生かされた意味
なんだかまとまりの無い内容になってきまいました、申し訳ありません……
「さて、アトス。悪足掻きはやめていい加減殺してやろう」
シンは笑みを浮かべ、ラグを見据えた。
ラグは痺れる体に喝を入れ、何とか立ち上がろうとする。
だが、足はガクガクと揺れ、体を支えるに至らない。
だが……
だが、ラグの目は変わらない。
その目に宿る、言い知れぬ何か。
それだけは変わらなかった。
「生意気な目だ」
シンはラグのその目付きに気付いた。
「気に入らんな。身体が動かないのに、どうやって戦う?」
「……」
「仕方ないな。もう一度、お前の胸に叩き込んでやろう」
そう言って、シンは剣を構えた。
「今度はこのグラムでな」
そして斬り掛かってきた!
ラグはクラウソラスを握り、何とか地面から引き抜くと、それに応える!
ガキン! と刃が重なり、
ラグはその反動で後方へと弾き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がってしまった。
「っく!」
ラグはどうにか体に力を入れて起き上がる。
だが、先程同様足に力が入らなかった。
と言うよりも、体全体に力が入らなかった。
毒は既に全身に巡っている。
……ちっ、早くケリを付けようと焦ったのがまずかったか……!
ラグはここに来て判断を間違ったことを思い知った。
ラグの仕事はアリシアとエリー、ミトの護衛。
シンとの戦いは、言ってみればラグの私情に過ぎない。
その私情よりも護衛を優先して、先に彼女たちをクロノシア国は送り届けるべきではなかったか?
だが、後方から迫る戦力を食い止めることも必須だった。
どのみち、戦うより他はない。
そういう選択肢しかなかったのだ。
「く、くそぉぉぉ!」
膝を立て、何とか体を起こすが、そこから立ち上がることが出来ない。
加えて、視界が怪しくなって来た。
視線の向こうに立つシンの姿が二重に見え始めたのだ。
このままでは勝ち目がない。
ーーもう一度死ぬか?ーー
シンの言葉が、ラグの頭の中でリフレインする。
「ぬぁぁぁぁぁぁ!」
ラグは聖剣を支えに何とか立ち上がろうとする。
しかし、もう膝に力が入らない。
立ち上がることが出来ず、ラグは地面に拳を叩きつけた。
「っくそぉぉぉぉぉぉ!」
その姿を見て、シンは「プッ」と吹き出した。
「ふははははは! アトスゥ、可哀想なアトス! 無様だな、哀れだ!」
手を広げら肩をすくませ、大げさなリアクションを取りながらシンは笑い飛ばした。
「だが、その姿が相応しい! お前には相応しい! あーっはっはっは!」
地面に伏し、悔しさのあまり拳を叩きつける。
その姿がお前には相応しいとシンは叫ぶ。
ーーそうか、そうだろうな。
ラグはシンの言葉を聞きながら、胸の内でそう繰り返した。
ーー相応しいか……
そう思い、ふと気付いた。
地面に移る自分の影。
どこかで同じような光景を見た気がする。
どこだ? どこで見た?
俺の影、こんなに大きかったか?
「さて、アトス。もういいか?」
ひとしきり笑ったところで、シンはラグにそう声を掛けた。
「これ以上長引かせてもな。お前にはやることがあるんだろう? 早くお嬢様の元に向かわないとな。まぁ、お嬢様は……」
シンはそう言って一呼吸置いた。
「愛しいお兄様の手に掛かっている頃だろうがな」
それを聞いて、ラグの表情が変わった。
心に広がる、憎悪の影。
ーー奴を憎め。心の奥底から憎め!
勇者と呼ばれた頃には感じなかった、敵への殺意。
殺す、殺してやる……!
どんなことをしてでもーー!!
ラグの中で何かが弾けた。
「お前も一人では寂しいだろう、すぐにあの世へ……、ん?」
シンは気付いた。
ラグの中で何かが起こった。
それが何なのかは分からない。
だが、確かに何かがあったのだ。
何故ならば……
「ーーつくづく生意気な野郎だ」
シンは憎らしげに呟いた。
その視線の向こう。そこにはラグが立ち上がっている姿があった。
それも、何事もなかったかのように地に足を付けて。
そして、ジッとシンを見据えている。
その様子がおかしい。
シンは困惑した。
背筋が冷たく感じた。
ツバをゴクリと飲み込んだ。
何故だ、何故なんだ?
