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絆と軛 第二節

 無数の機械に結ばれ、静かに呼吸をしている人物、聖騎士隊第一番隊の副隊長であるシヴィが寝台に横たわる隣で、その上司であるアースが林檎(ユーチャス)の皮を小刀で剥いていた。その音に気付いてか、シヴィはゆっくりとその瞼を開いた。

「おや、お目覚めかい?ほら、果物剥いておいてあげたから、食べて元気をだしな」

 部下の覚醒に気づいて、丁寧な手つきで剥いていた林檎を詠唱なしの魔術で六等分にしたのち、既に一口大に斬られた果実が沢山乗っていた硝子の容器に入れる。

「生き残ったのは……?」

 シヴィは目覚めたばかりであったが、すぐに気絶前の記憶を思い出して、現在の状況の確認を取る。

「私と、君だけだよ」

 そう言いながら、アースは果物の入った容器を、シヴィに差し出す。シヴィはまだ魔力が枯渇していることもあってか、意外にも素直に果実を一つ手に取って、口元に近づける。

 しかしその時、シヴィは不快な匂いを嗅いだ。それはこれまでも何度か経験したもので、曖昧ながらも、その正体に辿り着くのはさほど時間は要さなかった。

「……隊長、本当に生き残ったのは、二人だけですか?」

 シヴィは果物を容器に戻し、視線をアースへと向けた。

「はは、本当、君は優秀だね。それとも君も飢えているのかな?」

 その言葉が言い終わると同時に、定期的な機械音だけが木霊していたその部屋に、硝子が砕ける音が響く。アースの右手が抱えていた筈の硝子容器は、勢いよく振るわれたシヴィの右拳によって、壁に叩きつけられ、果汁と混ざり見事に粉々に割れていた。突然動いたせいか、腕についていた魔力管が抜け、それが繋がれていた部分からは血液がどろどろと流れていた。

「一体、一体何度、部下を食い物にすれば気が済むんですか……!貴方の身勝手で、貴方の欲望のために、どれだけの部下が犠牲になれば……」

 振るわれた拳からは力が抜けないままなのか、小刻みに右腕は震えていた。

「君は、何と言うか、変な人だね。容赦なく敵の首を刈り取る冷酷で強靭な兵士かと思えば、国のために命を捧げる偉大な行為を異様に卑下する。全く愛国者なのだか、判断に困るよ」

「愛国者……、部下を殺すことが愛国なのですか!!家族を守り、敵を打倒し、友を愛する。それこそが愛国者ではないのですか!?」

 部下の怒りの言葉を聞き、ゆっくりとアースは立ち上がった。

「愛する家族のために、獅子(ニフィパ)は、群れに近づくはぐれた同種に爪を立てる。家族を守るために、(アシュス)は、老いや病で弱った個体を群れから追放する。それが自然の摂理だ、シヴィ。本来弱った個体、はぐれた個体は淘汰され、孤独に飢え死ぬ。だが、<ユヴァート>とアムゥ様は、そんな弱い者たちにも、強い者の血肉となり、祖国の礎となるという使命と役割を与えてくださったのだ」

 アースは近くの机に置いていた編み籠から林檎を取り出し、皮も剥かずにかじりつく。

「何より、我々がこうして植物や動物を喰らい、命を長らえさせているという事実が、我らの考えこそ正しいことを証明しているではないか」

 



 その頃、魔術によって俗世より秘された街、<フュヌター>の中央を貫く幅広い街路をヴァラム一行は歩いていた。その先頭には彼らの身体の二倍、いや三倍はあろうかという巨躯を誇るヤムニーヴァが案内人として先導していた。

「いやはや、(アタフーム)とは、久方ぶりに言われたかもしれませんなぁ」

 顔まで鱗で覆われているゆえに、表情の機微は察しずらかったが、彼が微笑んでいることを一行は確かに理解できた。

「すみません。本当、遷者(マクム)って初めて見るもんですから」

 ヴァラムはしかし、未だに落ち着かぬ様子で辺りを見渡していた。ヤムニーヴァのように翼を持ち、空を自由に飛ぶ者たちが自身の上空を横切ったかと思えば、辺りの木々を脚力だけで飛び回る者、足が無く、腰から下が(テサ)のようになっている者など、彼には見たことない者たちばかりで、目が回りそうであった。

