまじまじと見つめるが、特にそれで思い当たることもなく、タナーシャに答えを尋ねる。
「これは、玄藍戦争と呼ばれる、<玄黄星>と<天藍星>の間で起きた、星間戦争の終結した年だ」
それを聞いて、一同は目を丸くして驚く。
「そんなの聞いたこともない。まぁ文明崩壊以前なら、史料が失われていてもおかしくはないが……、いったいどんな戦争だったんだ?」
シヴィもまた、タナーシャに問いを投げかける。
「戦争の真相については、私もわからない。私が見た記憶はあくまで、個人の経験の一部でしかなかった。だがどうやら<玄黄星>が、<天藍星>に侵攻を試みたらしい。あくまで、<天藍>側の人間の記憶では、だが」
「で、戦争の結果は?」
「残念だが、<天藍>の圧勝だったようだ。ただでさえ星界門を通じた侵攻、侵攻経路はわかりやすいし、それに<天藍>には七人の神器使いがいた。戦争はそれほど長引かなかったようだ」
そう語るタナーシャに、聖騎士隊の四人は、僅かに落胆を見せるが、アースとシヴィの表情には、どこかそんな中でも「そうだろうな」という諦観にも似た感情も含んでいた。
「だが、問題はここから。<天藍>の人々は、侵略の報復として、<玄黄>への攻撃を支持する世論が高まっていた。そしてその攻撃は、この年の末に始まろうとしていた」
タナーシャは先程書いた年数を指さす。
「だがそんな中、一人の神器使いが、報復戦争に反対して立ち向かった。それこそが……<ドゥスエンティ>の先祖であり、私が継承した神器、<ピューナ>の槍の使い手だった」
そう言いながら彼女は、首飾りを再び杖に変化させ、アムゥの化身を倒した姿になる。
「信じがたい話だ。それに、君の持つそれは、間違いなく神器なのだろうが、それは槍じゃなく、どっから見ても杖だ」
アースの指摘通り、彼女が持つそれには、どちらの先端にも鋭い穂先は付いておらず、やや長いことを除けば、確かにむしろ杖という方が適切なように思えた。
「ああ、これについては、私の力不足、という他ない」
「というと?」
「私は、この神器を使いこなすほどの実力も知識もないんだ。これまで<ドゥスエンティ>の王家は、この神器を呼び出すことすらできなかった。私が神器を召喚可能になったのも、神聖晶によって、従来の私を上回る神気を得たからこそだからな」
タナーシャは神器を再び首飾りに、そしていつもの彼女の姿へと戻る。
「しかし、アムゥの目的は、<オセネオス>の声をタナーシャに聞かせて、それを口にさせることなんだろう?お前が神器使い、ってのも、アムゥの狙いに含まれているのか?」
ヴァラムは、先の戦いで大きく破損した自分の飛行装置の状態を確かめながら、タナーシャに話しかける。
「いや、恐らく私が神器使いの末裔、というのは、彼の予測の一つではあったんだろうが、その正誤が彼の計画に与える影響は微々たるものだったと思う。どちらかと言えば、私が神器使いの末裔であるなら、彼の計画の成功率が高くなる、といった程度だろう。あるいは、その疑いがあったから、私含め<ドゥスエンティ>の巫を監禁し、<オセネオス>の声を聞かせようとしていたのかも」
神器を再び首飾りへと戻して、タナーシャ自身も元の姿へ戻る。その光景を目にしたユイスナは、先程から感じていた疑問を、タナーシャに投げかける。
「タナーシャ、と言いましたね。その、神器、ですか。私は詳しくないのですが、それを使えば姿を変わるのは、神器の特性、なのですか?」
「いや、これは神器の特性ではない。むしろ私自身が、神器を振るうに足りぬことの証左だ。先述の通り、私は本来神器使いに満たぬ存在。だから、逆説的な理論にはなるが、私が『神器を振るうに足る』存在へと、無理やり変化することで、神器を呼び出している。一時的な先祖返り、とでも言えばいいか」
姿を転じたり、元に戻ったりするタナーシャの姿を、アースは、バルーと重ねていた。
「姿が変わる、と言えばだ。バルー、君もこの星では滅多に見られぬ竜因の者、もしや、君も、この星ではなく、<紅玉>出身だったりするのかい?」
「お、おい!そういうのは、個人の秘密だろ!ずけずけと入り込んでいいもんじゃないだろ!」
アースの無神経な問いかけに、ヴァラムは慌てて彼女を制止する。
