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瑠璃の継嗣 第二節

「と、奴らは動くだろうな」

 タナーシャとヴァラム、そしてバルーの三人が、まだ<アママーユ>の町で作戦を立案していた時に、話は戻る。

「けどなぁ……本当に、タナーシャが思ってる通り動いてくれるか?」

 ヴァラムは、あまりに先を見過ぎているタナーシャの予想に、それほど乗り気ではなかった。

「いや、どっちにしてもだ。もし奴らが僕とヴァラムを陽動だと気づかず、そして魔獣の正体にすら辿り着けぬなら、結果としてタナーシャは神居に近づける」

「うーん」

 バルーの補遺にも関わらず、やはりヴァラムはどこか納得しきれていなかった。

「ヴァラム、君の危惧はわかる。どうして、すぐそばにある神居の居場所を忘れるんだって。しかしそれが神居なんだ。巫、あるいは神気を帯びた者が同伴せねば、神居への道はすぐに忘れてしまう」

「けど、仮にそうだとして、以前のアースのように、捕虜の巫を連れてくる可能性も否定できんだろ?」

 勿論、タナーシャもかつてのイヒーナの一件を忘れていたわけではない。だが彼女には、それを踏まえても、自分の立案した作戦に自信があった。

「だが思い出してほしい。どうしてイヒーナを連れてきたアースは、他の聖騎士隊を連れずに一人で現れたのか?極秘の任だとしても、副隊長すら連れだっていなかったのは明らかに疑問だ。ならば、巫の捕虜は、かなり貴重な奥の手なのか、あるいは、表だって使いたくないのだろう。いずれにせよ、今回の神居の封鎖はかなり大々的だ。巫を連れている可能性は限りなく低い」

「それには同意するけど、確率はゼロ、ってわけでもないんだろう?」

 食い下がるヴァラムに対し、タナーシャには反論がなかった。

「だが、もし仮に巫を連れていても、一つだけ策はある。作った神の門を通じて、巫に語り掛けてみるよ。もし声が返ってきたら……、神の門を使って、こちらに呼ぼうと思う。神気がある者なら、通り抜けられるから。問題は……」

 タナーシャはイヒーナと最初に出会った状況を思い出していた。魂が抜けたような奴隷の状態の巫が、神術を通じた会話に応じ、そこから指示通りに動くかどうかは、疑問であった。

「……、ヴァラム、タナーシャ、正直、これ以上の策は僕もないと思う。最善の理論なんて、僕たちにはわからないんだ。どんな作戦にだって、短所欠点は存在するもの。僕は、信じるよ。自分と、二人を」

「そうだな!俺らしくなかった!やろう!」

 気合を入れなおすように、自分の両頬を軽く掌で叩くと、ヴァラムの顔がうってかわって晴れやかになる。

「ありがとう、では、改めて作戦を。ヴァラムは西の空、バルーは東の水晶門でそれぞれ陽動。二人にも幻影の術を掛けるが、私から離れた後は、それほどの強度にはならない。二人を援護するような強烈な幻覚を相手に与えることは難しいから、出来る限り二人は逃げに徹してくれ。私は南の林の中を通って、全速力で神居まで走る。流石にここからの全力疾走でもしなければ、夜に間に合わないから、最高速度を維持はできないと思う。だが彼らは二人が陽動であることに気づけば神居に集まるはず。だが、その神居は……」




