お嬢様の人生には一片以上の悔いがありすぎる
「お、お嬢様! お待ち下さい!」
私はお嬢様を止めようと何度も声を掛けるが、お嬢様の歩みは止まらない。
頬をやや紅潮させたお嬢様は、あの酒場での一件以来、目がヤバいことになっている。
何というか……真剣なのだ。
「お、お嬢様! ひとまずお待ちを!」
「いいえ、エリー! 私決めましたの!」
ズンズンと力強い足取りで進むお嬢様は、後を追う私をチラリと見た後にこう言った。
「あの方に、護衛をお願いします!」
いやいや、待ってよ……
確かに強かったけれども。
訓練を重ねた上に、真剣で斬りかかってきた剣士団を鞘だけでいなすなんて、とんでもない芸当だけれども。
加えて言えば、ちょっと陰があるアウトローな感じが魅力的だなんて思ったりも……
しないこともないけれども……
それにしたって、あの僅かな時間で私たちの行く先を決定するのはどうかと思うぞ!
ここはやはりお嬢様を、何としても止めなければ!
「お嬢様! とにかく一旦は……」
「エリーーー!!」
お嬢様は足を止め、私の方を振り返っていた。
……明らかに立腹された様子で……
「エリー! 私は決めたと言ったはずです! 私の決定に不服が!?」
「あ、い、いえ、そうでは、ないんですが……」
「では何故そんなにも引き止めるのです!? 何か理由があってのことではないのですか!?」
そうまくし立てるお嬢様は、私に突っかかりそうな勢いで体を前のめりにしてまくし立ててきた。
これは相当に……、怒っている……
「い、いえ、お嬢様。決してそのような……。ただ……」
「ただ? 何ですの?」
「あの男の人素性を、私たちは知りません。どんな性格なのか。歳は? 出身は? 家柄は? 剣の腕前は確かにありそうですが、誰に師事したのか……。知らないことばかりです」
「ですが、救われました!」
そこで私は気が付いた。
そうだ、救われたのだ。
あの男にとっては気まぐれな行動かもしれないが、私たちは彼に助けられた。
お嬢様にとっては、それが決め手だったのだ。
「私たちはあの方に窮地を救われました! あの方にとってみれば何でもないことかもしれませんが、私たちにとっては大きなことです!」
お嬢様は真剣な顔で、そう私に訴えかけてきた。
お嬢様の性格を一言で言い表すならば、「頑固」だ。
自分で決めたことは必ず成し遂げようとする。
仮令それが、達成できようができまいが関係ない。
一度決めたことならば、何が何でもやり遂げる。
それがお嬢様だ。
まぁ、それで良いときもあれば裏目に出てエライ目にあったりもしたが……
しかし、こうなったら最後。
お嬢様は頑として引かないだろう。
私は息を整えた。
こうなれば、後は……
「ではお嬢様。僭越ながら……」
「え、な、何? エリー?」
私はコホンと空咳を絡ませた。
「申し上げさせて頂きます。お嬢様はあの方を隣国までの護衛に雇いたいと、そう仰る訳ですね?」
ウンウンとお嬢様は頷く。
「で、あれば。まずは報酬と雇用期間の問題が発生します。常時であれば、隣国までの行程と、それに付随し発生しうるトラブル等を考慮して報酬額を決めなければなりません。馬の足ならいざ知らず、今の私たちは基本徒歩です。そうなれば、隣国までの行程は恐らく二週間ほど。その間、移動、野営に必要な荷物の確保も必須となり、恐らく荷車と、それを引く馬も必要でしょう。報酬以前に準備段階で発生、捻出しなければならない金額を計上するとすれば……」
「するとすれば……?」
「私たちは文無しです」
「え?」
……しまった。
思わずダーッと言ってしまったが、今の我々は一文無しなのだ。
そのことに、今更ながら気が付くとは。
「文無しって、お金がないってことですか?」
お嬢様の返しに、今度は私がウンウンと頷く。
「じゃ、私があの場で言ったことは……?」
お嬢様の顔色が悪くなる。
先程までの攻撃的な紅潮は消え失せ、今は白く青くなっていく。
「完全にホラですね」
私の言葉に、お嬢様の目があちこち泳ぎ始めた。
このテンパり方。さすがお嬢様だ。
「あ、あー、あららら……、わ、私、何てことを……」
「あの状況下では仕方がありません。私たちも生きるか死ぬかというところでしたから。しかしながら、仮令護衛を引き受けてくれる者がいたとして、その報酬を奥方様のご実家がご負担下さるという保証もございません」
「す、すなわち……?」
「雇ったところで払う金もない。雇えなければフェルディナント様に殺される。状況を鑑みれば、八方塞がりということです」
私は不安を煽らぬよう冷静な装いでそう伝えたつもりだった。
だが、お嬢様は相当ショックだったようで、ズーンと沈んだ表情になってしまった。
ーーしまった……
……どうやら、安心させるどころか、逆に不安を煽ってしまったようだ。
「じゃぁ、私たちは死ぬしかないってことですか?」
ジトっとした目付きでお嬢様は私を睨んだ。
「あ!? え、あぁ、いえ……」
「エリーは私を殺したいの? 生かしたいの? どちら?」
「え? あ、あぁ、その……」
「……私は……、死にたくない」
それは私も同じだ。
私にしてみれば、私の命に代えてもお嬢様をお救いしたいというところなのだが。
お嬢様が死んで私だけが生き残るなどあり得ない。
お嬢様が生きるためだからからこそ、私の命に価値がある。
なかなかの忠義心ではないだろうか。
「エリー、私たちに退路はありません」
お嬢様はおもむろに呟いた。
その瞳には先程失われた力が込められている。
「え、お嬢様?」
「私たちは帰る家を失いました。いえ、帰るべき場所を、です。となれば、前に進むしかありません!」
そう言うと、お嬢様は私に踵を返した。
その視線の先に、既に男の背中はなかった。
だが、お嬢様の言葉には瞳同様、力がこもっている。
お嬢様は握り拳を作ると、それを高らかと天に掲げたのだ。
「当たって砕けろ! 死なばもろとも! 我が人生に一片以上の悔いあり! あの酔っ払い……もとい! 私はあの方に護衛を依頼します!」
と、お嬢様は一人納得したかのように力強く頷くと、私を置いて駆け出していった!
「エリー! ボサッとしてると置いていきますよーー!!」
お嬢様。
「当たって砕けろ」は理解できますが、死んでは元も子もありません。
それに、この世に未練がありすぎます。
おっと、いちいち突っ込んでる場合ではなかった!
これではイマイチ危機感がないではないか!
「お、お嬢様! お待ち下さい!」
私は足早に離れるお嬢様を追い掛けた。
拙い文章ですが、ここまで読んで下さりありがとうこざいます!
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