絆と軛 第四節
人間が一人で眠るにはあまりに巨大な寝所の上で、一人の小柄な女性が眠りについていた。
その周りにはその寝所の本来の主であるヤムニーヴァと、彼女の友であるバルーが、彼女の顔を心配そうに見つめていた。タナーシャの表情は、悪夢を見ているのか、あるいは頭痛にでも悩まされているかのように、苦悩にひどく歪んでいた。短い呼吸を繰り返しており、額には玉のような汗が流れ、血相はどんどん青ざめていく。
二人が言葉も交わさぬまま彼女を見守っていると、部屋の扉が勢いよく開け放たれる。
「ヴァラム、静かに」
「ああ、すまない。準備完了だ。今すぐにでも行けるぞ」
ヴァラムは自身の両手首に着いた金属製の腕輪を二人に見せる。
「わかりました。では参り……」
ヴァラムに促され、二人も立ち上がった時だった。
「待て……、私も……」
三人が声の主の方を向くと、顔は未だ青ざめたままのタナーシャが目を覚まし、体を起こしていた。
時はタナーシャが床に倒れ込んだ時に遡る。ヴァラムとヤムニーヴァは何が起こったのか全く理解できていなかった。しかしバルーだけは状況の整理がついていた。
「魔力欠乏だ」
「魔力?何言ってんだバルー。巫は神気が流れてるんだろ?」
バルーとヴァラムのやり取りで、ヤムニーヴァも何かを察した。
「お二人とも、タナーシャ様について、何か隠してますね?」
彼の言葉に、思わず二人は体をビクつかせ、動揺を露にしてしまう。
「わかります。お二人に責任はありますまい。恐らくはその事実は、タナーシャ様を不利な状況に追い込むもの。ですが、このヤムニーヴァ、<ドゥスエンティ>の王族の皆さまから頂いた恩寵を忘れるほど、薄情な男ではありませぬ」
その言葉に諭され、二人は無言で目を合わせ、互いに真実を語ることを決断する。
「実は、タナーシャは、<ユヴァート>のせいで、神術の力と一部の記憶を失っているんだ」
「なんと……、おいたわしや」
覚悟はしていたものの、ヤムニーヴァは動揺を隠せなかった。
「それでヴァル、さっきの疑問への答えだが、僕たち普通の人間の身体には魔力が流れるが、その魔力はどこからくる?」
「いや、魔力は体で作られたり、大気中のを取り込んだりするもんだろ?」
バルーの問いかけの意図が理解できないまま、ヴァラムは渋々答える。
「そうだ。魔力は神の被造物から自動に放散される。だから人は自分で作り出すことができるし、当然星の上にも流れている。だが神気は違う。神の力、威光は、この物質界において神術によってのみ現れる。そして巫は長い年月をかけて、神の言葉を繰り返し使うため、体からは魔力が消える。それだけじゃない。神聖性が強すぎて、魔力が寄らなくなるんだ。巫が長寿なのも、それが理由だ」
「待て、じゃあ、巫は神術を使わないと、体に神気をためることができないのか?」
「恐らくは。僕も巫に詳しいわけではないから、あくまで推測の域を出なかったが……、しかし目の前にその証拠がある。エネテヤが常にタナーシャを後ろに下がらせていたのも、恐らくは神気の欠乏を憂慮してのことだったんだろう」
タナーシャの身体は、青ざめ、体温は下がり、汗が全身から噴き出している。まさにその様子は、命が流れ落ちていると形容できるものだった。
「しかしどうする。このままじゃタナーシャは」
「魔力欠乏、いやこの場合は神気欠乏と言った方が良いのか。なんであれ、今この状態は言うなれば体が強制的に節約に入ったようなものだから、しばらくは安静にしていれば三日は大丈夫だ。ただ、それは時間稼ぎにしかならんし、いずれ彼女にどうにかして神気を与える必要はあるが……」
その時、ヤムニーヴァが、何かを閃いたかのように目を見開く。
「神居です。神居に行けば、タナーシャ様は助かる」
「待て待て。まずは色々順を追って説明してくれ。そもそもえ、えふぃにす?って何なんだ」
緊急事態のせいか、思わず心の逸りを反映したかのように、ヤムニーヴァの語気は勢いづいていたが、ヴァラムの言葉で落ち着きを取り戻す。
