絆と軛 第五節
ヴァラムの飛空艇は、魔力を迸らせながら、魔獣たちの上空を浮いていた。飛空艇の出現により、<フュヌター>の人々へと一直線に向かっていた魔獣の群れは足を止めて、空を見つめる。
「まず作戦一は成功というところだな。あとは飛空艇を街とは反対方向に飛ばす、で、良いんだよな」
ヴァラムは空間に投影された仮想操縦桿と、飛空艇の船首に取り付けられた撮影機と視界共有を行って、飛空艇を操作していた。
「いや、もう少し待機だ。まだ神居から魔獣が出ている。もう少し……おびき寄せる」
バルーは緊張のためか、額に汗を流し、地上の様子を目から火が出そうなほどに眺めていた。しか最初に飛び出した魔獣が既に、逃げる街の人々の近くまで迫っていた。突如、その人と魔獣の間に、巨大な土の壁が現れる。数匹の魔獣は足を止め、迂回をしようとするが、多くの魔獣が勢いを殺しきれず、壁に追突してしまう。
「<壁>が発動した。ヴァル、もう動いていいぞ」
神居から現れる魔獣の数はすでにまばらになっていた。バルーの指示を聞いて、飛空艇を発進させる。
「よし、進路に乗せたぞ。これで後は自動操縦で目的地まで行く」
魔獣は街の人と、飛空艇を追うもので半分に別れていた。また人々を追う魔獣は、バルーと<フュヌター>の住民で事前に仕込んでいたいくつもの罠に引っかかっていた。<壁>の魔術で人々を最短距離で追うことを不可能にしつつ、経路をこちらの思う通りに操作する。そしてその先には、落とし穴や沼などの妨害が仕込まれていた。
「しかしよくもまぁこの短時間であれだけの罠が仕込めたな」
「ああ、昼にも魔力を使ったから、心配ではあったが……、皆の協力もあって、なんとかなったよ」
そうは言うものの、バルーの疲弊した表情からは、彼が相当無理したことが伝わってくる。魔力欠乏一歩手前という状態であった。
「さあヤムニーヴァさん、急いで神居へ。これ以上待っていると魔獣たちが神居に戻ってくるかも」
「わかりました。しっかり捕まっていてくださいね」
ヤムニーヴァは翼をたたんで、空気抵抗を極限までそぎ落とし、一気に急降下する。そして地面に激突するかというすんでで、翼を思い切り広げ、減速しながら神居の扉をくぐった。
神居は試練を受ける者の来訪を察知し、外界と神居を隔てる扉を閉める。ヤムニーヴァが着地すると、すぐに赤い光が迫ってきた。
「やはり残っていたか!ヤムニーヴァさん、ヴァル!迎撃の準備を!」
バルーが右手に炎を纏わせるが、しかしその炎はすぐに消え、彼は膝をついてしまう。
「無理すんなバルー!ここは俺たち二人に任せろ!」
最初に牙を突き立ててきた魔獣を、ヤムニーヴァが抑え込み、そしてそこをヴァラムが機械腕から噴射させた溶接炎で、魔獣の心臓を貫いた。
神居に残っていた魔獣はあと一頭だったが、しかしそれも普通の魔獣よりも二回り以上巨大であった。
「今と同じ感じで、あの魔獣を仕留めましょう」
「了解だ!」
ヤムニーヴァは、最後の巨大な獅子型魔獣の方へと駆け、その後ろをヴァラムがついていった。
魔獣は悠然と立ち上がり、戦闘態勢を取る。ヤムニーヴァが飛び掛かると、魔獣は前足を振るって迎撃をする。ヤムニーヴァはその腕をとり、魔獣と取っ組み合いになって、地面を転がる。しかし魔獣の力の方が上回っていて、今にも彼の首元にその牙が届かんとしていた。それを邪魔するようにヴァラムがその隙に炎の剣で魔獣の胸を貫いたが、しかし魔獣は活動停止しなかった。身体が思った以上に巨大で、心臓にまで届かなかったのだ。
急所を突かれかけて、魔獣はヤムニーヴァから離れ、辺りを暴れ回る。ヴァラムは炎の剣を突き立てたまま、それに必死でしがみついていた。
「この、大人しく……しやがれ!!」
