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水底の鳥 最終節

 一方、聖騎士隊の飛空艇では、どよめきが一層強くなっていた。最強と名高い隊長の魔術が防がれたこともあるが、それ以上にそれを防いだ術が、魔術ではなかったという点である。初めて見る者も多いが、大多数が直感でそれが神術であることを察していた。

「一体、何が起きて……」

 一人の聖騎士が思わずそう漏らすと同時に、注目の的であった飛空艇から、一人の少女が出てくる。

 その少女は長い金髪をし、幼さの残る見た目に反して気品を纏っていた。

「彼女は、一体……」

「我が名はタナーシャ!<ドゥスエンティ>王家の第一王子にして、神に選ばれし巫である!!汝ら、何故我が旅の邪魔をする!?」

 聖騎士隊の動揺は頂点に達し、ついに聖騎士たちはお互いの顔を見合わせ、疑念を口にし始めた。

 それに見かねたアースは、とうとう口を開いた。

「馬鹿者どもが。彼女が<ドゥスエンティ>の王子だと?ありえない。奴はただの密航者だ!何故王子ともあろう存在が、密航船に、しかも孤児二人と旅をしている!?<ドゥスエンティ>の人間はどいつもこいつも嘘つきばかり。そういう国民性だ。真相はこうだ。知っての通り、先の大戦で、<ドゥスエンティ>は貧しく落ちぶれ、多くの人間が<ユヴァート>に逃げてきた。奴らは、<ドゥスエンティ>にルーツを持つ、卑しい孤児三人で、そして飛空艇を盗んだ。それだけだ。わかったらとっとと飛空艇を撃ち落とせ!!」

 だがアースの言葉でも、聖騎士隊の動揺は収まらなかった。アースの言う通りならば、新たな疑念が浮かび上がる。

 もしただの孤児に過ぎないなら、如何にしてアースの一撃を防いだのか。

 だがアースへの恐怖に、誰もその疑問を口に出せなかった。しかし二番隊の隊長、ルファは恐る恐る、その全員が抱える疑惑を言葉にした。

「恐れながら。しかしでは先ほどの術は一体何でしょう?皆が目にしました。ただの孤児が、そのような力を一体どこで?」

 ルファは神術という言葉を使うことは避けたが、出来る限り疑問は表現した。アースは、ルファとシヴィの目を順番に見た後、後ろを振り返った。

「聖騎士たちよ。なるほど諸君らの疑心は理解した。確かに、彼らはただの孤児ではない。しかし全てを伝えられない。いずれにせよ、これは国を守るためだ。彼らは国を害する存在だ。それ以上の理由が必要なほど、君たちの愛国心は脆弱ではあるまい?」

 彼女は魔術を使ったわけではない。しかし愛国心という言葉の魔力は、たちまちその場にいる聖騎士たちを盲目にさせ、目の前の少女を「自称王子の反逆者」と認識し始めた。

 だが、少しだけ遅かった。

 飛空艇を繋ぎとめていたはずの鎖が次々と落ち、飛空艇は自由の身になってしまった。




 時は少しだけ遡り、ヴァラムの飛空艇の中に戻る。

 タナーシャが船上で大立ち回りを演じている間、バルーは周りの状況を事細かに観察していた。

「飛空艇周りの鎖、見たことがある。そうだ。カシズンビ・ババ工業、<ジェヴァイヴ>の西側諸国に多大な影響を持つ企業にして、東西併せて最も巨大な軍需工場。これは彼らがかつて作った空挺用の超磁力捕獲装置。しかし、あまりに大きな欠点があり、結局あまり生産されなかったヤツだ」

