瑠璃の継嗣 第一節
<ルスヌ>の街から出発して、丸一日が経った。しかしヴァラムたちを乗せた飛空艇は、未だ<ウプラクス>には到着していなかった。彼らは、<ルスヌ>と<ウプラクス>のちょうど中間に位置する、<アママーユ>という、農業の盛んな、人目の少ない地方に訪れていた。
彼らはこの街に何か目的があって訪れたわけではない。だが物資の補給と、今後の作戦について今一度話すべきだろうと、一度停泊できる場所を欲していた。
というのも、これから挑むのは完全に<ユヴァート>のお膝元、未登録の飛空艇が易々と近づけるはずもない。それどころか、アムゥは完全にタナーシャの目的が神居であると気づいている。神居に近づくだけでも、極めて困難な事態が予測される。
三人は、出来る限りこの街の人々に迷惑をかけないよう、農家から野菜などを購入し、町はずれの林の傍で、それらを調理し、昼食をとりながら、今後について相談をしていた。
「さて、これからどうしようか。アムゥが、どこまで僕たちの動向を推測しているか、にもよるが……」
バルーは、食器を片手に、<ジェヴァイヴ>大陸の各地方が詳細に記載された地図を器用に広げる。
「今にして思えば、アムゥはどうして神居がタナーシャの目的だってわかったんだろうな。やっぱり魔人?だっけか、そういう存在には、特別な力があるんだろうか?」
「恐らくは、私が神術を使えるようになった、という一報を聞いて、私が神居を訪れていることを察したんだろう。神聖晶についても間違いなく彼は知っているだろうし。だが魔人、というのは、私にもあまり理解できてない。バルー、君はどうだ?」
タナーシャは折り畳みの食卓を広げながら、そしてヴァラムも調理をしながら、会話を進めている。
「飛空艇の中でもちょっと話したが、僕自身魔人と会ったことはない。何百年に一度しか現れないし、僕自身、<紅玉>に八年しかいなかったからな……。魔人については、さっきタナーシャが話してくれた情報以上のことは知らないよ」
「そうか。しっかし、魔獣から進化するが、魔獣ではない。そう考えると、ちょっとやりづらいな」
ヴァラムがふと、包丁の手を止めて、まな板代わりに使っている鉄板の上にのった、鳥のもも肉を見つめる。
「『自分の意思があって、自分で考えられるなら、魔人はもう生物と変わらないじゃないか。』さっき、君はそう言っていたな?」
タナーシャが、ヴァラムの隣にまで寄ってくる。
「……、俺はアムゥが、人間じゃないってわかって、ちょっと嬉しかったんだ。それなら容赦なく倒せる気がしたからさ。けど、魔人の説明を聞いてて、今度はまたわからなくなった。色んな定義とか境界について、改めて考えさせられてる。そしてこの問題を放っておくと、なんだか大変なことになる気がしてならない」
思いつめるヴァラムを見て、食器の配置をある程度終えたバルーも近づいてきた。
「君の悩みは正しいよ。けど、それは一人で思いつめることじゃない。僕もタナーシャもいる。それも含めて、今から一緒に話そう」
バルーの言葉を聞いて、ヴァラムは改めて手を動かし始めた。二人も、彼の調理の手伝いをしつつ、数分とかからず昼餉は完成した。
「少し行儀は悪いが、食べながら話しても?」
タナーシャの言葉に、二人は料理を頬張りながら頷いた。
「私の計画については、先程も話した通り。私は<ドゥスエンティ>の王家として、<ユヴァート>による我が国の巫への仕打ちを公に糾弾する。だが、世論が私を支持することはないだろう。だからといって彼らと戦争がしたいとも思わない。いや力で倒しても、きっと無意味だと思う」
聞いている二人は静かに頷きながら、タナーシャの言葉に耳を傾けている。
「だが、もし私が巫の力を十全に取り戻し、いや、かつて以上の神の知識を持っていることを知れば、少なくともアムゥが私を無視することはできないはず。だが、そのためにも、<ウプラクス>の神居の攻略は重要になる。それで、<ウプラクス>の攻略にあたって、やりたいことが、陽動作戦だ」
食卓の上に広がった地図の上に、光の矢印が現れる。それはタナーシャが神術を応用して作りだしたものであった。こんなこともできるのかと、感心しているヴァラムをよそに、タナーシャは説明を続ける。
