五、小屋
「おい。お前ら何してる。」
「我が家に何か用でも?」
背後から声がした。
その声はとても静かだが、不気味な威圧感があった。
クルミが唸る。
振り返ると、木の陰から人が出てきた。
長い髪。大きな目。高い背。雑な口調。女にしては低く、男にしては高い声。
なんとなく男でないかと思うのだが、微妙に中性的でよく分からない。
(金髪。)
狐?猫?それとも化けてる?
カバンに付けている木札を2回引っ掻く。
「倉本、スコップ。」
引っ掻いた木札がスコップの形に変形する。
「あ?子供?」
「何してんだここで。」
「この地区を担当する者です。突然小屋が新しくなったので。」
「あぁ、なんだ?こんなチビが管理人?」
「コウジロ一族ってのは随分と人手不足なんだな。」
コウジロ一族はここら一帯のみならず、現世の北海道地方にあたる区域の森を管理している。
そんな一族が人手不足なんて理由で子供を担当にする訳がない。
この地区は見捨てられている。
木霊が力を持ちすぎたのだ。近づく者全ての命を奪わんとする化け物と化そうとしている。
実際、岬に近づける者など数える程しかいない。その上、住みにくいこの地区は人間が年々減っている。
木霊も餌がなければ弱る。本家はそれを狙っているのだとか。
と、大人が話しているのを聞いたことがある。
本家と関わりのない末端の末端の自分には本当のところを知るすべは無い。
「ほぅ。そのスコップ、木霊か。」
そのとおり。木霊の木片だ。
木霊は離れた部位にも意識を移すことができる。2回引っ掻くのがその合図。
木霊は意識を移した本体以外の物を好きな形に変えることが出来る。構造が分かっているもののみだが。
「…。」
思わず、詰められた距離に後ずさる。
「まぁいい。中を見せてやる。それで帰れ。」
「…チヨとクルミは外で。」
「わかった。」
この得体の知れない人に続き小屋に入っていく。
危険なのではないか。大人が相手では子供の自分なんかが太刀打ちできるわけ無い。
今からでも逃げるべきでは。
玄関で靴を脱いだ。
この人の靴はサンダルだった。狂ったように雪が降り積もるこの時期なのに。少し外に出るだけだったのだろうか。
水槽には綺麗な水が入っていて、そこを20匹近くの金魚が泳いでいる。
大きさも前と同じだ。
靴箱の上も同じように造花と珍妙な置物が置かれている。
自分が思わずその中のこけしを触ろうとすると、手を掴まれ止められた。
身の危険を感じる。
「おっと、置物には触らないでくれよ。定位置からずらされたくないんだ。」
「あ…、わかりました。」
「お邪魔します。」
(コッッワ〜…。殺られるかと思った…。)
入ってすぐの居間を見渡す。
特に森にとって有害なものは置いてない。
隣の部屋も覗いてみる。
(こっちも特になさそう…。)
(あ、いいな。こたつかぁ。)
こっちの方では珍しいな。
きっと現世での内地とか南の方だといっぱいあるんだろうな。
前来た時はよく見なかったが天板の色といい形といい、あのテーブルこたつにもなれたんのか。
そういえばこの布団の模様は押し入れに入っていたものと同じだ。
この漫画、日焼けしてボロボロだったはずなのに新品のように綺麗になっている。表紙の色合いからして同じ本だと思うのだが、数はかなり増えているな。発行日も以前からあったものと比べれば近めだ。新刊だろう。
「ここ、うちのじじいが昔使ってたとこなんだよ。」
「汚かったから所々修理したり掃除したりしたけどな。」
(これは修理や掃除の範疇なのだろうか?)
「なんか飲むか?ポンジュースしかないけど。」
「じゃあお願いします。」
なぜポンジュース。そういえばゴミ箱やら冷蔵庫の中は蜜柑の缶詰めとナタデココばかりだったっけ。異臭がしなかったということは綺麗に洗われてはいたのだろうな。
そして、その中にポンジュースはあっただろうか?
「はい、ポンジュース。」
「あっ、ありがとうございます…。」
「で、なんか変なもん見っかったか?」
「あ、いや。何も。今のところ害はなさそうなのでそのままにします。でも、何か問題を起こせば即刻撤去します。」
「はッ。お前みたいな子供がどうやって?」
鼻で笑う言い方に少しムッとする。
「自分の能力を使えば道端の石ころ同然です。」
自分で操れないが。
「そうかい。でもその歳でんなことできるなんて4大のうちのどれかだろ。能力なんて使ったら、ここらの草木にどれだけ負担がかかるんだろうな。」
「…。」
4大能力とは、火、水、空気、電気を操る能力のことだ。これらは操りにくく、さらに、強力になりやすいということから、特に危険な能力として知られている。
能力は強力になるにつれ、発現が早くなる傾向がある。そのため、4大能力の能力者は他の子供より早く能力を操るための訓練を受けることが義務付けられている。
自分の能力はそのうちの水。地下水脈を利用すればこの程度の小屋なら軽く吹き飛ばす力がある。操れないけど。
水圧で噴き上げられた土砂や瓦礫はどれだけの被害をもたらすだろう。近くには動物たちの家もある。考えただけで恐ろしい。
「まぁ、何か困ったことがあったらここに来るといい。友達の恋愛事情から世界の危機までなんだって解決してやる。」
「あぁ、別に通りかかったから愚痴りに寄ってもいいぜ?24時間365日暇だからな。」
「なんでそんなこと。」
「こうやって恩を作っておけば撤去されなさそうだろ。」
「さっき知り合った怪しいやつに何を助けてもらうって話だけどな。」
「ここに来て名前呼べばいつでも出てきてやる。というか、定期的に呼べ。その方がこの小屋を管理しやすい。」
何を言ってるんだこいつは。
もしや存在のみならず、頭まで少々危ない人…。
「名前知らないです。」
「あ、言ってなかったか。『あさひ』だよ。」
「アサヒ…さん?」
「あぁ。」
「…。」
「では、帰ります。」
特に変なものは置いてなさそうだし。
「あぁ、気をつけろよ。ここら辺、最近は見ないが、少し前おかしなやつが彷徨いてたぞ。」
貴様では?
