真実の中で 第三節
突如としてタナーシャの前に現れた二人の援軍、ヴァラムとバルーは、目の前の神の僕が、エネテヤの姿をしていたことに、それほどの驚きを見せてはいなかった。いや、むしろ、ここにいるのがエネテヤであることを知っていたかのようであった。
「やっぱり、ここまで導いててくれたのは、エネテヤさん、だったんだな」
「どうやら、その通りらしい。しかも神の僕とは」
二人の言葉から、タナーシャは彼らを導いたのもまた、自分と同じくエネテヤだったということを察した。
「しかし、タナーシャ、怪我、大丈夫か?」
「あ、ああ……、見た目ほどじゃない。神気がここは強いから、いずれ治る……。それより……」
そう彼女が言いかけたところを、ヴァラムが途中で割り込む。
「どうしてついてきたか?そんなの、お前が仲間だから、に決まってるだろ!」
珍しい、ヴァラムの怒声。ただの怒りだけではなく、自分を頼ってくれなかったことへの悲しみや、タナーシャに重傷を負わせてしまったことへの無力感もそこには含まれていた。
「そうだ、それに、タナーシャ、お前は勘違いしてる。僕たちはもう皆そろってお尋ね者。最大戦力のお前が欠けたら、困るのは僕たちなんだ」
エネテヤの動きにも警戒しながら、肩越しでバルーはタナーシャに話しかける。それは勿論彼の本意ではなく、彼女の心を少しでも和らげたいためであった。
「さて、今はまず目の前のことに集中だな。タナーシャがここまでコテンパンにされたんだ。俺じゃ話になんねぇ。だからタナーシャ、早く回復に専念して、戦線復帰、よろしくな!!」
そう言って、ヴァラムが推進器の出力を最大に上げ、飛翔する。それに合わせて、バルーも前方へと走り出した。剣から赫炎を吹き上がらせ、それを推進力に変えて全速力の一撃を繰り出す。だが、それは、エネテヤの右腕から生えた剣にいともたやすく受け止められる。
四方八方から撹乱するように飛翔していたヴァラムは、エネテヤの背後から鉄の拳を思い切り振りぬく。推進器による最高速度を維持し、衝撃の瞬間に起動した魔力障壁で自身にだけ緩衝効果を発生させる高度な技術を併用した攻撃。強敵との連戦で、急速に成長したヴァラムが体得した一撃であったが、直撃してなお、エネテヤの身体がよろめくことはなかった。
背後のヴァラムを無視しながら、エネテヤは、バルーと激しく切り結んでいた。黒い大剣と、蒼く光る長剣が、爆発あるいは落雷のようにけたたましい音を立てながら、剣はぶつかり合う。驚くことにバルーは、あのエネテヤの膂力と互角に近い戦いを繰り広げていた。勿論ただ正面からぶつかり合っていたわけではない。アースの、相手の力を受け流すような洗練された動きを見よう見まねで参考にしていた。だがそれを加味しても、いくらかバルーの力は、いつもよりも格段に上がっているように見えた。
力でバルーが止め、速さでヴァラムが牽制する。
致命的な一撃を与えられるわけではなかったが、あのエネテヤと膠着状態にまで持ち込みつつあった。
必死の抵抗。タナーシャが回復するまでの時間稼ぎ。ただし戦いが続くほどに、少しずつ趨勢が傾きつつあった。限りのある魔力の中で戦うバルーとヴァラムに対して、事実上無限の神気を誇る神の僕。互角の戦いは、徐々にヴァラムらに劣勢になりつつあった。
右腕を変化させた剣は、確実にバルーの剣をはじき返し、そしてその目は、ヴァラムの牽制にも反応し、回避や、あるいは反撃を可能にしていた。
一撃が致命傷になるヴァラムは、必然慎重な行動を強いられ、一方力でも負け始めたバルーは、剣の操り方を間違えれば、この均衡は一気に瓦解しかねない状況だった。盤面は完全に、ヴァラムらの詰みへと向かいつつあった。
