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真星界エト・ルムン -三界の世子-  作者: ネコ一世
託す者たち・残された者たち
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託す者たち・残された者たち 第一節

 炎と鉄。怒声と悲鳴。暴力と破壊。

 どこを見渡しても、混沌と錯乱に満ちた狂気の空間にも関わらず、夥しいほどの人の群れは、まるで猛獣に追われた家畜(アファ)のように、ある一方向へと大挙していた。そんな中で、二人の人間が、その群れの行く方向に逆らって走っていた。

「お早く、姫様!早くしなければ神の門(ルムン・ウバム)が閉ざされてしまいます!」

 やや平均よりも背の高い女性は、手を固く繋いでいる幼い赤髪の少女を急かすように声を荒げる。しかし女性の力強い足取りと異なり、少女はその表情に躊躇いを浮かべていた。

「見えました!神の門、あちらが行きの門です!」 

 女性の指さす先にある二つの光の洞穴。蒼黒い閃光が走る巨大な門は、行きと帰り専用の二つに分かれている。しかし、帰りの門より現れる群衆に対して、行きの門に向かう人は僅かであった。

「空いております。さあ早く。このまま走れば問題なく向こうへ行けます」

 額に汗を流しながらも、パッと明るい表情を見せる背の高い女性。しかしそれに反して、少女の心中にある不安の渦は、徐々に大きくなっていった。

「セペセヴァ、<玄黄星>へはどうして、人が行かないの?」

 セペセヴァと呼ばれた長身の女性は、少女の言葉によってその表情を再び曇らせた。

「姫様、<玄黄>は確かにひどき星です。かの暴君治める悪辣な星です。しかし我々にはあの星しかないのです。<天藍>は決して我らを受け入れないでしょう。奴隷の身に落ちるしかありません。<玄黄>でもきっと、卑しき身分でいるしかないでしょう。それでもなお、自由があるのです」

 セペセヴァは、本音を隠さなかった。これ以上の虚勢は姫に心配を与えるだけだと理解したためであろう。彼女もまた、この逃避行は本意ではなかったが、しかしこれこそ最も彼ら、いや姫にとって最善の道であると信じていた。彼女の強い意志に負け、姫は言葉を発さず、黙々と歩を進めた。

「いたぞ!!あの二人を門に近づけるな!!」

 その時であった。彼らの後ろから、数多く駆け付ける同じ服装に身を包んだ人々。

「まずいです!見つかりました!!」

 セペセヴァは、力いっぱい姫の手首を握り、そして走り始めた。強い力に引っ張られ、姫は僅かに痛みに顔を歪めるが、後方を振り返って、さらに青ざめた表情になった。

「門を通れば流石に追ってこれますまい!あそこまでは姫様、全力で……」

 激励の言葉を言い切る前に、セペセヴァと姫は、飛んできた赤き球体によって吹き飛ばされた。

「魔術を重ねろ。多少周りの人間が傷ついても構わない。決して二人を逃がすな!!」

 追手は、皆右手から炎の魔術を発して、二人の行く手を阻む。しかし大きく吹き飛ばされながらも、セペセヴァは自身の主人の手を離さなかった。セペセヴァの高い魔力量ゆえになせる技と言える。しかし今回ばかりはその優秀さと忠誠心が仇となった。多くの魔術炎は、姫を狙って放たれたゆえに、彼女は足を止め、姫を身を挺して守るしかなかった。

「くぅうう……」

 痛みに奥歯を噛みしめるセペセヴァ。魔力の障壁こそ発生させてはいるが、数十人によって同時にはなたれた魔術を防ぐには、さしもの彼女でも力不足であった。

「セペセヴァ、セペセヴァ!このままじゃ死んじゃう……」

「問題、ありませぬ。この程度の炎で命を手放すセペセヴァではありません」

 セペセヴァの言葉は嘘ではない。確かに彼女はこのまま数分程度であれば、耐え続けることは可能だ。しかし問題はこの炎の火力ではない。胸の中で姫を守るために、蹲り留まるしかない彼女に、少しずつ追手がにじり寄る、今の状況こそ危険なのだ。