「報道では、神居の情報は完全に封鎖されているが、聖騎士隊の動向や、区画の封鎖、魔獣の出現などは、ある程度で回っているから、そこから演繹すると、多分この辺りが神居の発生地だと思う。そしてもう一つ、地理的に重要な点が、ここだ」
その声と共に、もう一つの光の矢印が現れる。それはどうやら街の東側の郊外のようで、地図上の情報をもとにすれば、どうやらそこには水晶門があるらしかった。
「水晶門と神居の距離、そう遠くないように思う。もし私が神術も使って全力で走れば、恐らく人目につくことすらなく、走り切れる。だが、それは神居の近くに誰もいなければ、の話だ。神居の扉は、神気に反応して開くが、二人も知っての通り、そんなに素早くは開いてくれないからな」
「それで俺、いや、俺の飛空艇の出番ってわけだな」
口の中の食べ物を嚥下し、ヴァラムが話し始めた。
「アイツらが、俺たちは飛空艇を使って移動する、と思ってる限り、飛空艇を目にすれば確実に奴らの気はこっちに逸れる。だからまぁ俺が一人で飛空艇を飛ばせば撹乱できる、って話だったが、それでもまだ問題があるんだよな」
「ああ。そんなこと、向こうも想定済みだろう。いくら飛空艇が飛んだから、と言っても神居前の兵隊は動かないはず。守ればいい場所がわかっているなら、動く必要はないからな」
この陽動についての作戦は、すでに三人が、飛空艇の中で思案していたことだった。
「そこで、少し、考えてみたんだ。陽動が足りないなら、増やせばいい」
ヴァラムたちが、<アママーユ>の街で食事をとった数時間後、すっかり夜も更けたころ、<ウプラクス>の神居近くの、聖騎士隊の駐屯地では静まり返り、そして緊張感に包まれていた。アムゥ直々の命令で、一番隊や二番隊ではなく、災害救助の三番隊、捜査局の四番隊、更には武装部隊ではない、第五、第六番隊まで駆り出され、彼らはこの任務が極めて異例であり、そして重大であることを実感していた。
「しかし、何でこんな大勢。その割に二番隊と一番隊は全然見当たらないし。あの噂は本当だったのか」
「噂?」
「ほら、あれだよ。一番隊と二番隊が、殆ど壊滅させられたっていう……」
ひそひそと、三番隊の聖騎士たちが、計器を弄りながら噂話をしていると、目の前に彼らの隊長が通りかかり、慌てて口を閉じる。その様子にあきれた様子で、隊長がため息をついた。
「お前ら、それが他の部隊長に聞かれれば、大ごとだぞ。あまり変なこと言うなよ」
隊長直々の忠言に、気まずそうに隊員たちは目を伏せる。もうすっかり年老いたものの、散漫な部下を諫めるに、彼は十分の威厳を保っていた。だが彼は、自分の部隊が他の部隊に、『愛国的ではない噂』を流し、振り回されていることに、失意を隠せないでいた。
「君たちの処遇については、また後で検討させてもらう。今は与えられた任に集中しろ」
隊長の厳しい言葉に、隊員たちは委縮し、黙々と仕事を進めようとした。すると突如、計器が大きな音を鳴らして、その場にいた全員の注意を引く。
「何の音だ?」
すかさず隊長が、その計器の正体を確かめようと、部屋に入り部下の後ろから、それを観察した。
「未登録の不明機が接近中!中型の飛空艇、間違いなく警戒対象の飛空艇です!」
計器からは、飛空艇の大きさ、形状から始まり、速度や、武装などの情報が次々と表示されていく。
「よし、第四番隊の隊長には私から知らせる。第五、第六への情報伝達は任せるぞ」
そう言い残して、三番隊の隊長は小走りで部屋から抜け出していった。
その後、第四番隊の隊長室では先ほどの三番隊隊長と、黒くて長い髪を三つ編みにし、一見すると気弱そうな四番隊隊長と二人きりで話していた。
「了解しました。では、事前の手筈通り、三番隊の皆さんは飛空艇の追撃を。我々は水晶門から、神居までの道を警戒します」
「ユイスナ様、ではお任せします」
ユイスナと呼ばれた、四番隊隊長は、椅子から立ち上がって、颯爽と隊長室を後にした。三番隊隊長も、それを追うように、部屋を出た。
「アース、シヴィ、貴方達ですら勝てなかった相手です。気を引き締めねばなりませんね」
