九、ケーキ
今日、自分はシュウとヒナタとケーキ屋に来ている。
なぜならランの誕生日ケーキを買うためだ。
本当は明後日が当日なのだが、ランが仕事ということもあり、4人の休日が被っている明日、パーティーをする事になった。
ちなみに今日は金曜日だが、自分は1度家に帰ってから、学校終わりのシュウとヒナタと合流して直で来た。
1度帰ったとはいえ制服で来てしまったが、遊ぶ時用の肩下げで来ているから多分先生に見つかっても大丈夫だ。
この店はここらでは大きい部類に入るからか、いつも人が多い。
が、今日はいつにも増して多い気がする。
「なんか人多くない?」
やはりヒナタもそう思うか。
「あれだろ。なんか新作シュークリームの発売日みたいな。」
「あぁ…、クラスでも話してる人いた気がする。みんな学校からそのまま来たのかな?同じ制服の人いるね。」
ここらでは大きいとはいえ、所詮住宅街の一角に佇んでいる程度。現世の立派な店には劣る。
そんな店に人が押し寄せれば…まぁ、軽く埋まる。
「これ選んで会計ってなったらいつになるんだ。」
「ふふん、自分先週予約しといたもんね。ドヤァ。」
カバンから出した引き換え用紙を見せる。
「「おお!」」
「しかも今シーズン限定の1番人気のやつ。」
用紙に書かれた品名を指さす。
「「ナイス!」」
もちろんこの種類は数量限定のものである。
基本的に数量限定のものは注文不可なのだが、誕生日ケーキの場合のみ、その人の誕生日が記載された身分証やその印刷を持って行けば可能なのだ。
「てか、それあったら選ぶ必要無いしカウンター並んでいいんじゃねぇの?」
「え?あ、ここ列じゃなかったの!?」
「いやぁ、なんかレジ前のショーケース見てる人多いから行きにくいなぁ…って。」
いくら人が多いからといって店内を埋め尽くす程じゃない。だが、ショーケースの周りを埋め尽くす程度は余裕だ。
「はぁ?んなもん割込めばいいだろ。」
「えぇ…そんな乱暴な。」
「いや、別に無理やり割り込まなくったってさ、こう、するする〜っと。」
人混みに腕を伸ばし手をくねくねさせる。
「この人混みをするするは無理だよぉ。」
「ほらぁヒナタだって無理って言ってるじゃん。」
「じゃあ俺1人で行ってくるよ。」
無言で手を差し出してくるので、用紙と財布を渡す。
すると、宣言通りするすると人混みをすり抜けて行った。
そういえばシュウは戦闘訓練で躱し特化の内容をやっていると聞いた覚えがある。
「なんかさ…。」
「ん?」
なんだろうとヒナタを見る。
ヒナタは背が高い+靴が厚底のため、見上げる形になってしまうのが少し悔しい。
「なんか、無理そうなこと余裕で有言実行されるとちょこっとムカつかない?」
「うん。ちょこっとムカつく。」
む。何やら人々の頭上を飛ぶ箱が。もしやシュウではなかろうか。
箱があるとすり抜けにくいから当たらない高さまで上げているということだろうか。
なんだか落とすんじゃないかとちょっとハラハラする。
「ねぇ、あれシュウだよね?」
「多分…。」
ちょうどあの箱が人混みを抜けてきた。
「あぁ、やっぱりシュウだ。」
「なんかちょっとかっこ悪いよね。」
「うん。なんかかっこ悪い。」
顔はいい方だと思うのだが、行動で帳消しにされているような、そんな残念なかっこ悪さだ。
2人で話していて、ふとシュウを見るとこちらに駆け寄って来ているではないか。
「「わあぁぁああ!!」」
「やめて!やめて!やめて!」
「せっかくのケーキ崩れたらどうするのよ!」
「あ、そっか。すまん。」
なんなんだこいつは。ばかなのかこいつは。
「じゃあ、ケーキ受け取ったし帰ろっか。」
「慎重にね。」
ヒナタがキッとシュウを睨む。
「悪かったよ。」