 時間は現在に戻る。三番隊隊長の指揮をもとに、聖騎士隊たちは、水晶門とヴァラムを追う僅かな空挺部隊を除いて、全員が神居に繋がる扉の前で待機していた。

 神居は、簡易的な壁によって全方位覆われており、従って壁を壊さぬ限り、神居への道は、今、彼らが待機している扉以外になかった。

「では、扉を開ける。もしもに備え、私が扉を開けた後、即座に三番隊第一小隊の者は、神居の中に入るように」

 隣に構える聖騎士隊の面々に目配せした後、三番隊隊長は暗証番号を、端末に入力した。

 それと同時に、機械仕掛けの扉がゆっくりと開いていく。そして隊長はそそくさと、隊員を盾にするように後ろへと下がった。

 扉はゆっくりと開いていく。それにつれて、隊員の間で緊張感が高まっていく。

 しかし扉が完全に開くと、そこには先ほどまで監視映像に映っていたような魔獣の群れは一切確認できなかった。

「やはり……やはりやはりやはり!!私の読みは正しかった!!」

 その光景を目にした三番隊隊長は、先ほどまで自分が盾にしていた隊員たちを、力づくで押しのけながら、神居を隔てる壁の中へ入っていった。

「ふははは。愚かな反逆者どもめ!この私を出し抜けると思ったか!!おい!聖騎士隊!この部屋に交戦中の全隊員を除いて集めろ!!大至急!奴らはここへ来るぞ!!」

 仰々しく振り返りながら、彼は大声で怒鳴るように命令を下す。きょとんとした顔をしながらも、各小隊長がそれぞれの隊員に命令を伝達していく。

「し、しかし、一体どういうことでしょう……?」

 おどおどと、隊長に伺う一人の隊員。そんな彼を見て、隊長は苛立ったように眉を顰める

「察しが悪いな君は。何故君は、あちこちで三人揃った姿が確認されているか、考えなかったのかね?」

「……幻術、でしょうか?」

「なら!奴らが幻術を使うのに、突如現れた魔獣の群れにも疑いは持たなかったか?そして魔獣が幻影なら、奴らの狙いが私たちを神居から遠ざけることだとも考えなかったか!?」

 捲し立てながら、隊員の浅慮を責めるように、彼は人差し指で隊員の胸を何度も強くつついた。

「ふん。まあいい。兵隊には頭はいらん。だが昇進したければ、せいぜい私を見習って、上手く立ち回ることだな」

 



 三番隊隊長が部下相手に威張っていると同時に、神居を取り巻くように建てられた聖騎士隊たちの駐屯地には、一人の闖入者が舞い込んでいた。

 人目を避けて、陰から陰へと高速で移動していたが、何より彼女が誰にも気づかれなかったのは、隊長による緊急招集で、各聖騎士隊員が指示された場所へと集まりつつあったためだ。侵入者の行く先は、彼らとは全くの反対方向。

 彼女は、目的地へと辿り着く。そこは電子扉で封鎖されており、それを開くには、傍の端末を用いて暗証番号を入力する必要がある。

「<記憶複製(プンティ・フシュシ)>」

 彼女が神語を唱えると、端末の周辺が、まるで映像が重なったかのように、突然異なる景色が投影される。それは、聖騎士隊たちがその端末を取り囲んでおり、その中で端末を一人の男性が操作している。

「一……八……九五……六か」

 端末の暗証番号入力を確認すると、彼女は腕を大きく広げる。すると途端にその投影された景色は消えていった。

 彼女は確認した暗証番号を端末に入力していく。暗証番号が無事入力されると、扉は少しずつ開いていく。

 扉の先には、魔獣たちがひしめく空間があった。魔獣は彼女を睨みつけるが、決してこちらへ襲ってこようとはしない。彼女は両手で柏手を打つ。すると先ほどと同じように、魔獣たちの群れは霧散していく。

 そしてその空間には、彼女を除いて誰もいなかった。ただ彼女の眼前には、堂々と屹立する神居が存在するだけであった。

「上手くいった」

 彼女は神居の扉に触れる。扉は蒼い光が伝い、地鳴りと共にゆっくりと扉が開いていく。彼女が作戦の成功を確信した、その瞬間だった。

「いやはや、見事だったよ、タナーシャ。まさか神居の忘却性質を利用して、神居の虚像を作るとはね」

 その声に彼女は聞き覚えがあった。振り返ると、しかし彼女が想像していた人物とは全く異なる容姿をした人物が立っていた。

 青い聖騎士隊の隊服に身を包みながら、頭には白い布が完全に覆われていた。

「お前は……アムゥ、なのか?」

「その通りとも言えるし、違うとも言える。だが彼の意思を伝える者ではある」

「回りくどい。お前と喋っている暇はない」

 タナーシャはもうそれと相手にする気は無いと示すかのように、さっさと踵を返して神居に戻ろうとする。だが突如彼女の身体を、何かが拘束して、真後ろに引きずられていった。

「待てよ。もう記憶は全て戻ったんだろ?ならもうこれ以上お前に力を付けさす必要はない。さぁ、再び私の計画に付き合ってもらおうか」

 彼女の体は、そのアムゥと思われる存在の腕から伸びる、赤黒い泥のようなもので、拘束されていた。

「<ヒシム、火の神は(フィニス・イビウ)薪より出で(ヒト ヒシムヴュ)出で( クエ)死者を(ペ・ナアンフェフ )浄化する(ヒフィン)>」

 タナーシャの身体から猛烈な炎が沸き上がり、彼女を拘束していた泥を焼き尽くした。更にその炎は、泥を伝って、その怪しい聖騎士の元まで延焼した。魔力による耐性のためか、隊服は焦げ付く程度で済んだが、その顔に纏っていた白布は完全に燃え尽きてしまう。そしてその存在の顔が露になった。

