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水底の鳥 第二節

 ヴァラムが、老人の家から出ると、廊下の手すりに寄りかかって、苦い顔をしていたバルーとタナーシャが目に入った。

「どうしたってんだ。そりゃいきなりだし驚いたけど」

 二人が、まるで何かから逃げるように、老人の遺骸にそそくさと背を向けたのは、ヴァラムにとっては意外なことであった。

「……私は、少し、信じられないんだ。今の今まで、<ドゥスエンティ>が、別の国に誓約者を送り込んでいたなんて、聞いたこともなかった」

「それは……、ほら、タナーシャが捕らえられた後の話かもしれないだろ?」

 バルーは考えが纏まらないのか、未だに口を開かず、右手で両目を覆い、思考に集中していたようであった。タナーシャはヴァラムと目を合わせ、

「信じられないのは、それだけが理由じゃない」

 と言いながら、手すりから体を離す。

「彼は、私を姫様と呼んだ」

「姫様、って、その通りじゃないか。タナーシャの正体を正確に言い当てた。ならシスラさんは、間違いなく<ドゥスエンティ>王家に詳しい人間じゃないか」

「違う。<ドゥスエンティ>の人々は、私の侍従も含め、私のことを『姫』とは呼ばない。『王子』か、『聖上』のどちらかを使うはずなんだ。もしシスラが王族のために仕える極秘組織であるなら、なおのことだろう」

 タナーシャの言葉を聞いて、ヴァラムは先程の出来事を思い返す。たった一言ではあったが、印象的なものであったため、すぐに思い出すことができた。

「だとすると、シスラは罠?」

「いや、それも考え難い。一体何の意味がある?確かに、出来過ぎた話に見える。あまりに都合が良すぎる。だが、誓約者の老人に、虚偽の魔獣討伐依頼を出させ、私達に案内させる。しかも魔獣の出現地は、既に何人も先行者がいる。仮にこれが私たちを誘き出す作戦だとするなら、いくらなんでも可能性が低すぎる」

 最初はシスラのことを信用していたヴァラムであったが、タナーシャの疑問点を聞いて、僅かに今回の討伐依頼には疑念が浮かんだ。彼は先程シスラの遺骸から取り出し、右手に握ったままだったカードを、改めて見返す。無理に討伐に行かなくても、金の問題は解決した、とでも言うように二人にそのカードを何度か指先で翻していた。

「気は乗らないが……」

 タナーシャがそう口にしかけた時、今まで沈黙を貫いていたバルーが、

「いや、やはり、言われた場所と時間に行こう」

と言って阻む。

「おいおい、お前らしくない。持ち前の慎重深さと計算高さはどうしたんだ」

 よく知る親友の見慣れぬ言動に混乱しつつ、ヴァラムは少し皮肉交じりにこう言った。

「わかっている。だが、死者から金を取って終わり、というのは納得がいかない。もし罠だとしても、その危険性を冒すだけの報酬は既に手に入った。それに本当に海竜が出るかどうかを確認せずに海に潜る方が危険だと思わないか?」

「うーん、まぁ一理はある、か」

 二人の視線はタナーシャに集中する。無言の催促に彼女も気付いており、まるで思考を促すかのように、額を右手で擦っていた。

「わかった。彼の言った通りの場所と時間に行こう。しかし海竜が出るにせよ、敵が待ち受けているにせよ、戦いの準備は須要だ。ヴァラム、君には飛空艇の海底仕様への改修を頼みたい。時間が惜しいし、相手が海竜なら潜水機能が役に立つこともあろう。勿論間に合わなくてもいい。余裕ある範囲で、頼む。無理をして戦いに支障が出ても問題だ。そのカードはいくらでも使っていい。勿論、出来れば<フュヌター>からの道程で、足りなくなったものも買ってくれるとありがたい」

 そうヴァラムに指示を出し終えると、タナーシャは次にバルーへと視線を移す。

「そしてバルー。君は私とこの街で聞き込みを続ける」

 素直にうなずいたヴァラムとは異なり、バルーは彼女の注文に眉をひそめた。

「聞き込みするって、何か必要な情報があるのか?」

「ああ、聖騎士隊のことだ。もしシスラが彼らの手の者なら、この街にも彼らの影響があるはず」

 なお、バルーは疑問の表情を解かない。しかしその後、思考を促すようにこめかみを右手で擦り、小刻みに頷く。

「わかった。確かにシスラが騙しているかは置いておいても、聖騎士隊の動向は憂慮すべきだ。行こう」

 バルーの声に合わせ、早く飛空艇を弄りたくて仕方ない様子のヴァラムは、その衝動のまま飛び出していった。それに驚いたバルーとタナーシャは、互いに目を合わせ、しばらくした後に