魔剣を弾かれ、両腕が完全に浮いてしまう。
胴ががら空きになり、弾かれた剣に引っ張られ、体勢を整えることもままならない。その無防備なバルーに対し、何故かエネテヤは背中を見せる。
そして彼女の視線の先には、高速で突進していたヴァラムの姿。先に仕留めるべきは、バルーではなくヴァラムであると、彼女は判断したのだ。
それに気づいてヴァラムは必死に軌道を変えようとするが、完全な死角からの攻撃だったために反撃を想定しておらず、出力全開の状態では、エネテヤの剣の間合いから抜け出しきれなかった。
ヴァラムは、この剣の威力を知っている。例え魔力障壁を全力で展開し、自身の鉄腕と、鋼鉄の翼を盾代わりに用いたとしても、彼の身体は一瞬で真っ二つになることが容易に想像できた。圧倒的な死の瞬間を前にして、しかしヴァラムは恐れなかった。
彼は信じていた。自分が危機にある時、必ず仲間は助けてくれると。
何故なら自分もまた、仲間の危機に命を賭して駆けつける覚悟があったからだ。
友もまた、自分と同じ意志であると確信していたからだ
剣は、ヴァラムの身体を掠めることは無かった。エネテヤの左わき腹にしがみつくタナーシャ。エネテヤはその勢いに押され、右腕の剣は、ヴァラムの軌道から外れて、空を切った。
張り付くタナーシャを、エネテヤは左拳で振り払う。拳が完全にタナーシャの頭蓋を直撃し、彼女を吹き飛ばしたが、無理な姿勢からの拳は、タナーシャに重傷を与えることはなかった。
ヴァラムは慌てて、タナーシャの元に駆け付け、彼女を拾い上げた。タナーシャが転がっていた床には、いつの間にか、エネテヤの剣が深々と突き刺さっていた。
「傷は大丈夫かタナーシャ!?」
エネテヤから十分距離を開けた後、タナーシャの傷の様子を伺うヴァラム。
「ああ、血は止まったし、傷口も塞がりつつある。内臓の回復はまだまだだが、戦える。私は戦う」
血色が悪く、肩で呼吸していてなお、タナーシャの瞳は、まるで彼女の確固たる意志を反映するように、ぎらぎらと燃えていた。
「よし。なら、やるぞ。絶対三人で帰るんだ」
ヴァラムの言葉に、無言でタナーシャは頷く。彼女の見据える先には、かつての友であり、そして神の僕の堂々たる姿。未だその洗練された蒼く光る石の肌には、傷すら見当たらず、煌々と輝いている。三人集まってなお、勝機をつかみ取ることは難しい最大の強敵。
だが、三人は諦めていない。ヴァラムが飛翔すると同時に、タナーシャも駆ける。エネテヤは二人を視界に入れつつ、警戒の姿勢を取るが、後ろにいたバルーへも関心を払い続けなければならなかった。バルーは、ヴァラムとタナーシャの動きに合わせ、エネテヤを中心に点対称の動きをして、常に死角を取ろうと試みていた。
ある程度走った後、ヴァラムとタナーシャは何の示し合わせもせず、同時に別れ、エネテヤから見て、ヴァラムは右手、タナーシャは左手から、距離を詰めてくる。最初に攻撃を仕掛けてきたのは、背後のバルーだった。エネテヤは素早く腰をひねり、バルーの大剣を右腕の剣で受け止める。そして少し時差を作りながら、ヴァラム、そしてタナーシャの順番に攻めてきた。
エネテヤは、三人の狙いはわかってはいたものの、手段を思い付かず、仕方なく左腕でヴァラムの攻撃を防いでしまう。大した威力ではないが、この攻撃で少しでも自分の体幹がずれてしまうと、バルーとタナーシャ両方からの強烈な一撃を浴びかねないため、防がざるを得なかったのだ。