 決断を下さねばならない。

 ここで振り返り、追手に反撃をするか。ダメだ、それでは姫に炎が当たるかもしれない。

 ここで立ち上がり、そのまま神の門へと駆けていくか。ダメだ、成功する可能性が低い。

 <玄黄星>の暴君が宣言した通りに事が進むならば、神の門が閉じるまで、それほど猶予はない。

「姫様」

 セペセヴァの決心は、非常に迅速で、最も確実で安全であり、そして最も悲劇的であった。

「セペセヴァは、もうここまでのようです。姫様は一人だけでも生きてくだされ」

 その告白が物語る結果は余りにも悲壮なのに、その表情はかつてないほどに柔らかであった。

「な、なに言ってるの!私一人では」

「生きるのです!!何をしてでも!!貴方は生きなければならない!勇ましくも戦で散った御母上のため!最後まで家族を守った御父上のため!繋ぐのです、命を!!」

 セペセヴァが手にしていたのは、赤黒く光る醜い塊。定期的に鼓動を繰り返すそれは、まさに

「あれは、魔獣の心臓!!」

 兵の一人が声を上げるが、その忠告が隊員全員に行き渡るのと同時に、セペセヴァは魔獣の心臓を体内に取り込んでいた。

 セペセヴァの身体より発される眩い魔力光は、彼女の身体に繰り返し直撃させていた炎を、全て書き消した。

「<イーピス>!!」

 力強く魔術を叫び、大地に両手を叩きつける。叩きつけられた腕に、思わず大地が驚愕でもしたように、突如として山の如き高い石の壁がそりたった。

「な、なんて魔術だ。早く壊せ!逃げられるぞ!!」

 壁の向こう側から、僅かに兵隊たちの声が聞こえる。彼らをもってしても、この壁を破壊することは容易ではない。

「お、いき、なさい」

 魔獣の心臓によって一時的に励起したセペセヴァの体内魔力であったが、巨大な規模の魔術の行使の代償もまた、大きかった。セペセヴァの指先は砂塵のように、風に飛ばされつつあった。

「セペセヴァ、セペセヴァ!死んではダメ!私一人では」

「ひとり、ではありませぬ」

 幾重にもひびが入り、今にも砕けそうな手で、姫の手をとるセペセヴァ。

「その身体にある剣、そこに私の魂はあるのです。王家に伝わる宝剣、魔を喰らう炎の黒刃。魔獣の心臓を取り込んだゆえに、私はその剣の糧となる」

 セペセヴァには、もはや呼吸をする肺もなく、言葉を発する喉も無くなったため、僅かに残った魔力で言葉を発する。涙で顔中を濡らす姫を、彼女の腕が優しく撫でる。しかしその腕は重力に負けて崩れ落ち、そしてそこから肩、胸、頭と、次々と砂礫となり、とうとうセペセヴァは土に還った。

 姫は、大地にあったセペセヴァの肉体だったものを右手で握りしめる。固く握りしめた拳から、僅かに炎が立ち上る。再び手を開くと、其処にはセペセヴァの肉体を成していた物は無かった。

