厚底靴の蹂躙 第四節
ヴァラムが作った昼食を、三人はゆっくりとたいらげ、三人は神居攻略、及びアース打倒の準備をしていた。
「バルー、そういえばお前のあの魔剣は、今の状態では使えないのか?」
バルーはヴァラムの準備の手伝いをしていて、その最中でヴァラムは手を動かしながらバルーに話しかける。
「ヴァラム。実はあれは魔剣じゃないんだ。魔剣は外付けの魔力装置だけど、僕のあの剣は、竜因の力を象徴するだけで、実際は僕の身体、僕の力が具現化しただけ、なんだ。だから、今の状態では、ただの重たい塊でしかない」
「そっか。じゃあ、やっぱ俺も頑張らないとな」
ヴァラムは作業の手を、精密さを保ったまま、早めた。それを見て、バルーは少しだけ手を止め、ヴァラムの方を見る。
「ヴァラム、本当に、大丈夫か?」
何のことか、ははっきりと言わなかったが、ヴァラムにも何を指すのか理解できた。
「ああ、今は使わないしな。それに、いずれにせよ、これを自分で作り直すくらいできないと、親父に追いつくなんて到底できない」
それを聞いて、バルーは安堵した後、再び作業に戻った。
二人が数分間そうしていると、飛空艇にいたタナーシャが、昇降口から降りてくるのが目に入った。そして二人とも、タナーシャの変化に気づいた。
「あれ、タナーシャ、その服って確か、俺たちが初めて会った時に着ていたやつだよな」
タナーシャは今まで来ていた動きやすい衣装ではなかった。彼女が身に纏うのは、長いスカートを持つ、白い服で、華美な装飾こそされていなかったが、その生地の精巧さから、それが高級な正装であることは、人目でわかるものだった。
「これは、<ドゥスエンティ>では巫が身に着けるものでな。特に強くなるわけではないが、今日は大一番の勝負だ。少しでも気持ちを整えたくてな」
そう言うと、彼女も、二人が作っている物に目を引かれる。
「完成したか?」
「んー、もう少しだ。あと五分、いや三分待ってくれ」
「急がなくていい。神居は逃げないさ」
タナーシャは、そう言うと、焚火の周りの簡易椅子に腰かけ、二人の作業を見守った。
それから三十分後、ヴァラムたちは、神居のあるユーニヴューサ王の葬送祭殿のある、大神殿の目の前に来ていた。大神殿の周りには、鎖によって一般人の立ち入りを禁じていたが、鎖は所々が錆び、加えて劣化の為か、鎖を繋ぐ支柱から外れているものもあった。
「この地下に、葬送祭殿があるんだよな?」
「ああ、そのはずだ。アースもそこに」
タナーシャの一言に、二人の頭にこれまでの戦いの記憶が蘇る。
「行こう」
ヴァラムの声は、いつにもまして力強かった。
葬送祭殿へと降りると、そこには神居の階層のように広い空間があった。本来は、その中央に王の寝所があり、周りは宝物で埋め尽くされていたはずだが、そのいずれもここから失われ、ただただ何もない空間が広がっていた。
そして三人が降りてきた階段の対面に、一際大きな扉があった。それは<フュヌター>や<オーシヴ>の海底でも見た、まさしく神居の扉であった。まるで初めからそこにあったかのように、その扉は非常に自然な形で形成されていた。
その扉の前には、二人の人物。
一人は蒼い服のアース、そしてもう一人はぼろきれのような服に身を包む、傷だらけの女性。
「アース、隣の人は何だ?人質のつもりか」
タナーシャがそう言うと、アースはそれを鼻で笑う。小さな音だったが、何もない広い空間は、そんな僅かな笑い声を響き渡らせ、確かに遠くの三人の耳に届けた。
「違うよ。もしかして巫のくせに知らないのか?神居は、記憶阻害、認識阻害の呪いがかかっている。神気を持つ者と共にいなければ神居にはたどり着けない。しかも厄介なことに、場所を知っていても、それが神気を持つ者と同行していなければ、何故か再来訪することができない。神術らしい、不条理で道理の通らない仕組みだ」