「けどその失敗作に、俺たちは今まさに困らされてんだぞ!批評は後にして、解決策をだな!」

 ヴァラムは焦燥感に駆られ、バルーを急かす。

「慌てるな、ヴァル。欠点さえ知っていれば、この兵器は恐れるに足りん」

 そう言うとバルーは、飛空艇の床に両手を置く。

「ヴァル、合図で飛空艇の機関を全部切れ。そして三秒後に、再起動だ」

「あーわかった、わかった。全くどいつもこいつも、今から何するのか説明しないな本当に!!」

 愚痴を言いながら、ヴァラムはエンジン起動のスイッチに手をかける。

「今だ!<反転(ヤシャス)!>」

 ヴァラムは指示通りにエンジンを切る。そしてそれと同時に、飛空艇を繋いでいた鎖が一斉に外れた。

「落ちるぞ!早くエンジン戻せ!」

「そんなすぐに切ったり付けたりできないっての!」

 ヴァラムは一生懸命飛空艇を操作する。しかし飛空艇は、あえなく海面に突っ込んでしまう。数秒後、海中で、再びエンジンに火が入り、無事海から飛び立つことができた。更に、一度海に潜ったこともあって、幸いにも聖騎士隊の包囲網を抜けることができた。

「ふっふー!!本当に鎖外れた!一体何したんだバルー!!」

「あの鎖は、魔力の流れで磁界を生み出すんだが、これは魔導制御がされてないんだ。今の魔導機械は、普通魔力の流れと、自動魔術の体系が外部からの影響を受けないようにされてるが、残念ながらこの鎖が作られた時代は、その手の制御が重要と思われてなかったんだ」

「じゃあ、<ユヴァート>の連中はそんな不良品を使っているのか?おかしな奴らだ」

「西大陸の工場だったからな。まぁよく調べず、肩書だけで買ったんだろ。って、それよりタナーシャ!彼女は大丈夫か!?」

 慌ててバルーは操縦席の方へ向かい、上底部の窓から機体上部を伺う。

 すると、びしょぬれになったタナーシャが、窓ガラスへと突如張り付き、自身の無事を告げた。

「ああ、良かった、無事みたいだ。搭乗口を開けてやれ。まぁ彼女の膂力と握力なら問題なくしがみつけるだろうが、全速力で逃げないと追いつかれるからな」

 一難去ったと、少し安心し、バルーは副操縦席に座りこむ。

「しかしどこを飛ぶ?追いつかれはしなくても、攻撃されたら困るぞ」

「街の方向に迎え。奴らも市街地に向かっては攻撃できまい」

「本当か?聖騎士なら何でもやってきそうだが」

 バルーの提案に、少し疑念を抱きながら、市街地へと舵を切る。

「ああ、問題ない。先ほどのやり取りが証拠だ。タナーシャが出てきても、聖騎士はすぐに攻撃しなかった。さっきの話の続きだが、恐らく第一番隊はエネテヤとの戦いでかなりの痛手を負ったんだろう。アース以外が攻撃してこなかったのが証拠だ。他の隊員は上手く状況を飲み込めていない。とすると、あそこにいたのは治安維持の二番隊か、捜査局の四番隊が妥当か。だからタナーシャが名乗りを上げて困惑した。表向き、<ドゥスエンティ>の王族は、先の大戦の戦争責任を負って、自国で軟禁状態、のはずだからな。なら、市街地に攻撃をすることはまずあるまい」

 バルーの説明を聞いて、ヴァラムは納得し、市街地沿いにまで飛空艇を飛ばす。




 突如拘束から離れ、海に突っ込んだかと思えば、包囲を逃れた飛空艇に、意思を固めつつあった聖騎士隊も再び動揺する。

「一体どうやって……、追いかけましょう!」

 ルファが部下に迅速に指示を出す。しかしアースは、昇降口から飛空艇を飛び立った。慌ててシヴィもその後ろを追いかける。彼女は飛空艇を次々と飛び移り、一番ヴァラムらに近い飛空艇に飛び移った。