「しかしバルー君には驚きましたな。もしや遷者と会ったことがあるので?」

「いえ、僕も初めてです。あくまで知識としてだけ、知っていただけです」

「知識として知っていても、初対面では大抵目を見開いたりするものですよ」

 ヴァラムは内心、友人のバルーがあれほど肝が据わっていることに気持ち悪さすら覚えていたが、それから数分もすると少しずつ街の風景にも慣れてきた。特に巨木の上に家が並び、その間を架空索道が繋いでいるという独特の光景には目を奪われつつあった。

「ところでタナーシャはどうして<フュヌター>のことを知っていたんだ?偶然迷い込んだとか?」

「<フュヌター>は偶然迷い込むことはできません。この街は『ここに<フュヌター>がある』という意識を持った人間以外には入れないためです。実はタナーシャ様、いえ、<ドゥスエンティ>王室の皆さまは、我々を陰ながら支援してくれていたのです。本当に母上、父上共々、我らによくしてくださった」

 そのことを聞いて、僅かに顔を伏せるタナーシャ。

「タナーシャ様、我らは今なお、<ドゥスエンティ>への恩義を忘れておりません。<ユヴァート>の台頭は我らとしても看過できませぬ。もし我らの力必要とするなら……」

 彼の言葉を遮るように、タナーシャはヤムニーヴァを追い越し、振り返る。

「有難いが、遷者を再び争いに巻き込むことは、母上も父上も喜ばぬと思う」

「しかし……」

「大丈夫だ。数日ここに留まらせてくれるだけでも、私たちには十分『助け』になる。早速だが美しい宿と、美味しい食事処を紹介してくれないか?」

 ヤムニーヴァを心配させまいと、彼女は微笑みかける。

「承知しました。この街一番の旅籠と料亭を手配いたしますとも」

 不安で僅かに濁る表情が、一点晴れやかに、そして自慢げな表情で彼は胸を叩いた。




 それから数分歩くと門柱の二本の大樹ほどではないが、それでも天を貫くように高く、そして大地をつかみ取るような巨大な幹であった。

「お三方はこちらの昇降機をお使いください。私は空を飛べますので」

 巨大な根の近くには、人が五人ほど乗れる程度の小さな昇降機があり、それを吊り上げる鋼線は、大きな家を乗せた一回りほど大きな立派な枝へと繋がっていた。昇降機を眺めていると、いつの間にか隣にいた巨大な存在感は、遥か上空へと飛び去っていた。

「さあ、私たちも急ごう。待たせると悪い」

 タナーシャに背中を押され、そそくさと地上に残された三人は昇降機に乗り込み、天空へと鋼の籠に運ばれていった。その間の景色は圧巻という他なく、これまでずっとこの巨大な樹木の街に興味を惹かれていたヴァラムだけでなく、ここまで冷静だったバルーと一度訪れたはずのタナーシャも、その景観に目を奪われた。緑の天蓋からは木漏れる光は窓掛けのように景色を揺らめかせる。一方日中でも十分ではない光量のために、家々には様々な暖色系の光が灯る。まるで色鮮やかな珊瑚に彩られた、深緑の海底であった。

 皆がその光景を瞳に反射させていると、昇降機はいつのまにか、百ラットを超える高さまで上がり、目的地に到着していた。

「こちらです、皆さま」

 昇降機から降りると、枝の上に作られた道が左右に伸びていた。その右手、つまり木の幹に近い方に樹上の家屋とは思えないほどに巨大で、息を呑むほどの迫力であった。それは、家の前で手を振り、こちらに声をかけるヤムニーヴァの巨体すら霞むほどであった。

