04話 美容師の喜び
意識が覚醒し、最初に訪れた街
〝ナハトヴィント〟
そんなに大きい町ではなく活気もない。
見た目的には余り衛生的とも言えない。
商人らしき人も少ないし、物流の拠点、宿場町として機能している訳ではないな。
単純に集落って感じかな。
伸びしろありまくり。やりがいがあるぜ。
命の危険がある仕事だけがお金を稼ぐ術じゃない!
食事は栄養補給だけが目的じゃない!
娯楽の文化を根付かせて、時間の流れを楽しむ!
人と違う、生きる意味を、それぞれが持ち
笑顔の絶えない街にして
俺が楽しく生活できるようにするんだーー!!
考えただけでも顔がにやけて、笑みがこみ上げてくる
楽しくなりそうだ。ビバ! セカンドライフ!
でもこういうのは考えてる時が一番楽しいって良く言うけど
このモチベーションを保ってどんどん進めていこう。
やる気がなくなる前に。
とりあえず俺ができる事でお金を稼ぐ術は……
やっぱり美容関係なのかねぇ。
ただこの状況じゃ、お金は取れないんだよなぁ。
あきらかに裕福じゃないもんね。
見た目が変われば心も変わる。
綺麗になれば心も引っ張られると思うけど
その為には……
んー
そんな事を考えながら町を練り歩いていると
やっぱりじろじろ見られる。
「兄ちゃん変な格好だな?」
露店のおっちゃんに声をかけられた。知ってたけどそうか珍しいか。
俺の服装が変だと思うのも、裏を返せば違いが解るという事。
珍しいと思えるって事は自分と他人の見た目の違いを認識、意識してるって事だから
改善の余地は大きくある。
この世界にも貴族階級とか特権階級、王族そんなものはいるだろうし
町人にその程度の意識があるなら
その上の人達はさすがに、見た目を気にする文化が根付いているはず。
ちょっと、実験をしてみるか。
興味深そうにこっちを見ていた少女を手を招きこっちに呼ぶ。
「ん? 何?」
「ちょっとお兄さんのお願いを聞いてくれないかな?」
「ご飯」
ほほう。対価を求めるのは自然な事
こんなに小さいのにしっかりしているお嬢さんだ。
親はどこだ?顔を見てやる。
「嘘。今はお腹減ってない」
俺の動揺を察したのか、助け舟を出された。
ご飯と言われてもな。金ないからな。
しかし何歳だこの子。一瞬で俺の動揺を読み取ったのか?
大人の顔色を伺いながら生きてきたなら悲しいな。
いや同情は失礼なのかもな。誇り高く生きている可能性だってある。
そもそもこの世界では俺は明日の飯の心配もしないといけない
無一文の大人だ。ホームレスだ。
同情するなら金をよこせ! 俺に!