「いや、いいんだ、ヴァラム。アースの言う通り、僕は元々<紅玉星>の出身だよ」
そのバルーの言葉を聞くと、今まで沈黙を貫いてきたバシランが突然声を荒げる。
「もう我慢ならん!アース様、シヴィ様、ユイスナ様!貴方達は、あろうことか異星の者どもと結託し、我らが元首、アムゥ様が魔人だと謗っている!最初は少しくらい話を聞いてやろうと思ったが、もうこれ以上こやつらの聞くに堪えない妄言を真に受ける必要はない!」
激しい論調でバシランは、ヴァラムたちを責め立てる。しかし三人は、バシランの言葉を食傷気味な表情で黙って聞き流していた。そんな態度に気づいたのか、バシランの顔は火が付いたかのように赤くなるが、それを制止するようにアースが彼の目の前に立ちはだかった。
「いやいや、見上げた愛国者だ。君の今の姿、是非下々の聖騎士たちに手本として見せてやりたいよ」
アースの言葉は、明らかに冷やかすような口調であったが、熱に浮かされたバシランは、その言葉を文面通りに受け取ってしまい、思わず晴れやかな表情を見せる。それを見たアースは、仮にも聖騎士隊の隊長ともあろうものが見せた愚鈍ぶりに呆れて、眉間に皺を寄せる。
「やれやれ。なら、君もアムゥ様にこのことを報告してくるといい。私のような怪物になって、立派に国のために死ねるよ」
それを聞いて、バシランはようやく先の言葉の真意を理解し、それと同時に、自分に起こりうる末路を想像して、先程とはうって変わって、顔から血の気がみるみる引いていく。
「あ、ああ。いや、アース様、貴方の言うことも信じられない!きっと貴方はこやつらにアムゥ様について騙されているんだ。彼らは極めて高度な幻術を使う。そうだ、そうに違いない」
「あはは。つまり君は、タナーシャ君やバルー君が、”わざわざ”私を捕まえ、魔術か神術で化け物にした挙句、”わざわざ”自分たちの狙いであった神居の前に解き放って、”わざわざ”自分たちで戦っていた、と言いたいのかね?」
アースの指摘する通り、バシランの思い描く筋書きはあまりに荒唐無稽であった。しかしそのように言われてなお、彼は諦めていなかった。
「……そうだ、そもそもアース様、貴方は本当にアース様なのですか?」
「何を言い出すかと思えば。お前」
「そうだ、もし本当にアース様というなら、あの魔剣を呼び出してください」
ここにきて、アースは少しだけ狼狽える。彼女は先の<ズクマット>での戦いで、魔剣をバルーに砕かれており、もう呼び出すことができないためだ。その狼狽を流石のバシランも見抜き、アースの方へと得意げににじり寄る。
「おやぁ?魔剣を使えぬのですか?ならば貴方をアース様と信ずるに足る証拠はないということ!私は失礼する。このこと、アムゥ様へ迅速に報告せねばならんのでな!」
自己完結した論証もそこそこに、バシランは会議室を立ち去ろうとする。
「待て」
しかしそんな彼を後ろから呼び止める声が聞こえて、すぐさま立ち止まった。まるで心臓でも握られたかのように、身体は急激に青ざめ、汗がにじみ、呼吸が止まる。
彼を呼び止めたのはタナーシャだった。
「バシラン、と言ったな。協力は強制しない。私たちの言うことを信じなくてもいい。だが最後に一つだけ頼まれてくれ。君の配下の聖騎士隊に、今私がお前に伝えたことを、そのまま伝えてほしい。そしてそれを信じる、信じないは、彼らに委ねてほしいんだ」
タナーシャは単に、立ち去ろうとするバシランに、頼みごとをするためだけに呼び止めただけに過ぎなかったが、バシランは先程のタナーシャの戦いを目にしていたためか、その一言で死を覚悟したのだ。死の恐怖の中にあったせいか、彼は真摯なタナーシャの頼みさえ、脅迫に思えてしまい、上ずった叫び声を上げながら、足早に会議室から逃げ出していった。
「全く度し難い」
そんな醜態を目にして、シヴィが一言呟く。
「それが私達隊長を集めた理由ですか?」
ユイスナが、タナーシャに近づき、彼女の目を見ながら問いかける。
「ああ。私は先程も言った通り。この国を覆す、などと思ってはいない。だから、アムゥの正体、私の力、<ドゥスエンティ>の巫たちのこと、それら全て、お前たちに先に伝えたのは、これを他の隊員に、隊長格であるお前たちの口から告げて欲しいからだ」
「それは何故?貴方から皆に告げればよいでしょう。そうすれば手間も省けるし、確実でしょう」