何故、アトスの体から悍ましく、身の毛もよだつような黒い影が溢れているんだ?
シンは根拠のない恐ろしさを感じ、その場から動けなくなってしまった。
「アトス……一体どうして……?」
「シン、もう終わりにしよう」
そう言って左手を差し出した。
「来い、グラム」
ラグがそう呟くと、シンの手に握られたグラムがガクガクと震え出した。
シンは驚き、慌ててそれを抑えようとするが、グラムはシンの手を離れ、ラグの元へと飛んで行った!
「……な!?」
そして、そのままスッとラグの左手に収まってしまったのだ。
「……何故だーー?」
「師匠に言われただろう、シン」
ラグはシンを睨み付けた、と言うよりも、ただ視線を向けた。
氷のように冷たく、鋭い視線を。
「武器はな、主を選ぶんだ」
「そ、それと、グラムと何の関係がある!?」
「分からないのか、はっ。グラムは初めからお前を主と認めていなかった。それだけのことだ」
ラグは左手に持ったグラムをヒュンヒュンと軽く振り回してみた。
成る程、軽くてしなやか。それでいてしっくり来る。
「何だとぉ?」
「お前、グラムが対聖剣戦用に鍛えられたと言っていたが、それは大きな間違いだ」
「……っ!?」
「グラムは魔王専用。魔王のために鍛えられた剣だ。知ったかぶりも大概にしておけ」
そして、ラグは自分の前でグラムを袈裟振りしてみた。
瞬間、シンの左肩がスパーン! と斬り抜かれた!
そこからバシャっと血が溢れ出す。
「……!?」
シンは目を見開いた。
信じられないものを見たと言う目で!
そして、自分に付けられた傷口を抑えながら、そことラグと交互に視線を向けた。
「ど、どうしてグラムが……」
「何故俺が生きていたか、教えてやる」
「アトス……」
「あの日。魔王を倒し、お前にこの聖剣で心臓を貫かれたあの日ーー」
ーー
ーー俺はどうして倒れてるんだ?
あぁ、そうか。裏切られたんだ。
信頼していた仲間に……
あれ程生死を、苦楽を共にしてきたのに、簡単に裏切れるもんなんだな。
このまま死ぬのか。
因果だな、今まで敵と言って魔族を斬り捨ててきた報いか?
誰だって好き好んで戦っていたわけじゃない。
戦わざるを得ない理由があったからこそ、戦った……
これが結果かーー
「満足か、勇者よ」
どこからか、魔王の声がこだました。
「魔王か、あんたは俺に殺されてどう思った? 憎いか? 恨んでいるのか?」
「宿命だ。これが余の、な」
「宿命か。そんな綺麗事で片付けられたらいいのにな」
「生きたくはないのか? お主の剣はお主を生かそうとしているぞ」
「ーーえ?」
「聖剣クラウソラス。その加護は持ち主の傷を癒すこと。鍛えた者は魔族でも名工と呼ばれた者だ。その名工は二刀を生み出し、そのうち一刀を人の手に預けた。まだ、人と魔族が互いに寄り添って生きていた時代のことだ」
「……その預けた剣が、クラウソラス?」
「手にする者に優しさと慈しみと癒しを与える。鍛えた者はそう願いを込めた。その願い通り、クラウソラスは働いている」
「もう一刀はどうなったんだ?」
「もう一刀の名はグラム。怒りを込められている。それは余の戦用として生み出され、クラウソラスとは相反する存在。だが、それはお前を裏切った者に奪われてしまった」
「……シンか」
「勇者よ、余からの願いだ。グラムを取り戻し、折ってくれ」
「そんなことしたら、もう剣として使えなくなるぞ!」
「構わん。余がいなければ、あの剣はただ斬れ味鋭いだけのなまくら刀と成り下がる。それは鍛えた者の名を、誇りを汚すことになる。それだけは避けたい」
「魔王……」
「グラムはただ持ったところでグラム自身の魔力に取り込まれるだけ。余の力、僅かしか残っていないがお主に授ける。さすれば、グラムを手にしても取り込まれることはないはずだ」
「生きよ。そして頼む、勇者よ。余を倒した、誇り高き者よ」
ーー
「そ、そんな。剣がお前を生かした? 魔王の力だと?」
ラグの話を聞いていたシンは、顔が真っ青になっていた。
そしてラグは目を閉じ、胸の上に手を乗せていた。
ーー魔王、あなたの意思。今ここで成就させよう。
そして目を開き、グラムを両手で握った。
「ア、アトス……」
「シン、お前に捧げる祈りはない」
ラグは姿勢を低く取ると同時にシンを睨み付けた。
シンは驚き、戸惑い、そして絶望に満ちた目をしている。
「多くは語らん。死ね」
そして地面を蹴る!