アースは、元巫の女を置いて、三人の方へと近づく。
思わぬ形で、自分たちの抱いていた疑問が解決した三人だったが、同時にそこにいたもう一人の女性の素性に気づき、皆義憤を抱いた。
「おやおや。まさか、巫が奴隷扱いされていることにお怒りかな?ヴァラム君、言っただろう。本当に恐ろしいものは」
「善人と信じて疑わない者、だろ。よく覚えているよ。お前の詭弁」
アースの言葉に割って入りながら、ヴァラムは一歩前に出る。
「詭弁か。ふふ、言うようになった。悪い影響を受けたようだね。私が矯正してあげよう」
魔剣を呼び出し、いきなり最大級の魔力を滾らせるアース。それを見て、バルーはすぐさま、自らの竜の力を使うことを決心した。迷えば、この戦いは一瞬で終わってしまう。
バルーの髪の毛が伸び、赤く、炎のように燃え滾る。そして黒き炎剣を呼び出し、戦いに備える。
「おやおや、少し髪の毛をなびかせた程度で、随分強気だね」
「お前こそ。昨夜、僕に手も足も出なかったことを忘れたか?」
バルーは駆け、その炎の剣をアースに振り下ろす。しかしアースはそれを巧みに躱し、振り下ろした後の隙を狙って、魔剣を持っていない左拳を素早く振りぬき、バルーの顎を打ち抜いた。
体勢が崩れたが、すぐさま次の攻撃へ移ろうと、剣を持ち上げようとするが、地面を乱暴に切り裂いた大剣を、アースが踏みつけ、バルーの持ち上げる力を利用して飛び上がり、彼の後ろへと回る。そして魔剣を横一文字に振り、バルーの背を切り裂いた。
決して致命傷にはならなかったが、背中からの一撃を警戒し、バルーは一歩飛びのいた。
「<光明神、其の瞳の光、陽光の如く、遥か彼方を瞬き照らす>!」
光の縄が、アースの右腕を捉える。タナーシャは自らの腕力で、アースを投げ飛ばそうとするが、反対にそれを利用されて、彼女が投げ飛ばされた。
「はは、エネテヤの弔い合戦のつもりか。甘いわ」
タナーシャは祭殿の壁に勢いよく激突し、神術が途切れる。
「バルー、タナーシャ。君たちは何か勘違いをしている。確かにバルー君の魔力は私を上回る。タナーシャの神術は未だ脅威だ。だが君たちは、まさか私が、才能と魔力に胡坐をかいた女に見えるのか?」
バルーがよろよろと立ち上がり、剣を乱雑に振り回すが、アースは、彼の剣を持つ左手首と、右肘を、素早く、それでいて的確に殴る。そして即座に、顎を拳で打ち、更にそのまま肘を使ってみぞおちを貫く。バルーの姿勢が崩れつつあったところを、魔剣で彼の足を払う。高い魔力のおかげで深手にはならなかったが、完全に重心が崩れてしまい、頭から倒れ込む。アースは深く伏せ、バルーがその地面に落ちる寸前のところで、その左頬を、彼女は右拳を大きく振り上げて、今度は反対に上空へと吹き飛ばした。上空で放物線を描いていたバルーに、追い打ちをかけるべくアースは飛び、無防備な下腹部へと強烈な蹴りを浴びせる。バルーは隕石を思わせる衝撃と速度を持って、祭殿の床へと激突した。
「私の仮想敵は常に、<紅玉>の強大な魔力を秘めた竜因の姫と、恐るべき知恵を備えた魔工宗匠。そして<天藍>の自然を御する巫たちと、噂に聞く神をその身に宿す者たちだ」
アースは剣から紫炎を放ち、未だ寝転がるタナーシャに追撃をする。
だが炎がタナーシャに届く前に、彼女は一瞬で消えた。
その光景に目を疑うアースだったが、すぐさまアースの身体が、何者かに突き飛ばされる。だが今回は、その「高速で飛行する存在」の正体を、確かに捉えられた。
