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アリシアの抵抗

「あ、あ、あぁ……」


 アリシアは顎を蹴り上げられ、仰向けにひっくり返って動かなくなったエリーを凝視していた。


「エ、エリー?」


 名前を呼ぶ。

 呼び慣れた、親しみのある、良き友の名を。

 だが、返事はない。

 体が動く様子もない。


 エリーは完全に動きを止めていた。


「いやぁぁぁぁぁ! エリー!!」


 アリシアはミトの手を離し、その場から立ち上がるとエリーの元へと駆け寄った。

 いや、駆け寄ろうとした。

 駆け寄ろうとしたが、出来なかった。

 ようやく目が回復した、二人の兄の部下に止められてしまったから。


「エリー! エリー!?」

「アリシア様、お待ちを!」

「お兄様の前です! 取り乱してはなりません! 落ち着き下さい!」


 この二人は一体何を言っているのだろうか。

 アリシアが取り乱すのも無理はないのだ。

 いや、取り乱しているのではない。

 友の側に駆け寄ろうと必死なだけなのだ。

 だが、男二人に腕を取られ、体の自由を奪われていれば、必死でもがいたところで、そうそう簡単に動けるものではない。

 アリシアがそれを理解するのにさほど時間は掛からず、彼女はあっさり抵抗をやめた。

 同時に、彼女の心の中にフツフツと湧いてきたものがある。

 それは、怒りだ。

大事な友を傷付けられたことに対して沸き起こった怒りだ。


「……お兄様」


 彼女はその怒りに満ちた目でフェルディナントを睨み付けた。


「そんなに家督が欲しいのですか?」


 睨み付け、気丈な振る舞いをしながらアリシアはフェルディナントに向かって声を荒げた。


「当たり前だ。カムリ家は長子であるこの俺が継ぐ。それがベストだ!」


 それを聞いて、アリシアは口元をニヤリと、それこそニヒルに見えるように持ち上げた。


「であれば、カムリ家はもうおしまいですわね」

「……なに?」

「あら、私の言っていることがお分かりにならないようですね」


 アリシアはフェルディナントを睨み付ける目を、幾分か細くした。

 それは兄を挑発し、余計怒りを煽るような仕草にも見える。


「お兄様のような思い上がった、驕慢の塊が名を継げば、家は滅ぶのは必至と言っているのです」

「……アリシア?」


 フェルディナントは目を剥いた。

 もちろん、部下たちも。

 アリシアがそんなことを口にするなんて、誰が思ったであろうか。

 アリシア・カムリと言えば、誰に対しても肩を張らず、対等の視線で語り合い、別け隔てのない性格で有名だ。

 付け加えれば、この上なく「優しい」女性でもある。

 そのアリシアが怒り、フェルディナントに対して口を荒げただけでなく、「フェルディナントが名を継げば家は滅ぶ」と口にした。


 実の兄に対して暴言を吐いたのである。


「あら、聞こえなかったかしら? では、もう一度。お兄様のような……」

「ちょ、ちょっとお待ちを! もうダメです、ダメです! それ以上は!」

「フェルディナント様に対して暴言だなんて……!」


 アリシアを抑える二人の剣士は焦りや戸惑いがあったのだろう。

 形相を変え、慌てた様子でアリシアの説得を試みる。

 だが、アリシアの態度は全く変わらない。

 尚もフェルディナントを睨み付けている。


「俺が名を継げば、家は滅ぶ?」

「そうです! お兄様は何か勘違いをしていらっしゃる。長子が家を継ぐ? えぇ、継ぎたければ継げばよろしいではないですか。そんなに家を潰したいのならば!」


 アリシアはさらに声を張り上げた。


「メンツや体裁や世間体ばかりを気にして、周りの顔色ばかりを伺って、自分の都合よく事が進まなければ部下の首を切って!」


 フェルディナントは目を見開いている。

 その目尻がピクピクとヒクついている。

 どうやらアリシアの言葉は、フェルディナントの心に大きく突き刺さっているようだ。