「その通り。だが、多分それは皆に混乱を招きすぎる。そして何より、私は彼らに恐怖を与え過ぎた。今のバシランとのやりとりがその証左。私が言えば、彼らはきっと従ってしまう。それでは、アムゥの思想と何も変わらない」
タナーシャの説明に、ユイスナは納得いった様子で、後ろに引き下がる。
「君は変わったねぇ。単に真面目なだけだと思っていたが、色々成長したようだ。それに、『<オーシヴ>の飛空艇墜落事故の主犯を自分たちにして逮捕しろ』だなんて、ずる賢さも手にしている」
アースは悪戯っぽくタナーシャに微笑みかけると、その言葉の行間に含まれたものを察した。
「知らぬわけではないぞ。『<オーシヴ>の飛空艇墜落』が、『未登録の飛空艇によるもの』として報道されていたこと。聖騎士隊、あるいはお前が考えた糊塗なのだろう?アース」
あはは、バレたか、と笑って誤魔化そうとするアースをよそに、バルーがまた別のことを考えこんでいることに、隣にいたヴァラムが気づいた。
「おい、バルー、どうした?」
耳元でヴァラムがそう呟くと、まだ半分思慮の中にいるせいか、寝ぼけたような生返事をして、徐々に意識をヴァラムの方へと向けていく。
「すまない。実は、一つ気になっていて」
「もしかして、聖騎士隊の手を借りることに反対か?」
ヴァラムはその場にいた聖騎士隊三人に聞こえぬよう、更に声を潜めて耳打ちをする。
「いや、違うんだ。タナーシャは、アースを、アムゥの魔術から解き放っただろう?しかしアムゥの言葉を思い出すと、彼は少なくとも、アースが助かる術があるとは思っていなかったように見えた」
「そう……だったか?あんまり覚えてないけど……」
ヴァラムが記憶を手繰り寄せるように、こめかみを人差し指でコツコツと軽く叩き始める。
「もしそうなら、何百年、場合によっては千年を超える、生物の記憶を集積し、事実我々の知らぬ魔術を用いるアムゥにとってさえ、既知の範囲では解除不能な魔術を、タナーシャは解除したということ。つまり」
そこまでバルーが言うと、流石のヴァラムも彼の真意を察する。
「そうか。今のタナーシャなら、バルー、お前の母親がかけた魔術的な呪いも取り除くことができるかもしれない、のか?」
ヴァラムの言うことにバルーは頷き、二人は静かにタナーシャの方へ視線を移す。
「なぁそれなら、どうしてタナーシャにさっさと言わないんだ?」
「……」
そのヴァラムの問いかけに、バルーは答えを返さず、ただじっとタナーシャのことを見つめ続けていた。
その視線に気づいたのか、タナーシャが二人の方へと近寄ってくる。
「どうした?何か作戦に気にかかることでも?」
タナーシャの言葉に対して、二人は黙ってお互いに目を合わせる。
「いや、タナーシャ、お前、バルーの呪いを消せたりって……」
それを聞いて、タナーシャはすぐには答えようとはしなかった。少しだけ思い悩んだ後、タナーシャは二人の視線に耐えかねたように、口を開き始めた。
「私もそうしたいのが……一つバルーに伝えたいことがあるんだ」
「なら正直に言ってくれ。どんな事情があるにせよ、僕はタナーシャを恨んだりはしない」
そのバルーの言葉を聞いて、タナーシャは決意を固めた。
「実は、バルー、君には呪いはかかっていないんだ」
「は?」
タナーシャの奇妙な答えに、二人は思わず固まってしまう。ヴァラムとバルーが言葉をしばらく失っていたため、タナーシャの方からより詳しい事情を説明し始める。
「いや、厳密には呪いはあったんだろう。しかしその呪いは徐々に、強力な魔力の持ち主によって失われていった。そう、君自身が、いつの間にか母の呪いを解決していたんだ」
「ま、待て待て!どういうことだよ!」
突拍子もないタナーシャの言葉に、ヴァラムが思わず声を荒げる。
「私はその事情までは把握できていない。ただ君の身体を縛る呪いなどは、すでに無いということだけがわかる。しかしその答えは、バルー、君自身が知っているんじゃないか?」
バルーは答えない。彼はただ目を見開き、静かに考えを巡らせていた。
「バルー……」
ヴァラムの心配するような声に、ようやくバルーは口を開く。
「……わかった。少し考えてみる」
「じゃあ、バルー、何か思い当たる節があるのか?」