「変な狐面つけてたな。見た目含めて随分うるさいやつだったよ。」
違うようだ。
「そうですか。」
ランに報告かな。
「お邪魔しました。」
「ハル!どうだった?」
小屋から出るとクルミがチヨを乗せながら駆け寄ってきた。
こうしてれば可愛いのになぁ。
「問題ない。けど前みたいには近寄らない方がいいかな。」
「さっさと倉本のとこ行こう。」
「うん!」
「倉本。これ元気なの?」
今は実はついていないが、少し葉の先が凍っている。
「元気なわけないじゃん。寒いし栄養足りないし。凍え死にそう。」
「ただ寝てるだけなら足りるんだろうけどさ。こう木の実木の実言われちゃぁねぇ。」
「へぇー。」
雪なげをしながら返事をする。
このスコップは先程変形してもらったものをそのまま使っている。
やはり溶けかけているのかしゃくしゃくで無駄に重い。
「ひでー。めっちゃ生返事じゃん。」
「もっとちゃんと聞いてよ。そっちから聞いてきたんでしょ?」
「んー。」
「倉本、ダンプ。」
「むー。これでどぉ?」
「いい感じ。」
やはりスコップより多く押せて楽だ。
やたら雪が軽くてすぐ崩れるからさほどサクサク進む感覚はないが。
「よし、では元気のない君にこのなんかよく分からない土にさす栄養の何かをいっぱいあげよう。」
「ワーイ。アリガトウハルチャン。」
「ドウイタシマシテー。」
木霊としては細いが木として見れば大木の部類に入る倉本にとって、こんな小さい栄養剤何本かさしたところで何が変わるという話なのだが、多少気休めにはなるだろう。
木霊達は雑食だが、最も好むのが動物でさえなければまだ用意してやれたのに。
自分達亜人は人間と同じく雑食だが肉を食べない。この世界の動物達はほとんど皆知能を持っている。家族や友人が殺され、食べられればどう思うだろう。そうなってしまえば争いは避けられない。
そうならないためにも、動物達とは生霊から守る事、襲わない事の代わりに物資を。
木霊達とは動物含め、自分達の遺体と死罪人を差し出す代わりに食料を。
そうやってこの世界は成り立っている。
そのため、動物達は店舗経営や生産系、亜人達は現世で言う警察などの公務員に近い職業に就いていることが多い。
「ハルこの後も他のとこ行くの?」
「倉本が1番最初だからね。まだここ以外回ってないし。」
「しばらくぶりだから皆のとこ回んないとだからな。これは明日は来られないかなぁ…。」
「そうなんだ。」
「そういえば、何日か前に新村の所に誰か入れた?」
「入れてないけど…。なんで?」
「なんかあそこだけ木の実つけてる割に周りから吸ってる感じないから。」
「そうなの。見てみる。」
「情報提供感謝します。」
「チヨたちはー?行く?残る?」
「行かなーい。」
「倉本と遊んでるよ。ね、クルミ。」
「うん。」
「それに私元いた所に一緒に来ただけでついてくとは言ってないし。」
「ん。そうなのか。」
「じゃあねー。」
「バイバーイ。」
(ここから新村の所までか。浅野と岬は明日かな。)
名付きの木霊たちは、亜人の町が東、西、南、北、中央とある中の東西南北それぞれを繋ぐ線のちょうど中間辺り。北東、北西、南東、南西に居る。
なぜそんな綺麗に囲まれているかというと、了承を得た木霊たち4人を村の付近へ移動させて来て、その村が発展して町へって感じらしい。岬に聞いた。
その中で倉本は南西、新村は北東。ちょうど反対側だ。隣接した木霊でも片道徒歩1時間半。反対の木霊までは2時間かかる。走っても3分の1程しか短縮できない。
さらにそれに雪なげ、雪下ろし、健康調査と今日も泊まるからシュウの家からの往復を入れると…2人回って5時間。とても全員は回れない。
森を抜け、住宅街を抜け道込みの最短ルートで突っ切っていく。それでも1時間弱かかってしまった。そこから更に森を進み、新村の元へと辿り着いた。
あさひ
小屋の住人。危険人物。
能力:
①[不明]
②[不明]