「あ、ああ、これは、私としたことが取り乱しました。神術とは、神の言葉を使い、世界や自然を操ること。実際に神を降臨させるわけではない。しかし神の言葉が作用するのは自然だけではありません。神自身もまた、神の言葉に影響を受ける。神は物質界で繰り返し自身の言葉が使われていると、自身の分身を地上へと送るのです。理由ははっきりとはしていないですが、恐らく神の力が地上で振るわれているならば、自身の分身が地上にいるべきだと、因果が逆転したような結論を出すのではないかと」
「つまりその分身である神が、神居にいるということですか?」
バルーのその言葉に、ヤムニーヴァは頷く。
「はい。しかしその分身は能動的に活動する者ではありません。彼らの唯一の行動は、自身の聖域に相応しい地、一般的には自然が豊富で、自身の力と関わりのある地へと、神居を築くこと。それが終わればその最奥に分身たる神は、神聖晶として眠りにつく。しかし遺骸とはいえ、それは神そのもの。故に神聖晶は莫大な神気を産みだすのです」
「神居に神聖晶、そんなものがあるなんて、全く知らなかった。うん?じゃあこの魔獣の騒動って」
「はい。この近くに神居があるのですが、長い間そこは空室だったのです。しかし最近になって、神がその神居に降臨しました。神気は神居の外にも僅かながら漏れ出します。その神気は時間を経て、莫大な魔力となり、そしてその魔力の淀みから大量の魔獣が生まれてしまった」
ヤムニーヴァの説明を聞くなり、最初に立ち上がったのはヴァラムだった。彼は駆け足で家の外に出て行こうとした。
「おい、ヴァル、どこに行くんだ?」
扉を開けて、今にも飛び出そうとしていたヴァラムが、友の言葉に振り返る。
「どこって、この機械腕を修理に行くんだ。街中で機械工の店があるのは見えた、そしたら部品も買えるし、もしかしたら改良できるかもしれないからな」
「いや、まさかヴァラム」
「そのまさかさ。タナーシャを助け、この街を救う。その神居に行けば、どっちも解決できる。ヤムニーヴァさんもそのつもりなんだろ?」
ヴァラムの言葉に、二人は呆気に取られていて、すぐに返事ができなかった。しかしヴァラムが時間が惜しそうな顔をして、無言で返答を催促していることに気づいて、ヤムニーヴァは口を開いた。
「は、はい。確かにその通りです。しかし神居には試練があって、それこそ魔獣の数は、さっきの襲撃と比にならないほど……」
ヤムニーヴァのそれは、ヴァラムへの警鐘であったはずだった。自身もまたそうであったように、ヴァラムもタナーシャが倒れたことに焦燥を覚え、浅慮な行動をしているのではないかと思ったからだ。
「ああ、そんなことだろうと思ったよ。だから機械腕を修理して、改良しないと。少しでも役に立ちたいからさ。じゃあ一時間くらいで戻ってくるよ!」
結局ヴァラムの勢いに負け、二人は黙って彼を見送ってしまった。
「あの、一つ聞きたいことがあるのですが」
その場を支配していた沈黙を、バルーが恐る恐る打ち破る。
「神居が人々に知れ渡っていない理由は察しがつきます。神聖な存在や領域は、世俗から隔離され、秘匿されることでその神聖性を保つ。ですが、なら何故ヤムニーヴァさんは知っているんですか?タナーシャから聞いたとか?」
「いえ、タナーシャ様からではありません。あれは十年、いえ、十二年前です。<ドゥスエンティ>が征服されてすぐ後のことだったはずですから。私が街の外の森で、山菜を取っていたとき、偶然ある方に出会ったのです。不思議な雰囲気を持った方でした。両腕に見たこともない文字をびっしりと刺青をしていて、肌の色は、そうですね、赤銅、そう例えるのが、相応しいでしょうか」
ヤムニーヴァは、タナーシャを抱えて、自身の寝室へと運びながら、昔語りの続きをする。