ドアを開けるとカランカランとベルが鳴り、後方から「ありがとうございました」という声が聞こえてくる。
ここから歩くと家まで地味に時間がかかるのがめんどくさい。大体25分だろうか。まぁ、学校と比べれば大差ないのだが。
この後はナツナギ宅で明日の飾りを作るのだが、一度ランの居ない今、家に帰りケーキをダンボール箱に入れて地下に隠す。暖かくなってきたとはいえ、まだあまり好き好んでは地下に行くような気温でもない。多分謎な荷物を物色されることもないだろう。
「なぁ、今って何時…?」
「え?えっとねー。」
「…1時過ぎ。」
「ランが帰ってくるのは…?」
「1時30分…。」
「…まずくね?」
「まずいね。」
「うん、かなり。」
「ちょっと早歩きでもしよっか。」
「あぁ。」
ということで、早歩きで向かう。そう、早歩きで。
自分だけ少し駆け足な気がするのは気のせいだ。多分。きっと。恐らく。
家に着くと、恐る恐るドアを開け、靴を確認する。
「ランまだ帰ってないよ。」
「じゃあセーフか。」
「ケーキ隠してくるから待ってて。」
急ぎつつ、かつ慎重に階段を下る。
暗めの電球がチカチカと光る。
一段下りるごとに、自分が好きな地下独特のスーッとした匂いが強くなってくる。が、これはカビとホコリの匂いだと最近発覚した。
今年1番の衝撃だった。
階段が終わり、ドアを開けると、溜まっていた冷えた空気が流れ込んでくる。
ふむ、いい匂いだ。カビとホコリだけど。
入口付近の蛍光灯が1本割れており、少し薄暗い。
これは、自分が来るずっと前、日々の疲れにより発狂したランが破壊したのだそうだ。
今でも時々、叔父夫婦に会った後、地下から奇声が聞こえることがある。
毎度ただならぬ恐怖を感じる。
(ここら辺でいいかな。)
テーブルの上にダンボールが3つ。
ここなら誤魔化しが効くだろう。
潰されたダンボールを組み直す。
そしてテーブルのダンボールの下に重ねる。
時間とガムテープがないという問題により、持ち上げようとすると底が抜けるというのが難点だ。
別に噛み合うように閉めれば抜けないのだが、めんどくさい。
今度はケーキがないため、階段を駆け上がる。
何やら声が聞こえるが、恐らくこれは、2人が会話しているだけで、ランが帰って来たわけではない。
「何話してるの?」
ドアから顔を覗かせ質問する。
「ん?明日どうやってランさん連れ出すかって話。」
「あぁ、そっか。連れ出さないと飾り付け出来ないもんね。」
「うち使えれば1番楽だったんだけどねー。」
「ちょっと今はね…。うん、汚いし…。」
この前聞いた話によれば壁に大穴が空いているのだとか。
誤魔化しの効かない程の大きさとは一体何をやったというのか。
「まぁ、うち着いてからでも大丈夫だし、後で決めるか。」
そう言いながらドアを開ける。
いや、手をかけてから勝手に開いた。
そして気づいた。ドアのくもりガラスに影がある。
急いで階段の影にカバンを投げる。
「あれ?シュウとヒナちゃん来てたの。」
もう少し遅ければ見つからずにいけたのに…!
「ハルと帰り一緒だったからこの後遊ぼうって。」
「あぁ、そうなの?」
「え、うん。そう。」
流れるような嘘だ。
最悪、ケーキが見つからなければいいのだから、下手に怪しくしない方がいいのか。
「じゃあ自分、服着替えてくる。」
2階へ続く階段を上る。途中、先程放り投げたカバンを拾い上げる。
自分の部屋に着くと、急いで着替え玄関に向かう。
「行ってきます!」
「「おじゃましましたー。」」
ケーキ
ホワイトチョコのケーキ。
所々に桜色のクリームやアラザン、桜の花びらを型どったチョコが乗っている。上部全面に花の模様。中央に「ランさんお誕生日おめでとう」と書かれた板チョコ。