ヴァラムが突き立てていた右腕の機械腕を、更に強く押し込む。炎で割けた傷口に手首のあたりまで入れると、暴れていた魔獣はまるで躓いたかのように頭から地面に突っ込み、その後何度か地面で転がったのち、魔獣の身体は動かなくなった。
「ヴァル!怪我はないか?」
魔獣の身体から離れ、地面に投げ出されたヴァラムのもとへ、バルーが駆け寄る、
「ああ大丈夫だ。時間が無いだろ。さぁ進もう」
バルーの手を借りて起き上がると、ヴァラムはタナーシャの方を見やる。
神居の入り口のあったちょうど反対の壁に、青い炎が二つ灯る。暗い闇に包まれていた第一階層の部屋がぼんやりと明るくなり、そしてその炎の間に扉が存在した。この部屋は高さは四、五十ラット、面積はおよそ一トゥシュ程度であることもわかった。この扉もまた独りでに開き、その先にはまた同じように青い光でぼんやりと足元を照らされた階段が姿を現した。
「青い光は神の力を象徴するもの、まさにここからは神の領域だ。大気から魔力を取り込むことができるのは恐らくここまでだが……」
先ほど主に戦ったヴァラムとヤムニーヴァは、自身はまだ問題ないことを伝えるかのように、頭を縦に振る。しかしタナーシャが賛同を求めたのは、もう一人いた。
「僕か?なら心配するな。二人が戦ってくれたおかげで、魔力を貯めるのに専念できた。戦えるよ」
全員が先へ進むことに同意し、タナーシャを先頭に階段を上っていった。階段を上り切った先には、また第一階層と同じくらいの広さの部屋があった。しかし暗闇には包まれておらず、その部屋は側面に階段と同じような青い炎の帯が部屋に光を与えていた。
「『第二の試練は、知恵の提示。主の遺骸との対話を望む者は、第二の階層で、神の名を唱えよ。神に理解を持つ者のみが、第三の扉を開く資格を持つ』か……」
バルーは旅行者の手帳の内容を読み上げる。それを聞いてヴァラムは首を傾げる。
「といっても、手掛かり無しじゃないか。知恵の試練とは言うけどよ」
ヴァラムが不平を言う中、タナーシャは壁面を見つめていた。
「そうだ。タナーシャ、体の調子は?」
「ああ、少しずつ回復してきた。もう倒れることはないだろう。あと、この神居の主も何となく候補は絞れた」
彼女の言葉に、皆目を輝かせる。しかしそれを受けてタナーシャは決して微笑を見せなかった。
「じゃあその候補を全部言えば良いんじゃないか!?」
「まぁ、その通りなんだが……、私も神のいる神居は初めてでな。間違えた時に罰則があるのかも……、いや、悩んでも仕方ないか」
タナーシャは門の前に立ち、右手を扉の前に当てる。
「この扉を開けば次は力の試練。第一階層と違い、いきなり襲ってくることは無いが、しかし覚悟はした方が良い。次の敵は、第一階層にいた魔物全てを集めた存在よりも強敵である神の僕。ひょっとすると、私達の旅はそこで……」
タナーシャの言葉を遮るように、彼女の右手に二つの掌が重なる。
「どんな試練だろうと、俺たちならやれるさ」
バルーは無言であったが、彼の表情と手からは、ヴァラムと同じ意思が伝わるのを感じた。
「<神居の主、その名は、山神>」
タナーシャの言葉に反応し、第二階層の扉も開いた。
「あれ、タナーシャ、神語使えるのか?もしかして記憶が?」
「いや、ヴァル。神語は文法さえ習えば僕たちでも使えるぞ」
「神語は神術に使うが、神術を使うためには、それだけではだめだ。ただ言葉を繰り返すのではなく、世界にそれが『神の発した言葉』であることを誤解させる必要があるんだ。そのためには……口で説明するのは難しいな」
タナーシャが脳内で必死に言葉を探すが、上手い言い回しも喩えも思いつかなかった。
「お三方、そろそろ第三階層に着きます。ご準備を」