「僕にもまだわからない……けど、いや、今は作戦に集中しよう」
無理やりバルーは表情を切り替えるが、その瞳からは混乱を隠せてはいなかった。それを見たヴァラムは、何か一言かけようと思うものの、言葉が思いつかず、ただ黙って引き下がるしかなかった。
タナーシャは彼の意思を尊重し、彼女もまた、作戦へと意識を向け始める。
「ならば、そうしよう。とはいえ、まずはアース達が、聖騎士たちを上手く説得できることが第一段階だが……、上手く事が運んでいるといいが」
その頃、アースとユイスナ、そしてシヴィは四番隊の聖騎士を全員集めていた。聖騎士たちは、今日の嵐のような出来事に加え、隊長格たちの突然の召集で、心中穏やかではなかった。
「皆に集まってもらったのには、理由があります」
ユイスナが一歩前に出て、聖騎士たちに語り掛ける。
「私達は、反逆者とされていた三名、名をヴァラム、バルー、そしてタナーシャの三人から、言伝を預かりました」
ユイスナのその言葉に聖騎士たちの動揺は一層大きくなる。
「私はそれを最初、事実かどうかは判断できないでいました。三番隊の隊長は、これを嘘だと判断し、自らの隊を連れて、<ユピトゥ>への帰還を準備しているようですが……」
それを聞いて、自らの今後にどこか安堵した隊員たちが多く見られた。彼らもまた、同様に首都に帰還できるのだと考えられたからだ。
「しかし、私は、アースとシヴィの話も考慮に入れ、これが事実であると判断しました」
しかしその期待はあっさりと裏切られる。隊員たちは皆、動揺を隠せず、隣の隊員と何度も目を合わせる。
「そして、同時に皆にも、これが事実かどうか、各々で判断してもらいたいのです。もし事実だと思うなら、私達に力を貸してください。嘘だと思うならば、三番隊と共に帰投してかまいません」
そう言って、ユイスナは一歩下がり、アースとシヴィを代わりに前に出した。
「さて、ここからは私がお話ししよう。私が最もこの件について、最も中心にいたからね」
アースが更に一歩前に出て、隊員たちに向かって、少し芝居がかった身振りと口調で話を始める。
アムゥが自身に魔物となる術をかけたこと。
<ドゥスエンティ>の巫が、監獄に収監され、拷問を受けていたこと。
アムゥの目的が、終局神<オセネオス>の力を用いて、星に破滅をもたらすこと。
そして逆賊は、かつての<ドゥスエンティ>の王子であること。
一通り、聖騎士隊の第一番隊長として経験してきた全てを話した。しかし彼女は一つだけ話さなかったことがあった。
それに気づき、ユイスナがアースに近寄り、耳打ちをする。
「どうして、アムゥ様が魔人であることを話さぬのですか」
アースは、聖騎士隊たちに聞こえぬよう、少し後ろに下がり、ユイスナに釈明する。
「ユイスナ、タナーシャが言っていただろう。恐怖は意思を奪う」
アースのその言葉に、ユイスナはあまり納得していない様子だったため、アースは更に言葉を付け足した。
「考えてもみろ。もし彼らにアムゥ様が魔人だと言えば、どうなると思う?彼らは間違いなく、躍起になる。この国に忍び込んだ、悪魔の手先を斬り捨てろと」
「……つまり貴方は、私の部下が、宰相が魔人であることに憤り、制御不能になると?」
「違う違う。彼らにアムゥ様を裏切る理由を、彼の思想・政治以外に与えるな、と言っているんだ。人間は弱い生き物。誤謬を一つでも見つければ、人は途端苛烈になり、そして自分で考えることを放棄する。絶対的な正義が信奉される時代であれば、相手を『悪』と言えばいい。善性を腐す時代ならば、相手を『正義の暴徒』とみなせばいい。そして他者を否定する時代ならば、相手を『異質な者』と扱えばいい。私は私なりにタナーシャの意思を尊重したんだ。異論があるなら、君の口から、『そのこと』を話せ」
アースは自身の身体をユイスナから離し、右手を聖騎士隊の方へ伸ばし、彼女に道を譲る。ユイスナは少し考え込んだ後、アースの前に出る。
「……今、アースは貴方達にあることを意図的に話しませんでした。理由は、それを言うことで、貴方達の判断が鈍ってしまうからではないか、ということです。ですが私は貴方達を信じています」
一呼吸ついて、ユイスナは再び口を開く。
「アムゥ様、我らの国の宰相は、人間ではなく、魔人、つまり魔獣が意識を持ち、人の形を模した存在です」