結果として、自身の左手から迫ってきていたタナーシャは、エネテヤの背後に回ることになっていた。完全に無防備を晒すこととなり、タナーシャの蹴りを背に受けることとなった。決して、軽い一撃ではなかったはずだった。だがそれでエネテヤは一切身体を揺らすことは無かった。三人はそれに動揺しつつも、次の一手をすぐに打った。
最初に動いたのはまたもバルー。大剣を器用に操り、エネテヤの剣を掻い潜り、彼女の中腹に剣を突き刺そうとする。がきんと、鈍い音を立てるが、大剣はエネテヤの肌を突き通すことは無く、僅かにその表面にひびを入れただけだった。エネテヤはバルーの頭上から右拳を振り下ろして地面に叩きつける。失神しそうになるほどの、強烈な一撃がバルーの脳天に響く。その隙を見て、タナーシャもまた数発打撃を加えるが、エネテヤはびくともせず、反撃の裏拳に打ちのめされた。
あっという間に戦線が瓦解し、ヴァラム一人の戦いになった。最も頼れる二人の友が、あっけなく倒されていく中でもなお、彼の闘志は潰えてはいなかった。
(もう、やるしかねぇ)
地に臥せるタナーシャとバルーを見て、決意を固めた。
二機の推進器を最大出力。重力制御も全開にして、そして身を護る魔力障壁を、鋼鉄の左翼に纏わせる。星から抜け出すことを可能にするほどの、圧倒的な速度で行われる体当たり。防御を一切かなぐり捨てた、攻撃に一点集中した捨て身の一撃であった。
エネテヤですら、回避の難しい速度。だが当然それは諸刃の剣である。本来彼の身を守るための魔力障壁が、攻めに用いるための左翼に集中しているせいで、常人には耐えがたい高速飛行に、気を失いそうになる。全身の骨が外れてしまいそうな感覚と、足先に全ての血液が集まっていくような感覚。身体がバラバラに引き裂かれているのではないかと錯覚するほどの、強烈な速度にも関わらず、ヴァラムは尋常ならざる集中力で耐え抜いた。歯を食いしばり、拳を握りしめ、無限のように長い一秒の地獄を、彼は堪え、そしてその翼は見事に、エネテヤの身体へと直撃した。
更に直撃の際に重力装置を反転させており、その威力は数倍に跳ね上がっていた。速度を落とさぬよう、本当に接触する寸前に重力を反転させるという超人的な芸当であったが、それを可能にしたのは、迅速な反射神経ではなく、精緻な計算であった。飛行前に、彼は、必ずエネテヤに当たる軌道、自分が出せる最高速度、そして現在の魔力残量で、最大威力が出るように推進器、重力装置、魔力障壁への魔力分配、エネテヤに衝突するタイミングなど、様々な計算結果を、演算機を併用しながら叩きだしていた。
彼の計算は全て正しかった。今の今まで、ひび程度しか傷を負わなかったエネテヤは、咄嗟の防御に使った左腕の肘から先が吹き飛ぶ深手を負った。ヴァラムは今の一撃で、魔力を全て使い切っただけでなく、最高速度の衝突を魔力障壁も無しに行ったせいで、手痛い反動を受けた。上手くもう片方の翼で受け身を取ったとはいえ、神居の壁に衝突し、彼は気を失った。
だが彼の決死の攻撃はこの戦いの活路を開いた。これを無駄にするまいと、タナーシャとバルーは同時に起き上がり、共に攻勢に出る。
バルーが再び、エネテヤと剣を交わす。未だ膂力はエネテヤの方が上、しかし片腕を失ったことで、重心を崩した神の僕は、彼の巧みな剣捌きに対して上手く立ち回れずにいた。そしてタナーシャは、折れた左腕の方向から、神術で強化した身体能力で攻め立てる。
だが、エネテヤはこれ以上の膠着を良しとしなかった。彼女はバルーの剣を敢えて剣で受け止めず、身体に直撃させた。剣を受け流すように操っていたため、魔剣の威力は大したものではなく、そのままバルーを折れた左腕で殴りつけ、彼を壁際まで吹き飛ばした。
だがバルーは、吹き飛ばされながら、その目はエネテヤの方へとずっと向いていた。
