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スペシャルエピソード 消えたフェルディナント

お正月スペシャルエピソード!


でございます。


 ゴンッと鈍い音が暗い部屋の中に響く。

 その音の主は、フェルディナント。


 彼は父殺しの罪を妹に被せ、逃げ出した彼女を、わざわざ剣士団と元英雄である第三軍を率いて追跡し、クロノシア国とバルト国が不可侵地域として定めている国境の山沿いで逮捕されてしまった。


 罪状は、主に父であるエンリケ・カムリ卿の殺害。

 理由は、カムリ家の家督がフェルディナントではなく妹であるアリシア・カムリに継承されることを不服としたからである。


 何とも我が身勝手な振る舞いとして、情状酌量の余地なし。

 さらに国を代表する貴族家から出た咎人ということもあり、その刑は重く、「労働地域に趣き、一生涯の労働を与える」という終身刑として、刑罰を言い渡された(バルト国では極刑として死刑は容認されていない)。


 今、フェルディナントがいる部屋は、石造りの飾り気のない、無骨で無機質な壁に囲まれた部屋だ。

 一つだけ、天井にほど近い窓から差し込む月明かりが、この室内を照らし出す。

 備え付けのベッドに机、椅子。

 簡易的な便器がある以外は何もない。

 部屋と外を行き来する扉は鉄格子ではなく、鉄板で造られたもの。

 お陰で外からの視線は遮れるが、脱走をするには難しい。


 かと言って窓など小窓も同然。

 前述した通り天井付近にあり、そこは鉄格子がハマってはいるが、とても人が通れるような大きさではなかった。


 フェルディナントは備え付けのベッドに腰掛け、その無機質な石壁にもたれ掛かると、後頭部をゴンゴンと打ち付けていたのだ。


 ーー何故こうなった?


 頭を打ち付けながら、フェルディナントは思案した。


 何故、俺はこんなところで……


 逮捕された後。

 彼は三ヶ月間、クロノシア国に拘留された。

 その間、父を殺したことの動機や、軍を勝手に動員した理由などを尋問されたが、彼は何も答えなかった。

 時には殴られ、時には蹴られ、昼夜を通して拷問に近い尋問を施されたが、彼は何も言わず、ただ尋問官をジッと睨み続けていた。


 それが不気味だったのか、次第に暴行は受けなくなり、何も喋ろうとしない彼は、バルト国に送還されるまでの数週間、牢屋に幽閉されていたのだ。


 ふと、フェルディナントは窓を見上げた。

 変わらず月の明かりを差し込み続ける小窓。

 季節は既に冬。

 かじかむような手足の冷たさと口から吐く白い息が、それを教えてくれる。

 凍えるような冷たい室内で、フェルディナントは毛布すら纏わず、ただベッドに腰掛け、月を見上げていた。


 真っ白で美しい満月を。


 その時だ。

 視線を感じた。

 ただ、彼だけを見つめる視線を。


 フェルディナントはとっさに視線を壁へと落とす。

 すると、()()()()()()()()()()()()()()


 それは黒い外套に身を包み、背を丸め、縮こまったような姿勢をしていた。

 いつから、どうやって、どこから忍び込んだのか?

 まるで、以前からその場に佇んでいたかのように、それはその場に佇んでいるのだ。


 だが、フェルディナントは戸惑いすら顔には出さず、ただ静かに口を開いた。


「……何者だ?」


 溢れる息が白くなる。


「……力が欲しいか?」


 黒い外套から声がした。

 歳を重ね、しわがれたようなしゃがれ声だ。

 よくは聞き取れない。

 何か、こもったような声をしている。


「力が欲しいか? カムリ家の者よ」

「……力だと? 興味がない」


 ないといえば嘘になる。

 だが、こんな状況で何を言われても、とうに生きる気力すら失っているフェルディナントにとっては、何を聞かれても興味がないと言えるだろう。


「興味? お前の興味などどうでもいい。力が欲しいか、欲しくないかを聞いておる」


「……力……」


 フェルディナントは手のひらを広げ、そこへ視線を落とした。

 かつては剣を握り、戦場を駆け抜けていたはずが、今は鍬を握り、痩せこけた大地の開墾をしている。


 ーーこの手は何を握っているのだ?


 フェルディナントは自問自答した。


 ……鍬などを握るために鍛錬してきたのではない。剣を握るためだ。


 フツフツと、フェルディナントの中に何かがこみ上げてきた。


「お、俺は……」


 フェルディナントは思い出していた。

 何故、剣士団に入ったのか。

 何のために血反吐を吐くような鍛錬を積み重ねてきたのか。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、を。


「我と共に来い。フェルディナント・カムリ。我ならお前に力を授けてやれる」

「貴様は一体……」

「古き神々が世界を統治する時代は終わったのだ。これからは善良なる新たな神が、この世界の支配者となる」


 外套は手を差し出した。

 心なしか、しゃがれた声とは裏腹にキメの細かい、整った肌だった。

 差し出された手も、驚くほど艶があり、細く、美しい手だ。


「その礎としてお前は選ばれた」

「礎……」

「我と来るか、このままこの寂れた大地で朽ち果てるか。さぁ、選べ。フェルディナント・カムリ」




 翌朝。

 作業開始の時間を過ぎても顔を見せないフェルディナントを訝しんで、兵士が彼の部屋を覗いた時。


 石造りの壁が丸く切り抜かれ、その向こう側にある景色が顔を覗かせていた。


 そして、フェルディナント・カムリは消えていた。

 この部屋から、居なくなっていたのだ。


 そして、壁には……


「来たるべき運命の時を迎えた。フェルディナント・カムリを世界の王とすべし、貰い受ける」


 と書かれていた……


 この日からちょうど半年後。

 王都エルバランクが異形の軍団によって堕とされる。


 それらを率いていたのは、フェルディナントだったと言う……







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