「眼鏡をしていたからか、あるいは真剣に本と向き合っていたからか、一見して知的な様子が伝わる方でした。最初は話しかけるか迷いましたが、私のこの図体です。いくら巨木揃う森林でも、私の身体を隠しきることはできず、彼女の方から話しかけてきました。話すと、彼女は神居の研究者で、この近くにあったから、それを研究していた、と言っていました」
「だとすると、その方は巫だったのでしょうか」
丁寧にタナーシャを巨大な寝所に寝かせつつ、彼はバルーの問いに頭を振って答える。
「いえ、彼女は巫ではない、と言っていました。ただ神について研究するものだと。不思議な話です。神とは人の道理を超えているから神であり、我々の尺度で研究など出来るわけがないと思っていました。何故だか、失礼だとわかりつつ、私の考えをそのままぶつけたのです。それだけ彼女は私の興味を惹いていたのでしょう。そうしたら、こう答えました。『その通り。できると思ったが、無駄だった』と」
ヤムニーヴァは自身の机の棚を漁り、何かを探している。
「それで、そのまま彼女は、私に今まで研究の記録をしていたその本を、あろうことか私に投げ渡したのです。驚きました。自棄になっているようにも見えましたが、真相はわかりません。『捨てても構わないから』と言って、すぐに立ち去ったのです。驚くべき速度でした。きっと並みの魔力の持ち主ではないでしょうね……、っと、それがこれです」
彼がバルーに渡した手帳は、片手で読めるくらいの小さめな本だった。装丁は古くなっていたものの、精巧で繊細、それでいて丈夫さが伝わるものだった。バルーはそれをぱらぱらとしばらく斜め読みを繰り返したのち、ある頁に目を止めた。
「これ、地図か?って、これ、各地の神居の場所を記しているのか……?」
「はい、一体何の研究だったのかは、随分読んでもわかりませんでしたが、私の神居に関する知識は全てこの本から仕入れたものです」
バルーが目を止めた<玄黄星>の地図には、数か所の地名が矢印で示されていて、小さく補足として神聖晶の有無が記載されていた。
「しかし、神居は恐ろしい場所です。その本によれば神居は複数の試練があると。神居の外側にも夥しいほどの魔獣が跋扈しています。ですが、第一の試練では、その一階層はそれを超える魔獣が所狭しとひしめいていると」
「それは……」
想像するだけで恐ろしい光景だった。何故なら魔獣は、魔力があればあるほど、そして長い期間存在するほどに、力を強くするためである。もし魔力が際限なく供給される環境があるとしたら、そこに生きる魔獣は脅威的な力を秘めたモノへとなるだろう。
「もし、ヤムニーヴァさんがついてきてくれたとしても……」
バルーはその先の言葉を口にすることはなく、そのまま二人は言葉を交わさないまま、ヴァラムの帰還を静かに待つだけだった。
そして現在。
目を覚ましたタナーシャを他の三人が一斉に目を向ける。
「おい、安静にしてなきゃ……」
ヴァラムの心配する声にも耳を貸さず、彼女は寝台から体を起こす。膝は震えていて、意識もはっきりとしていなかったが、何とか自力で立ち上がった。
「神居に行くのだろう。ならいずれにせよ私の力がいる。そうだろう、ヤムニーヴァ」
ヤムニーヴァは答えない。しかしそれが何よりも真実を物語っていた。
「神居は神の寝所だ。神の気を身に纏った者がいなければ、門は開くことはない。それともヤムニーヴァ、私の髪の毛でも持っていけば、開くとでも思っていたか?」
「けど危険だろ?神居の扉だけ開けて、その後外で待ってもらうとか……」
ヴァラムがふらつくタナーシャの肩を支えながら案を出すが、タナーシャは首を横に振る。
「扉は一つじゃない。扉は合計で四つ。神居には四つの階層があり、その階層の入り口全てに扉がある。そしていずれも地上に神の扉を開く資格を要する。神居は言わば、地上に唯一存在する神界だからだ。それに、心配はいらない。一階層こそ魔力に侵されているが、二階層以降は神気が濃くなってくるからな」
タナーシャは自分を連れて行く必要性と合理性を論述したものの、三人の表情は変わらなかった。