階段の中腹辺りで、別の問題に意識が取られつつあった三人に、ヤムニーヴァは声をかける。それを聞いて三人ともお互いの表情から、階段の上に広がる空間に目線を移す。
階段を登り切ると、また同じような部屋があった。第二階層にもまして、空間は光に包まれており、もう闇が蠢く隙も無かった。しかしその部屋の中央には、ヤムニーヴァと同じくらいの大きさで、剣を大地に突き立てた人型の像があった。
『地上の者、アシムの神の子らに、神トゥームの僕たる我が、試練を与えん』
まるで脳内に直接響くような声、その主が目の前の像であることは、四人ともすぐに理解できた。
「何て言ったんだ?いや、前言撤回。第三の試練が始まるんだな!」
神語を理解できないヴァラムであったが、目の前の像が突如生気を、いや神気を宿し、動き始めたのを見て、彼は第三の試練が始まったことを察した。
身の丈ほどもある巨大な剣を地面から抜き取り、その像は切っ先を四人の方へ向ける。
「皆、油断するな。神の従僕には、魔獣などと違って急所なんて無いからな!」
巨体をゆらりと動かしながら、こちらへとゆっくりと歩んでくる神の僕。その威圧感は、魔剣を携えたアース以上のものであった。
最初に動いたのはバルー。階層右の壁際ぎりぎりを、全速力で駆け、神の僕の背後を取ろうとする。
「<火炎>!」
得意とする元素・火の第一節魔術。一直線に飛来する火炎球に、神の僕は一切の動きを見せない。
直撃。
防御も回避もなし。しかし神の像は何も起きなかったかのように、悠然と残りの三名の方へと足を進める。バルーはさほど驚かなかった。神の僕は決して容易な相手ではないと理解していたからだ。
次に攻勢に出たのはヤムニーヴァ。両腕にありったけの魔力を籠め、神の僕へと掴みかかる。体格が近いこともあって、彼の攻撃は神の僕を、一歩後ろに引かせることはできた。
だが、それだけだ。
ありったけの力で握っている筈の従僕の腕は、拘束などものともせずに動いていた。剣を握っていない右腕をヤムニーヴァの首に伸ばす。そのまま持ち上げると、左手の剣で彼を貫こうとする。ヤムニーヴァは必死に抵抗するが、一切の効果がない。
「<烈火>!」
第二節の火元素魔術。先と同じく神の僕に被害はない。しかし、膝裏に放たれた強力な炎は、その姿勢を乱された。ヤムニーヴァはその隙を見逃さず、翼を広げて、神の像を押し倒す。だがその拘束は長くは続かず、右拳が彼の腹部に放たれると、その勢いでヤムニーヴァは大きく後ろに吹き飛ばされる。
その陰に潜むように近づいていたヴァラムは、背後から神の像の首へとしがみつく。そして右手をその側頭部にあて、最大出力の火炎剣を放った。神の従僕は立ち上がり、しがみつくヴァラムを払おうとするが中々上手く行かない。しかし溶接炎は、神の像の装甲の表面を溶解させただけで、結局それはヴァラムを掴んで、容易く投げ飛ばした。
ヤムニーヴァは再び突貫する。先程以上に魔力を籠めた突進は、神の像を壁面へと追い込むには十分な力であった。ヴァラムが僅かに焦がした箇所を、彼は執拗に殴りつける。だがその状況も長続きせず、たった一撃の正拳で、ヤムニーヴァは反対の壁にまで叩きつけられた。
神の従僕はそれで攻撃を辞めなかった。先ほどまでの緩やかな動きが嘘のように、高速で飛び出して、ヤムニーヴァに大剣を突き立てようとする。
彼は未だ、先程の衝撃で意識が朦朧として、攻撃が来ていることすら察知できない。
しかし、神の剣は、その身体には届かなかった。
神の従僕の攻撃は脇腹に放たれたタナーシャの飛び蹴りによって阻止された。ここにきて初めての損害であった。神の僕は第一の敵をヤムニーヴァからタナーシャに切り替える。