 それを知ってか知らいでか。

 そんなことは御構いなしと言わんばかりにアリシアは続けた。

 実の兄を罵った。


「何もかもが思う通りに進まなければ癇癪を起こす幼稚なお兄様! だからあなたの元から人が離れるのよ! どうしてそれが分からないの!」

「黙れぇぇぇぇ!」


 アリシアが言い終わらないうちに、そこへ被せるかのようにフェルディナントが吠えた。

 目は大きく見開かれ、コメカミに浮かんだ青筋はピクピクしている。

 アリシアはフェルディナントを未だ睨みつつ、肩を大きく揺らしながら喘いでいる。


「黙れと、言った」

「…….!」

「おい、そこのお前。お前の剣をよこせ」

「は、はい?」


 アリシアの右横に立っていた剣士は、急に指を刺され、慌てふためいた。


「モタモタするな、お前の剣をよこせと言ったのだ」


 フェルディナントは先の表情を変えることなくその剣士の元へと歩み寄ると、顔を近づけ、彼の耳元に口を近づけて囁き、彼の腰から剣を引き抜いた。


「……あ」

「さて、アリシア」


 そう言ってフェルディナントは感情のこもっていない目を妹へと向ける。

 そのドロリとした目付きは、見る者を思わず圧倒させるほどの「闇」を持っていた。

 アリシアは目が合い、思わず顔をしかめた。


「お兄様」

「父殺しの罪は重いぞ」

「それはお兄様が……!」

「俺は!!」


 フェルディナントは天に向かって吠えた。

 天を仰ぎそう叫ぶと、静かにアリシアへと顔を戻す。

 感情の困っていない、不気味な笑みを浮かべながら。


「……殺しちゃいなぁい。お前が殺したんだ。あぁ、ついでに言えば」


 フェルディナントはそう呟き、剣の持ち主であった部下の首を跳ね飛ばした。


「……!?」

「あ! ジ、ジーン!?」


 アリシアの片方の腕を握っていたもう一人の部下が、首がなくなり、地面に横になった同僚に駆け寄っていく。


 アリシアは喉奥から込み上げるものをグッとこらえ、兄に目を向けた。


「なぜ、彼を斬る必要が?」


 そして軽蔑していた。


「なぜ? こいつはお前が殺した」


 フェルディナントは、ピッと剣先をアリシアに向けた。

 その刃から、赤い血が滴り落ちている。


「お前は本当に悪い妹だ。まさかこの場で()()()()()()()()()()()。もうこれ以上、罪を重ねるのはやめろ」


 クックックとフェルディナントは声を殺して笑う。


「俺も心苦しい。父だけでなく、俺の部下までも手を掛けた妹を自らの手で裁かねばならないとは。手始めに……」


 そして、その視線はアリシアから外れ、ミトに注がれた。


「妹の謀反に手を貸した、小さな協力者から」


 それを聞いて、アリシアの顔色が変わった!

 腕を引き止める手を何とか振り払おうと体を揺さぶり始めた。


「お、お兄様! ミトは関係ありません! 斬るなら私を!」

「温い、温いんだよ」

「え?」

「カムリ家の名を継ぐために足りないもの。何か分かるか?」

「な、何を言って……」


 フェルディナントはゆっくりゆっくりとミトへ足を延ばす。

 幼いながらもミトはフェルディナントを見上げ、アリシア同様睨み付けていた。


「おー、怖い怖い。そんな目で見るなよ」


 そして、ミトの胸倉を掴んで持ち上げた。

 首を絞められているのか、ミトは苦しそうな顔で胸倉を掴む彼の腕を、小さな手で殴っている。


「名を継ぐのに足りないもの。それはな、名誉だ」

「お兄様! 今すぐミトを離して!」

「俺の名誉は剣士団で築き上げたもののみ。家柄を象徴するものは何もない。だが、父を殺したお前と、お前の逃亡を手助けした謀反者たちを裁くことで、俺は家の名を守ったことになる」


 違うか? とフェルディナントはアリシアを見た。


「その為の記念すべき第一歩。さぁ、俺の誇り高い歩みの礎となれ。クソガキ」


 そしてミトをその手に掛けようとしたとき!