「……行こうか」

というタナーシャの声で歩き始めた。

 二人は集合住宅から抜け、人通りの多い繁華街の方へと向かう。漁港では既に仕事を切り上げていた人が多かったものの、やはり未だ仕事帰りの者も少なく、聞き込みのためには居住区よりも商店が並ぶ繁華街の方が適当であったためだ。

 道すがら、タナーシャとバルーはあまり言葉を交わしていなかった。特にさっきのこともあり、タナーシャは物思いに耽っていた。バルーはその思索を邪魔しまいと、言葉をかけることはなかったが、しかし不意にタナーシャは、

「バルー、一つ聞きたいことがあるんだが、いつから君はヴァラムをヴァルと呼び始めたんだ?」

と声をかけた。彼は文脈が読みづらいその質問に、戸惑いを隠せなかった。

「えっと、急にどうしたんだ」

 バルーの言葉に対して、タナーシャは答えない。振り向きさえせず、ただ黙々と歩くその様子は、自身の問いかけに答えることを要求しているかのような権高ささえ感じさせる。それを察したのか、彼も諦めて素直に問いに答える。

「十年前に初めて孤児院で会って、その後すぐに友人になって、多分半年過ぎたくらいには呼んでたんじゃないか?」

「ほう、ではどうしてヴァルと呼ぶんだ?」

 タナーシャは、バルーの返答をさして咀嚼さえせずに、立て続けに質問を投げかける。その先の質問の答えに対して興味がなかったかのような振舞には、流石のバルーも苛立ちを隠せなかったため、

「単に<武器(ヴァラム)>なんて名前、彼には似合わないような気がしたからってだけさ」

 と、強い語調で返してしまう。するとそれを聞いて、突如タナーシャは足を止め、彼の方へと向き直った。

「そうか、名前か。そう言えばヴァラムは、<玄黄星>の民には珍しく、神語を由来とする名前なのだな。ひょっとすると、母君が神居の研究をしていたのも関係があるのかもしれぬな」

 タナーシャは、シスラのいた長屋よりも少し背の高い家屋の、強い西日で茜に染まった屋根の上を指さしながらこう続けた。

「<玄黄星>では巫や神気を持つ家系でも、新星界語の名前を用いることは珍しくなくてな。実際<ドゥスエンティ>王家でも、ここ五百年は皆新星界語由来の名を持っていた。私の名も、あそこにいる<(タナーシャ)>だ。私の誕生後の報道では、いささか俗っぽすぎる、などとよく言われていたらしい。そういう意味では、君の<清純(バルー)>という名の方が、まだ貴人らしさがあるな」

 タナーシャは、今の言葉に決して毒気は籠めなかった。あくまで素直で忌憚なく、彼の名を評しただけだった。だからバルーのその表情が、想像とは全く異なっていたことに、驚きを隠せなかった。

「君は、少し、余計なことを気にし過ぎだ」

 バルーの赤い瞳から、魔力が熱を帯び、火花が迸る。それは強力な感情の発露であると同時に、その持ち主が優秀な魔術師である証。魔力が低いものであれば、この僅かな魔力光だけでも十分に恐怖を与えることができるだろう。しかし相手は神の巫。一時的な補給だったため完全ではなく、更に減じつつあるものの、彼女の神気はその魔術的威嚇を容易く跳ねのけた。

「私の言葉がお前を傷つけたと言うなら謝罪しよう。すまなかった」

 自身の言葉を省みて、頭を下げるタナーシャを見て、バルーの表情からは怒りが消え、と同時に焦燥が現れた。

「い、いや。謝るのは僕の方だ。すまない。この名前は、何というか自分でつけた名だから、あまり揶揄われたくないというか。いやそもそも揶揄と感じたのも、僕の勘違いだな」