「で、何?」
「髪を切らせて欲しいんだ」
「髪? 売るの? そんなにお金にならないよ?」
「いや、前見づらいでしょ? 長くて邪魔じゃない?」
俺が見た人達は大体が髪は伸びっぱなし、よくても適当に結んでるだけ。
子供なんてほぼ目にかかって、うっとうしそう。
「お兄さんは美容師さんでね、君の見た目を綺麗に(コーディネート)させて欲しいんだ」
「美容師って? 見た目? 仕立て屋さんじゃないの? なんか『ロートシュタッド』にそんなお仕事の人がいるって聞いた事があるけど」
「それとはちょっと違うけど、今ここですぐに変身させる事ができるんだ」
「へぇ……でも見た目を変えてもお金にならないし、お腹も膨れない」
「うん。そうだね。でも心が豊かになるんだよ」
「???」
「論より証拠、百聞は一見に如かず、やってみよ!!」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「そうだな……見た目が変わると、君の心も変わる。そうなると君の周りに優しい空気が流れるんだ。魔法のように。そうするとさ……君にとって嬉しい事が少しずつだけど増えると思う」
「そんな魔法は聞いた事ないし、見た事もない!」
「おめでとう。なら君が世界で始めて体験するんだ。最初の一人だよ!」
「幸運を呼ぶ魔法。幸運万花なんてね」
《幸運万花:風系補助魔法。美作 大叶の創造魔法。幸運の風を一時的に対象に付与する事ができる》
「よくわかんないけど、わかった」
熱意が届いた。
ま、地獄のカットモデル勧誘の日々に比べれば楽な戦いだったな。
膝と額に付いた土を払いながら笑顔で接客を開始した。
「よしお嬢ちゃん、ここに座って」
露店のおっちゃんに言ってスペースを借りた。
物珍しそうにお客さんや通行人が見ている。
少女は他の町人と同じく、髪が好き放題伸び
正直匂いもする。
表情は髪で隠れて心なしか暗い。
こんなのは許せない。
美容師の魂がふつふつと燃え盛る。
「よし!」
少女の髪を触りながら頭の形を確認し
目に覆いかぶさる髪を上げおでこの広さ、輪郭を確認する。
顔が小さいからショートボブなんて良さそうだな。
長いと生活の邪魔だろうし。
「いいって言うまで目を瞑っててね」
まずは万能浄化で綺麗にする。
俺のイメージが具現化するようで、きめ細やかな大量の泡が髪を包み
消えたと思ったら、パサパサの髪が魔法のように潤う。
そしてカット。
このシザーやばい、用途用途、俺の意思で形が変わる。
てか次に何をするのか先読みしてるな。
しかも切れ味が……
普通はザクザク、ジョキジョキ
いいシザーなら『サク』なんて音もするけど
このシザーはスっと切れる。
音がほとんどしない。
何コレ怖い。
美容師のシザーは唯でさえ切れ味が鋭くて危ないのに
これ武器だよ武器。
ああ武器だった。〝レガリア〟だった。
興が乗ってきたので手のスピードも上がり
少女との会話もはずむ。
「お嬢ちゃんは何歳なんだい?」
「ミラ」
「ん?」
「お嬢ちゃんじゃない。ミラ」
「おお。ミラか! いい名前だね」
「お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃんは大叶って言うんだ」
「タイガ」
「そうタイガ」
「私は十歳だよ。タイガは?」
「タイガは……」
たわいもない話をしながらカットが進む。
切り応え抜群。
翠嵐支配で潤いを残しつつ髪を乾かし
細かい髪を飛ばして
少し調整しつつ……セットして
「よし! カワイイ!!」
大きな声を出したせいでミラがビクっとする。
「最後に……」
この町に辿り着く途中に見つけたバラに似た花を
万物調合で作った
ヘアフレグランスをストレージから出す。
〝薔薇の雫〟
をミラの頭上から振りまいて終了。
前髪パッツンのショートボブ。
背伸びをしたい子だったら申し訳ないけど。
この子の顔と年齢ならこれが似合ってる。
年相応の可愛らしさを充分に引き立ててるはずだ。
「……」
「ミラ、目を開けていいよ」
ストレージに入ってた蒼玉鏡を聞きミラの目の前に差し出す
「どう?」
「……私?」
「私だよ」
「ほえぇ~~っ!」
解りやすく照れてるミラを見て
これからの指針が見えた。
イイ物はイイ。
身なり、美への意識が足りない。
そこまで気を使うゆとりがないだけで
美的感覚はあるみたい。
ならやれる。
いけるいけるいけるぞ。
可愛い。可愛いぞミラちゃん!
「タイガ、ありがとう!」
「お金ないけど、何かお礼したい!」
凄く喜んでくれてるな。
本当なら
『その笑顔が見れただけでいいい』
なんて言いたい所だけど
「ご飯食べたい」
ふっ。
プライドなんて死んだら意味ないんだ。
捨てちまえ!!
さすがに少女にご飯を食べさせてもらうのは気がひけたので
食事ができる場所、食べる事ができるモンスター、獣の存在
野宿しても安全な場所など
当面の生活に必要な知識を教えてもらいお礼とした。