「おやめください! フェルディナント様!」


 なんと、アリシアの動きを抑えていた部下……

 マイアックがフェルディナントの体を、腕を目一杯の力で抑えに掛かっていた。


「な、何をするか貴様ぁぁぁぁぁ!」

「剣士団員のすることではありません! 罪なき子供を手に掛けるなど!」

「ふざけたことをぬかすなぁ!」


 フェルディナントは力尽くでマイアックを振り払った!

 片手はまだミトの胸倉を掴んでいる。


「貴様こそ、剣士団の誓いを忘れたかぁ! 国家に仇なす者、即ち敵なり! 全てを討ち滅ぼせ! 国家のために!」


 振り解かれ、地面に倒れ伏したマイアックに、フェルディナントは唾をまき散らした。


「こいつらは敵だ! バルト国に対して牙を剥いたのだ! 父を殺したことで!」

「そ、それは違います! アリシア様はお優しい方! そんなこと、する筈がない!」

「言わせておけばぁぁぁぁぁ!」


 フェルディナントの意識がマイアックに向けられたとき。

 アリシアが彼の左手に飛び付いた!


「な、アリシア!?」

「ミトは返して頂きます!」


 そしてその左手からミトを奪い返すことに成功する。

 そして、そのまま寄り添うようにマイアックの元へと駆け寄った。


「なんだ、貴様らグルだったのか?」

「違います! お兄様、目を覚まして下さい! 昔のお兄様はあんなに優しかったのに!」

「そうか、グルか。グルで……となると、そこのお前。お前も……」


 また感情のこもっていない目で二人を睨み付けながら、フェルディナントはジリジリと距離を詰めてくる。


「ならば、仕方あるまい。誇り高き剣士団から逆賊が出たとなれば、先人に顔向けが出来ん」


 マイアックは立ち上がると、アリシアとミトを守るように遮り、剣を構えた。


 エリーのように、中段の構えを。


「あ、あなたは間違っている! 仲間を手に掛けるような者が、家督を継げる筈がない!」

「言っておけ、死人に口なしだ」


 フェルディナントは構えも取らず、距離を詰めてくる。

 その姿には、


 格下相手に取る構えなどない。

 貴様など、瞬きする間に斬り捨ててやる。


 バルト国一の剣士というプライドが溢れ出している。

 それが分かっているのか、マイアックの体が小刻みに震える。

 が、退かない。

 もちろん、マイアックは逃げたかった。

 死にたくなかった。

 だが、ここで退けば、例え生き延びてもその引け目を一生引きずるだろう。

 後悔し続けるだろう。

 それならば、自分の良心に従って動く。

 バルト国の誉れ高い剣士団の一人として。


 それがマイアックの決心だった。


 そしてフェルディナントの間合いに彼は入った。

 フェルディナントは近付きつつ、剣を袈裟に振る。

 顔が歪む。

 ニヤリと歪む。


 マイアックは震える足に力を入れる。退かないために。

 剣を握る手に力を込める。後ろにいる二人を守るために。


 そして動いた。


「ウォォォォォ!」


 マイアックはフェルディナントに斬りかかる!

 一方的な突撃。

 コースは読みやすい。

 マイアックは必死だった。

 アリシアとミトを守ることに必死で、全ての動きが大きくなりすぎた。

 近付く彼の動きを見切ったフェルディナントは初撃を躱し、身を屈めた。

 そしてマイアックとのすれ違い様に剣をピュンと横に振り抜く。

 横をすり抜けたマイアックは、そのまま数歩進んだ後。


 ーー力なく地面に倒れた。


「そ、そんなーー」

「さて、次はお前たちだぁ」


 フェルディナントの顔がさらに歪む。

 やっとアリシアを殺せると心が躍る。

 家督を継げると歓びが脳内を駆け巡る。


 アリシアはミトを守ろうと、背中に追いやり手を広げる。

 これ以上近寄るなと示す。


 フェルディナントはその意思を無視し、剣を振り上げた。


「さよなら、アリシア」


 そして剣を振り下ろそうとしたその時ーー!








 フェルディナントの手から、剣が弾き落とされた。








ここまでお読み下さり、ありがとうこざいます!

間も無く最終回になります。

最後まで応援して頂けると嬉しいです!

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