四、森
翌朝、起きると既にシュウの姿は無かった。
ヒナタはいつも起きて見送るが、今日はそのあと2度寝したようだ。
今日もまた、何気ない一日が始まった。
(また、目覚めてしまった…。)
「ヒナタ。お腹空いた。」
「んー…?財布なら食卓テーブルに置いてるっしょ…。」
「…。」
「ねぇ、お腹空いた。」
「じゃあ冷蔵庫はー…?」
「ねぇ…」
「だからぁ!トイレ見てから言いに来いってぇ!!」
(あいつ…。いつもどこに財布置いてんだ。)
完全に寝ぼけている。
以前ヒナタに「いつでも好きに台所とか使っていいからねー」と言われたが、今がその時だと確信した。
まず冷蔵庫を開けてみる。
昨日のとうきびとじゃがバター、
飲みかけのジュース、成吉思汗のタレ、しゃぶしゃぶのタレ、焼肉のタレ辛口、焼肉のタレ甘口、キムチ鍋の素、中濃ソース、ドレッシング、マヨネーズ、キムチ、塩辛、茹でたブロッコリー、余った福神漬、と、これは生麺か。
昨日のカレーは残っていないようだ。シュウが食べてったのか?
チルドを開けてみる。
ウィンナーの袋が2袋。
なんとも寂しい。
野菜室。
トマト、キュウリ、これはキャベツ?レタス?レタスかな。
あと、アスパラ、ながいも、じゃがいも、にんじん、なす、玉ねぎ、お茶。
冷凍庫。
冷凍ご飯と食パンと保冷剤と冷凍食品のお好み焼き。
多分、お好み焼きはシュウのだから食べない方がいいか。
…ならパンかな。
(腹いせに2枚ずつ使っちゃろ。)
(あ、でもしたら丁度無くなる。やめとこうか。)
まずオーブンでパンを焼く。
その間レタスを千切り、洗い、ウィンナーを切り、焼く。
ソース的なのはどうしようか。辛子マヨネーズでいいか。
ヒナタのは辛子マヨネーズかマヨネーズ辛子かわからんくらい混ぜちゃろ。
そしたらこいつらをパンに乗せて…。
自分特製焦げ焦げのやつ完全ーっ。
ヒナタのはテーブルに置いとこう。
さて、見た目は20点と言ったところだが、味はどうだろうか。
(!)
(美味だ…!)
裏の焦げは少し苦いが、辛子マヨネーズが上手いことかき消してくれている。
すごくとはいかないが、美味い。
ボトッ
「あっ。」
レタスが大量のウィンナーを連れて落ちてしまった。裏返しで。
こんなことなら直接マヨネーズ塗るんじゃなかった。
これを捨ててしまえば、自分はパン本来の味で食べることになってしまう。不味くはないだろうが、どうにかそれは避けたい。
ならば拾って乗せる他ない。
拭いたテーブルに落ちて本当に良かった…。
(oh...)
テーブルに辛子マヨネーズがこびり付いている。
でも、なんかこれはこそぎ取って塗る気になれない。
このまま食べるか…。
「う゛ッ」
苦い。
かき消せていた焦げの味がマヨネーズが無くなったことにより復活してしまった。
苦くて苦くて食えたもんじゃない。
(しょうがない。もう一度作りなおそう。)
(マヨネーズの小皿うるかしてなくてよかった。)
…もしかして辛子より醤油の方でも合うんじゃないか?
試してみよう。
美味いっちゃ美味いがなんか違う気がする。
やはり辛子マヨネーズで正解だったようd…
「あっ。」
また落としてしまった。
だが、今回は運良く皿の上に落ちた。全く問題ない。
さぁもう一度乗せて食べ…
「…。」
本日3度目の落としだ。今度はウィンナー諸共全て落ちてしまった。
でも、また皿だし!別に汚く無いし!全然悲しくないし…!!
なんか1人でこんな言い訳して虚しくなってきた…。
さて、食べ終わったし着替えるとする。
さすがに人ん家でずっとパジャマはなんかな…。
あと、着替えたら皿洗うか。そのうちにヒナタも起きるだろう。
(……暇だな。)
ヒナタ全ッッッ然起きないし。
いや、やることやるけどしっかり者って程しっかりしてないのは知ってたよ?でも起きなさ過ぎてしょう。
昨日だって9時には寝たよね?シュウが出てったっつってもせいぜい6時でしょ?もう1時なんですけど…!
