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勇者パーティーを追放されたい俺がなぜか英雄として親しまれています

「よし、クエストに行くぞ。今日も頼んだぞリック!」


「あ、ああ、任せておけ」


 俺は勇者──エルラスに歯切れの悪い返事を返しつつも笑顔で頷く。

 勇者パーティーの一員となって早半年の月日が過ぎた。

 世界を救う勇者のパーティーの一員になるということは冒険者であれば誰しもが一度は夢見る事だ。

 かっこいいし、モテそうだし、お金もたくさん手に入りそう。

 だが、現実は違った。

 連日クエストをこなし、休暇は月に二日程度。

 強い敵と戦うため死ぬ危険性も高い。


 それにたいして──モテない。ここ重要。

 だいたい勇者パーティーと名があるように勇者がメインなのだから当たり前だ。

 街を歩けば女子からキャーキャー言われるのはいつも勇者。

 日があるから影が差す。

 勇者の活躍が増すほど俺の存在はどんどんと薄くなっていく。


 甘えた考えだというのは十分に理解している。

 魔王を倒すのが目的なのだし、自己の利益を求めてはいけないことも。

 だが俺はもう勇者パーティーに居続けることに限界を感じていた。追放されたいと思うようになっていたのだ。


 俺──リックは元々そこそこ名のある魔法剣士だった。

 長い赤髪がトレードマークで《赤帝のリック》なんて二つ名で呼ばれることもあるくらいだ。 

 魔法も得意だし剣の腕も立つ。それこそ勇者であるエルラスより強い自信だってあるくらいだ。

 自分のパーティーを作り、パーティーリーダーをしていた時期もあった。

 順風満帆な冒険者ライフを過ごしていた俺だったが、とある日、俺の噂を聞きつけた勇者エルラスが勧誘にやって来たのだ。

 もちろんその時は嬉しかった。

 今までやってきたことが報われたように感じたし、名声、富、権力が一気に手元にやってきたようにも思った。

 華やかな勇者パーティーライフが待っていると期待しまくりだった。

 俺はエルラスの誘いを二つ返事で受け、自ら作ったパーティーを勝手に抜けた。

 ホントあの時のバカな自分を殴ってやりたい。

 

「エルラス♪ 今日クエスト終わったらみんなで飲みに行こうよ♪」


 神官のアリアが弾んだ声で言う。

 勇者パーティーは俺と勇者を含め五人。

 「終わったら飲みに行こうよ」が口癖の金髪神官──アリア。

 「それは(われ)の幻影だ」が口癖の緑髪魔術師──ローラン。

 「ぶっ飛ばすわよ」が口癖の黒髪格闘家──フルア。

 一癖も二癖もある個性豊かな面々だ。

 

「いいぞアリア。みんなも構わないよな?」


(われ)は構わんぞ」


「あたしも大丈夫!」


 エルラスの問にみな首を縦に振った。

 しかし俺は……。

 

「リックはどう? 最近一緒に飲みに行ってないしさ」


 アリアに寂しそうに言われ心がチクリと痛む。

 

「すまない。明日もクエストがあるし、剣を整備に出したいから止めておく」


「そっか……。うん、じゃあまた今度だね♪」


「本当にすまんなアリア、みんな」


「そんな深刻そうな顔で謝るなよリック。俺たちはパーティーなんだし、またいつでも行けるだろ」


「そ、そうだなエルラス」


 本当このパーティーは優しい奴らばかりだ。

 きっと今すぐ抜けたいと頭を下げれば許可してくれるかもしれない。

 だが俺が自らの口でパーティーを抜けたいと言えないのには三つの理由がある。

 一つ目はまさにその優しさ。

 勇者パーティーのメンバーがいいヤツ過ぎることだ。性格は変わった奴が多いがみな優しくて、まるで血の繋がった家族のように接してくれる。

 アットホームなパーティーという感じで辞めたいと伝えづらい。


 二つ目は俺がエルラスと交わした約束だ。

 『魔王を倒すその日まで何があっても俺についてきてくれ!』と熱烈な誘いを受け俺は『もちろんだ! エルラス。お前についていく。何があってもな!』と熱い約束を交してしまったのだ。