「タナーシャ!神気は十分なのか!?」
「ああ、戦える。前よりも調子が良いくらい、だ!」
大きく横に薙がれた剣の一閃を、彼女は飛び越え、神の僕の背後を取る。先程の蹴りで僅かにひびの入った脇腹に、三発の拳を叩き込む。神の像は右腕を大きく振り回すが、彼女はしゃがんでそれを回避し、そして起き上がる反動を利用して、顎に蹴りを放つ。
「おいおい、タナーシャってあんなに強いのか……?」
ヴァラムの下にバルーが駆け寄るが、彼は自身の身体よりも、目の前で繰り広げられる攻防に目を奪われていた。
「当たり前だ。彼女はこの星一番の巫。仮に神術が使えなくとも、体に貯蓄できる神気は非常に多いはずだ。人間の世界にいては、神気は減る一方だったが、神居、それも神気の溢れる第三階層において彼女は、」
「この星、最強の戦士……ってわけか」
しかし神の僕とタナーシャの戦いは拮抗していた。僅かに最初は優勢であったものの、徐々に勝負の趨勢は神の像へと傾いていた。
「ヴァラム、予備の魔力瓶はあるか?」
「ん?ああ、まだ残っているぞ」
左腕に内蔵されていた三本の魔力瓶のうち、まだ一切手つかずの魔力瓶を、彼はバルーに渡す。すると彼は魔力瓶を割った。何をするんだとヴァラムが言いかけた時、その魔力液は彼の右手から吸収されているのが見えた。
「凄いな。今のどうやったんだ?」
「話は後だ。これでもう一回使える。<烈火>!」
再び放たれる第二節の魔術。その攻撃はまたも正確に神の像の左腕に当たる。剣を振り被った瞬間を狙われたために、大きく姿勢を崩してしまい、そこをタナーシャが何度も繰り返し殴りつける。最後に頭を狙った拳によって、神の像は床に倒れ込んだ。そこを彼女は追撃しようとするが、苦し紛れに放った神の炎によって、タナーシャもまた大きく後方に飛ばされる。怪我は一切無かったものの、いつの間にか立ち上がっていた神の像は、思い切り持っていた剣をタナーシャの方へと投げ飛ばす。回転すらせずに、真っ直ぐとその切っ先は彼女の胸元へと向かう。しかしその高速な飛来物を、タナーシャは僅かに体を捻って避ける。そして自身の身体の横に、ちょうど剣の柄が来た瞬間、彼女はそれを左手でつかみ取り、剣の勢いを回転で殺しながら、体を一回転させた後、大剣を同じように投げ返した。
三人ともその力に驚いていたが、それは神の像も同様であった。思わぬ反撃に、それは回避行動をとることができず、その頭を剣は見事に貫通した。
神の像はそのまま動きを止め、そしてさっきまでの強度が嘘のように、硝子の如く粉々に砕け散った。
「終わった……のか?」
ヴァラムの呟きに、タナーシャが微笑みながら頷いた。しかしその表情には余裕はなかった。改めて溜めたはずの神気を、今の攻防で殆ど使い切ってしまったからだ。
「ああ、終わった。さあ最後の扉を開けよう。このままじゃ、また神気切れで倒れそうだ」
四人はお互いの状況を確認した後、扉の前に並んでいた。
「さぁ、忠誠は示した。知恵も提示した。力も証明した!最後の扉を開け!」
最早扉を開くのに言葉は必要なかったが、まるで彼女の言葉に呼応するかのように、最後の扉がゆっくりと開く。その先からは、思わず目を塞いでしまうほどの青い光が煌々と発されていた。光に目が慣れてくると、また同じように階段があり、強力な光源がその上の階層であることも把握できた。
「しかし驚いたよ。まさか本当のタナーシャがあんなに強かったなんてな」
「いや、これはここ限定だよ。外の世界ではこれほど潤沢な神気を纏うのは、本来の私での難しい。神聖晶のある神居は初めてだから、私も驚いたよ」
眩い光を防ぐように顔を伏せながら、四人はゆっくりと階段を登っている。階段はこれまでの階層と同じに見えたが、僅かに一段一段が高く、手で補助しながら登る必要があった。