「<アリム・ハルバ・アフィオス >!!」
目と髪が一層赤く光る。自分でも、唱えた言葉の意味はわからない。ただし魂が、本能が、今これが正しい言葉なのだと確信していた。剣の周りに莫大な炎が纏う。しかし炎は剣にすぐに吸い込まれ、剣の黒い刀身は、強力な魔力と熱で赤く染まり、滾っていた。
「タナーシャ!!」
彼は巧みに受け身を取ると、すぐに剣をタナーシャへと投げつけた。
ただ名前を呼んだだけだったが、タナーシャはバルーの考えを完全に理解できた。彼女はバルーの剣を受け取ると、それを思い切り上段から振り下ろした。
バルーの魔力を大量に込められた魔剣と、神術で強化されたタナーシャの身体能力が合わさり、見事、神の僕の身体は、右肩口から、縦一文字に切り裂かれた。本来、決して交わらない神気と魔力が、奇跡的に手を取り合った一撃だった。
崩れていく自分の身体をエネテヤは静かに見つめていた。勿論これは単に自分の力が秘められた石像に過ぎない。神の僕である以上、彼女は真の意味で滅することは無い。だが今の攻防に、どうしてもかつての自分の最期を想起せざるを得なかった。
「強く、なりましたね、三人とも」
言葉は、石像からではなく、再び霊体であるエネテヤから聞こえてきた。
「エネテヤ、これで、私達は」
「ええ、三人の勝利。見事、貴方たちは我が主の寝所に足を踏み入れる権利を得たのです。その前に、これは、その奮闘に免じた、私からの褒美です」
エネテヤは、自身の霊体から光を発する。それはヴァラムたち三人の周りを取り囲んでいく。すると三人の傷口がどんどん塞がっていく。ヴァラムも意識を取り戻した。
「……少し肩入れしすぎじゃないか?」
「よいのです。ここより先は神の聖域。踏み入れるならば、それ相応の恰好で無ければ。だから、これは我が主のための働き、だから試練官の役割を越えた行為などではありませんよ」
少しだけ悪戯っぽく微笑むエネテヤ。それを聞いて、タナーシャは胸をなでおろした。
「さて、勇者たちよ。いざ我が主の元へ」
エネテヤの言葉と共に最後の階層への扉が開いた。タナーシャはヴァラムとバルーの顔を順に見る。友との再会で、彼女の脳裏には再び不安が蘇ってきたのだ。
記憶を取り戻し、愚かで、弱い自分があらわとなってしまうのではないかという恐怖。
しかしそれを察したように、ヴァラムとバルーは、タナーシャの元へと駆け寄った。
「俺たちはさ、<ドゥスエンティ>の高貴な王子でも、偉大な巫でもない、タナーシャ、お前自身と友達になったんだ。お前のために戦ってきたんだ」
「そう。それに君は、僕が故郷を捨てて逃げてきた王家の人間と聞いても、決して僕を蔑んだりしなかっただろう?僕たちも同じだ」
優しい言葉だった。今まさに、タナーシャが必要としていた、優しい言葉。おもむろにタナーシャの目から、涙が溢れる。
自分よりも遥かに年下の少年たちの言葉が、自分が必死に隠してきた弱さを突如として露にさせたのだ。それに驚いて、彼女はまた、自分を恥ずかしく思いそうになる。
だが、ふと顔を上げ、二人の友の表情を見ると、彼らもまた自分と同じように、涙を浮かべていた。タナーシャの力になれたこと、エネテヤと再会できたこと、そして何より、タナーシャが自分の弱さを、初めて自分たちの前に曝け出してくれたことが、彼らには嬉しく、そして誇らしかったのだ。
「貴方達二人は、タナーシャ様を支えてくれた。そして無二の友となってくれた。ありがとう。そしてタナーシャ様、貴方も。成長は決して、弱さを捨てることではありません。むしろ弱さを認めてこそ、初めて成長できるのですよ」