「隊長!もうこれ以上、彼らは騙せない!タナーシャらもそのことに察している!!見ろ、奴ら、市街地の中空を逃げてる。仮に外さなくても、飛空艇が墜落すれば、辺り一帯はただじゃ済まない!攻撃すれば、もう釈明の余地はない!」

 必死の副隊長の説得に、アースは後ろを振り返る。だがその表情を見て、シヴィは咄嗟に身構える。

「<魔剣(イアト・)、召喚(シアギティクス)>!やめろー!!」

 アースを制止すべく、シヴィは咄嗟に駆けだす。しかし間に合わなかった。

 アースは剣を振るい、再び炎をまき散らす。そしてその炎は、真っ直ぐヴァラムらの乗る飛空艇に飛んでいくが、それは飛空艇の左翼をわずかに掠めただけであった。

 そして、シヴィの危惧は現実のものとなった。炎はその反動で少しだけ軌道がそれ、全く別の方向に飛んでいく。随分と長い飛翔の果てに、炎の剣閃は、街の上空を飛んでいた大型の飛空艇の貨物機に向かった。炎は貨物機の右翼に搭載された二台の推進機関のうち、手前に激突した。




「馬鹿な!あいつやりやがった!!クソ、どうする!」

「僕のせいだ、僕が浅はかだった……」

 ヴァラムとバルーは互いに目の前で繰り広げられた惨事を見て、自分たちの後悔を嘆く。どうにかできないかと、貨物機を見つめるが、その飛空艇は、右に大きく傾いて、どんどん地上に向かって墜落していく。

 そうすると、開いた搭乗口から、タナーシャがにわかに顔だけだし、

「あの貨物機を助ける!二人はこのまま真っ直ぐ逃げてくれ!だができるだけ高度を上げてくれ!これ以上巻き添えを出したくない!」

 と二人に話しかける。驚きと動揺ですぐさま答えることができず、結局タナーシャは、彼らの答えを待たずに再び、機体の上に戻った。

 ヴァラムとバルーはお互いの顔を見合わせる。

「助けるって」

「どうやって」




 機体の上でタナーシャは、貨物機を真っ直ぐと見つめていた。

「また、お力を借ります。<ヴァニト、嵐の神(フィニス・インガマ)その荒ぶる四肢は(シュンフ・ヘトヘンシ)風を(ナピフシュエ)掴み(、インジャム)雲を走る(ナピラム、ベーム)>!」

 神術を唱え終わると、彼女は飛空艇の上を大きく跳ねた。放物線を描く彼女の軌道、しかし彼女は暫く落下した後、まるでそこが地面かのように、再び跳ねる。それを何度も繰り返して、<オーシヴ>の上空を、煙を出しながら飛ぶ、その貨物機の右翼に飛び乗った。

「手前の推力装置はもうだめか。奥の方も煙が吹いている。左翼側の装置だけでは、長くは飛べないだろうな」

 彼女は観察を終えると、貨物機最前の、操縦席の上部に飛び移る。

「<我が声を届けよ(タ・ウフナ、アト)>」

 そう唱えると、タナーシャは目を閉じる。

『操縦者の方、聞こえるか?』

 当然、厚い鉄板で覆われ、高速で墜落する飛行機の上で発した言葉が、操縦席の人間に届くわけがない。しかし主操縦席に座っていた機長は、頭の中で響いた声の正体を突き止めようと、副操縦士や、周りで必死に動いている船員を見回すが、誰も作業に必死で、こちらを見返さない。

『私は今、この船の上にいて、君の頭に直接語り掛けている。助けになりたい。状況を教えてくれ』

「一体、君は何を」

 ぽつりとつぶやいた言葉に、周りの添乗員や副操縦士が反応して、機長を見る。

『君は頭の中で言葉を唱えてくれるだけでいい』

 まるで船内の状況を把握しているかのように、タナーシャはすぐさま言葉を投げかけた。

『……これで、聞こえているのか?』

 「頭の中で他人と喋る」というのは初めての体験で、機長は恐る恐る言葉を紡いだ。

『大丈夫。船の状況を教えてくれ。飛行はこのまま可能か、無理ならどこに着陸する予定なのか』

『君は一体何者だね?助けるってどうやって助けるんだ?』

『何者でも。兎に角、状況を教えてくれ』

 名乗らぬタナーシャに対して、疑心暗鬼になりつつも、後ろから聞こえてくる船員たちの不安そうな声と焦りを聞き、藁にすがる思いで、機長はその言葉の主を頼ることを決意した。