その所作はまるで、この神殿の主人である神に対し敬意を示す信奉者や従者のようであった。一方で一人だけ手を使わずとも順調に登れるヤムニーヴァは、できるだけ他の三人が階段を登りやすいように翼を広げて影を作っていた。
「しかし神居というのは、珍しいものなのですか?タナーシャ様も初めてということは」
「いや、神居自体はある程度場所も知られているんだ。数も多くは無いが、不動で不朽の存在である以上、いずれ発見される。しかし神がいる神居というのは相当珍しいんだよ。それこそ、<天藍>ですら滅多にないほどに。だからこの星で、神のいる神居が発見されるのは、この長い歴史の中でも百を超えないんじゃないかな」
タナーシャの説明が終わると同時に、階段は終わり、最上階層へととうとう到着した。
部屋の中央には青白く輝く水晶体が鎮座していた。その形はよく目を凝らすと、確かに人型をしていたが、その大きさは、高さ四十ラットはあるはずのこの部屋においてなお、天井に頭の部分が届きそうなほどであった。
「<トゥーム、山の神、この神居の主よ。私は神の巫にして、汝の試練を乗り越えし者>」
タナーシャが神語で神聖晶に語り掛ける。それに呼応するように神聖晶はその光を明滅させていた。
『<神の巫と、その仲間よ、汝らは試練を乗り越えた。故に神の祝福を汝らに与えん>』
四人の脳内に何者かの声が鳴り響く。
「あーなんだって?」
神語を理解できない三人は首を傾げ、そしてヴァラムが素直にそれを口に出した。
「旅行者の研究書にあった通りだ。神居を踏破した巫は、神聖晶をその身に宿し、莫大な神気を得ることができる」
タナーシャが手を神聖晶に伸ばすと、巨大だった水晶体は、目を瞑ってもなお、瞼越しでさえ眩むほどの光を放った後、一瞬で掌に乗る大きさに縮小し、タナーシャの掌へと入り込んだ。
タナーシャが時間の流れを超越する。
身体に漲った神気は、記憶の淀みに流れを生む。僅かに封印の淵より滲み出た記憶の小川が映し出したのは、彼女が拷問を受けている様子だった。
彼女は魔力で補強された魔導金属の鎖が両手首両手足に繋がれ、自由を奪われているだけでなく、右手首には骨にまで到達するほどの深い切り傷があった。腹部には拳大の穴が三つ開き、左肘は本来とは反対の方向に曲がっていた。他にも数えきれないほどの裂傷、殴打痕、火傷が体のあちこちにあった。あまりに凄惨、血と苦痛の匂いに満たされた空間の中で、しかしタナーシャの瞳は未だ誇りと尊厳を宿していた。
目の前には七十代の男性。口周りには髭は一切ないものの、顔には皺が複数入り、艶が失われた黒髪は、その年齢を物語っていた。髪と同じような黒い瞳。
「巫よ。貴様の協力が必要だ」
低い声。地中から響かせたような、ガラガラの声。
「こと、わる」
口周りにも傷が付いているからか、大きく口を開くことができず、彼女の声はくぐもる。
「仕方ない。では、君の力を頂こうか」
そこで記憶の復元が終わった。
「……シャ、タナーシャ!」
記憶の旅路を終えたタナーシャは、膝をついて、大量の汗を流していた。目は大きく見開き、肺は過剰に呼吸を繰り返す。
「違った、違ったんだ……」
時間の交錯で、僅かに混乱している彼女は、現状の整理がついていないのか、うわ言のように同じ言葉を繰り返していた。
「違うってなんだ?いったい何が起きたんだ?」
肩に手をまわして、ヴァラムは彼女を落ち着けよう試みていた。そのおかげか、彼女は呼吸を整え、目の焦点を戻す。
「私の記憶と力が無くなったのは、拷問の影響だと思っていたが、違った。どうやったかは知らないが、恐らくアムゥが、私の力を奪ったんだ」