それは、部屋を大きく一周して、バルーの近くに着地する。それは、小脇に、タナーシャを抱え、そしてその背中には鋼の翼と、二機の推進器が備わっていた。
「ヴァラム君、なんだか随分仰々しい物を身に着けているじゃないか」
「ああ。バルーとタナーシャの足手まといにならないようにするには、これくらいしないとな。星外飛行用の二機の推進機関に、重力制御装置。これで、少なくとも戦列に加われる」
アースはそれを聞いて、不敵な笑みを漏らす。
「いやいや、君は。どこまでいっても愚かだな。それで強くなったつもりかね?」
そう言って、アースもまた全速力で駆けだす。ヴァラムは推進機関の出力を最大に上げ、祭殿の中を縦横無尽に駆け飛ぶ。アースよりもヴァラムの方が速く、彼はアースの背中へと回り込んだ。しかしアースはその動きを完全に読んでいた。彼女は、後ろを振り返ると同時に魔剣から炎を飛ばし、突っ込んできたヴァラムを迎撃する。
ヴァラムはその炎に向けて、両腕に装着していた機械義手を向ける。すると推進機関もその腕に追随して、炎の方へと向く。推進機関からは、高速飛行に使っていた爆発的な魔力を放たれ、アースの魔炎を貫いた。完全に炎の勢いは止まらなかったが、宇宙空間で超小型飛行物体との衝突を想定した、魔力障壁を起動しつつ、ヴァラムは炎の中を突っ切った。
だがアースはそれも見越していたのか、魔剣を構えて、ヴァラムを迎え撃つ。ヴァラム再び推進機関からの魔力攻撃を行うが、アースはそれをものともせず、慣性でアースの方へと近寄っていたヴァラムを剣で斬りつける。ヴァラムは魔力障壁を前方に集中させ、更に機械腕で防御する。しかしアースの攻撃を和らげることはできたものの、その威力はなお、ヴァラムを大きく吹き飛ばすほどで、姿勢制御すらできず、彼はなすすべなく壁に追突する。
「さて。今のでどれだけ魔力が減ったかなぁ。その推進力と重力制御装置のおかげで、それなりの魔力は積めているんだろうが、消費も激しいはずだ。あと何分飛べる?あと何発障壁を展開できる?あと何度攻撃できる?まぁ、どれも無益無意味だがね」
ヴァラムは崩れた壁の瓦礫の中から立ち上がる。幸いにも、背中の飛行装置は壊れてはいなかったが、機械腕は損傷が激しく、特に右腕に装着していたものは動かず、ただの重りとなっていた。
「ああ、最高速度で飛行できるのはあと三分。次お前の攻撃を喰らえば、障壁の再構築は不可能。そしてお前に俺の攻撃は通じない。だが、俺は信じているんだよ」
右腕の機械腕を解除し、背中の推進器に装着しながら、ヴァラムはアースにむかって不敵な笑みを漏らす。
「俺が戦えるこの三分で、きっと、俺の仲間がお前を倒すってな」
ヴァラムがそれを言い切る直前に、アースの背後には先ほどまで倒れていたバルーとタナーシャが迫っていた。剣を振りかぶるバルー、光の縄を左腕に纏わせるタナーシャ、二人の攻撃に気づいたアースは即座に後ろに飛ぶ。アースがいた場所の床は、バルーの剣とタナーシャの拳で大きくめくり上がり、その砂礫が大きく飛び散った。
アースの視界は、飛び散る砂礫で一瞬阻まれる。前方の二人、特にバルーの剣を警戒していたために、アースは意識を前方に集中させる。そのせいで、背後から飛んでくるヴァラムに気づけず、彼の体当たりをその背中に浴びてしまう。破壊力は大したことはなく、殆ど無傷のままであったが、しかし彼女はまだ中空にいたために、姿勢を大きく崩してしまう。