「な」

 現れた人物は、タナーシャの想定していた人物ではなかった。

 顔には、先程見せた泥のように、ところどころ赤黒い筋がいくつか入っていたものの、その顔はアムゥのように皺などはなく、比較的若々しい肌であった。そして何より、その長い蒼髪は、かつて彼女たちと何度も対峙した存在の象徴であった。

「お前は、アース……。いや、アースに、アムゥ、貴様が憑りついたのか?」

「憑りついた、とは失礼な。私は今やこの体の主だ」

 すると、再び身体から泥を滲ませ、それをタナーシャに向けて放った。今度はその先端を硬質化させ、鋭利な形態へと変化させていた。タナーシャはそれを躱し、再び神居の中へと急いだ。しかしアースの姿をしたアムゥは跳ね上がって、扉の前に立ちはだかった。

「行かせるものか」

 彼は、今回は泥を直接右腕に纏って、刃物状に硬質化させており、それをタナーシャの元へと振り下ろした。

 だがその刃は、タナーシャの元へは届かなかった。

 泥の刃は、突如現れた巨大な槍の穂先よって受け止められていた。

「……お前は……ユイスナか?」

「……どうやら、貴方の言ったことは真実だったようですね、シヴィ」

 その槍の持ち主は、三つ編みが特徴的な、四番隊隊長のユイスナだった。そして、いつの間にか、神居に繋がる扉にはシヴィが立っていた。

「ああ、あの後、アースの動向を付けて行って正解だった。愚かで哀れな元隊長」

 シヴィは、憐憫に満ちた表情で、アムゥに乗っ取られたアースの身体を見つめる。

「シヴィにユイスナ、なるほど、我が聖騎士が誇る三本柱が、どいつもこいつも使い物にならんとは。困ったものだ」

 くくく、とわざとらしく笑い声を立ててはいたが、アースのその顔は一切笑みを見せていなかった。だがその嘲笑を塞ぐかのようにユイスナが、その切っ先をアムゥへと向けた。

「口を塞げ、アムゥ様を名乗り、我が友人アースの身を乗っ取る下郎が」

 この場にいる誰もが想像していなかったユイスナの言葉に、一瞬空気が凍る。

「お、おい。ユイスナ。私の言ってたこと、信じてないのか?」

「言っていたこと?ああアムゥ様がアースを魔獣へと変貌させた、ということですか?ええ、まだ信じておりません。私が貴方の言う通りに行動を共にする理由は一つ。貴方が『アムゥ様によって改造させられたアース』を捕縛し、それをアムゥ様の前に連れて行って、真実を明らかにするまで。事実を証拠に基づいて追及すること。それが我々四番隊の務め」

 聖騎士隊内での内乱に紛れて、タナーシャは密かに神居へと忍び込もうとする。しかしそんなタナーシャの前に突如槍が降ってくる。

「タナーシャ、貴方は<ドゥスエンティ>の王室であるそうですね。シヴィから聞きました。ですが申し訳ないですが今時容姿の類似だけでは断定できません。貴方もまた、私についてきてもらいます。勿論神居には入らせませんよ」

「何故だ!私は決してこの国に反旗を翻すつもりなどない!ユイスナ、と言ったな。君が真実を追い求める者であるならば、私は君の味方だ!」

 タナーシャの反論に合わせて、ユイスナは魔術で魔剣を手元へと戻す。

「だから、何度も申したでしょう。真実はこの場で明らかにするつもりはないと。疚しいことが無いのならば、素直に私に従うことです」

「それで、もし仮に、私の言った通り、アムゥ様が、聖騎士隊を魔獣に変貌させる秘術を持ち、そして目の前のタナーシャや<ドゥスエンティ>の巫たちに非人道的な拷問行為を行っている、としたら?」

 シヴィもまた、二振りの魔剣を手に、ちょうどユイスナと共にアースを挟むように立っていた。

「無論、その際は、この国の誇るべき法と秩序に基づき、アムゥ様を処罰します」

 ユイスナのその言葉は、決してこの場を凌ぐための嘘ではないことは、タナーシャですら実感できた。彼女は本気でこの国のために戦う戦士であると理解すると同時に、ユイスナに対して、エネテヤの面影が重なる。