「それなら、お互いさまということにしよう」

 しかし二人はその後も、少しだけ蟠りを引き吊りながら、聞き込みを行った。妙に互いに遠慮しあい、相手の気持ちを優先し、そしてそのあまり、行動に活発さが失われていた。だがそれは二人の間の距離が遠ざかったことを意味するのではない。むしろ二人は互いの心の尖った部分と柔らかな部分を理解しつつあった。




「ふぅ、何とかなったかね」

 ヴァラムの顔には、黒い煤や油が頬やあごに付き、そして額には玉のような汗が溢れていた。何とか海に潜るための最低限の改造を施し、一段落の休息というように、瀝青の地面に身を預けた。日は沈み、夜気が訪れて、汗で湿った体ではわずかに冷えるが、しかしそのため未だ昼の温もりを保っている灰色の大地は心地よかった。

 頭が地面に面していたためか、彼は自分に向かって近づいてくる足音が二つあることに気づいた。それに反応して体を起こすと、そこには聞き込みに出ていた友人二人の姿があった。

「お疲れさん、成果は?」

 聞き込みの結果を二人に尋ねるが、バルーとタナーシャ共に首を横に振る。

「そっか、うん。まあ聖騎士についての情報がない、ってことは、逆に聖騎士の罠である可能性が低いってことだし、良い事じゃないか?しかしとすると、問題は海竜か。あくまで竜型の魔獣、というだけで、太古の昔に消えた竜の末裔、なんて神秘的なことではないらしいけど、それでもやっぱり手強いんだよな?」

「噂で聞いた程度だが、竜型の魔獣の討伐は、手慣れた魔術師ならば可能と聞く。とはいえ、元が、宇宙最強の生物だ。容易く打ち倒せる相手ではあるまい」

 その言葉に、ヴァラムは怖気づくことはなかったが、しかし参ったと言わんばかりに、眉間に皺を寄せて唸る。

「うーん、すまん。潜水はできるようになったとは思うんだが、武器とかは積めなかった。だからまぁ、現状じゃ海竜を追っかけるくらいしか役に立ちそうもない。けど、一応、こんなのは作った」

 と言うと、彼は傍に置いていた金属の腕輪を腕にはめる。ヴァラムが自身の微かな魔力を腕輪に流し込むと、それは瞬く間に、肘から先を覆う手甲となった。以前の物と、形や色など、外観からは特に変化は見られなかったが、右拳を握ると手の甲付近から、その手甲と同じ程度の刃渡りの両刃が姿を現す。

「唯一魔獣に有効だったのが、あの溶接炎だったけど、あれは魔力の消耗が激しかったから、融点の高い金属で刃を作った。とはいっても、四、五回使うと刃は駄目になるけど、殆ど同じ威力のまま、魔力の燃費をよくしたんだ。少しくらい、俺も戦いの役に立ちたくってさ。ま、流石にタナーシャに並ぶほどではないけどな」

「いや、そう卑下するな。それを言うなら、私は体からどんどん神気が落ちてる。不甲斐ないが、神居の時ほどの戦いは確実に不可能だ。しかもまだ海に関する神の術は使えない。私こそ、バルーと君に頼ることになると思う」

 無論彼女は今でも、その辺の平均的な魔術師よりも力では勝るだろうし、多分に自己の実力を過小評価してはいたが、しかし彼女の言葉には謙遜の意図は含まれていなかった。それだけ今の彼女にとって、いつ尽きるかわからない自分の身体の神気は頼りにできるものではなかった。

「二人とも、戦いの前に妙に気を落とすのはそこまでにしよう。だが、勿論もし『僕たちで倒せなかった』場合のことは考えるべきだとは思う。タナーシャの存在が聖騎士隊に嗅ぎつけられる可能性はあるが、しかし僕たちのせいで、海竜の被害に遭う人が出るのはできるだけ避けたい。それで、さっきタナーシャとも話し合ったんだが、その時の保険を一応用意した」

 彼が取り出したのは、手のひらに収まる程度の小型通信端末であった。

「これは旅行客とかが良く使う、前払い式の携帯端末だ。ここは観光地でもあるから、手に入れるのに苦労はしなかったよ。これを使えば通報してもアシは付きにくいだろうし、観光客を装えば、現場に僕たちがいなくても、深追いはされまい」