 今更休みがなくて、モテなくて嫌だら辞めさせてくれなどとくだらないことは言えない。


 三つ目は俺が元いたパーティーの面々に申し訳が立たないからだ。

 勝手にパーティーを抜け、解散させたというのに、のこのこと辞めてきたなどと言えるわけがない。それに『魔王は必ず倒す!』なんてカッコいいことも行ってしまったしな。


 だから俺は自分の口からパーティーを抜けたいなんて絶対に言えない。

 故に追放されることを望んでいるのだ。

 ちょうど巷では追放劇なるものも流行っているらしいしな。

 追放されるための簡単な手順。それは当たり前だが失敗を犯すこと。

 今日このクエストで俺はそれをついに実行しようと考えていた。

 わざと失敗する。いけないことの背徳感からか先程から心がずっとざわついている。

 神殿に到着した俺たちは本日の討伐対象となる魔獣キマイラ、一体を探し始めた。


「キマイラどこだろうねぇ♪ かわいいのかなぁ?」


 アリアはいつも通り楽しそう。神官というお堅い職業に似つかわしくない彼女は何事にも軽い態度で挑む。


(われ)の予想だと可愛くなどない。探すのも面倒くさいから索敵魔法を使うぞ」


 ローランはそう言うと神殿の地図を広げて術式を組み始めた。

 地図上に赤い点が示され、俺達はその場所に向かって歩きはじめる。

 大きな門前に到着すると扉を開けて中へと入った。

 

「グキャァアア!」


 獅子と山羊の頭部に蛇の尾を持った悍ましい怪物が天井の梁から颯爽と降りてくる。


「ローランの言った通り全然可愛くない。ペットにしようかと考え出たのになぁ……」

 

 生のキマイラを見たアリアは肩を竦めると残念そうに呟いた。


「ああ、どちらかというとキモい部類だ。早速討伐にかかるぞ。手はず通り配置につけ!」


 エルラスの指示で配置に付くとキマイラに攻撃を仕掛けていく。

 前衛は勇者エルラスと格闘家のフルア。後衛は魔術師ローランと神官のアリア。

 ちなみに俺は中衛という魔法で援護しつつ、前衛としても参戦するポジションだ。

 

「うぉおおお!」


 エルラスはキマイラの巨躯に怯えることもなく果敢に斬り込んでいく。


「グキャァアア」


 獅子の瞳を切り裂き視界を一つ奪うとうねうねと動く厄介な蛇の尾に一太刀浴びせる。

 その間にフルアは側面に回り込むと気を溜め、光り輝く拳を土手っ腹にぶち込んだ。

 さすがの攻撃に膝を折るキマイラ。だが後衛からの猛攻撃がさらに続く。

 

「その身に罰を! 雷十字(サンダークロス)

  

(われ)が貴様を焼き尽くす! 炎爆(ファイヤーボム)」 


──バゴーン!


 アリアとローランの攻撃が山羊を的確に捉え致命傷を負ったキマイラ。

 あとは俺がまだ息のある獅子を倒せば討伐完了だ。

 S級討伐対象のキマイラでさえみんなが本気を出さなくても勝てる。

 さすがは勇者パーティーだ。


炎翔斬撃(えんしょうざんげき)! うぉっ!」


 俺は魔力を剣に注ぎ込み燃える斬撃を放つ。と同時に石につまずいたフリをする。

 斬撃は獅子の方向ではなく天井に向かって一直線に空中を渡っていく。

 その間に起き上がった獅子はエルラスを鋭い爪で切り裂こうと前足を上げた。


「くっ……」


「「エルラス!!」」


 みんなの声が室内に響き渡る。

 俺の斬撃は天井の梁にぶち当たると破壊した残骸が落下してきた。

 これもすべて計算の内。

 エルラスの強さがあれば爪を躱すことくらい余裕だろうし、梁の残骸はキマイラに確実に当たるだろうから奴は死ぬ。

 すべて万事解決。そして俺はきっとこの失態が原因で無事勇者パーティーから追放されるだろう。


「なにっ!!!」


「グキャァアア!」


「グキャァアア!!」


 梁の残骸が直撃して弱ったキマイラは死んだのだが、予想外の出来事が起きた。

 梁からもう一体キマイラが落下してきたのだ。

 急ぎ体制を整えもう一体のキマイラを討伐した俺達。

 

「まさか、もう一体キマイラがいたとはな……。リック以外気付かなかったみたいだな。助かったぞ!」


「えっ、ああ」


 俺も気づいてはいなかったがエルラスに言われ反射的に返事をしてしまう。

 