『私は機長のイパ・ジャスラ。右翼の第一機関が全壊、第二機関も出力不足、燃料が漏れだしているが、引火の可能性はない。本機は<オーソンヴェット川>に緊急着陸を行う。しかし現状では真っ直ぐ飛ぶので精いっぱいで、海より河川の方が距離は近いものの、川に辿り着く可能性は限りなく低い』

『承知した。右翼を私が支えよう。それ以外に手伝ってほしいことは?』

 支えるなんてそんな無茶な、と驚愕を隠せない機長。しかし、声の主が可能か否かは最早問題ではないと判断し、それならばと彼女にできる限りを頼もうと決意する。

『なら、その前に、お願いがある。右翼側へ送られる燃料菅があるが、そちらの方が露出していて、燃料の液体魔力が流れ出している。本来は安全弁があるはずだが、それも損傷したようだ。その燃料菅の様子を見て、燃料の漏出が防げないか試して欲しい』

『承知した』

 タナーシャは再び空を駆け、船体のちょうど半ば、その下底部に張り付く。確かに分厚い鉄板が剥がれ落ち、その中から確かに燃料管がみっともなく垂れさがり、赤色の魔力燃料が絶え間なく流れ続けていた。

 近くで見ると、その管の外側には、ちょうど竹の節のように、一定間隔で線が入っているのがわかる。その一つ一つが、もしどこかに穴が空く、あるいは今回のように断裂した場合に、燃料の流れを制御しやすくするための安全弁であった。本来ならばその断裂した魔力菅から、一番近くの安全弁が閉じ、不要な燃料の漏出を防ぐはずであったが、見ての通り、何故か機能していなかった。

 タナーシャは、物は試しだと、ちぎれた箇所の一つ前と、二つ前の安全弁の中腹を両手でつかみ、勢いよく引きちぎった。すると、先ほどまで垂れていた魔力燃料が突然止まった。管の中を覗くと、そこには青い蓋のようなモノが見え、魔力液が流れ出るのを防いでいた。

「これでいいだろう」

 タナーシャは再び飛び、今度は右翼の上部に飛び乗った。

『魔力燃料の漏れは止まったか?」

 再び彼女は機長に話しかける。すると

『ああ、止まった。君は空でも飛べるのか!?』

 と感嘆の声が返ってきた。

『似たようなモノだ。ここからが本番だ。私はできる借り右翼側を支える。機体の均衡を取るのはそちらで任せて大丈夫だな?』

『もちろんだとも。絶対に街には落とさない』

 そう言った後、タナーシャは軽く上に飛び、少し落ちた後に、翼の下に入り込むよう、空を駆ける。

 彼女は飛空艇の翼に両手を当て、力を籠める。

 すると貨物機は、その傾斜を徐々に元に戻す。タナーシャが力を入れ続け、さらには頭、肩まで翼に付けて、思い切り力を出す。声まで張り上げて全身の神の力を励起させる。すると飛空艇は、その両翼が完全に水平になり、飛行が安定し始めた。




 遠くでその様子を眺めていた、聖騎士隊や、ヴァラム、バルーは、皆その光景に驚いていた。ネズミが象の足を持ち上げるような馬鹿げた行為にもかかわらず、それによって確かにあの貨物機はかなり安定した飛行状態になりつつあったからだ。