 バルーはヴァラムに対して、この『保険』に関する同意を得ようと、目で伺いをたてる。

「良い案だと思うよ。俺も。反対する理由はない」

 再び、三人は決意を確かめ合うように互いの顔を見合わせる。

「シスラの言う通りなら、あと五時間程度だ。<ムヴュリウ>はそれほど遠くはないし、飛空艇を使えばすぐの距離だ。しばらく各位英気を養ってくれ。二十三時にまたここで落ち合おう」

 タナーシャの言葉に二人は頷く。しかし一向に誰もその場から動かなかった。

「あー……誰も個人的な用事がないなら、食事にでも行かないか?」

 



 三人は食事をゆっくりと楽しんだ後、再び飛空艇の発着場へと戻った。三人は特に言葉も交わすことなく、真っ直ぐと飛空艇に乗り込む。操縦席のヴァラムは一度だけ隣に座るバルーと、後ろのタナーシャに顔を向けるが、二人とも特に反応は示さなかったため、彼はすぐに飛空艇の離陸を始めた。

 飛空艇は、<オーシヴ>の中でも最も海に近い<ムヴュリウ>市へと真っ直ぐに飛ぶ。天気は雲一つない快晴、月と星に照らされた航路を阻むものはなかった。ヴァラムが手元の時計を見ると、日付をまたぐまであと十分ほど。急ぐ必要こそなかったが、それは今の彼には重圧としてのしかかった。操縦桿を握る力が少し強くなり、皮手袋とこすれて鈍い音が鳴る。

「そろそろ到着だ。岬の近くに降ろすぞ」

 そこは古ぼけ、すっかり役目を失った灯台が一つ立っているだけで、人気は殆ど無かった。戦いにおいてはむしろ好都合と言えるが、しかし灯りが一つもないせいで着陸できずにまごついていた。ある程度高度を降ろした後に、バルーが先行して降り、辺りを確かめた後、飛空艇を降ろすことができそうな場所へと案内した。

 飛空艇を降りても、聞こえてくるのは背後の防潮林の枝葉が風に揺れる音と、眼下に広がる暗闇から、波が岬へと打ち付ける音だけであった。だがその場所の異常さを、岬の先へ行くほどにバルーは感じるようになっていた。

「なんだこの、濃い魔力は」

 流石のバルーでさえ、不安を覚えるほどの強大な魔力濃度に対して、ヴァラムは完全に足が竦んでいた。しかしだからと言ってヴァラムはこの種の恐怖に慣れつつあったためか、唾を一度大きく飲み込んで、歩を進めた。

「これも、竜の影響なのか?」

 バルーは岬の周辺を見渡している。勿論灯りは殆ど無いため、視界に何かが映っているわけではない。しかし魔力が流れをただ追いかけていると、それが波の音の方へと集まっていることは理解できた。

「違う。竜の影響じゃない。これが竜の原因なんだ」

「えっと、どういうことだよ」

 その魔力の潮流に合わせて、バルーは動いていき、それに二人もついていく。

「ここは魔力が淀みやすいんだ。勿論その原因はあくまで推測の域を出ないが。いずれにせよシスラさんは、魔獣の出現どころか、誕生を予期していたということだ」

「なんていうか、それって俺らには良い事なのか?悪いことか?」

「僕たちには得だよ。魔獣は誕生した瞬間が一番腹を空かせている。つまり一番弱い。勝ちの目はかなり現実的になった」

 魔力がだんだん渦となっていき、岬の近くで塊を成していく。暗闇の中にあってさえ、はっきりと見えるほどにその魔力は威圧感のある閃光を放っている。先のバルーの言葉を聞いて、安堵を覚えかけていた一同を、その魔力の嵐は再び不安へと陥れた。

「なぁ、今って何かできることはないのか?例えば、魔獣を弱くしたりとか、竜を出さないようにしたりとか!」

「君は本当機械工学以外の知識はからっきし駄目だな!自身の身体に宿る魔力なら兎も角、大気中にある魔力の流れを変えたり、止めたりするのは、高度な技術だぞ!」

 嵐の音にかき消されぬよう、二人の声もどんどん張り上がる。それは同時に彼らの焦燥感の表れでもあり、風と雷の音に急かされるように、感情も徐々に昂っていた。そんな中で、タナーシャは極めて冷静に現状を分析していた。竜の動きに対応して使う神術を複数例想定し、そしてそのための神語をすぐに唱えられるように、脳内で何度も反復する。