「しかし、問題は神居の試練です。できたての神居とはいえ、それでも外の魔獣とは比較にならないほどの強敵ばかりでしょう。仮に第一階層の試練を乗り越えたとしても、第二の知恵の試練、第三の力の試練を乗り越えなければなりません。第二は兎も角、第三の試練には第一を超える脅威が待っている……、我々四名でどこまでやれるか……」
ヤムニーヴァの言葉を聞けば聞くほど、ヴァラムもタナーシャも表情が暗くなっていく。しかし一方でバルーは難しい顔こそしていたが、その眼には失意や絶望とは全く正反対の、鋭い光を宿していた。
「ヤムニーヴァさん、いくつか質問いいですか?」
「え、ええ。何ですか?」
バルーは立ち上がると、部屋の壁にかかっていた、<フュヌター>周辺の地図を見ながら、ヤムニーヴァに問いかけた。
「魔獣の大群が押し寄せるようになった、とのことですが、それ以前からこの街に魔獣が忍び込んでくることは?」
「え、ええ。いや、どうでしょうか。昔は魔物が出ても、街の中から湧いたものと思っていて、外から来たものとは……。いずれにせよ判断がつきませんな」
それを聞いて、バルーは壁の地図と、手に持っていた旅人の手帳の中身を交互に見始める。
「『第一の試練は、神居の清浄。神の遺骸と見えることを望む者は、第一の階層を占拠せし、魔の獣たちを払え。神へ献身を示した者のみが、第二の扉を開く資格を持つ』か……」
旅人の手帳のことを知らぬヴァラムは、それは何かと知りたそうな表情をしていたが、知恵を巡らせることに集中するバルーは、友人のその顔を見ることはなかった。
「もしかしたら、第一階層はどうにかなるかもしれません」
バルーは壁の地図を外して、それを寝台の上に広げる。
「そうだ、僕の話をする前に、ヤムニーヴァさん、先程の旅人の話を、ヴァラムとタナーシャに。先に情報を共有していた方が良い」
それから二時間後、ヴァラム、バルー、タナーシャ、ヤムニーヴァは神居の前に立っていた。神居の扉は、石材のような無骨さと重厚さでありながら、鏡のような滑らかさで月の光を受けて輝く、不思議な材質でできていた。そしてその大きさは、ヤムニーヴァですら見上げるほどの威容であった。
「『神聖な者は扉に触れよ』か。私にまだその資格があればいいが……」
タナーシャが扉に恐る恐る触れる。すると灰色の扉は、突如青い光の模様が現れる。
「さぁ、準備は良いか?」
彼女が後ろを振り返ると、バルーとヴァラムと、ヤムニーヴァが頷く。そしてヤムニーヴァも、後ろを振り返り、右手を挙げた。それは、何かに合図をするかのようであった。
タナーシャが扉を押すと、あとは扉が自ずと動き、神居への道が開かれた。神居の暗闇には、赤い光が無数に揺らめいており、入り口からは瘴気とも形容できるほど、濃い魔力が流れだす。その赤い光が魔獣の瞳であると気づくと同時に、ヤムニーヴァはバルーとヴァラム、タナーシャの三人を抱え、空へと飛んだ。
「どうか、上手く行ってくれ……」
バルーの祈りと同時に、神居から無数の巨大な魔獣が飛び出した。
「魔獣を誘き出す、か。それは難しいんじゃないか。神居の第一階層はそれこそ魔力が豊富な場所だ。扉を開けてすぐに飛び出してくるとは思えない」
「ああ、だから、魔獣が神居を飛び出したくなるくらい、豊富な魔力を外に用意するんだ」
彼の言葉の意味は、この場にいる全員が理解できた。
「もしかして、お前、この街の人たちを囮に使うってことかよ」
ヴァラムは自身の友人の言動を素直に受け入れられなかった。バルーは確かに知恵に溢れ、理解しがたい策を立案することは珍しくない。しかし彼は、慎重かつ危険性の低い道を選ぶ策士であって、運任せで被害を恐れぬ博徒ではない。囮を使う作戦は、明らかに普段のバルーでは考えられなかった。
「囮、ではあるが、被害は出ないはずだ。神居から<フュヌター>の距離は、さほど遠くない。なら、妨害の罠などを配置すれば、逃げきることは難しくないはず」