空気が凍り付く。あまりに突拍子もないことに、ユイスナの言った言葉を上手く咀嚼できず、ただただ聖騎士たちはじっと動きもせず喋りもせず、目をきょろきょろと泳がせるだけだった。
暫くその沈黙の後に、一人の聖騎士隊が自信なさげに、こう呟く。
「……僕たちが守っていたのが、魔獣だったということ……?」
皆が静まり返っていたために、そんな小さな呟きでさえも、この場にいる全員が聞き取れてしまう。
それはまるで、渇いた火口に落ちた火花のようであった。
小さく、それでいて弱い。
しかしそれをきっかけにみるみる炎は燃え上がる。
呟いた彼を中心に、同意の声が広がる。賛同の声は、最初は弱く、次第に強くなっていく。
一分も経たぬうちに、聖騎士隊は皆、怒りと憎悪に満ちていった。
それを目にしたアースは、「だから言ったというのに」と呟き、目を逸らす。
ユイスナは、自分の部下が今まで見せたことのない苛烈さで、宰相アムゥを討滅せよと叫ぶ姿に、怯え、そして自らの行いの軽率さを理解した。
何とか彼らを抑えようと、ユイスナは皆に声を掛けるが、何と言っても、彼らの炎が更に巻き上がるだけであった。
とうとうそれを見かね、ここまで沈黙を貫いてきたシヴィが、珍しく泡を食っているユイスナを退け、未だ収まらぬ聖騎士隊たちの前に立った。
「静まれ!!!」
シヴィの稲妻にも似た怒号は、いたずらに燃え広がる負の連鎖を一瞬で抑え込んだ。
「……、確かに私も確証しよう。アムゥ様、いやアムゥは、人に非ず」
そのシヴィの言葉に再び聖騎士隊の中から怨嗟が生じそうになるが、シヴィの目がそれを再び阻止する。
「だが……、タナーシャ、いや、<ドゥスエンティ>の王家は、元々<玄黄>の生まれではなく、かつては<天藍>にいた血筋だと知ればどうだ?」
シヴィがそう続けると、聖騎士隊は一点、その表情から怒りが薄れていく。
「そして彼女の仲間、バルーもまた、元々<紅玉>の生まれで、この星へ逃れてきた者だと知ればどうだ?」
徐々に聖騎士隊の顔には、徐々に戸惑いの色が強まっていく。
「どうだ、お前たちはもう、疑いを持っている。味方と敵の素性ばかり気にして、自分の意思や思想を持たぬから、そうなるんだ。ユイスナ隊長が、何故『判断を誤るかもしれない』と言ったかを少しは考えろ」
シヴィの喝に、すっかり聖騎士隊は静まり返っていた。
「お前たちは<天藍>の血を引く者と<紅玉>の難民に味方をするか、宰相を名乗る魔人を今まで通り信奉するかを選ぶんじゃない。宰相アムゥの政治が正しいと思うのか、それともそれに抗する者たちの言葉を真実と思うのか、そのどちらかだ。そしてどちらを選んだとしても、国を愛することに反するわけではない。少なくとも私はそう信じている」
厳しくも、どこか優しい声色に、この場にいた者たちが皆、自分と向き合うように視線を落とす。
少しして、ある聖騎士隊が、その部屋から去っていった。それを見て、二人目、三人目が後を追う。一人また一人と部下が去っていく様子を、アース達は責めもせずに、ただじっと眺めるだけだった
しかしもう隊員が半分近くこの場を離れようかという時に、部屋の扉が向こうから開けられる。そこから顔を除かせたのは、同じく聖騎士隊たち。しかしそれは、出て行った者たちではなかった。
「貴方達は、三番隊の隊員ですか?」
入室してきた隊員は、バシランが連れて行ったと思われていた三番隊の面々だった。
「はい。隊長より話は聞きました。我々の中でも、意見は割れましたが、私達はアース様、ユイスナ様を信ずることを決定しました」
隊員たちは敬礼の姿勢を取る。それを目にしたシヴィは、驚きの表情を隠せないアースの顔を見て、こう呟く。
「ほら、案外人間の善性も捨てたもんじゃないだろ、隊長?」
悪戯っぽい笑みを見せるシヴィに、アースは一本取られた、と言わんばかりに、本来目上の者に行うはずの敬礼をシヴィに行う。
「まぁ、これでヴァラム君たちに、なんとか面目も立つ。晴れて、これで私達も反逆者だ」
「愛国者かどうかは、誰に従うかどうかで決まるわけじゃない。そういう話をしてたんだろ?」
その後、アースたちは、自分たちに付いてくる聖騎士に、タナーシャの立案した作戦を話した。
そして時は戻り―――