 少女は立ち上がる。自分の意志で。

 少女は歩み始める。自分の力で。

 星と星を繋ぐ門は今にも消えようとしていた。しかしもう少女は、振り返ることもなく、立ち止まることもなく、その蒼い光の渦に体を投じたのであった。




 繰り返し木霊する金属音。静寂に包まれ、人通りも少ない<ユーメク>郊外の林の中で聞こえるのは、その音だけだった。

「ヴァル~、いるかい~?」

 それゆえに、その金属音を鳴らす男性は、家の外から必死に声を荒げ呼び掛ける青年の声を聞き取ることができなかった。

「うーん、まあいいや。勝手に入ろう」

 彼は戸を開けると、巨大な立方体のような箱の中には、同じく巨大な飛空艇がどっしりと構えていた。そしてその飛空艇の翼の下で、金属の板に何度も槌を叩きつける男がいた。

「おーい、ヴァル、ヴァールー!!」

 ヴァルと呼ばれた男はハンマーを振り上げる腕を止め、顔を上げる。

「おー、バルー。珍しいじゃないか、作業場に来るなんて」

 バルーと呼ばれた、黒髪の青年は呆れたように作業着の男を見つめる。

「はぁ。それより君が約束を忘れることを、いつか珍しいと言えるようになりたいね」

「あ、いっけね。今日だっけか」

 ヴァル、本名をヴァラムという青年は、急いで立ち上がって作業着を脱ぎ捨てる。

「全く、君が買い出しを手伝えと言ってきたんだろう」

「悪い悪い。今すぐ着替えるよ」

 彼はせかせかと服を纏っていく。気密性の高い作業着を着ていたためか、汗に濡れた体は新たに身に着けた服を少しずつ湿らせていた。

「なぁ、汗くらい拭きなよ。臭いよ、君」

「うるせぇなぁ。そういうなら自慢の魔術で、俺の身体を一気に乾かしてくれよ」

 悪態をつきながら、準備を続けるヴァラム。その言葉に苛立ちを覚えたのか、眉をいっそう吊り上げるバルー。

「はぁ、分かったよ。君の身体乾かしてあげるよ。汗すら一瞬で蒸発する熱風でね」

 するとバルーの右掌から、迸るように荒々しく火の粉を散らす炎が立ち上る。

「ああ、待った待った!悪かった悪かった!汗、ちゃんと拭くから、な!?」

 その行動に慌ててヴァラムは謝罪を繰り返し、作業台に置いていた布切れを手に取る。


「さあ、乗りな。街までは多少時間かかるから、体の魔力を整えておきなよ」

「おう、ありがとな」

 バルーとヴァラムは前後に二つづつ車輪のついた車に乗り込む。バルーは車に魔力を通し、魔導エンジンを跳ね起こす。

「相変わらずはえー起動だな。俺なら多分この車動かすだけで、日が暮れそうだ」

「僕が凄いんじゃなくて、君の魔力が貧弱すぎるだけだよ」

 確かにバルーは魔力量としては大して強くない。多少平均より上、といった程度だろう。しかしヴァラムの魔力の少なさは障害といって差し支えない基準値であった。先の飛空艇の修理の際に、身に纏っていた作業着は、まさに魔力によって硬化するものであったが、無論そんなもの普通の人間には不要である。身に纏う魔力が、多少の刃物や熱を防ぐからだ。しかしヴァラムの魔力は余りに僅少ゆえに、道具や外付けの物を使って無理やり強化しなければ、まともに作業することすらできない。

「魔力は父親譲り、ってこったな」

 冗談交じりであったが、僅かにその視線は遠くを見ていた。

「悪い。君の両親まで侮辱するつもりは」

「いいって。気にしてない。代わりに父親から色んなモノ受け継いだしよ。魔力だけが全てじゃないだろ」

 それから、<ユーメク>の中心に着くまで、その気まずい空気が車内を支配し、二人はまともに会話をすることはなかった。

「さ、到着だよ。まずはどの店から寄るんだい?」

「そうさなぁ、じゃあ最初はトゥヌマさんのとこかね。資材は重いし後回しだ。まずは回路や、魔力炉からだな」

 道は狭いために、バルーの車は街の入り口付近の広場に停めなければならなかった。そのためヴァラムは軽いものから買い込み、車に逐一積み込むことにした。

 トゥヌマの店は、街の魔導機の専門店が集まる一角にあり、人一人がぎりぎり通れる程度の狭い入口に、同じく両側を部品に囲まれ、窮屈な店内となっていた。そのためバルーは店の外で待つことにした。ヴァラムはというと、棚に所狭しと積まれた魔導機を物色しながら、自分のお目当ての物を探していた。

 その後、トゥヌマの店以外にも、魔導機の専門店を梯子し、最後にやや離れた場所に位置する金属資材の仲介業者へと向かって、必要な物を一通り買い揃えた。

「しかし買うも買ったり、だね。まだこんなに必要なのかい?」

「足りないくらいさ」

 バルーの車の後部座席は、すっかり小動物が入る隙間もないほどに、魔導機や資材で埋め尽くされていた。帰路につくため、二人もまた車に乗り込んだが、行きのようにすぐに車は走りださなかった。重量の増加のために、車が必要とする魔力量がかなり増えたためだ。

 車の出発準備が完了するや否や、二人の車の前に大人が五名ほど行く手を阻んでいた。

「あれ、<ユヴァート>の兵隊じゃないか?」

 ヴァラムの問いに、バルーは特に答えない。僅かに目を細め、怪訝そうに彼らへと眼光を飛ばしていた。

「君たち、少し待ちたまえ。話がある」

 その兵隊の一人、その胸の勲章の豪奢さから、彼らの中で最も地位の高いと思われる女が、二人の車へと近づいてきた。その女は運転席側へと向かってきたが、そこに座るバルーは、いつの間にか柔和な表情の仮面をかぶっていた。