「さすがリック♪ あそこで攻撃してくれてなかったらアリア達やばかったよ」


「うん。あたしとエルラスは確実にもう一体のキマイラの餌食になっていたかもな。ありがとうリック」


 フルアは俺の手を取ると羨望の眼差しを向ける。

 こんなはずでは……。心の中ではそう思うもみんなが無事だったことに関しては本当に良かったと思ってる。


「やはりリックは頼りになるな! これからも俺達を支えてくれ!」


 今回に関しては失敗してしまったが次こそは必ず追放されてみせる。

 みんなが俺を称賛し笑い合う中、俺は密かに闘志を燃やしていたのだった。


☆ 


 月日は流れ、俺が勇者パーティーに入ってから一年の月日が流れた。

 そして未だに俺は追放されるという願いが叶っていない。

 何故か? それはあの時のキマイラ討伐戦のように自分の行動と結果が一致していないからだ。

 失敗してもなぜか成功になる。

 今まで以上に俺は勇者パーティーにとって必要不可欠な人物となっていたのだ。


「なぜだ……。何故結果が伴わん。神のイタズラか?」


 場末の酒場で俺はキツめのウイスキーを呷りながらうなだれていた。

 

「リック!? リックじゃん! 久し振りだね!」


「ニーアか!? 久し振りだな」


 俺と同じ赤髪をした明朗快活な女剣士──ニーア。彼女は俺が以前作ったパーティーの一員だった。

 今は確か自分でパーティーを立ち上げ活躍していると聞いた。


「勇者パーティーで大活躍らしいね。いろんなギルドでもリックの噂で持ちきりだよ。僕元パーティーってことで誇らしくってさ」


「そうか。別に俺なんか大したことはしてないさ。ニーアは自分でパーティを作ったと聞いたが順調なのか?」


「もちろんだよ! 昔リックにいろいろ教えてもらったことが今になって活かせてるよ」


「ふっ、ニーアはいつも楽しそうだな。アリアと似ている」


「アリアって神官の? そうなんだ! 勇者パーティーの他の人はどんな感じなの?」


「そうだな、ランサーのブリックはクールだから魔術師のローランと似ているな。アーチャーのエミルは格闘家のフルア。魔術師のカノンは勇者エルラスと似てるかもな」


「へぇーなんか前のパーティーメンバーと似てるなんて面白いね」


「ああ、みんないいヤツで優しいしな……」

 

「そっか、そっか♪」


 ニーアはにこやかに笑うとそれ以上勇者パーティーについては聞いてこなかった。

 暫し昔話に花を咲かせる。

 昔の志しが高かった頃の自分を思い出す。

 まだ金もなく、未熟で、強くない割に誰かを助けたいなんて気持ちだけはいっちょ前で一生懸命にモンスターを討伐していたあの頃を。


「今度さ、暇な日があったらうちのパーティーに参加してみない?」


「いや、それは迷惑じゃないか?」


「大丈夫大丈夫! 簡単なクエストで構わないからさ♪」


「考えておく」


「うん、わかった! じゃあ僕そろそろ行くね」


「最後に聞かせてくれニーア。俺がパーティーを勝手に解散させたことについて、みんなはどう思ってたんだ?」


「へぇ〜、今更そんな話しするのかい?」


 お酒の勢いで聞いてしまった。

 ニーアは俺の深刻そうな表情を見てクスクスと笑うと、


「リックは僕たちにとっての誇り。それは今も昔も変わらない。とだけ言っておこうかな♪ じゃあまたね♪」


「あ、ああ……」


 ニーアは後ろ手を振り酒場を出ていく。

 あいつらにとっての誇りか……。

 そう思うと笑いがこみ上げてくる。

 益々辞めづらくなってしまったなと。



 それから数ヶ月が過ぎ。

 いよいよ魔王討伐に向かう事となった俺達。

 今回はパーティー、国の軍隊が複数参加しての総力戦となる。

 俺達勇者パーティーは魔王軍幹部及び魔王の討伐。その他は雑魚の排除と俺達を援護することが目的だ。

 エルラスは集められた人々を前にお立ち台に上がると、


「みんな。いよいよ魔王と剣を交えることとなる。長きに渡り続いてきた戦いの歴史に終止符を打とう!」


「「おおーう!」」


 勇者エルラスの気合は人一倍だ。

 歴戦の猛者たちが成し得なかった偉業を達成しようとしているのだから当たり前だ。

 