ユイスナは独り言をぽつりと呟くと、懐から小さな箱を取り出すと、そこから眼鏡を取り出して、おもむろにそれを掛ける。
「ユイスナ」
すると突如、物陰から彼女を呼ぶ声を聞いた。
油断していたわけではなかったにも関わらず、自分の背後に、気配なく忍び寄っていた陰に対して、思わず魔剣を取り出し戦闘態勢に入る。その魔剣は、槍の形をしており、先端の穂先だけでも通常の剣並みの刃渡りを持ち、更にその柄もそれに合わせて極めて長かった。にもかかわらず、彼女は器用にその槍を動かし、狭い廊下の中で、物陰から自分の名を呼んだ存在へと切っ先を向けた。
一方その頃、三番隊の観測室では、飛空艇についての対応と、作戦が、各部隊に伝達され、なおその飛空艇の航跡を厳戒態勢で追跡していた。
「飛空艇、北東方向にて直進中。現在座標、十秒後に経、三八、二三七四八、緯三八.三八四〇八へ到達。速度は一定、止まる気配はありません」
「やはり、こちらは囮か。本命は水晶門だ。四番隊の妨げにならぬよう、飛空艇を迎撃、無理に深追いする必要はない。無人戦闘機を数艇飛ばし、追尾させろ」
三番隊隊長の指示通りに、各隊員に情報を素早く伝達する。だがそんなときに、再びけたたましく、計器が音を鳴らした。
「なんだ、何が反応している?」
「こ、これは、魔獣です!魔獣が、神居近隣で湧いています!!」
「馬鹿な!!長くても四日前にできたばかりの神居だぞ!?魔獣が現れるわけが……」
誤作動を疑い、体調は機器をいくつか弄るが、全てが同じ答えを導いていた。更には神居の傍の監視映像まで開くが、そこには確かに神居の門前に数多く湧いた魔獣が確認できた。
「馬鹿な、信じがたい。隊員を数名神居へ向かわせろ。魔獣たちとは戦わなくていい、今どんな状況か、正確に知りたい!!」
隊長は声を荒げ、部下に指示を出す。それに急かされるように、聖騎士隊の隊員たちは、各所に伝令を行う。
「今、三番隊の第四小隊が向かわせまし……なんだって?」
通信機を頭にかけていた隊員が、隊長に状況を共有するために、一度片耳から通信機を離すが、すぐさま彼は、離していた通信機を装着した。
「一体、一体何が起きたんだ?!」
大声で隊長は捲し立てるが、少しでも情報を詳細に聞き取りたい隊員は、隊長に対して怯えた表情でそのまま通信機の音に集中する。数秒後、隊員は通信機を外すと、震えながら、こう話した。
「……三番隊、第四小隊、通信断絶、消息、不明とのことです」
今にも泣きだしそうな顔で、聞き取った情報を言い終えると、それを聞いた隊長は、腰が抜けたのか、床に落ちるように座り込んでしまう。
「……そうだ、ユイスナ様だ。彼女に連絡を取れ!!彼女に神居前の守護を任せよう!彼女ならあの程度の魔獣、物ともせず……」
そう言いかけた時、通信室の扉が勢いよく開き、そこから恐らく全速力で走ってきたであろう、聖騎士隊員が姿を現した。
「報告!!四番隊第一小隊、及び第二小隊、そして、ユイスナ隊長が音信不通!!」
青天の霹靂とはこのことだった。三番隊隊長は呆然とした表情で、ただ目を泳がせていた。
「一体、何が起きている。私たちは、何と戦っている?」
予想外の事態に加え、頼りの綱にしていた精鋭まで失い、すっかり三番隊隊長は戦意を失いつつあった。周りの聖騎士たちも、彼の様子をどうしようもできずに、眺めているだけだった。
時は少しだけ遡る。<アママーユ>の町で、そろそろ昼食を終えようかという、ヴァラムら三人は、未だに作戦会議を続けていた。
「陽動を増やす?いったいどういうことだ?」
「聖騎士隊は、街への侵入経路が、水晶門と飛空艇の二つだと思っている。それが奴らの最大の盲点だ」
そう言うとタナーシャは、目を瞑り、右手を正面にかざす。右手の掌が蒼白く光ると、それに呼応するかのように、その手の先の空間に、光の長方形が現れる。
「これ、何だ?」
「今から向かう神居は<イフミーン>の姉である<タムトゥフ>だ。つまり<イフミーン>の神聖晶を手に入れた私は今、その<タムトゥフ>との力の繋がりを持つんだ。だからこうして、神居の近くにまで、光の扉を作り出すことができるんだ。言い換えれば、小型神の門、といったところか」