「どうかなされましたか?」

「どうも、<ユヴァート>聖騎士団の者です。是非お二人にご協力していただきたいことがありまして」

 聖騎士を名乗る女は、青色の頑強そうなコートのポケットから機械を取り出すと、魔術で空間に画像を投影した。

「この二人は、我々の星を脅かす危険分子なのですが、実はこの近辺に隠れている、という情報を耳にしまして。お二人はこの者たちを見かけたことはありませんか?」

 その画像には二人の人間が映っていた。一人は長い黒髪を蓄え、褐色の肌をした三十代くらいの人物。そしてもう一人は二十代、ひょっとすると十代後半か、といった外見で、まるで貴金属のように光り輝く金の髪が眩しい、非常に見目麗しき少女であった。

「おや、お美しい方々ですな。彼らが如何にしてこの星の民を脅かすのです?」

 やや挑発的な含意を持たせた言葉を発するバルーだったが、その聖騎士は少しも表情を歪めることはなく、彼に微笑みかけた。

「残念ですが、それは秘密なのです。彼らは我ら<ユヴァート>が誇る皇家への、恐るべき大逆の徒であることだけしかお伝え出来ません」

 ヴァラムは何が起きているのかを知りたいのか、体を僅かに傾け、バルーと会話をしている聖騎士の様子を伺っている。座席の都合、ヴァラムの位置からは聖騎士の相貌も、投影された映像も確認しづらいのだ。

「あら、そちらの方は、こちらを存じ上げていて?」

 その視線に気づいた聖騎士は、ヴァラムが見えるように、体を横に傾けた。斜めになった頭に遅れ、重力に従い垂れ下がる銀色の髪、そして空をそのまま切り取ったような紺碧の瞳、彼に見えたのは聖騎士の身体のほんの一部であったが、しかしその一瞬で、彼の身体はまるで凍て地の強風にでも吹かれたかのように凍り付いた。

「おや、すみません。怯えさせるつもりはなかったのですが」

 髪と目、それは人間の魔力が最も発露する場所である。故に強大すぎる魔力を持つ者の髪の毛は、ヴァラムのような魔力の少ない者は、本能的に脅威を覚えてしまい、このように委縮してしまう。

「すみません、連れは魔力がそれほど強くないのです」

「いえ、謝る必要はありません。恐怖は大事な感情です。人が生き残るために覚えた最初の魔術ですから。しかしそうですね。貴方はともかくとして、そちらの方はご用心を。この二人は私よりも高い魔力を秘めた恐ろしい者たちです。夜出歩くなどはお控えなさった方が良いかと」

 聖騎士は再び体を上げ、視界にヴァラムが収まらぬよう配慮をする。

「もし見かけましたら私まで……、っと。申し遅れました。私の名前はアース。<ユヴァート>聖騎士団第一番隊隊長を務めております」

「第一番隊だって?」

 バルーは、危うくその仮面を落としかけた。第一番隊、本来であれば<ユヴァート>の皇族を護衛する任を務める、守護騎士たちの精鋭が、このような辺境に赴くことなどまずありえないからだ。

「驚かれるのも無理はない。ですが我らは皇族をお守りするのが務めですから、これもまた守護騎士の任から外れてはおりません。無論この星の平和を維持するのもまた、重要な務めです。もしお二人の身に危険が降りかかったら、遠慮なくお呼びください」

 そう言って、聖騎士アースは、車の前に立っていた四人の部下に手で指示を出すと、四人は各々左右に分かれて道を開けた。

「どうも、ではご武運を」

 バルーはすっかり魔力が行き渡っていた車を発進させた。

「全く、何が星の平和だ」

 そう呟くバルーを見て、ヴァラムはまた始まったと言わんばかりに、ため息をつく。

「まぁ、別に何かされたわけじゃないじゃないか。確かに支配下とはいえ、こんな辺境に第一番隊が乗り込んでくるなんて、普通じゃないが」

「ふん、あんなもの、体裁を保つ言い訳にすぎん。奴らは名ばかりの皇帝ではなく、宰相アムゥの忠実な僕なのさ」

 バルーのユヴァートへの悪態は、結局ヴァラムの家に到着するまで続き、ヴァラムは自分の友人について唯一苦手とするこの思想に対し倦厭を感じつつ、この後行う作業を頭の中で思い浮かべてこの窮屈な時間を乗り切った。



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