最終話 エリーへ。アリシア・カムリより
「な、何だと!」
フェルディナントは息巻いた。
剣が手から離れた。
いや、離された。何者かに攻撃を受けたのだ。
ーーまさか、シンがやられたのか?
フェルディナントはそう思い、背中を振り返った。
そこにいたのは……
鋼色に輝く胸当てを身に付けた、ひとりの男。
ラグではなかった。
「な、何者だ? 貴様……!」
「フェルディナント・カムリだな。エンリケ・カムリ卿殺しの疑いで逮捕する」
「は、な、何を……!?」
男は素早い動作でフェルディナントの前に回り込むと、その首に剣を突き付けた。
「加えて殺人、殺人未遂、致傷、恐喝……挙げだしたらきりが無い。本来ならばこの場で斬り捨てててやりたいところだが、上司の命令で貴様をクロノシア国まで連行する」
「クロノシア!? 貴様はーー」
「私はキンバレー。クロノシア国第一近衛師団所属、第六小隊の隊長だ。そして……」
キンバレーが片手を上げると、ゾロゾロと鋼色の胸当てを身に付けた者たちが姿を見て現した。
「第六小隊の者たちだ。バルト国と締結された不可侵条約。その条約違反に当たると見なされたために我々が動いた」
「条約違反だと! 国境はまだ超えておらんぞ!」
キンバレーの言葉に、フェルディナントが吠えた。
だがキンバレーは冷静だった。
まるでフェルディナントがそう言うと踏んでいたように。
「国境? 知らないのか? この山に入った時点でクロノシア国に入っている。ただ、旧街道の場合、関所はこの山を下ったところにあるがな」
「なん、だと?」
「貴様の件についてはバルト国から協力要請が出されている。それに基づいて貴様の逮捕に至ったわけだ。よその国で許可なく剣を振るうべきではなかったな」
キンバレーはそう言って剣を引き、フェルディナントから離れた。
そして、彼の部下が手早くフェルディナントに手錠を掛ける。
「ふ、ふざけるな! 俺はカムリ家の長子だぞ! エンリケ・カムリの跡を継ぐのだぞ!」
「それはカムリ卿からは聞いていない。第一、カムリ家はすでに妹に相続された。残念だったな」
「ーーえ?」
「お前の知らないところで既にことは進んでいたと言うことだ。バカなことをしたな。おい、連れていけ」
手錠を引かれ、なおも喚くフェルディナントだが、すぐに猿轡を嵌められて静かになってしまった。
そして連行されていくのを見送るという、キンバレーはアリシアの元へ駆け寄った。
「アリシア・カムリ殿ですね?」
膝をつき、姿勢を屈めた。
「は、はい」
「申し訳ないが身分を確認できるものをお持ちか?」
「あ、こ、これを……」
アリシアは腰の横に添えたポーチから一枚の紙を差し出した。
それをキンバレーに渡すと、彼はサッと目を通していく。
そして、改め直す?と、その紙をアリシアへと戻した。
「たしかに。カムリ卿のサインを確認しました。あなたがアリシア様か、団長が喜びましょう」
「団長?」
「近衛師団長のことです。あなたの母君の兄上でいらっしゃいます」
とキンバレーは微笑んだ。
それを見て、思わずアリシアは嗚咽した。
今まで堪えていたものがこみ上げてきたようだ。
大粒の涙が溢れ、それを汚れた手で拭う。
心配そうな顔で、ミトがそばに寄り添っていた。
「苦労なさったでしょう。よくぞここまで……」
「う、うぅ、エ、エリーのおかげです……彼女がいて、くれたから……」
そこまで言って、アリシアは顔を上げた。
「そう、だ……エリー……」
アリシアはキンバレーに噛み付いた。
「エリーは!? エリーを助けないと!」
とエリーが倒れていた辺りを見るが、そこにエリーの姿はなかった。
「エリー! エリーはどこに!」
「落ち着いて」
キンバレーは優しくアリシアの肩を抱いた。
「あそこに倒れていた女性は衛生兵が治療のため移動させました。酷い傷でしたが、命に別状はないそうです。ただ、傷は残ってしまいますが……」
それを聞いて、アリシアはホッと胸を撫で下ろした。
また、涙が溢れてくる……
「大事な方のようですね」
「ええ、大事な友達です」
「そうですか。彼女は幸せだ、貴方のような方と一緒にいられて」
キンバレーの言葉に、アリシアは優しく微笑んだ。
「エリー! アリシアーーー! ミトー!」
不意に名を呼ばれ、アリシアは顔を上げた。
自分たちが登ってきた道。
そこに、とても頼もしい人が立っていた。
「ラグ様!」
アリシアは立ち上がり、ラグの元へ駆け寄った。
「アリシア! 無事か? エリーは?」
「エリーは……、私を助けてくれました。いっぱい傷を作って、それでも……」
「……そうか。遅かったか……」
ラグはギリリと奥歯を噛み締めるが、
「エリーは死んでない。大怪我だったから、クロノシアの奴らに運ばれてった」
ミトもラグの足元に近寄り、そう告げていた。
それを聞いてラグはホッとした。
「そうか、エリーも無事か……それは良かっ……」
そう言って、ラグはそのまま……
「キャー! ラグ様ーーー!」
背中から地面に倒れ込んでしまった。
ラグが急に倒れ込んだものだから、アリシアは思わず口を両手で塞いでキーキー驚いている。
それを見て、ミトはケラケラと笑顔を浮かべていた。
「ふふ、何とも賑やかなものだ」
キンバレーはそんな三人を見て微笑みを浮かべると、近くにいた部下に声を掛けた。
「衛生班を。彼も運んで手当てをするんだ」
「はっ!」
ーーさて、それでは戻るとするか。
キンバレーはアリシアたちに声を掛け、その場を去る準備を始めることにした。
ーー
初めて訪れるクロノシア国。
エリー、貴方のお陰でここまで来れました。
本当に感謝しています。
エリーがいてくれなかったら、今頃どうなっていたか。
ラグ様もミトも、いつも私たちを助けてくれました。
みんなの助けがあって、今、私は生かされています。
あの逃げ出した夜。
とても怖かった。一人ではとてもいられなかった。
そんな時、エリーがいてくれました。
それがどんなに心強かったか。
どんなに私を安心させてくれたことか。
エリー、今、私たちはクロノシア国まで来ています。
エリー、貴方が眠っている間にこの手紙をしたためています。
起きたらちゃんと読んでくださいね。
元気になったら、また一緒にお茶をしましょうね。
その前にミトをしっかり躾けないと!
ねぇ、エリー?
奇跡が起きましたよ!
やっと来た、最終話!
中途半端な終わり方するなと言わないで!
まだ完結ではございませんので!