タナーシャが手をかざすのをやめると、光の門も閉ざされていた。
「えっと、つまり、行こうと思えば今からでも神居に行けるってことか?」
「その通り。しかも門を生成しても、向こうからは見えない」
「なんと都合の良い……、しかしそれを最初に提案しなかった、ってことは、大きな欠点があるんじゃないか?」
バルーは察しが良かった。タナーシャは彼の問いかけに首を、静かに縦に振る。
「その通り。大きな欠点が二つある。まず一つ目、私自身は神の門をくぐれない。何故なら、私自身が二つの場所に門を繋ぐ要だからだ」
「おいおい、いきなりデカい欠点が出てきたな」
「そして二つ目、門をくぐれるのは、神気を纏う者のみ」
二つ目の問題を聞き、二人はタナーシャがこの作戦を最初に立案しなかった理由がわかり、同時に肩を落とした。
「でも、それでもこの小型神の門を使った作戦があるんだ。神気は通れる、ということは神術も通すことができる」
「しかし、仮に神術を門越しに使ったとしても、聖騎士を動揺させる程度にしかならないのでは?いったいどんな神術を使おうと……」
バルーがそう言いかけると、彼は異変に気付いた。突然、周囲に何かの気配を感じたのだ。その気配の正体は、独特の喉を鳴らすような唸り声ですぐにわかった。
「魔獣!?それも、いつの間に囲まれて!?」
四方八方の草むらから、狼型の魔獣が次々と現れ、のそのそと、彼らに近づいてきた。
「慌てるな二人とも」
そう言いながら、タナーシャが手を鳴らすと、周囲の魔獣は突然煙のように消滅した。
「今のは……幻覚か?」
ヴァラムは、かつてこれと同じことを経験していたためか、その魔獣たちの正体が、神術によって作られた幻影であることを察していた。
「その通り。だがバルー、今の魔獣、魔力の気配を感じただろう?」
タナーシャの言う通り、バルーはその幻影から、魔獣特有の雰囲気を感じることができた。だからこそ、視界に入っていない時点で、その魔獣の接近を察知することができた。
「幻覚、と言うと、視覚や聴覚のみを騙すことだと思われがちだが、極まった幻影の術は、世界を作り替える術に等しい。実際、今の魔獣に噛まれれば痛みを感じただろうし、魔力の計器なんかにも反応するはずだ」
「そりゃあ、凄い……けど、でもどうするんだ?それで仮に神居の周りの聖騎士を遠ざけることができたとしても、神居周辺の警戒網を突破するのはやっぱり容易じゃないだろ?」
ヴァラムのこの問いかけに対し、タナーシャは自分の食器を脇に寄せると、身体を乗り出して、机中央にある地図に指を指す。
「ああ、だから『陽動を増やす』んだ。私の神術によってまず一つ。そしてヴァラムは飛空艇、バルーは水晶門から。それぞれが陽動をする」
「待て、それだと、タナーシャは一体どこから?水晶門も、飛空艇も使わないなら、どうやって神居まで近づく?」
そうバルーが問うと、タナーシャは不敵な笑みを見せた。
時間は、聖騎士隊が、ヴァラムの飛空艇を発見した頃に戻る。その頃、<ルスヌ>へ続く林の中を、一人の人間が、驚く速度で走っていた。繁茂した木々の隙間を、速度も落とさず巧みに潜り抜けていた。
「もうすぐ、もうすぐだ!約束の時間には、間に合う!」
息を切らしながらタナーシャは、右手首に着けた時計を見る。すっかり夜も更け、町はずれの森の中だったので、月も星の光もろくに届かないが、タナーシャの神気で強化された目はしっかりと時計の針を捉えていた。
同時刻、水晶門にいた聖騎士たちは、指揮系統が完全に乱れているせいで、他の聖騎士隊の補佐に回るべきかどうかの現状の判断もできていなかった。しかし、今は他の部隊の応援ではなく、最初に言いつけられた仕事、つまりは水晶門の出入りの監視こそが、現在徹すべき職務であると互いに言い聞かせ、その場を動くことはなかった。
皆が緊張の中、水晶門を見つめていたが、突如、上空に、空気を切り裂く飛空艇の音を聞いた。彼らは一斉にその音に釣られ、水晶門から目を離してしまった。そのせいで、彼らは水晶門から現れた闖入者の存在に気づくことができなかった。
彼らが自らの失敗に気づいたのは、自分たちの身体に迫る、激しい炎熱がその身を焦がした後であった。