「ヴァラム!バルー!そろそろ竜が現れる!ヴァラム、魔力計器を起動、バルーはここからの作戦判断を」

 タナーシャの呼びかけに、目の前の状況に集中できずにいたバルーとヴァラムが少し落ち着きを取り戻す。

「わかった。ヴァラム、あの渦の魔力量が増加しなくなったら報告してくれ。その報告を聞いたらタナーシャはすぐさまさっき話した第一の術の行使を」

 冷静を取り戻し、バルーは二人へ次の行動を提案する。それを聞いてヴァラムは自身の左腕に巻いている腕時計型の計器を確認する。

「ああ、わかった。未だ魔力量は増加中……、いや、魔力量、安定してきた!」

 ヴァラムの掛け声を聞くやいなや、タナーシャの周りに神気が立ち込める。それは瘴気じみた魔力の渦を押しのけ、視界を明瞭にする。

「<イスクィヴィ、大地の神(フィニス・フペススゥ)母なる海に愛され(ウシュエ リ・フム)眠りし大いなる地よ(リーウフ フシュゥ)汝の主の(ヘトヴァフ)言葉を聞けハ・マフームゥガ・ウシュ目を開きて(シュフゥ イヒバ)父なる空(イムシュ ウル)を仰げ(ウシュバ)!>」

 神気に引き裂かれた魔力の霧の先、そこには未だに濃い魔力の渦が見えたが、その渦の先に巨大な蛇の影が蠢いていた。竜巻は徐々に弱まり、その怪物の正体が現れる。魔獣特有の赤黒い光を宿した体は、驚くほどに長く、しかしそれでいて大木を遥かに上回る太さがあった。その胴体の頂点には、鰐と狼を混ぜたような頭部があり、その反対側の先端である尾は、最早どこにあるかさえわからない。嵐が完全に止むと、竜は重力に従って海へと落ちる。岬に隠れ、三人の視界からその巨体は完全に消えた。しかしそれも束の間、まるで天から吊り上げられたかのように、岬の上に現れた。

 竜は、海底より突如としてせり上がった大地によって、本来いるべき海から、陸へと打ち上げられてしまう。快適な世界へと戻るべく、竜は体を何度となくうねらせ、のたうち回るものの、そのせり上がった海底は、まるで壁のようになって、竜の海への逃亡を阻止する。

「よし!海竜陸揚げ作戦成功だな!」

 ヴァラムが拳を突き上げ、作戦の第一段階の成功に喜ぶ。しかしそれも束の間、退路を断たれたことで、竜は目の前の存在に意識を向け、その真紅の双眸が、三人の姿を捕らえる。この魔獣は、単に竜の姿を象っただけの偽物に過ぎない。しかしその巨躯を構成するのは紛れもなく高濃度の魔力であり、その威容は間違いなくこれまで彼らが出会ってきたどんな存在よりも強大であった。瞳から迸る強烈な魔力光を目にして、ヴァラムは愚か、高い魔力を秘めているはずのバルーでさえ、足を竦ませた。

 大海を渡るのには不要であるために、その巨躯に対して、小さくか細いその四肢は、しかしその竜の身体を確かに支えることができていた。竜は尾と首を高くもたげる。それと同時に竜の身体の魔力が、稲妻を伴って激しく励起する。

「-------------!!!!!」

 あたりの木々を揺らし、大気を引き裂かんとする咆哮。当然最も近くにいた三人は、その轟音に耳を塞ぐことすら間に合わず、破壊的な衝撃を直に受けてしまう。神気の加護があったタナーシャは、その咆哮を耐えることができたが、バルーもヴァラムも蹲り、耳を抑えていた。もうすでに音は止んでいたにも関わらず、二人が未だ身体を上げられなかった理由は、その指の間から流れる血から容易く理解できた。

「二人とも!無事か!?」

 タナーシャの声が届くはずもなく、二人は痛みに歯を噛みしめ、目に涙を浮かべるだけだった。身体の魔力が鼓膜を修復するだろうが、しばらくは立ち上がれそうもなかった。

 そんな状況を狙ってか、海竜は体を巧みにうねらせ、三人の方へ突貫する。

 剥きだしにされた牙は、今にも三人を貫かんと迫り―――

 

 


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