「リック! 元気だった?」


「ニーアか。酒場以来だな。お前達も戦いに参加するんだな」


「うん。僕以外のメンバーもみんな来てるはずだよ♪ 言ってるそばからほら!」


 ニーアが指差す方を見ると懐かしの顔ぶれがそこにあった。

 彼らは俺に気づくと手を振り、飛び跳ねる。


「リック! みんなお前の活躍に期待してるぞ!」


 大声でみんなに言われて恥ずかしくなる。

 

「ほら、リックも手を振りなよ」


「お、おう」


 母親に言われた子供のように照れながら手を振り返す。

 

「じゃあ僕達は向こうの馬車だから、戦場で!」


「ニーア!」

 

 去り行くニーアに思わず声を掛けた。

 彼女は半身で振り返ると白い歯を見せただニコリと微笑んだのだった。

 

「リック、今の人たちは?」


「アリアか。昔のパーティーメンバーだ」


「ほう、あれがリックのパーティーメンバーだった者達か。いい目をしている。もちろん我には勝てんがな」


「まったくローランはいつも一言多いのよね。リック、エルラスが戻ってきたらいよいよ出発だってさ」


 フルアに言われて俺は馬車に荷物を積み込む。

 魔王を討伐したら勇者パーティーもきっと解散するのだろうか。

 あれだけ辞めたがっていたのに終わりが近づいてくると何だか少し寂しくなるものだ。


「みんな待たせたな。それじゃあ魔王城に向かうぞ」


 二百台もの荷馬車は街道を進む。

 その様子は圧巻の一言だ。

 家々からは人々が期待を込めて手を振り、中には手を組んで祈っている者もいる。

 人々の期待を背負うと否が応でも指揮は上がっていく。


「リック! 恐らく魔王を倒すには俺一人の力では無理だ。だから一緒に連携して戦ってほしい」


「幹部の方はどうするんだ? 確か四天王と呼ばれていたから四人いるんだろ? 俺達で幹部を倒し、エルラスが魔王を倒すという予定だったはずだが」


「ああ、その予定だったが四天王の一人は他の者に任せたいと思っている」


「わかった」


 荷馬車は進み魔境の地と呼ばれるサルザンデンテに到着した。

 暗雲立ち込める独特の空色はこの場所特有のもので最終決戦の雰囲気を盛り立てている。

 

「うわぁー♪ 圧巻の光景だねぇ。魔王城ってこんなに大きいんだぁ」


 アリアはそう言うとキョロキョロと周りを見渡す。

 魔王城は確かにデカイ。

 人類が作り上げたいかなる巨体な建物が民家に見えてしまいそうなくらいに。

 なぜこんなに大きいのか? その謎は結構簡単だ。

 魔族は個という概念が薄いため各々が家を持たない。彼らは魔王という頂点に君臨する者の一部としてその一生を過ごす。そのため魔王城にて全員で一緒に生活しているだ。

 それ故にこの魔王城は巨体な建物となっている。


「では勇者様。我々軍と冒険者達は雑魚達の掃討作戦に入ります。魔王城の扉が開きましたら中に入り、魔王及び幹部の討伐をお願いします」


「わかった。みなくれぐれも死なないようにな」


「はい!」


 襲撃を仕掛ける国軍と冒険者パーティー達。

 敵襲に気付いた魔王城の扉からはゴブリン兵やスライム兵の魔物達が現れる。

 剣戟が響く中、俺達は一瞬にして戦場と化した地を走り抜け魔王城内部に突入する。


「エルラス。幹部と戦う奴等は?」


「もうすぐこちらに来るはずだ」


「おーい! リック!」


「なっ、ニーア、お前ら!」


 やって来たのは俺の元パーティーメンバー達。

 まさか彼らがやって来るとは……。


「さあ、外で戦ってる者達のため、世界のために必ず勝つぞ!」


「「おーう!」」


 エルラスはさらに指揮を高めると魔王城の奥へと入っていく。

 随所に現れる魔物達は強力な力を秘めていたが既に俺達の相手ではない。

 

「よし、どんどん先に進むぞ!」


 魔王のいる場所は最上階にある大広間。

 一階を抜け、二階へと進む。


「おやおや、もうこんな所までやってきましたか。あまり魔王城を荒さないでもらいたいものです」


 手足の長い道化師のような見た目の派手な怪物が目の前に立ち塞がる。

  