 勿論アースとシヴィも同様であったが、少しだけアースの表情は周りとは違った。彼女は不服そうに眉をひそめていた。自身の炎が、反逆者を焼き払えなかったことか、あるいはその逃亡者が自身の不手際の尻ぬぐいをしていることへの苛立ちか。いずれにせよアースにとって、今の状態は不愉快なものだった。

「見ろ、シヴィ。今ならば、あの女も、わが攻撃を避けようがあるまい」

 そう言いながら、アースは剣先をタナーシャと貨物機の方へと向ける。

「馬鹿な!あれほど大型な飛空艇、貨物機であっても何人乗っているか!!しかも市街地の真上ですよ!!」

 だが、アースの狂気じみた表情に、シヴィの言葉は一切響かない。

 そんな中で、また別の聖騎士が、彼らの立つ飛空艇の甲板の上に飛び乗ってきた。

「アース様、シヴィ様!ルファでございます!これ以上、情報は共有できないことは承知しております!しかし何故、何故です!我が国に反旗を翻す者が、何故あのように、墜落しつつある飛空艇を助けているのですか!!彼らは一体、何者ですか!?」

 声を荒げて、状況を整理するよう、二人の上官に訴えるルファの声は、アースの凶行を一時的に止めさせることはできた。

「ルファ、ああ、ルファ。頭を働かせたまえ。反逆者が助けるのは、それはあの飛空艇に反逆者の仲間がいるからだ。簡単なこと。貨物機ごと、撃墜したまえ」

「ば、ばかな。失礼ながら、筋が通りません!」

「それは貴様の視点での筋だろう。また別の観点においては、辻褄があるのだ。それが愛国者であれば気づくはずの、もう一つの事実だ」

 無茶苦茶な論理を重ねるアースであったが、再び繰り出される愛国者、という言葉に、ルファはまた尻ごみをしてしまう。

「まあいい。私の邪魔をしなければ。今より、船を、あの女ごと撃墜する。その後、無断飛空艇も同様に撃墜だ。逃走した時点で、奴らは治安を乱す犯罪者だ」

 しかし「治安を乱す犯罪者」という言葉は、ルファの根源的な正義に訴えかけるものがあった。

 アースは再び剣を構え、炎を灯す。勢いよく振り下ろそう、という瞬間、魔剣を持っていた彼女の右腕は、突如何らかのものに拘束され、右に強く引っ張られる。身体ごと引っ張られぬよう、アースは踏ん張る。

「何のつもりだね。ルファ」

 右腕に巻き付いていたのは、鎖だった。その鎖は、ルファが持つ魔剣、剣も刃もつかぬが、治安を維持するという職を持つ第二番隊の隊長にとっては最適の魔具には間違いなかった。

「我々は二番隊、治安を維持するもの。貴方のその行為は、何の罪もない人々の安全を脅かすもの。例え一番隊の隊長であろうと、見過ごすわけにはいきません!」

 ルファは、魔力は平均的な値しかない。しかしそれを補うように、極限の鍛錬によって、己が肉体の筋肉量を人類の持ちうる最大限にまで保ち続けている。彼の鍛錬は、魔力量という短所を補ってあまりあるものであり、二番隊隊長の地位に上り詰めるほどのものであった。だが、そんな彼が、両腕と全身を使ってまで引っ張っているにも関わらず、アースは右腕だけで軽く対抗していた。

 驚くべきことは、それだけではない。ルファの魔剣は、拘束相手の魔力出力を低下させる呪いを放っている。それでもなお、アースを完全に無力化させることができないのだ。

「なるほどな。私は罪人、か。だが、そういうことなら私も一番隊としての責務を果たさせてもらおうか」

 その言葉の真意に気づいたのは、シヴィだけだった。

「逃げろ、ルファ!!」

 忠告をかつての部下に促すシヴィ、しかし、もう手遅れだった。

「え」

 アースは右腕を思い切り引っ張る。するとルファは一瞬で力負けし、彼の身体は空中に浮く。そしてまるで何かに吸い込まれるかのように、アースの方へと近づいていく。ルファは、未だ何が起きたか把握できておらず、何の反応も取ることができなかった。