「だが、申し訳ないが、私には一刻を争う事情がある。神居には入らせてもらう」

 しかしタナーシャもまた、今も自分のために戦っているヴァラムとバルーのために急いで、<イフミーン>神の言葉を借りれば「最後の記憶」を取り戻す必要があった。

「いえ、神居に行けば巫は力を付けるとのこと。そうでなくても、今の貴方はあのアースを打倒したほどと聞きます。ではこれ以上力を付けさせるわけにはいきません」

 タナーシャとユイスナの話が平行線になりかけたその時、突然神居を取り囲む簡易建築の天井を突き破って、何者かがタナーシャと聖騎士の間に割って入った。

「ヴァラム!バルー!」

「おいおい、あまりに聖騎士隊の増援が少なかったから心配になって駆け付けてみれば」

「まさか、アース、それに聖騎士隊までいるとはね」

 増援に来たヴァラムとバルーは、身体や装備にいくつか傷を負いつつも、目立った外傷は見当たらず、未だに健勝そうであった。

「貴方達、手配されていたあと二人、ですね。貴方がたはタナーシャとは異なり、孤児とのことですが、この件についてはやはり重要参考人。貴方達にもついてきてもらいます」

 アースの警戒をしながら、ユイスナは肩越しでヴァラムとバルーに目をやる。

「タナーシャ、ここは俺たちに任せろ」

 ヴァラムの言葉を聞き、タナーシャは彼らを信じて、神居へと向かうことを決心した。ユイスナは彼女の足止めをしようとするが、その前をバルーが立ちふさがる。

「悪いが、タナーシャの邪魔はさせ……危ない!!」

 ユイスナの胴を掴んで、バルーは大きく左へ飛ぶ。ユイスナは何事かと動揺するが、自分がいた場所にアースの手刀が振るわれているのを目にして、事態を把握する。

「おい!アース、お前、<オーシヴ>のこともそうだが、聖騎士隊の仲間や国民の命を何だと思ってんだ!!」

 事情を把握しきれていないヴァラムは、容姿に僅かな差異があるのを捉えつつも、目の前の人物をアースだと思い込んでいた。

「悪いが、私はアースではないよ、ヴァラム君、といったかね?そしてそちらは、噂に聞くバルー君」

 荒唐無稽な告白であったが、しかしアースの口から発せられるその声が、今までのアースのそれとは全く異なることで、事態の異常を二人は察した。

「何だかわからんが、兎に角面倒な事態らしいな。そこの聖騎士二人、確かそっちは前にも会ったことがあるな」

「シヴィだ。そっちはユイスナ」

「そうか、シヴィ、ユイスナ。悪いがタナーシャの邪魔はさせない。そしてそこのアースの姿を装った何者かは、僕たちの敵のようだが、お前たちの命を顧みない。そこで提案だが、まずはこの化け物から大人しくさせようじゃないか。その後は、君たちの任務を全うすればいい」

 バルーからシヴィとユイスナへと提案が行われる。シヴィには反対の意見は無かったが、聖騎士を辞めている都合、ユイスナに判断を委ねた。

「わかりました。タナーシャ、せいぜい早く帰ってくることです。私はもう貴方がたを力づくで捕縛するつもりですので」

 ユイスナの脅迫紛いの激励に対し、タナーシャは特に何も言わず、そそくさと神居の中へと入っていった。神居の扉は、試練の挑戦者の来室に反応して、あるいは外で起きている諍いを避けるかのように、タナーシャが入った後すぐに閉じていった。

「ふむ、今タナーシャと戦えば勝率の方が高かったんだが。まぁ急いても仕方あるまい」

 それを見て、ため息をつくアムゥ。

「おい、てめぇ、俺たち相手にするの、忘れてないだろうな」

 タナーシャ以外眼中にないとばかりの所作をするアムゥに苛立ちを露にするヴァラム。

「そんなことはないさ。私は死力を尽くして君たちと戦う。だが君たち四人を相手なら負ける確率は相当低いのでね」

 首や肩を、動作確認のようにぐるぐると回しながら、徐々に全身に先ほどの赤黒い泥をその身に纏っていく。泥はどんどん鋭利に硬質化していき、かつてタナーシャに見せたあの姿へと変貌していった。