その炎が、彼らの命を奪うことは無かったものの、その奇襲は聖騎士隊たちを大いに動揺させた。聖騎士たちは、互いの安否と、奇襲してきた敵の所在を確かめようとするが、大地を焦がす揺らめく炎が、彼らの視界を遮る。
数秒後、炎の勢いが落ち着き、火の粉と黒煙が舞う中で、聖騎士隊は皆目にした。
炎の中心で、悠然と歩く三人。
一人は赤い長髪を靡かせ、巨剣を握っている。
もう一人は、同じく長い金髪で、背丈の低い女。
そして最後の一人は背中から鋼鉄の翼を持つ男。
三人の容姿は、彼らの上司から伝え聞いた指名手配者の風貌と完全に一致していた。
「こちら、四番隊第三小隊!水晶門にて、指名手配の三名から襲撃を受けた!繰り返す、手配の三名から襲撃を受けた!至急、応援を願いたい!」
小隊長が、通信機を用いて、襲撃の情報を作戦本部へと報告を行った。しかしすぐに本部からの返答が来ず、再び小隊長は同様の報告を、今度は少し語気を強めて行った。すると、少し困惑した様子で、本部から返事が返ってきた。
「……確認する、手配の三人、見間違えではないのか?」
「何を馬鹿な!今目の前にいる!!襲撃を受けたんだ!!」
悠長なことを言う本部に苛立ちを覚え、思わず荒い言葉使いで通信機に怒鳴ってしまう。
「あり得ん、お前たちの言う指名手配の三人は、今上空で飛翔中、三番隊の空挺部隊が攻撃を行っている!」
「な……では、今目の前にいるこいつらは、一体……」
作戦本部は、大混乱であった。
上空を飛ぶ飛空艇、そしてそれとはまったく別方向から飛行してきた小型飛行物体。その飛翔体を拡大で確認すると、それは情報にあった、指名手配者のうちの一人、ヴァラムが使っているとされる飛行装置であった。更にその鋼鉄の翼を纏った人物は、どうやらその両腕に二人の人物を抱えていた。
それを見た聖騎士隊たちは、即座に飛空艇が陽動であり、本命がこの小型飛行装置を用いた侵入だと判断し、空挺部隊、及び対空砲を配備して攻撃を行わせた。標的が小さいこともあり、攻撃は中々当たらなかった。しかし何度か攻撃を続けているうちに、三番隊の隊長は、その飛翔体が、神居の方へと近づいてはこずに、ひたすらに攻撃の回避を続けていることに気がついた。最初は苛烈な攻撃に、近づきあぐねているのか、とも思っていたが、明らかにその飛翔体は、神居から一定の距離を取り続けていた。
そんな折だった。水晶門で陣取る聖騎士隊から、「襲撃を受けた」という通信を受けたのは。
作戦室の中では動揺が走る。多くの聖騎士が隣の隊員と顔を見合わせたり、ひそひそと話したりしている中、三番隊隊長は何かを察したかのように、水晶門の警備に当たっていた四番隊と繋がっている通信機を奪い取った。
「君たち!そこにいる者たちは、全員近距離で目視可能か!不自然な点は存在しないか!!」
はっきりとした返事はなく、水晶門の聖騎士からは、曖昧な間投詞だけが返ってくる。
「良いから答えろ!!どこか透けていないか!?物体が貫通していないか!?影はあるか!?何でもいい、実体があるとはっきり保証できる要素はあるか!?」
「あ、あっと。姿は、はっきりとしています。三名とも激しくこちらを攻撃しており、一人は武器を持って、こちらの聖騎士と接近戦で交戦しています!」
今一つ、隊長の問いの意図を理解できないながらも、尋ねられたことに対して逐一答える。
「交戦……。わかった、そちらに応援を出す。できる限り長く持ちこたえるんだ」
返事も聞かずに、三番隊の隊長は通信を切る。
「一体、どの小隊をお送りに?」
立ち上がった隊長に、隊員は次の指示を仰ぐが、それに対する答えは意外なものだった。
「いや、水晶門には送るな。全部隊、可能な限り神居に集めろ」
「え」
「目に見えている物は全て、奴らの陽動だ」
三番隊の隊長は、詳しい説明を行わず、作戦室にいる通信係たちに、各部隊への伝令を命じた。
「一体、全てが陽動、というのは一体どういうことですか?」
「頭を使えよ、諸君。奴らの目的は神居。ふん、まあいい。黙ってついて来ればわかる。奴らも多少頭は回るようだが、所詮は素人の浅知恵よ」
三番隊の隊長は、そう言いながら、どこか自慢げに、ほくそ笑んだ。