 成す術はなかった。アースが軽く振りぬいた左拳は、ルファの屈強な腹部を、一瞬で貫通した。

「愛国者であり、偉大なる皇族を守護する我ら第一番隊に仇を成し、あろうことか国家の反逆者に与するような行為、間違いなく、国家反逆罪だな。即刻死刑、だ」

「ルファ!!」

 ここまで足が動かなかったシヴィだったが、かつての部下の致命傷を目の当たりにし、思わず駆けだしていた。空を飛ぶ飛空艇の上だったので、このまま受け身が取れねば落ちてしまいかねなかったので、シヴィはルファを体で受け止めた。

「ルファ、ルファ!!ああ、私が、私のせいだ……」

 シヴィの腕の中で、ルファの黄金に輝く黒い肌が、赤い血でみるみる汚れていく。完全に内臓が露出し、みるみる命が失われていく。

 何とかしようと、シヴィは治癒魔術で、彼の腹部を回復するが、損傷した箇所が多く、出血すら止められないでいた。加えて重要な臓器すら破壊されており、もう彼の命は風前の灯火であった。

「あ、ああ……すみません隊長、二番隊の、誉れある隊服を、血で濡らし……」

 無理やり喋ろうとするルファだったが、口から血を吐き、強くせき込む。その度に痛みも走るのか、酷く彼は悶えていた。

「ああ、ダメだ、頼む、死なないで……」

 弱々しく部下を助けるシヴィだったが、治療設備のないこの場では、これ以上彼の命を繋ぎとめることはできない。しかし今この場を離れれば、アースを止める存在はもういなくなる。

「あ、ああ。シヴィ、様」

 血にまみれた喉から、辛うじて発された言葉と共に、ルファはその手に持っていた魔剣の鎖を、かつての隊長へと差し出す。

 その行為を目にし、シヴィは決意を固めた。かつて自身が使っていた魔剣、それを手に取ると、ルファは安心したかのように目を閉じる。魔剣と共に受け取った彼の意思を胸に、シヴィは毅然と、アースの方へと向き直った。




 一方その頃、必死に飛空艇を持ち上げるタナーシャであったが、彼女のおかげもあり、目的地であった川の近くまで、その貨物機は飛んでいた。

『行ける、行けるぞ。ありがとう、もう少し、もう少し耐えてくれ!』

 彼女の頭で、機長の言葉が反響する。しかしタナーシャは返答する余裕がなかった。頭の中で言葉を紡ぐことすら難しいほどに、彼女の心身は共に疲弊しきっていた。神聖晶を取り込んだ後とはいえ、これほどの神気の消費は、彼女の命を削りかねない。

 しかし彼女の努力は無駄とはならなかった。飛空艇はもう大河の上空を飛び、あとは上手く着水するだけであった。しかし同時にタナーシャは飛空艇から離れ、水の中に投げ出された。もう空を飛ぶだけの力は残っていなかった。貨物機の船長は、しきりに頭の中で感謝を唱え続けるが、対話の術もまた、既に途絶えていた。

 タナーシャは意識が蒙昧の中、水に沈んでいく。神気を使いきったわけではなかったが、このままでは溺死する。彼女は薄れ行く意識の中、現状を把握しようと、僅かに目を開ける。しかし手を伸ばしても、掴めるものはなく、脚を伸ばしても、歩ける大地はなかった。水面に向かって顔を上げるが、光が少しずつ薄れて、視界が徐々に暗闇に包まれていく。もう彼女には、それが、水深の深さからなのか、失神しそうだからなのかの判断をすることすらできそうになかった。

 しかし諦めかけた瞬間、タナーシャの腕を何かが掴む。それはあっという間に、彼女を水中から引き出した。空気が戻り、彼女は飲み込んでいた水を吐き出しながら、意識を取り戻す。