「この店は私のお勧めでして。ささ、お入りください」

 その店の扉は人が入るにはあまりに巨大であった。六ラットを超える大きさのヤムニーヴァも楽にくぐれるほどであった。

 外側からは二階建て、あるいは三階建てにさえ見えたが、中は吹き抜けになっていた。そこにある机は大小様々な様式で、椅子もまた同様であった。身体の大きさにばらつきのある遷者の街だからこその風景であった。ヤムニーヴァは適当に椅子を四つ見繕い、大きすぎない丸机の周りに並べた。

「ささ、こちらが献立になります。お好きなモノをお選びください。私が奢りますよ」

 ヤムニーヴァは全員が座席につくと、献立をタナーシャら三人にそれぞれ渡した。

「持ち合わせはある。我々の分は我々で……」

「いえ、本来ならば、客人をもてなすべきでしたが、私は料理が下手ですゆえ。これはその代替え案。私が奢らなければ、私は遠方はるばるやってきた異邦人を歓待しない、礼儀知らずになります。どうか、この場は私の顔を立てると思って」

「うむ……。まあそう言うなら……」

 タナーシャは納得が完全にいかないまま、しぶしぶ献立表を見る。他の二人もそれと同時に献立を読み始める。

「決まったら教えてくださいね。私はいつも食べてる好物がありますので」

 ヤムニーヴァとタナーシャはどうやら頼む料理を決めたようであるが、一方バルーとヴァラムは少し当惑していた。

「なぁ、もしかして肉料理はないのか?」

「あ、ああ。ええ、<フュヌター>では、あまり肉食をする者がおらんのです。だからこうした食堂でも、扱っている店は無いのです」

「もしかして、<フュヌター>の人々は菜食主義なのですか?」

 バルーの問いに対し、ヤムニーヴァははっきりと答えない。

「もしよかったら、私が事情を話そうか?」

 それを見たタナーシャが彼に助け舟を出したが、彼は頭を横に振る。

「いえ、我らの街のことです。私が言うべきでしょう」

 決心を固めたのか僅かに天井を仰ぎ、鼻から息を漏らす。

「我々は皆、菜食主義というわけではありません。単に肉を食べなくなった、というだけなのです」

 ヤムニーヴァの説明には、得心がいかなかった。肉を食べない、というのと、菜食主義がどう違うのかがわからなかったためだ。

「少しだけ話を変えます。皆さんは我々が<フュヌター>に来る前にしていた仕事はどんなものかご存じですか?」

 バルーとヴァラムは答えない。ヴァラムについては恐らく本当に知らないのであろうが、バルーはどちらかと言えば、知っていても口にしたくない、といった様子だった。

「……所謂、賤業と言われるものです。魔力売買、危険で過酷な建築現場、色々とありますが、とりわけ私の前職でもある屠殺業は、もっぱら遷者の仕事でした。不思議なものです。肉を喰らう豊かさが無い我々が命を捌き、動物の息の根を止めたこともない者たちが美味い美味いと動物の死体を有難く食らっているのですから」

 事情を知っていたタナーシャは兎も角、バルーとヴァラムも黙り込み、言葉を失っていた。その表情に気づいたヤムニーヴァは、今自身の言葉を省みると、微々たるものではあるが敵意が香っていることに気づいた。

「ああ、今のは少し皮肉が強かったですね。申し訳ない。しかし私はひどく混乱しました。菜食主義ならば、動物愛護家なら納得できます。彼らは目の前にある動物の死体と向き合った結果として、命を喰らうことを辞めるという選択をしたからです。しかし普段肉を喰らう者たちが、我々の生業を卑賤なモノと蔑むだけでなく、倫理から外れた穢れた存在のように考えるのです。不思議でなりません。怒りさえ湧きませんでした。命を奪うことを拒みもせず、我々が動物を解体することを、人道から外れた野卑な蛮習だと否定するのです。……皆様はアスピフをご存じですか?」