一瞬で間合いを詰めに掛かるラグ。
シンは傷口を抑えていた手を離し、ラグに向けて魔法を放つ!
風魔法、ウインドスラッシャー。
風の刃が対象を切り刻む。
いくつもの刃がラグ目掛けて飛び交うが、構うことなくラグは突っ込む。
スパスパと腕や足、腹を刃が斬り裂くがどれも皮一枚。
流れる血も僅か、大した傷にはならない。
ラグは速度を緩めることなく、シン目掛けて駆け抜けていく。
刃が途絶え、シンが次撃を放とうとした時!
シンの右腕がズタズタに切り裂かれ、二の腕から斬り離されてしまった!
「ーーーーな!?」
更に足の腱を斬られ、地に膝をつく。
腹を斬られ、ズルリと中身が滑り出す感覚に襲われた。
更に口からは夥しい鮮血が溢れる。
ズドンと言う衝撃が胸元に伝わってきた。
「ぐはっーー!?」
シンは目を見開いた。
目の前にはかつて勇者だった男の顔。
視線を落とすと……
グラムがシンの胸元を貫き、背中から切っ先が飛び出していた。
「は、は、はぁぁぁぁぁぁぁ……」
「因果だな」
ラグはそれだけ言うと、グラムを握る手を離した。
背中から地面に倒れるシン。
ラグは手元にクラウソラスを呼び寄せる。
呼ばれ飛んできた聖剣は、ラグの手に収まり握られた。
ラグは寝そべるシンに視線を戻した。
「いい様だな、シン」
「は、は、は、は……、ア、アトス……、こうなると、分かっ、て、いた、のか?」
「さぁな」
「魔、魔王を、倒し、て三年……、お前は姿、を、見せなかっ、た……何故、だ?」
「……」
「クックッ、そう、か。利用、したな。 アリシア、を。お、お前も、少し、は、考え、るよ、うになった、な。アリシアに、つけば、俺たちに会えると、そう、考え、たんだろ?」
「うるさい」
ラグはクラウソラスをシンの首目掛けて振り下ろし、その首を斬り離した。
ズダン!
という音と共に、シンの首はコロコロと根元から離れていった。
その戦いを見ていた剣士たちからどよめきが起こる。
ラグがそれらを一瞥すると、どよめきは一気に終息した。
誰もがラグと目を合わそうとしなかった。
あんな戦いを繰り広げた奴と戦いたくない。
そんな意図が感じられる。
誰も襲い掛かってこないことを確認すると、ラグは聖剣を横に薙ぎ払った。
パキンと乾いた音を立てて、グラムの刀身がへし折られた。
そして、魔王の最期同様。黒いチリと化してグラムは風の中に消えて行った。
ーー感謝する、勇者よ。
ふと、魔王の声が聞こえた気がした。
それがラグの心の中にあった黒いものを押し流していく。
妙に心が軽くなった気がする。
ラグはシンの死体に踵を返すと、クロノシアまで伸びる坂道を駆け出した。
ようやく過去に決着をつけることが出来ました。
持って行き方が微妙で、未熟さを感じます(涙)
ちなみに、ラグの体にあった毒は、魔王の力が微弱ながら発揮されたことで中和されております。
ここを描写にするか悩みましたが、敢えて触れませんでした。