エネテヤは泣きじゃくる三人の身体を、その腕で抱きしめた。霊体のままで、触れないはずだった。しかし確かに三人は、エネテヤの温かさを感じたのだ。
「今はお泣きなさい。我が主はいつまでもお待ちになります。」
静かに、優しく、三人の溢れる感情をエネテヤは、その胸で受け止めた。
一分ほどして、三人の感情は落ち着きつつあった。目元は赤く腫れていたが、表情は晴れやかだった。
「ありがとう。落ち着いたよ。エネテヤ、案内、してくれるか?」
エネテヤは無言で頷き、彼らを導くように、階段を先に昇って行った。
ヴァラムたちも、彼女の後ろを追うように、ゆっくりと階段を昇る。
「ところで、エネテヤさん。貴方、僕の髪の毛と力を見ても、驚きませんでしたね?」
バルーが、階段を昇りながら、エネテヤへと問いかける。
「ええ。私はいつも、貴方達と一緒にいましたよ。いつでもどこでも、貴方達を見ていました」
「ということは、ヴァラムとバルーをここまで導いたのも、エネテヤだったのか?」
タナーシャがそう問いかけると、エネテヤは頷く。
「はい。もう神居にいましたので、姿を現すことはできませんでしたが、二人に声をかけ、ここまで導くことはできました」
「最初は驚いたよ。何かの罠かと思ったけど、聞き覚えのある声だから、すぐにこれがエネテヤさんの導きだとわかったよ」
三人の身体の傷は殆ど癒えていたが、一方全身に残る疲労もあって、神居の大きな階段を昇るのは一苦労だった。従って一段昇っては会話、一段昇っては会話という状況がしばらく続いていた。
「しかし、瘴気はどうやって?ヴァラムの魔力障壁で防いだのか?」
「ああ、その話なら、後で説明するよ。実は俺じゃなくてバルーが解決してくれたんだ。にしても、エネテヤさん、それなら今までの旅でも声くらいかけてくれても良かったのに」
ヴァラムの言葉に、エネテヤは首を横に振る。
「いえ、私がこうして貴方達の前に姿を現せるのは、この神居の傍だけです。声をかけるのも、せいぜい、この街の中だけ。できることなら、私はいつだって、皆さまの助けになりたかった」
「気にするな、エネテヤ。それにもう私はお前の王子ではない。仕えるべき主がいるんだ」
「……」
少し気まずい沈黙が訪れる。エネテヤは、何か言いたげではあったが、口を噤んでいた。タナーシャも、それを察してはいたが、彼女の意思を尊重し、それ以上口を出すことは無かった。
そうこうしていると、四人は最後の階段を昇りきり、神聖晶が輝く部屋へと辿り着いた。
「いよいよ、だな」
「ああ、確信はないが、これで私は力を取り戻し、そして全ての記憶も蘇るだろう」
タナーシャが一歩前に出て、神聖晶に近づく。
「<イフミーン、この神居の主よ。私は神の巫にして、汝の試練を乗り越えし者>」
神語で神聖晶に語り掛けると、神聖晶は、強い光を発して、部屋を光で包んだ。
『<神の巫と、その仲間よ、汝らは試練を乗り越えた。故に神の祝福を汝らに与えん>』
脳裏に響く、神の声。そしてそれは、タナーシャが神に認められ、神聖晶を賜る最後の合図でもある。タナーシャは迫りくる真実に覚悟を決めて、手を伸ばした。神聖晶はそれに呼応するように浮き上がり、同じく小さな球体となって、タナーシャの元へと飛来した。
あとは、それを彼女が手に取れば、再び記憶の旅が始まる。
だがまだ彼女の心は竦んでいた。本当の自分を知ることが怖かった。
しかし、それに気づいて、ヴァラムとバルーが、タナーシャの肩に、それぞれの手を乗せる。無言の激励、だがこれ以上ないほど、それは彼女を勇気づけた。
そして、タナーシャは、最後の記憶の一かけらを取り戻す決意をした。
ゆっくりとそれを握りしめ、彼女は再び記憶の世界へと飛び込んだ。