『さて、さっさと片付けさせてもらおう』

 不気味にくぐもった声で、ヴァラムたちの間に緊張感が走る。全員が武器を構え、目の前の怪物に集中していた。

 はずだった。

 その場にいる誰もが、自らの視覚を疑った。これといった所作もなく、突然鎧の怪物は音も無く姿を消したのだ。

 アムゥの化身は、いつの間にかバルーの背後に回り込んでいた。高い身体能力を持つバルーとユイスナですら、バルーの首に剣が触れそうになるまで、アムゥの居場所を察知できていなかった。ヴァラムは言わずもがな。

 だが唯一、シヴィのみが、アムゥの攻撃の瞬間を捉えて動き出していた。

 シヴィは二番隊の隊長より譲り受けた鎖の魔剣を用いて、鎧の魔物の剣に変状した左腕を縛り、力づくで引っ張る。しかし完全にシヴィは魔物に力負けしており、せいぜい剣の初速を落とす程度にしかならなかった。

 だがその猶予はバルーが剣の範囲から身を躱すのに十分だった。

 四人は皆、理解した。アムゥが言っていた勝率の算定は恐らく正しいことを。

 一瞬でも気を緩めれば、命は無いことを。




 アムゥとヴァラムたちの戦いの火蓋が切られた時、タナーシャは既に、神居の第三階層へ向かう階段を急いで駆けあがっていた。第一階層の魔物退治は、できたばかりの神居と言うこともあり、魔獣が未だ湧いておらず、更に第二階層の試練についても、事前に神の名を聞いていたことから、全く時間がかからなかったためだ。

 第三階層に到達し、すぐさま中央に座した神の僕の像に光が灯る。

地上の者(マ・ヌフ)アシムの神の子らにファナ・フィニス・アシムウス神タムトゥフの(ウスフ・イフミーン)僕たる我が( ネエプ)試練を与えんウフュハ・イスウッタンナプ

 以前のエネテヤのように、この神像もまた、自身の周囲に何か大きな円盤を六枚浮遊させていた。それは直径だけでも、大の大人を軽く上回る大きさだった。円盤は分厚く、<イフミーン>の眷属の剣のような切れ味は無いだろうと確信はできたものの、そこから発せられる破壊力を想像しただけで、今のタナーシャでも思わず体が強張る。

「さて、以前は一対一では敵わなかったが、泣き言は言ってられんな」

 タナーシャは恐怖を乗り越えんと、両拳を固く握った

 戦意を感じ取ったのか、神像も円盤の回転と速度を徐々に上げていく。

 だがエネテヤとは異なり、<タムトゥフ>の従者は、円盤をタナーシャの方へと飛ばすことは無く、ただ自分を中心に、一定の軌道で公転させるだけであった。

「攻めて来い、ということか」

 タナーシャは、その神の僕の取った戦略に苛立ちを覚えた。まるで時間が無いことを見透かされ、わざと相手の出方を伺うような、後の先の構えを取っているかのように、彼女には感じられたからだ。タナーシャにとって、これは自分から突っ込むのは得策ではないとわかっていながら、それを強いられるような状況だった。

 しかし躊躇ってはいられなかった。タナーシャは、神の僕へと駆けだした。

 タナーシャが移動を初めても、特別円盤の軌道に変化は無かった。しかし、その円盤の速度はどんどん加速していた。常人の目には見えない円盤の速度、そしてその円盤の移動によって生じる空気の波は、まさに嵐と形容するに相応しいものだった。

 彼女は極限まで集中し、その円盤を一つ、また一つと掻い潜っていく。

 だが、最後の一つを躱しきれず、横腹に円盤を直撃してしまい、大きく吹き飛ばされた。

 それだけではない。体勢を崩し、吹き飛ばされた先で、再び円盤に襲われる。更にタナーシャはその嵐の中で何度も繰り返し円盤に衝突する。意識が思わず遠のいてしまうほどの苛烈な衝撃であったが、何とかタナーシャは、脚を動かし、嵐から逃れることができた。

 しかしタナーシャの勇猛、あるいは無謀とも言うべき突貫によって得られたものは、全身に負った大怪我だけであった。死には至らず、すでに充足した神気が傷を癒し始めていたものの、タナーシャは不利な状況に追い込まれた。

 しかしそんな状態にも関わらず、神の僕は、やはり一歩も動かず、円盤の回転軌道さえも変化させていなかった。

「ふざけ、やがって……」

 思わずタナーシャが悪態をついてしまうほど、神の僕の立ち居振る舞いは、彼女の目には極めて挑発的に映った。



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