バルーは地図の上を人差し指でなぞり、神居から<フュヌター>までの道を示す。
「待て待て、それこそお前忘れてるだろ。ここの魔獣は<フュヌター>に入れるんだぞ?街まで逃げても、まだ奴らは追いかけてくるぞ」
ヴァラムの反論に対して、バルーはその質問を待っていたと言わんばかりに、ニヤリと微笑む。
「ああ、『ここの魔獣』は街に入ることができる。だが、『神居の魔獣』は入ってこれない可能性が高い。魔獣は魔力の塊。そして魔力は生命の源。魔獣が獣の姿を取るのは、魔力に生命の記憶が流れているから。だが当然魔力の記憶には、人間もいる。つまり、魔獣たちが<フュヌター>に侵入できるのは、彼らがこの街の存在を知っているからだ。魔獣たちの増加の原因は、神居からあふれ出た魔力が、外の世界の魔力と融合したこと。だから彼らはこの街の存在を知っていた。しかし魔力は水と同じだ。水量の多寡に関係なく、水源へと逆流する川はない。なら、神居内部の魔獣は、外の魔力には一切触れていないはず。つまり神居の魔獣は、<フュヌター>には侵入できない」
バルーの説明を黙々と生徒のように聞いていた。皆、彼の作戦に対して反論を思いつかなかった。だが未だタナーシャとヤムニーヴァは乗り切れないでいた。
「勿論、皆の心配はわかる。だから少しでも街の人を負担を減らすための策はある。しかしそれは、ここにいる皆が少しずつ危険を背負ってもらうことになる」
バルーは、三人それぞれの顔を順に眺める。まるで全員に了解を求めるように。そして三人は、それに答えるように頷く。
「わかった。まずはタナーシャ。君には自身の秘密を打ち明けてもらう。これは簡単なようで、我々の中で最も危険な行為だ。そして恐らく、君の一番嫌がることだろう。君の秘密を<フュヌター>の人々に話せば、否応なく彼らを君の、いや僕たちの戦いに巻き込むことになる」
タナーシャは逡巡する。彼女は自身が王族であるために、自身の言葉や行為は良かれ悪しかれ、人心を動かすものだと理解している。それも懇意にしていた地域の人々ともあれば猶更だ。
「私は逃げていたのかもしれない。君たちに王ではなく友として接するよう頼んだのも、私が王族という責務から目を背けようとしたかったのかも。だが私は決心したよ。私は、私に付いてくる者たちへの責任を負う」
タナーシャの瞳には未だ迷いがあった。しかし、先ほどまでとは比べ物にならないほどの力を宿していた。
「さて、次はヤムニーヴァさん。貴方に頼みたいことです。貴方にはタナーシャと共に、今の<フュヌター>の現状を話す役目を担ってもらいます」
ヤムニーヴァの役目も、タナーシャと類似していた。しかしタナーシャに求めたのは王としての態度であり、一方彼は同胞を啓蒙する役割を期待されていた。
「……なるほど、貴方は中々厳しい人だ。私がこの街でどういう立場にあるのかもわかって仰っているのでしょう。ですが、故に私は貴方をようやく理解できたような気がします。そして、貴方は信頼に足るということも」
タナーシャとヤムニーヴァが背負った重荷は、むしろ心身共に衰弱していたはずの二人の気炎を猛らせた。
「さあ、ヴァラム。勿論僕たちもそれなりのものを賭けるよ。そして君に賭けてほしいものは……」
月明かりを背負い、空で羽ばたく竜人。彼は胸に抱える三人と共に、地上で蠢く闇と、それを待ち構える街の人々を見つめていた。
「さぁヴァラム、今だ」
友の掛け声に従い、彼は闇夜の中へ両腕を伸ばす。その腕の先には闇、握った拳の中には夜気だけであった。しかし彼は確かに、その両腕で何かを操作していた。
天空においては地上の魔獣たちの唸り声と疾走の響きは届かず、ただヤムニーヴァの羽ばたきの音だけが耳に届いていた。しかし数秒後、その四人は、耳鳴りのような音が徐々に近づいてきていることに気づく。
その正体は夜空を切り裂く鋼の翼。
神居の上空、空と樹海の境界で、まるで魔獣たちを挑発するかのように滞空しているのは、ヴァラムの飛空艇であった。