「アスピフ……名前だけ聞けば(アス)の仲間のように感じますが……」

 突然の質問に当惑しつつも、バルーはヤムニーヴァの問いに答える。

「はい。数多くある犬種の一つです。しかしその種の大きな特徴としては、その肉が珍味として愛好されていることです。やや歯ごたえは感じるのですが、噛むたびに広がる苦みと甘みが絶妙な均衡を保った独特の肉汁が、人を惹きつけたのでしょう」

「しかし、私の記憶が正しければ、<玄黄星>では今、犬食ができる国は無かったはずです」

 バルーの知識は正しい。<玄黄星>では、昔からの慣習で犬食をしていた国もあったが、早期に動物保護法を改正した<ユヴァート>は、星界同盟を結成時した際に、自国の法律を全ての国に適応させたために、やはり犬食はどの国でも禁止されてしまった。

「その通り。我が故郷も、こことは別の大陸の小国でありましたが、二十年ほど前に星界同盟に入りましたので、当然アスピフも食料として市場に並ぶことはありませんでした。貴重な収益減ではありましたが、法が変わったのなら仕方ないと従いました。……問題はこの後に起きました。私の住んでいた家に、大量に落書きがされていました。『犬殺し』だの『野蛮人』だの、ここではあまり言うに憚れる言葉も沢山ありました。元より街はずれの、遷者だけが住んでいたような集落だというのに、わざわざ街から押し掛けて、私に石を投げつける者もいました。……理解に苦しみます。彼らは皆、菜食主義者だったでしょうか?動物愛護家だったのでしょうか?そうならばあの仕打ちも納得しましょう。ですが事実は……きっと違うでしょう」

 ここまでヤムニーヴァの言葉は、いつも柔らかく、それでいて簡潔だった。相手を慮り、自己を主張しなかったのだ。しかし今の彼の言葉には熱が困り、鋭さがあった。それはヤムニーヴァの、紛れもない彼自身の心から出た言葉であったからだろう。

「私の家は、文字通り燃やされました。その時に妻は……、妻は……」

 ヤムニーヴァは自身の顔を、大きな右手で覆う。手と顔の隙間からは水滴が零れ落ちていた。

「いえ、すみません。私は独りになり、その時噂だった<フュヌター>への移住を決意しました。我々遷者の間でまことしやかに囁かれていた、我らが唯一安全に暮らせる楽土。眉唾ではありましたが、紆余曲折を経て、こうしてこの街に辿り着いたのです」

 彼の口調は少しずつ変化していた。それは彼の感情の移ろいを表すものであった。

 逆上の雷霆が走ったかと思えば、悲憤の雨に濡れそぼり、弔意の曇天に陰り、そして最後には、雲間より一条の光が差し込み、顔に生色が戻る。

「そして気づきました。私も、結局は家畜だったと。私が生来より感じていた唯一の世界との繋がりは、まさに軛でしかなかったと。こう感じたのは私だけではないでしょう。故に、この<フュヌター>では、誰も屠殺を営んではいないのです。目の前の家畜と、我々が重なるから、でしょうね。皆が菜食主義なわけではなく、この街では誰もやりたがらぬ仕事を押し付ける権力者はいない。ただ、それだけなのです。ああ、乳製品ならありますよ。子育てするための乳を分けてもらうだけなので、どれも少し値は張りますが」

 張り詰めていた空気が徐々に和やかになり、四人は各々の料理を注文した。

 (カバブ)のフライ、花野菜(ダズヌ)の香草麺麭(パイピュ)粉焼き、様々な野菜と(ラサフュ)乾酪(ハース)で包んで焼いたグラタン、勿論色とりどりの新鮮な生野菜のサラダと、様々な野菜を中心にした料理が机上で大量に展開された。どの料理も恐ろしいほどの美味であり、皆、頬が落ちるほどの至福を堪能していた。特に料理好きのヴァラムは、今度これを作ろう、あれを試そう、と食べながら勉強していた。

 それは苦痛も搾取もない、楽園に相応しい午餐であった。

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