森でも行ってこようかな。
黙って出ていってしまってはヒナタたちが心配するかもしれない。置き手紙を書いておこう。
「森行ってくるー!」
「…。」
返事がない。
まぁ、いい。行こう。
ヒナタの家は内側だから近くの森までは歩いて30分程度だろうか。雪道だからもっとかかるかも。
昨日のとうきびとじゃがバターも冷めてしまうな。
確かポッケにカイロが1つあったから開けておこう。
無事到着したが、思ったより雪が多くて40分もかかってしまった。
じゃがいもたちはまだ少し温かいがほとんど冷えてしまった。
「ハル!頼んでたの持ってきてくれた?」
「冷えちゃったけどね。」
「いいよいいよ。きっと凍った木の実よりは温かいでしょ?」
「まぁ、凍ってはないからね。」
「むふんっ。」
満足気な顔でチヨが笑う。
チヨはこの森に住む雀だ。
現世の動物たちは人間程の知能を持たないらしいが、この世の動物たちは違う。一部の植物を含め、それらは高い知能を持ち、言葉を話す。中には人間を凌ぐ者も現れる程だ。
「はい。じゃがバターのじゃがいも。と、とうきび。」
「やった!」
「木霊たちの出す木の実全部凍ってて美味しくないんだもん。」
「倉本と浅野と新村?」
「そう、全滅。完全に無事なの岬だけだけどあそこまで行けないもん。」
「でも、人が多い分いっぱいつけるからガチガチだけど新村は空いた時は半解凍だよ。」
「半解凍?なんで新村だけ。」
「知らなーい。」
羽でじゃがいもを持ちながら自分が移動するとぴょこぴょこと付いてくる。器用なものだ。
「ねぇ、知り合いに炎とか熱出せる人いないの?」
「うー…。1人いるけど…。危険かなぁ。」
「自分の吸わせてもみずみずしくなるだけだしなぁ。」
「そっかぁー。」
「住宅街は雪溶けてきてるし森ももうすぐなんじゃない?」
「そうかな?」
「でも、木霊たち実つけるために葉っぱも出してるからあそこすごい日当たり悪いよ?」
「ふー…ん…?」
自分は目的地まで程遠いにもかかわらずピタッと立ち止まった。
「どうしたの?」
「あそこあんな小屋あったっけ?」
「あれ?確かに。」
あそこにはこんな綺麗な小屋ではなく、廃墟があったはずだ。
一度入ったことがあったが、中には水垢まみれの水槽や埃にまみれた期限切れの缶詰め、謎の置物などしか置いていなかった。
「ねぇねぇ。入ってみようよ。」
チヨがとても輝いた目でこちらを見つめてくる。
「うー…いいけど…。」
本当は死ぬ程行きたくない。
でもそんな目で見つめられたら断れない。きっとチヨもそれを承知でやっているのだろう。腹立たしい。
「やった!」
「でも気持ち悪いからクルミも連れてこ?」
「わかった!連れてくる!」
いつあんなものを覚えたのか。
やはりこの世の住人は雀であっても侮れないな。
さて、このままずらかるべきか、チヨを待つべきか。待てばチヨが連れてきたクルミにマジギレされるかとしれない。
だがしかし、ずらかれば行かなくて済むが次来た時にチヨにつつき回されるうえに、クルミに殺す気で襲いかかられるとみた。
(行くしかないか…。)
意志薄弱はいいこと無いな。今度までにちゃんと断れるようにならねば。
「痛っ!」
「ねぇハル!どういうつもり!?変なこと巻き込まないでよ!」
「いったい!!」
「もー!断っても断っても付きまとってくるし!!」
あぁ、来てしまった。
でも雀に狐がつつかれながら小走りで来るの面白いな。
「ごめんて。」
「だってチヨと2人で行こうものなら絶対1人置いてかれるじゃん。」
「わかるけど、でもだからってなんで私まで行かなきゃなんないのさ!」
「クルミならなんだかんだ言っても来てくれるし…。」
「そうだけど…」
ドスッ!「い゛ッッッだ!!?」
「もー!早く行こうよ!!」
「わかったってば!」
「つつかないでって言ってるしょ!」
「♪」
満足そうにチヨが笑う。
この雀、雀の癖に表情が豊かで特に満足そうに笑った顔が腹立つ。
3人で小屋へ向かった。
さほど距離はなかったため、数十秒で着いた。
数十秒で着いてしまった。
さっきは木で見えなかったが、小屋の前へ行くと看板があった。
いくら綺麗になっていると言っても結局はボロボロの小屋だ。看板の字はかすれて読めなかった。
「きさ……て…?」
「なんて書いてんだろ?」
中を覗くと外見だけでなく、内装まで綺麗になっていた。以前入った時の記憶とすり合わせていく。
玄関は特に何も無さそうだ。
というか、何も無い。玄関の癖して靴の一足もない。
「おい。お前ら何してる。」
「「「!!」」」
誰もいなかったはずの背後から声が聞こえた。
チヨ
ハルの友達。
声量:
でかい
クルミ
ハルの友達。
声量:
普通