身体が地面に対して平行になり、天井を仰ぎ見るような状態へとなる。そこを好機ととらえ、タナーシャは光の縄を飛ばし、アースの両足に巻き付けた。力勝負では負けないが、それでもこの状態では、アースはタナーシャにされるがままになるしかなかった。彼女が光の縄を全力で引き、アースは彼女の方へと引き寄せられる。そしてその方向にいたのは、剣を大きく振りかぶるバルー。何とか首を動かして、それを視界に入れたアースは、魔剣を大地に突き立て、何とか速度を落とそうとする。しかし無理な姿勢から剣を突き立てても、上手く刺さらず、ただ剣ごと引き摺られ続けた。アースは、剣で減速することを諦め、何とか上体を起こし、魔剣を体の前に構える。バルーの横一文字の豪快な斬撃に対して、それは十分な防御とは言い切れず、今度は全く反対の方向に、高速で飛んで行ってしまう。タナーシャは、自分も巻き添えにならないように、絶妙なタイミングで光の縄を解除し、アースは祭殿の壁に激しく追突した。
先の戦いから、祭殿の損傷も激しく、その衝撃で天井の石柱が崩れ落ち、アースの上に降りかかった。激しい砂煙が立つが、アースはまだ重傷を負ってはいなかった。
(ちぃ。油断した。タナーシャとヴァラムは、無視していい。気を付けるべきはバルー、ただ一人。私の身体を傷つけられるのは彼だけだ。彼にだけに意識を集中するべき……)
次の一手を思案していると、彼女は妙な震動が大地に伝っているのに気づく。急いで石柱をどけ、前方を向くと、床の上を丸太のように太い鎖が二本、まるで蛇のように這っていた。アースは左方向へと駆け、その鎖の蛇を避けるが、そこにバルーが駆け込んできた。素人剣術ながら、彼の膂力はアースにとっても危険なものであり、下手に剣で防ごうとすれば、また先のようなことが起きかねない。従って、アースは暫くその斬撃をただただ躱し続けた。
八度目か九度目の斬撃でようやく、初めてアースは魔剣で防いだ。鈍い鋼の音と、紫炎と赫耀の火花が飛び散る。力で負けるアースであったが、体幹、重心、剣捌きを完璧に整えたその防御は、バルーの剣を完全に防ぎ切っただけでなく、最後に魔剣を振り払うことで、バルーの剣を弾いた。その剣は彼方へと飛び、数歩先の床に突き刺さる。
取りに行こうと思えばすぐに行ける距離。
しかし、完全に無防備となったその隙を、アースがただ見逃すわけがなかった。魔剣を握る右腕を巧みに返して、鋭い斬撃を繰り出す。いかにバルーといえど、防がねば致命傷となり得る攻撃。
剣が、バルーの身体を刻もうとしたその瞬間、アースの左方向から、あの光の縄が再び飛来してきた。それはバルーの右足に巻き付き、そして凄まじい勢いで彼はタナーシャの方へと手繰り寄せられた。アースの魔剣はバルーを捉えられず、空を切った。しかしアースは焦っていない。何故ならここまでは彼女の想定内だったからだ。
「はは、そうすると思ったよ」
そう言うとアースはあらぬ方向に走り出した。その先にはタナーシャとバルーは勿論、ヴァラムもいない。しかし先ほどの攻防で弾き飛んでいた、バルーの剣が床に落ちていた。
彼女はそれの前に立ち、バルーの方へと勝ち誇った笑みを見せる。
「私の”元”部下に習ってね。魔剣の二刀流と行こうか」
そう言ってアースはバルーの剣を拾い上げる。
剣はアースの身の丈よりも大きいが、彼女はそれを軽々と片手で拾い上げた。しかしアースの表情はどんどん曇っていく。
「バルー、君は、君は一体何者だね?これは、これは一体なんだ?」
アースは顔をバルーの剣から離し、バルーのいた方を向く。しかしその先にはタナーシャだけで、バルーはいなかった。
そして独特の風切り音に気付いたときには、もう手遅れだった。
ヴァラムが、バルーをその腕で抱え、アースの死角から高速で接近する。アースがヴァラムたちの方に顔を向けると同時に、ヴァラムはバルーを投げ飛ばす。