「タナーシャ!」

 彼女の手を掴んでいたのは、バルーだった。彼は飛空艇の船底にある搭乗口までの足場に右手で捕まり、もう片方の左手だけでタナーシャを引き上げていた。

「ば、バルー……」

「すまん!労いの言葉は後だ!兎に角昇ってくれ!」

 バルーに急かされ、タナーシャは目の前の、バルーが足を引っかけていた足場に両手でしがみつく。

「ありがとう、バルー」

 タナーシャとバルーは少し船上で休憩した後、昇降口に登り、船の中に入った。

「タナーシャ!バルー!よくやった!大丈夫か!?」

 ヴァラムが操縦をしながら後ろを振り返り、二人の安否を確認する。

「ああ、心配ない。タナーシャ、って、眠っちゃったか」

 バルーに肩を貸されて、歩いてきたタナーシャは、もう目をつぶり、休眠に入っていた。

「しかし、聖騎士め。一般人を巻き込むどころか、助けようともしないとは。しかし川の中に入ったのは、不幸中の幸いだったな。おかげで、見ろ。あの聖騎士たちの船、あんなに遠くだ」

 ヴァラムが指さす方向には、あれほど巨大な船の軍団が、小粒程度の大きさになっていた。

「だが油断はできん。相手はあのアースだ。空でも飛んで……」

 バルーが言い切る前に、船の横を高速で何かが飛来していった。それが先程から何度も見たアースの炎であることには、二人もすぐに気づいたが、衝撃的な出来事に一瞬二人が固まる。

「に、にげろー!!」

 バルーが叫ぶと同時にヴァラムは思いっきり飛空艇の加速をする。だがそれでもなお炎の剣は、いくつも船を追いかけてきた。遠くからの攻撃ということもあり、避けるのは難しくはなかったものの、一撃でも当たれば即座に撃沈されるという事実は、ヴァラムの手に汗を握らせた。そして彼は、ほんのわずかに、操縦桿の操作を誤り、飛空艇の左翼に炎が掠めてしまう。飛行は可能だったが、そのせいで機体の姿勢が大きく乱れ、続く炎の剣が完全に飛空艇を捉えていた。回避は不可能に近かった。

 だが、その炎の剣は、飛空艇の手前で、大きな音と共に爆発した。一瞬炎に包まれるものの、飛空艇は大きな損傷もなく、そのまま飛び続けることができた。炎が煙幕となっていることに咄嗟に気づき、ヴァラムは回避行動を辞めて、飛空艇を兎に角真っ直ぐ、最速で飛ばすことにした。これが功を奏したのか、煙から抜け出したころには、もう紫炎は飛んでこなかった。

 一体何が起きたのか、と周りを見渡すと、先ほどまですぐ後ろにいたバルーがどこにもいなかった。飛空艇を自動操縦に切り替え、後方へと行こうとすると、ガタン、と昇降口が閉じる音がした。その音を聞いて、ヴァラムは昇降口の梯子を見上げると、くたびれた様子のバルーが、ゆっくりと降りてきていた。

「お、おい。バルー、外にいたのか!?って、もしかして、アースの攻撃を防いだの、お前か!?」

「ああ、一か八か、だったが、遠くからの攻撃で威力が減衰していたみたいだ。精一杯魔力を振り絞ったら、何とかなったよ」

 そう言うとバルーは、どさりと床に座り込んでしまった。

「すまん。僕も疲れたよ。しばらくは、君に運転任せていいか?」

「い、いいけど、次の目的地、まだ決めてないだろ?」

「どこでもいいさ。君の母上の手帳に載った場所ならね」

 そう言って、バルーもまた目を閉じてしまう。

 困ったと、頭をかきながら、彼は懐にしまっていた手帳を取り出し、再び操縦席に戻るのであった。


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