「出たか、魔王軍四天王の一人。デスピエロ」


「ほぉ、あなたが勇者エルラスですか。凛々しいお姿で」


「エルラス。ここは我に任せて先に行け」


 ローランはそう言うと前に躍り出た。


「わかった。ローラン頼んだぞ!」


「任せろ。おい、派手目の、喜べ。俺が貴殿の相手をする」


「ほぉ、魔術師さんがお一人で私のお相手を……。くふふ。いいでしょう」


 ローランはデスピエロと激しい魔術戦を開始する。

 俺達はローランの無事を祈りつつ横道を抜け更に上へと登っていく。

 次々と現れる四天王。

 その相手をするために神官のアリアが抜け、格闘家のフルアが抜けた。

 そして四天王最後の敵はニーア達が戦うこととなった。

 

「死ぬなよ。お前ら」


「任せて! リックと勇者が魔王を倒して戻ってきた時にはここでお茶でもしてるよ♪」


「ふっ。頼もしいな。よし行くぞエルラス!」


「おう! 今行くぞ魔王!」


 魔王城最上階。

 その大広間の最奥にある王座に魔王が鎮座していた。


「貴様が勇者エルラスか。雌雄を決する時が来たな。ぐはは」


「ああ、行くぞ魔王!」


 俺とエルラスは剣を抜くと未だ席から立ち上がらない魔王に突撃する。

 

「うぉおおお!」

 

闇波動(ダークショット)!」


 人差し指をエルラスに向けた魔王は暗黒魔法を放った。

 真っ黒な光線がエルラスの目前に迫る。


炎撃翔(えんげきしょう)! 魔王の攻撃は俺が引き受ける。エルラスは奴に太刀を浴びせることに集中しろ!」


「わかった!」


 俺は次々に放たれる魔王の暗黒魔法を相殺した。

 だがさすが魔王。魔力が豊富で底をつく気配がない。


「くっ、そう簡単には近づけないか……」 


「エルラス。このままではこちらの魔力が先に尽きてジリ貧だ。俺が魔王とやり合うからお前はあの必殺技で俺ごと刈れ。一回しか使えない技だから外せないだろ」


「何を言うリック。俺にお前を殺せというのか……。仲間だろ」


「ここまで来て何を言う。それに俺は前からパーティーを抜けたいって思ってた。今ここではっきり言う。俺、勇者パーティーを辞めるわ。じゃあ後は頼んだぜ」


 やはり人間、死を覚悟するとなんでも言えるものだ。

 勇者が一番輝く時、影は消える。俺はこうなる運命だったのだろう。

 ありったけの魔力を振り絞り魔王とやり合う。

 

「勇者ではなく魔剣士が相手とはな」


「お前などこの俺で十分ってことだ」


 暗黒魔法をかき消し徐々に迫りくる俺に慌てだした魔王はついに王座から動いた。

 

「くっ、魔剣士の分際でこの魔王を倒せると思うな」

 

「ああ、魔剣士の分際だ。だから俺はお前を倒さない。倒すのは──勇者さ」


「うぉおおお!」


「なにっ……」


 エルラスの聖剣はその刀身を巨大な光の柱に変えると俺を巻き込みながら魔王を切り裂いた。

 

「「リックー!!」」 


 眩しくてよく見えなかったが幹部と戦いを終えた連中がやって来たのか俺の名を呼ぶ声がうっすらと聞こえた。

 悪くない人生だった──とは言い難いか。

 でも悪くない最後だったと思う。

 


 魔王が倒されてから五年後。

 世界は魔王の脅威から開放され、平和な日常が続いていた。

 辺境の地に建てられたとある一軒家。そこで赤髪の母親が幼い子どもに絵本を読み聞かせている。

 

「はい、英雄リックの伝説はこれでおしまいだよ」


「ねぇねぇ、英雄リックはその後どうなったの?」


「どうなったんだろうね? 僕じゃわからないからパパに聞いてみたら? 丁度パパと同じ名前だし。ふふっ」


 赤髪の女はそう言うと無邪気に笑った。

 リックは魔王を倒した功労者としてその武功は世界に知れ渡り英雄としてみなに親しまれている。

 それはもう勇者以上に有名だ。


「ただいま」


「パパおかえりー! ねぇねぇ、英雄リックって魔王を倒した後どうなったの?」


「えっ? ああそれはだな、できるなら英雄を辞めたいって思っているはずさ。ははっ」


 赤髪の男は後頭を搔くとバツが悪そうに苦笑いを浮かべたのだった。


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