高速移動の慣性が乗った、バルーの突進に、アースは反応しきれず、回避も防御の姿勢も取れなかった。バルーは左拳に魔力を込め、そしてそれを思いっきりアースの顔面へと叩きこんだ。
アースは衝撃で魔剣とバルーの剣を手放し、そして床に強く叩きつけられながら、祭殿の壁にそのまま追突した。
「おのれ、まさか。まさか。竜因の力を、お前のような孤児がなぜ」
アースはよろよろと立ち上がる。口から流れる血を手で拭い、口内の血を吐き出す。
「世の中の誰にでも、お前が想像できない深い物語があるということだ」
そして今度は先程のアースのように、バルーがその二振りの剣を手に取った。
「僕の中に流れる竜は炎の元素を操る。だがそれだけではない。炎が鉄を溶かして剣に変えるように、水を沸かして物を動かすように。その根源的な性質は、資源を燃やして力に変えること。我らの一族に伝わる、その竜の名は<タキサ>」
そう言うと、バルーの手から炎が噴き出し、それがアースの魔剣を包み込む。みるみる裡に魔剣は融解していき、バルーの身体に取り込まれていった。
その様子を、アースはただただ呆然と眺めていた。
「何が、魔剣が、取り込まれた……?」
炎がすっかり消えると、黒い灰が僅かに舞い散り、バルーの右手が赤々と光っていた。
「これでお前の力は文字通り半減。もう勝ち目はない。潔くこの場から立ち去れ」
バルーの手から赤い光が少しずつ薄れ、同じく髪の毛も黒へと戻る。もう戦う必要はないと判断したためだ。
「馬鹿な。その甘さと偽善、自分が死ぬまで治らんか!!」
アースは走り、バルーへと右拳を振りかざす。だがその拳はバルーへと届かない。彼女の右腕にタナーシャの光の縄が巻き付いて、その拳を止めていた。
「お前には永遠わかるまい。少し手荒だが、頭を冷やしてくるんだな!」
そう言うと、タナーシャは全力で光の縄を引っ張り、そのままアースを、先程の攻防で天井に空いた大穴から放り投げた。砲弾の如き速度で、アースは、遥か彼方へと飛んでいった。
「うわぁ、大丈夫かよ、アレ」
その顛末を心配そうな表情で見つめるヴァラム。
「彼女の魔力なら、少し怪我は負うものの、命の危険はあるまい」
三人は祭殿の中央に集まり、神居の扉を見据える。その端に、この激闘の中、ずっと呆然と生気なく立ち尽くす女が目に留まる。激しい戦いで、すっかり忘れていた彼女の存在を思い出し、三人は少し警戒しながら、それでいて急ぎ足で彼女の下へと駆け寄った。
「君は、巫、なのか?」
バルーは、最初のアースとのやりとりを思い出し、彼女の素性を確かめる。だが彼の問いに彼女は答えない。
「うーん、敵対してる、ってわけではないんだよな。ただ連れてこられたってだけで」
ヴァラムは、彼女を見つめる。巫の女性は目を開いているが、虚ろで、まるで何も見ていないかのようであった。
「……彼女、見たことがある」
タナーシャが、ふと、ぽつりと呟くと、今まで何の反応も無かった巫の肩が僅かに震える。
「……王子、」
か細く、喉の奥から絞り出したような声、ともすれば呻き声のようにも聞こえるそれを、確かに三人は聞き取った。
「やはり、<ドゥスエンティ>の巫、か」
そう話しかけられ、巫の目には、光が少しだけ宿る。彼女は何とか言葉を発そうとするが、ただ口をぱくぱくとさせるだけで、声がでない。
それを見て、タナーシャは、彼女の両肩に両手を優しく添える。
「どんな艱難辛苦を味わって来たか、私には想像もつかない。だが、もう安心してくれ。恐怖は去った。あとはただ、ゆっくり休んでほしい」
タナーシャは、優しく、巫の顔を見つめながら、ささやきかける。
巫からの返事はやはりない。しかし頬を伝う大粒の涙が、他でもない何よりの返答となっていた。




